ワーナーミュージック・ジャパン 代表取締役社長兼CEO 岡田武士氏インタビュー

昨年12月に41歳の若さでワーナーミュージック・ジャパンの代表取締役社長兼CEOに就いた岡田武士氏。Musicmanでは4年前にもインタビューしたが改めてストリーミング時代のレーベルのあり方、プロモーションのあり方、J-POPの海外展開、そして音楽産業の将来像について示唆に富む洞察を聞くことができたのでここに掲載する。
(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/編集長 榎本幹朗)
デジタル世代の新しい社長として
──「元々社長になるつもりはなかった」というお話を他誌でもなさってましたが、実際になられていかがですか。前回のインタビューでも伺いましたが、お父様もラジオ番組制作会社の社長でしたね。
岡田:父は自分で創業して会社を作ったので、僕は雇われ社長ですから全然違うんですが、子どもながらにその姿を見て育ってきたので、イメージはもちろんありました。
父のすごさをようやく分かるという反面、自分はレコード会社で、父はラジオ関係だったので、業務の内容が全く違います。やっていることも全然違うので、その時の経験で自分が活かせていることがあるのかはちょっと分からないという感じです。でもその家庭で育てられたことが、多分今生きている部分もたくさんあるので、そういう意味では感謝です。
──前回のインタビューでは着うたのお話から始まったと思いますが、その後、時代はストリーミングがメインになって、プロモーションもTikTokのようなものがすごく強くなって、ストリーミング型のアーティストの時代と言われています。それに合わせて、レーベルのディレクターやプロデューサーの役割は変わってきているものなのでしょうか。
岡田:そこにいいアーティストがいて、いい作品があって、それを一緒に作ったり、目利きをしなければいけないというところで言うと、ディレクターの本質的なところは変わらないと思います。また信頼に基づく人間関係が重要であり、直接対話を重ね、仕事など何かに一緒に取り組むことで徐々に相互に信頼が深まっていくということも変わらないと思います。
一方で、世の中のサイクルや消費行動に関する変化などは常にキャッチアップしないといけないので、そういうところの感覚は変化していますね。
──音楽シーンのスピードがすごく早くなっているような印象があります。データアナリシスの時代に入って「TikTokやSpotifyで、この国のこの街でこの曲が受けたのが分かったから、そっち側に出動しよう」というふうに。
岡田:そこはありますね。デジタルは可視化できるので、データに基づき結果を分析・考察した上で次のアクションを考えていくというのは、今の時代ならではですね。そういう意味では、本当に忙しいですよね。やることが増えています。想定していたことだけでなく想定外のことも起きるので、それらにも対応しなければいけない。
──社内にデータアナリシスのチームがあるそうですね。
岡田:アーティストと当社のA&Rおよびマーケティングチームが自信を持って意思決定することができるように、多様なソースからデータを収集・統合し、関係者全員が理解しやすくアクセス可能な形で提供することを目指しています。これによって、それぞれのアーティストにとって最適なマーケティングチャネルの特定や、国内外の各市場でキャリアを加速させるため方法などについて検討する上で、戦略的で実用的なインサイトを提供できると考えています。
アーティストの長期的なキャリアをサポートするためにも有効と考えており、短期的な楽曲の成功を超えた価値を提供できるものと期待しています。昨年私が入社した後、チームの役割や期待する成果、分析テーマの設定などを明確にしました。今まさに運用を本格的にスタートしたところです。
──音楽業界でデジタル世代の新しい社長ということが話題になっているようですが。
岡田:いやあ、そうなんですかね。
──ワーナーミュージック・ジャパンの社長になられて「これが使命だな、これをやらなければ」というのは?
岡田:グローバルからの期待でもありますが、デジタルをもっと強化するというのがまず一つ。同時に、若い社員たちが失敗を恐れずにどんどんチャレンジできるように、よりチャンスを与えていきたいです。自分も若い時に本当に多くのチャンスをいただき、いろんなことを経験したことで成長でき、今の自分があります。また、音楽業界で働きたいと思う若い人たちがもっと増えてほしいとも思っています。そうした気持ちは社長になってから一層、強まっています。
音楽業界への人材獲得について
──若い人は音楽業界に来てくれないのですか?
岡田:今は自分が就職活動していた頃よりも選択肢がすごく多いと思うんです。選択肢がたくさんあるのは素晴らしいのですが、選択肢が多い分、絶対に音楽でなくてはということは少なくなってきている。もちろん音楽に興味があって、音楽の仕事をしたいという人はたくさんいますが、より多様な人に来てもらえるように、業界や産業としてもっと魅力的に映らないといけないんだろうなと思っています。
──いろんな人材が音楽業界には必要だということでしょうか?
岡田:そう思います。「早く成長したいならベンチャーに行った方がいい」と考える方もいますが、音楽業界にも若い時からチャレンジできる環境が実にたくさんあると思っています。
年功序列がそれほど強いわけでもなく、才能やセンスがあれば、いつもチャンスを掴める場所だというのが、音楽会社のいいところです。そこを知らない若い人もたくさんいるので、アピールしなければいけないですね。
──「スタジオで音源を作る=レーベル」と、今でも彼らに映っている?
岡田:レーベルの社員は何をやっているかということが、ちょっと分かりにくいですよね。「A&R」とか言われても、具体的な仕事内容は分かりにくい。「一緒にレコーディングするのかな?」とか、おぼろげにはイメージがあると思うのですが、でも、そのぐらいのイメージだと思います。
今、我々の会社にも本当にいろんな職種があります。「それなら自分の経験やスキルが活かせるかな」と思える仕事もきっとあるはず。仕事内容をもうちょっと広く知ってもらえるように努力をしていかなければいけないですね。
──例えばレーベルでプロデューサーになると、すごく大きなイベントを企画できたりもしますよね。
岡田:そうそう。もしかしたらフェスを立ち上げることもできるかもしれない。Musicmanさんみたいに裏方をフィーチャーしてくれるメディアも少なかったりもしますが、うちも頑張って外にアピールしたいです。
──若き業界のスタープレイヤーがシンボル的な存在になって、そういう人たちも見て有望な若者が業界に入ってくるという?
岡田:そういう存在が増えたらいいなと思います。大谷翔平選手が一人登場したことで野球少年が何人増えたか。だから若くても大きな結果を出せる可能性に満ちた業界・会社だということは、知ってもらえたら嬉しいです。
──ストーリー仕立てで伝えられると良いかもしれませんね。私は「音楽が未来を連れてくる」という本で音楽産業のキープレイヤーたちを小説仕立てにしたのですが、あれを論文、エッセイにしていたら誰も読んでくれなかったと思ってます。
岡田:Musicmanさんにお手伝いいただければうれしいです。
──それはもちろん。
音楽業界の変化と課題
──最近、求人(Qsicman)を見ていても、音楽業界の仕事も多岐に渡って、これが音楽業界の仕事なのかというようなものも増えて、応募者のダイレクト感が弱くなったかなというのは感じています。あと、入ってきてもすぐ辞めてしまうということもあるのでは?
岡田:すぐ辞めるというのはワーナーではそんなにはないですね。音楽やエンタメの仕事って余暇を楽しんでいただく仕事という側面もある一方、音楽業界だけの傾向ではないと思いますが、「余暇は自分のための時間なので仕事したくないです」という感覚の人は増えたような傾向はやや感じますね。
やりたい人にはどんどんチャレンジさせてあげたいと思う一方で、社会も変わってきているので、そこは会社として変わらなければいけない。柔軟で多様な働き方を実現するための制度の見直しなども今まさに色々考えているところです。
──でも、圧倒的に楽しいお仕事だと思うんですけどね。
岡田:転職組の中には音楽業界以外から来る人も増えてますね。大学を卒業して音楽業界以外で働いてみたものの違和感があったという人もいますね。
──優秀なんだけど堅い業界とは合わなかった人はいますよね。
岡田:それは常に一定数いるでしょうね。
レーベルのあり方の変化について
──働き方の話に加えて、レーベルの形も世界的に変わりつつあるのかなと。例えば、ディストリビューターが出てきて、そこに曲をあずけたらどこにでも配信できるようになって、TikTokで自己宣伝して、そこでちょっと伸びてきたのをレーベルは拾って契約する。そういう手法ってかつてはなかった。口が悪い人は「もうこれからは投資だけやっていればいい。レーベルはデータを見てアーティストを見つけて投資していく会社になっていくんじゃないか」と言いますけど、いかがですか?
岡田:今までのレーベルは、いい意味で均一なサービスをアーティストに提供して、ある程度決まった目標に向かっていくことに注力していました。「ヒットというのはこういうもので、ここに向かっていくんだ」というような、進むべき道が一つしかないような印象もありました。
おっしゃるように、今はアーティストも活動の仕方も多様化しています。一人ひとりのアーティストに寄り添い、そのニーズを的確に捉え、それぞれの夢や目標を一緒になって実現していくために何ができるかを考え、カスタマイズしたプロフェショナルなソリューションを提案していく必要がある。だから今までの均質的なやり方とは変わってくるのかなと思います。
しかし、私たちレーベルがサポートしていく、一緒にやっていくことで、より大きな結果を出せると確信しているので、レーベルの意義という意味では変わらないと思っています。
──メジャーレーベルと契約する意義が、特に音楽ファンから見てわかりにくくなっています。「タイアップを取ってくれるんだったら契約してもいいんじゃない?それ以外何か意味がある?」みたいな感じで、伝わらなくなっている気もするんですが。
岡田:メジャーに対していろんな意見があるのは承知していますし、「アーティスト活動をするためにはメジャーと契約する」というのが必ずしも全てではない時代だとは思います。アーティストがどのような活動をしていきたいかによっては、必ずしもメジャーと契約することが必須ではない場合も、もちろんあるでしょう。
アーティストの活動フェーズによっても変わってくると思います。「より多くの人に聴いてもらいたい」とか、うちだったら例えば「海外に活躍の幅を広げたい」などと考えているアーティストだったら、当社がサポートできることがたくさんあります。
海外展開への取り組み
──コロナ禍の辺りからTikTokやサブスクが国内アーティストにも普及したのもあって、J-POPがすごく自然に海外へ出ていくようになりました。MAJもあったし、日本の音楽業界全体が海外に出て行くようになると思います。ワーナーとして、アーティストが海外に出ていくのをサポートできるという強みはどんなところでしょう?
岡田:グローバルカンパニーであるワーナーミュージックは世界中に拠点があるので、こうしたネットワークや各マーケットでの専門的知見を活かさない手はないな、と思っています。自分も就任してから積極的に海外との関係強化に取り組んでいます。アメリカ本社のレーベルの社長たちだけでなく、様々な国の経営幹部たちと密に対話をする中で、J-POPや日本の音楽文化に対する機運が高まっているのを肌で感じています。
海外としても、「日本からどんどんアプローチしてほしい」という期待があり、ワーナーミュージックのネットワークを使って、日本のアーティストを世界で売り出していくことについては戦略的に取り組むべき柱の一つと考えています。先日、千葉雄喜さんとの包括契約を締結したことを発表しましたが(WMJ、千葉雄喜と包括契約締結 米国音楽レーベルの日本支部「300 Entertainment Japan」設立)、世界を舞台に活動したいという意欲を持っているアーティストとは、現在所属いただいているアーティストとも、新しく契約するアーティストとも、一緒にチャレンジしていきたいです。
──「実際、海外展開ってどうすればいいんですか?」と海外のキープレイヤーに会うと私も訊くのですが「海外でストリーミングやTikTokの数が上がって、そこで終わったらダメで、その後のネットワーキングが大事だ」と。「海外の人脈を使う。現地のレーベルの方とちゃんと話す。現地のプロモーターとしっかりとやっていく。バズをバズのまま終わらせないにはこうしたことが大事だ」と。つまりトップ外交が鍵になってくると思うんですけど、いかがですか?
岡田: J-POPの機運は高まっていて、海外のオーディエンスに既に届いている日本のアーティストももちろんいますが、まだまだ日本の音楽やアーティストについては一般的には詳しく知られてはいない状況です。これは当社に限った話ではないですが、例えばアメリカのレーベルだったら、ふだんは自分のところのアーティストをどう売るかばかり考えていますから、アメリカ以外のアーティストにさほど詳しくないのは当然ですよね。
そういう中で、日本のアーティストたちをまず知ってもらって、その魅力を理解してもらい、「このアーティストだったらチャンスがあるね」と確信してもらう必要がある。「ソーシャルメディアなどでバズが起きたら、どんどん曲が聴かれ、勝手に注目されるようになる」と思いがちですが、バズが起きた後に楽曲がストリーミングで聴かれ、アーティスト自身も注目されるように、こちらから戦略的に仕掛けていかないと、せっかく起きたバズも一過性のもので終わってしまう可能性があります。こうしたことに、今取り組みつつあります。
──日本だと「こういうタイアップが取れたアーティストですよ」という風に伝えればある程度は伝わる。でもそれじゃ向こうには伝わらない。そんなとき、どんな風にお伝えしているんですか?
岡田:基本的には、音楽を聴いてもらい、ミュージックビデオを見てもらいながら、アーティストの背景を紹介し、例えばソーシャルメディアでの盛り上がりなどの動きがあれば説明します。もちろん参照できる指標やデータがあればベストですけど、そうじゃない場合は「そういうポテンシャルがある」ということを伝えていきます。
あと、アーティスト側の熱意や志を伝えることも大事だと思っています。本人が本気で現地で成功したいと思っていることは海外での成功に必須ではないかと思っています。
──だって海外へツアーに行ったら、日本でツアーできませんものね。
岡田:そう、それには強い意志や覚悟が必要です。「日本でのツアー活動をしばらく止めても海外でやりたい」というアーティストも実際に出てきているし、今後ますます増えてくると思います。
メジャーリーグの例を挙げるまでもないですが、先陣を切って誰かが海外へ行って足跡を残し、道ができてくると、これに続く人たちにとってチャレンジしやすくなるじゃないですか。すでに、今や多くの日本のアーティストがワールドツアーをしているし、楽曲も実際に国を越えて聴かれ始めているので、今この機を逃さずに様々なアーティストがどんどんチャレンジしていくことが大事だと思います。
こうした中、全世界にネットワークを有するワーナーミュージック・グループとして、どのような体制を構築し、どのように日本のアーティストの世界を舞台にした挑戦をサポートできるか。今、まさに協議を重ねています。
洋楽のヒットの作り方
──輸出の次は輸入の話を。ずっと「洋楽が売れない」と言われてきましたが、洋楽の代わりとしてK-POPが成功したし、ワーナーさんは本当にK-POPでも成功しました。洋楽そのものでも、ブルーノ・マーズが東京ドーム公演のチケット即売で「やればできるんだ」ってみんなの希望になった。その後、「APT.」のコラボでも大成功で、本当に洋楽担当のみなさんに希望を与えていらっしゃると思うんですけど、日本で洋楽をヒットさせるために、実際どんなことをなさっているのですか?
岡田:もちろん「APT.」自体がグローバルでヒットしたのはありますが、最近はグローバルでヒットしたものが必ずしも日本でもヒットするわけではないので、そのギャップを埋めることが必要でした。
当社の洋楽チームが日本の文脈やカルチャーモーメントの中で広く受け入れられるように戦略的に取り組んでくれた結果、大きなヒットになったので嬉しいです。年末年始という時期だったので、忘年会などの飲み会のゲームで「アーパトゥアパトゥ」と口ずさんでもらえるように取り組むなど、様々な施策を展開したというのもあります。
あと、ストリーミングが主流の時代でも、国民的なヒットになる曲は、全世代に広がらないといけないなと自分は思っています。特に子どもたちです。子どもたちが何回も聴いて、口ずさんでもらえるようにならないと、国民的なヒットにはなかなかならない。それもあって、実は洋楽チームは幼稚園や保育園などにもプロモーションをしていました。
──幼稚園にプロモーション!?
岡田:あくまで一つの要素ではありますが、子どもが「アーパトゥアパトゥ」と歌っていたのは大きかったと思います。「Bling-Bang-Bang-Born」などもそうかもしれませんが、日本でメガヒットになる曲には、子どもたちがリピートしたくなるようなエッセンスが入っているものが多いのかなと感じています。そうした曲を子どもたちが喜んで繰り返し聴いたり、歌ったりするようになると大ヒットになるように思います。
──ブルーノ・マーズ本人の日本での人気も「ドンキ行くヨ♪Yo♪」の、あのCMが大きかったかなって個人的に思っていたんですけど、確かに子どもがよろこぶ要素が入ってましたね。
岡田:そのCMのキャラクターもブルーノ・マーズの認知をより広げたと思いますし、いろんなものがタイミングよく複合的にマッチしたと思います。
洋楽のチームが「洋楽だけど子どもたちにも流行るように」とがんばったのはお話した通りですが、振り返ってみれば昔も洋楽の全国ヒットって、そうやって大きくなっていったものも多いのかなって。かつての洋楽には、国民的な一発ヒットのようなものが度々生まれたように思います。子どもたちも何か面白おかしく歌えたり、いじれたりみたいなのがあった。例えば「恋のマイアヒ」もそうですけど、子どもたちに受ける曲は誰でも覚えやすく、大人の飲み会などでも盛り上がる。
ブルーノ・マーズはSpotifyの月間リスナー数の世界最多記録を打ち立てたアーティストですし、アーティストとして確固たる実力もブランドも持っています。でもブルーノのすごいところはトップオブトップである自身のブランドと、そういう子どもにも伝わる要素をミックスできること。洋楽のアーティストでああいう楽曲をリリースできる人ってなかなかいないと思います。
少子高齢化。若者の音楽離れ?
──日本って「少子高齢化で子どもはどうせ少なくなるから、もっと大人を相手にしよう」みたいな感じになるじゃないですか。それはどうなんでしょう?
岡田:そういう意見もあるんですけど、いわゆるヒット曲や流行歌みたいなものは、やはり若い世代から生まれてくるんじゃないかなと思っています。ただ、日本の人口のボリュームゾーンの年齢層が高いのは事実で、上の世代にも広がっていかないと誰もが知っている大きなヒットにはならないので、今度は上に広げていく取り組みも必要になってきます。
──年配の方はよっぽどのことがない限り、反応しませんからね。
岡田:でも、国民的なヒットになると、さすがに日常の中で聴いたり触れたりする機会が増えるので、興味を示していただけるのではないかと思っています。
──平均35歳ぐらいで音楽のチャートに興味がなくなるというようなデータもありますね。
岡田:そうですね。一般的に新曲をそれまでのように熱心に聴かなくなるとか、よく言われますよね。
──それでいうとレコ協のデータを見ていると、音楽離れが進んでしまっている。「サブスクが広がったらもうちょっと抑えられるのかな」って思っていたんですけど近年、音楽離れが若者の世代が進んでいるようですが、どうしてだと思いますか?
岡田:自分が子どもだった頃と違うのは、楽しめるエンターテインメントがありすぎますよね。家庭用ゲーム機はありましたけど、スマホを一人一台持っていて、ゲームもできるし漫画を読めて、アニメを見られて、TikTokも1時間でも2時間でも見られちゃうようなものが昔はなかったですから。
音楽だけでなくエンタメ全体が細分化してしまっているのかな、というのが自分の感覚です。多様な選択肢の中で音楽のありがたみがかつてに比べて薄れてしまったのかもしれない。また音楽を受動的に流し聴きしているという人も増えているのかもしれません。音楽に限った話ではありませんが、アルゴリズムが好みに合いそうなものを提案し続けてくれるので、主体的かつ能動的に音楽に向き合い、掘り下げていく人はどうしても減っているのかもしれないです。
かつては能動的に自分で情報収集してCDを買いに行ったり、CDを借りに行ったりしていたのが、デジタルがどんどん進化しストリーミングになり、「いつでも聴けるよね」という状態になった。さらにはTikTokやYouTubeといったUGC動画プラットフォームやSNSも普及したことでアルゴリズムの提案力や影響力が増し、そこで流れてきたものを受動的に聴くことも増えてきた。アルゴリズムで新たな音楽との出会いは広がった一方、音楽の聴き方も多様になってきたと思います。
──小学校をまわっている音楽の先生から聴いた話なんですけどここ一、二年で、かつてなく子どもたちが音痴になっているって言うんです。男の子はむかしからそうですけど、女の子も地声で歌っちゃうし、男女ともにリズムも合わない。理由を訊いたら「スマホをみんな持つようになって、TikTokで女の子はお化粧の動画ばかり見ていて、男の子はゲームやアニメで、音楽に行かない」と。K-POPアイドルの動画は見てるんだけど、お化粧やファッションのトークを聞くだけで音楽は聴かない。
岡田:なるほどね。そういうことですか。
──子どもたちに訊くと「あの歌、みんな知ってるみたいな話題にならない」と。
岡田:カラオケなどにも影響するかもしれませんよね。やはりその興味関心事が増えすぎて、バラけているというのはあると思います。
──どうすればいいでしょうか、音楽業界としては。
岡田:地道ですが、生活場面のいろんなところに入口を作り続けるということだと思います。メイクをする時の音楽はこれ、ゲーム実況する時の音楽はこれとか。
音楽のいいところは何かをしながらでも楽しめること。そういう意味では、僕は他の娯楽と競合しないと思っているんです。趣味やライフスタイル、様々なカルチャーやエンタテインメントの中で音楽に触れるきっかけやタッチポイントを作るのが大事だと思います。当社でも様々な企業やブランド、コンテンツなどと連携していろんな取り組みを進めています。
新しいビジネス領域への挑戦
──本社が「Singa」とライセンス契約して、マスター音源でカラオケ・アプリをやる取り組みを進めていますね(ワーナー・ミュージック、カラオケ「Singa」とライセンス契約 マスター音源のストリーミング可能に)。
岡田:そうですね。
──今まで「カラオケで音源を使うなんてとんでもない」というのが業界の常識でしたが、音楽って聴くものから、音楽を使って遊ぶ時代に、特にそのTikTok以降、どんどんそうなっていますね。ウェルネス関係の提携もグローバルメジャーで増えています。
岡田:直近の当社でFeel Cycleなどとコラボレーションをさせていただきました。
──あとはおっしゃったように、ゲームですね。Robloxとか、仮想空間系のゲーム。仮想空間って大人の方は完全に盛り下がっているんですけど、子どもは普通に日常になっています。
岡田:日常ですね。Minecraftの動画とか、ずっと見ていますもんね。
──あの中で使えるラジカセとか、ワーナーさんが投入したというのをニュースにしたんですけど(ワーナー、毎日7,770万人の集うRobloxに音楽商品「Batteries」投入)、チャートもRobloxの中の聴かれるランキングをBillboardがアメリカでは反映するとか、そういうのがどんどん進んできているのかなって。アニメもそうですよね。パートナーシップをうちも記事にしましたが(WMJとNBCUJ、アニメ関連の音楽に関する戦略的パートナーシップ締結 社内に「アニメ事業部」を新設)。
岡田:そうですね、NBCユニバーサル・エンターテエンターテインメントジャパンさんとは業務提携させてもらっています。
──アニメって今後どんなことをなさるんですか。
岡田:まだ本当に始めたばっかりではありますが、まずは様々なアニメ会社さんとご一緒させていただき、良いアニメ作品の音楽を作っていくのがスタートです。ゆくゆくは自分たちでIPを作るところまで行けたら面白いですね。ちょっと文脈は違うんですけど、TWICEのLOVELYというのを今やっていて。
──ぬいぐるみとかキャラクターの。
岡田:JIBSさんとオリジナルのキャラクター開発をご一緒させていただき、こうしたアイテムはやはりすごく需要が大きいことを改めて実感しました。アニメを作るという話とはまたちょっと違うかもしれないですが、自分たちでIPを作っていくことにはいつかチャレンジしてみたいです。まずキャラクターが先にでき、その後で歌というのも、やってみたいですね。
プレイングマネージャーとしての経営スタイル
──要するに、岡田さんが社長になって何が最も変わりますか?
岡田:まだまだ新米社長だし経営者としては未熟ですが、逆に自分が活かせる強みは、現場感だと思ってます。本来は経営者は経営のことだけに向き合っている方が良いのかもしれませんが、レーベルの中でも一番現場に近い社長だと思うので、こうした部分をうまく活かしていきたいです。
──プレイングマネージャー?
岡田:そうですね。そこで刺激を受けてもらえたらいいなと思います。社員にとっても社長でありつつ、現場の仕事で直面する困難や悩みなどを相談できる相手といった存在になれたら今は一番いいかなと思います。
詳細はまだお伝えできませんが、今後新しく契約する予定のアーティストについても、社長自ら「うちに来てくれませんか」と直接プレゼンしました。A&Rのような動きも一部担っています。経営者としては、本当は現場のみなさんに一任した方がいいんでしょうけど、こうしたスタイルも含め自分の色なのかなと思っています。
──BMSGのマネージャーさんにもインタビューしましたが、日高さんがプレイングマネージャーなので、みなさんがすごく付いて行っているというか「この社長は分かってくれる人だ」という一体感がありましたね。今の若手ってどんな感じですか?
岡田:今の若い人って別にうちだけじゃなくて、社会全体的に優秀な気がします。自分が若かった頃より優秀だなって思います。例えがうまくないですが、今の若い人たちは圧倒的に多くの情報にアクセスでき、すごいCPUを備えた状態の高いスペックでいろんな仕事ができると思うので、そういう意味ではいいですよね。
──AIもあるし、最初に要る知識が優秀だとすぐたどり着きますね。
岡田:はい。自分もそうした部分で刺激をもらいつつ、経験や物事の捉え方といった自分が提供できるものはどんどん若い人たちに提供していきたいな、と思って、積極的にいろんな場面で現場とのコミュニケーションをとるようにしています。
──やはりセンスって一番大事なんですか。
岡田:一番大事かは分からないですけど、あった方がいいですよね。それは必ずしも音楽的なセンスということだけではなくて、働く上でのセンスとか、コミュニケーションのセンスなども含まれます。
──音楽業界以外に行くと、クリエイティブな仕事の話って意外と全然伝わらないんですよ。そういう話がすぐ伝わる、すぐ話が進められることの凄さって意外と中にいると忘れちゃうことなので、センスはやはり必要かなって感じます。
岡田:確かにそうですね。
同世代の活躍と刺激
──岡田さんと同世代の方も、そろそろ活躍が始まっていて、特にデジタル系のクリエイターとかとか、注目している経営者はいらっしゃいますか?
岡田:音楽業界だと、特にマネジメント側にはたくさん社長になって活躍されている方がいらっしゃいますよね。
音楽業界以外だと、IT分野を筆頭に早くから起業されている方はたくさんいらっしゃいますよね。自分なんかよりよほど早くから経営者として活躍している方もたくさんいて。たまたま私の学生時代の同級生には起業している人が多くて、マッチングアプリの「ペアーズ」を創り成功した赤坂優さんは僕の中学からの同級生です。彼はその後もいろんなアプリを作り、僕も現場をやっている時には音楽とのコラボレーションをやらせてもらいました。エンジェル投資家としても活躍されていて、ファッションブランドの立ち上げにも関わられていたり。
あと、immaっていうピンクの髪のバーチャルヒューマンを作っている会社で社長をされている守屋貴行さんも高校からの同級生です。早くから起業して成功している同世代の友人や知人が結構身近にいて、みんな早くから活躍しているので、そういう人たちからたくさん刺激をもらってきました。
若手へのメッセージ
──最後に、今後レーベルを目指す若者、あるいはレーベルとの契約を目指すアーティストたちに、アドバイスをいただけますか?
岡田:音楽業界はチャンスがあふれていると思うので、音楽業界で働きたいと考えている皆さんには、ぜひ飛び込んできてほしいです。大きな変化の時だからこそ、失敗を恐れずに前例のないことにチャレンジすることで、若くても一気に成功できる可能性があると信じています。
アーティストへのアドバイスは難しいですが、大きな志を持って活動していれば、絶対に道は開ける気がします。アーティスト活動を始めること自体の障壁は低くなっていると思うので、志をもって、自らできることにどんどん挑戦していくことが大事だと思います。
──動かないことには何も起こらないわけですから。
岡田:動き続けていれば、思わぬところでバズが起きるかもしれない時代です。そういう意味では、とにかくいろんなことをやるというのが大事な気がします。
──音楽をやりたい若者は別に減っているわけじゃないし、期待できそうな人たくさんいますよね。
岡田:統計は持ち合わせてないですが、アーティスト活動をする人は前より増えているんじゃないかと感じています。先ほどコロナ禍の話をしましたが、かつてのように必ずしもライブハウスに立たなくても、自宅で曲を作り、自ら世界に向けて発信・発表する人がこんなに増えていますし。
──社長になって、プライベートの時間はますますなくなりましたね。
岡田:そうですね、もうそれはしょうがないので。
──自宅ではどんな生活を?
岡田:そうですね…。朝、起きたらTikTokをチェックします。
──それはもう仕事じゃないですか(笑)。
岡田:仕事という感覚はなく、楽しんでやってます。あと週末にミュージシャンをはじめクリエイターの友人や知人とゲームをしながら話したりもしています。
──ワーナーの社長はMusicmanでほとんどインタビューしているんですよ。小杉(理宇造)さん、折田(育造)さん、吉田(敬)さん、石坂(敬一)さん、小林(和之)さん。吉田さんなんかは、ケミストリーさんとかで僕のスタジオでよくやってくれていたんで、電話がかかってきて「僕、ワーナーの社長になったのでインタビューしてよ」と。だから亡くなった時はショックでしたね。
岡田:吉田さんのインタビューって他になくて貴重なんですよね。
──石坂さんも偉すぎてメディアが避けていたのか、貴重なインタビューになって、たくさん喋ってくれたんですよね。
岡田:本当に博識でしたもんね。僕は石坂さんがユニバーサルミュージックの社長だったときに新入社員として入社したんです。さっきの父親の話にも通じますが、自分が新入社員の時の社長だった石坂さんが、その後ワーナーのCEOになり、今こうして自分がやっているというのはエモいなと思います。
──歴代すごい人ばっかりですからね。
岡田:だから本当に名を汚さないようにしなければいけないというか(笑)。
──いや、期待していますよ。
岡田:いやいや。でも、気負わず、自分らしく。名経営者にはなれないでしょうけど、現場と一緒に汗をかいて動くことはできるので。
──四年前にインタビューしたときはまだ36、37歳だったんですよね。立派になられた…。父親のような気持ちになりました(笑)。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
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