22年前の楽曲が世界で30億回再生超え・HALCALI「おつかれSUMMER」偶然のバズから必然のバズへ転換させた手法

2003年にリリースされたHALCALI「おつかれSUMMER」が22年の時を経て、突如世界的なバズを記録している。TikTok総再生回数30億回超え、Spotify再生数2,500万回超え、月間リスナー170万人突破。この数字の背景には、フォーライフミュージックエンタテイメントの河野雄太氏による戦略的なデジタルプロモーションがあった。海外で自然発生したバズを国内に持ち込み、さらに大きなムーブメントへと発展させることに成功した。限られた予算の中で「偶然のバズから必然のバズ」へと転換させた手法について、詳しく話を聞いた。
(取材日:2025年8月7日 インタビュアー:Musicman編集長 榎本幹朗、Musicman 山内千秋)
プロフィール
河野 雄太(こうの・ゆうた)
1998年生まれ。株式会社フォーライフミュージックエンタテイメント 配信事業部 デジタルプロモーション チーフ
尚美学園大学で音楽ビジネスを専攻後、フォーライフミュージックに入社。A&R・マネジメント・ライブ制作を3年間経験後、2024年4月から配信事業部に異動。広告やSNSを使用したプロモーションのほか、DSPとの関係構築を担当。ラジオ出演やSNSでの発信も行う、次世代デジタルマーケターの一人。
新卒スタッフが発見した海外バズの萌芽
──まず、今回の「おつかれSUMMER」のバズ現象について、その始まりから聞かせてください。
河野:最初のバズは4月頃、海外から自然発生的に起こりました。特に我々が仕込んだものではなく、弊社の新卒スタッフがデータ分析の中でHALCALIの動きに気づいたのがきっかけです。この「おつかれSUMMER」というのは、2003年のアルバム『ハルカリベーコン』にのみ収録されていた楽曲で、シングルカットされているわけでもないし、ミュージックビデオでもない楽曲なんです。
──どのような形で「バズ」が始まったんでしょうか?
河野:きっかけとしては、アメリカのビートメーカーの一部で、「渋谷系」というのが注目されて、その中で「おつかれSUMMER」があるという感じでした。よくあるような「誰々さんが投稿して、そこから広がりました」という明確なバイラル動画があったわけではないんです。いろんな海外の人たちが「おつかれSUMMER」を知って上で、何かのきっかけで「オーガニック」にどんどんリーチが広がっていったという印象がすごく大きくて、事象としてはそこが一番最初のスタートだったのかなと我々は認識しています。
──数字の変化はどんな感じだったんですか?
河野:4月17日までは、Spotifyデイリー平均2,000回前後だった再生数が、18日に3,200回とちょっと上がって、22日には6,000回とか、24日には1万回を超えてみたいな感じで、確実に右肩上がりになっていきました。そこで、「何かが起きているな」って思ったのがきっかけで、そこから色々調べ始めたりとかしていったのが最初のところです。基本的に最初はアメリカが中心だったので、ざっくりと海外のバズがすごく多かった印象です。
──海外でのバズをさらに大きくするという選択肢もあったかと思うのですが。
河野:僕も理想としては、もちろん海外のバズを広げることをしたかったんですけど、現実的には厳しかったんです。だったら「海外バズを日本に持ってこれるように」っていうのが自分たちにできることで、それをやるために色々と外部、社内に相談して施策を進めていきました。
──具体的にはどのような施策を打たれたんですか?
河野:Believe Japanの小林さんなど外部の知見をお借りして、まずTikTokの音源を整えました。非公式な音源だったものも含めて、「公式音源」にしてもらったんです。そして、「現象」として「今HALCALIがバズってますよ、HALCALIが今海外で来てます」っていうニュースリリースをたくさん出しました。当時リアルタイムで聞いていた方にはすごく響くんじゃないかなと思ったので、業界の皆さんと一緒に協力しながらやりました。
──業界の方々との連携も重要だったんですね。
河野: DSPさんであったり、業界の関係者の方々にこの事象をどんどん伝えていきました。例えば、プレイリスト入りを検討してもらうことや、株式会社arneの松島功さん、音楽コンシェルジュのふくりゅうさんなどにSNS投稿していただいたり。徒然研究室さんにはXで分析をしていただいてシェアしてもらったりとか。小さいオーガニックでありながらも、しっかりと「国内で今来てるんだぞ」っていうのを伝えようとしたのが、バズ戦略でやっていった内容です。
男子高校生デュオ「はつやぎ」さん現象から生まれた転換点
──7月に入ってからの急激な数字の伸びが話題になりましたが、Spotifyデイリー31万回というのはすごい数字ですね。
河野:第1フェーズでSpotifyデイリー15万8000回だったピークを、第2フェーズでは31万回まで押し上げました。きっかけは男子高校生デュオ「はつやぎ」さんのダンス動画です。これがすごく興味深くて、我々が振り付け動画を用意してインフルエンサーに依頼していた一方で、「はつやぎ」さんが独自に考案した振り付けが大ブレイクしたんです。
──それは完全に偶然だったということですか?
河野:そうなんです。実際に「HALCALI」のライブでやっていた振り付けがあったので、そこから振り付け動画を用意して、こんな感じで踊ってくださいっていう流れで仕込みをしていたんです。ところが、「はつやぎ」さん独自の振り付けで、全く非公式のものがバズったんです。
──第2フェーズでは、その偶然性をうまく活用されたんですね。
河野:「すごい高校生がいるな」っていうのですごく注目をしていました。改めて「はつやぎ」さんとは、新しいTikTok音源を追加した時に連絡を取り合いました。「新しいことをやっていきたい」ということもすごく受け入れてくれて、その後の新しい音源がまた大きなバズとなり、それが『ブレイク』に繋がったのかなっていうのがあります。「はつやぎ」さんの動画がなかったら、今のこの数字はないのかなと思うので、そこのタイミング・縁があったのかなと思います。
──TikTok向けの音源作りで意識されたことはありますか?
河野:最近のTikTokの流行りについて、個人的な考えですが「TikTokで流行っている部分」と「その楽曲を頭から聞いた時」って、一致しないことが結構多いなと思っています。「これ流行っているんだな」と思って実際に聞いてみると、全然イントロが違ったり、そういうことが結構あると思っています。
──「おつかれSUMMER」では、その特性をどう活用したんでしょう?
河野:一番最初にバズっていたところは楽曲のラスト30秒部分、「どーってこたない」のところでした。これ以外にもUGC(ユーザー生成コンテンツ)にいろんなところが切り出されていて、これっていい意味で面白くて、TikTok的に考えたら1曲の中でいろんな遊び場があるなと思ったんです。同じ曲とは思えないくらいバリエーションがあることで、ユーザーとしても遊び感覚でたくさん使ってもらえるなと。とにかく、可能性を広げられたのかなとは思います。あくまでも我々はTikTok音源の切りどころを通じて、ユーザーに遊び場を提供できたのではと思っております。
──DSPとの関係性についても聞かせてください。プレイリストへの働きかけなど、どんなことを意識されましたか?
河野:特に、Spotifyの現象については、何度もメールを送っていました。まずはチャートに入りたいっていうのがあったので、色々ご連絡取り合ったのが大きいと思います。あとは、Spotifyが新聞と連携している記事にも、「おつかれSUMMER」を取り上げていただいたりもしたので、協力的になっていただいて、我々にとって大きな機会になったのかなと思います。「Gacha Pop」というプレイリストのトップカバーもHALCALIでやらせていただきました。こういったことから、プレイリスト戦略まで色々見ていただいたことが、再生数の拡大や、新しいリスナーに繋がったのかなとは思います。
限られた予算で実現した2倍成長の秘訣
──成果を数字で振り返ると、どんな手応えを感じられましたか?
河野:個人的な目標として「今年中にバイラルチャート入り」を掲げていました。5月時点で複数の国で「海外バイラルチャート」に入り、第2フェーズでは「グローバル、アメリカ、日本」のバイラルチャートに入ることができました。自分が仕込んだ施策で第1フェーズの2倍の数値を達成できたことが、最も手応えを感じた瞬間です。個人的にも、すごく達成感を得られましたし、自分が仕込んだことがうまくいったんだなっていうことで、水準も上がったと感じています。
──チャートという客観的な指標で見えてきたものもありますか?
河野:はい、チャートという数字をみた時に「この数字は本当に生きてるんだな」と感じました。本当にTikTokでも、すごく広がってるんだなっていうのは実感していました。
──予算面での制約もある中での取り組みだったと伺いましたが。
河野:自分のイメージとしても、最初からお金をかけるというよりかは、まずは社内、自分で考えてできることをやる。それでもどうしても使わないといけない時に、インフルエンサーの方などに依頼をしようという考えで進めました。
──基本を大切にされたということですね。
河野:「バズってるから特別なことやろう」と思ったことは一度もなく、基礎を固めて、その土台を整えられたことがすごく良かったと思います。改めて考えた時に、「どこ」に「誰」に向けてという、マーケティングの基本の部分を当たり前にやって、そうやっていけば繋がるのだと。次の「バズ」がきた時にも、この経験を活かしていけるのかなと思いました。
──フォーライフさんが今年50周年を迎えられたことも、今回の取り組みと関係がありそうですね。
河野:弊社は今年6月1日で設立50周年を迎えました。今回の成功体験を活かし、他の旧譜楽曲でも同様の取り組みを展開していきたいと考えています。昨年も「DOUBLE」のアルバム収録曲「Strange Things」が海外で少しバズりました。海外のアンダーグラウンドを紹介する方のTikTok投稿がきっかけでバズったんですけれど、実は、このバズの流れを取り逃がしてしまったというのがありました。
──今回はその経験を活かしたということですね。
河野:もちろん、この1年の中でも悔しさとか、やりきれなかったなっていう思いがあったので、今回に関してはその反省というか。「今回は絶対逃さないぞ」っていう気持ちがありました。まだ言えることはないんですが、「おつかれSUMMER」以外にもやっていきたいなっていうのは強く思っています。
データと感覚で読み解くデジタル時代の音楽ビジネス
──総括として、今回の取り組みで最も重要だったポイントはどこにあったと思いますか?
河野:この第1フェーズに関しては、自然発生的な海外で起きたものでもあるので、我々が何かをしたっていうところがないんですけれど、しっかりそこで国内に持ってくるように土台をちゃんと固められたことが、この第2フェーズに繋がったことなのかなと思います。なので、ちょっと偉そうな言い方になっちゃいますが『偶然のバズから必然のバズ』に持ってこれたことで、主導権を握りながらできたというのが今回の結果に繋がってるのかなと思います。まだまだ夏以降も頑張りたいと思います。
──バズの持続性については、どんなことを意識されましたか?
河野:この夏の名曲、夏の曲として位置づけができたのがすごく大きいと思いました。『夏の楽曲』として位置付けることで、「おつかれSUMMER」が来年も再来年も聞かれるんじゃないかなと思っています。
──デジタル化が進む音楽業界で、今回感じたことはありますか?
河野:デジタルってどこにでもありますよね。スマホ一つにとってもデジタルなので、手に取りやすい環境というのは入社当時から思ってはいたんですけれど、今溢れる情報の中で、情報を整理できるかが重要だと思います。「おつかれSUMMER」に関しても、いろんな溢れた情報に関して、ちゃんと整理して、対応や考えを整理した上で気をつけるべきところもあるので、そこは個人的には意識しています。
──データと感覚のバランスについては、どう考えられていますか?
河野:今回に関しては多分両方だったと思います。データとして数字の上がり方はあると思いますが、広まり方の波や、TikTokの音源に使われているその『あり方』を見たときに、肌感的にも「これはもう今までにないものが来るのでは」というのを感じました。社内でも上司に「これはすごい」という感触を聞けて、手応えを感じ「これが何かの現象なんじゃないか」というものが、データを見ながら感覚ともマッチしたというところで動き始めました。
──音楽業界全体として活かせることについて、今回の経験から感じたことを聞かせてください。
河野:デジタル2年目の僕がおこがましいですが、僕自身の考えとして「届け方」を意識しています。例えばリリースされる楽曲は、アーティストさんやA&Rの担当がいいものだということで世に出してるっていうところがあると思うので、どちらかというと我々は作る側ではなくて、「そのいいものをどうやって届けるのか」というのはすごくテーマがあると思います。海外でバズっている時も、本当はそこの地域にピンポイントに届けられたら、もっと広まるんじゃないかなと。そういうことも含めて「届け方」というのは、僕自身意識しています。当たり前のこと言ってるんですけれど、我々は届ける側の人間だからっていうのを常に意識している部分ですね。
フォーライフ50周年、旧譜活性化の未来像
──最初の海外バズの背景には、どんな要因があったと分析されていますか?
河野:「渋谷系」にフォーカスが当てられたのはとても良いタイミングでした。「おつかれSUMMER」に関しては、ファンタスティック・プラスティック・マシーンの田中知之さんプロデュースっていうのもあって、僕も初めて聞いた時はなかなか古さを全然感じないというか、ある意味ちょっと新しいのかなっていうところも含めて。楽曲的に掘っていくと、ラテンというか、古いラテンの要素が活かされているような部分もあります。なので、楽曲のクオリティも含めて、我々世代には新しいと感じます。当時の方にも懐かしいと思ってもらえて、いろんなところで人それぞれの捉え方にうまく繋がってはまったのかなといった印象はあります。
──河野さんご自身のキャリアについても聞かせてください。音楽業界を目指したきっかけは何だったんでしょう?
河野:具体的に言うとEXILEさんが好きで。小学4年生の時にEXILEさんを知って、初めて小学校6年生のライブに行った時に、エンターテイメントを肌で感じました。そこから音楽がずっと好きだったので、それがきっかけで音楽を届ける側になりたいなって思っていました。
──最初から裏方を志向されていたんですね。
河野:大学時代は、尚美学園大学で音楽ビジネスを専攻して、その後フォーライフミュージックに入社しました。業界には小さい頃から憧れていたので、過去の自分に恥ずかしくないようなことができてるのかなと思ってます。
──現在のデジタル部門への移動はご自身の希望だったんですか?
河野:デジタルは技術的にも時代だなと思っていたのと、配信をやりたいっていうのはあり異動させてもらいました。入社後はA&R・マネジメント・ライブ制作の幅広い業務を経験させていただいていただきました。弊社として、規模がそんなに大きくない中ではあるので、限られた人数でやることはたくさんあります。人が少ないからこそ、みんなできることが多いなっていうのがすごく面白いなと思っています。現場含めていろんなことができるっていうのが1個自分の強みかなと思っていて、そこで得た知見も活用できています。
──設立50周年という節目を迎えられた今、旧譜活性化についてどんなビジョンをお持ちですか?
河野:今年6月1日で弊社は設立50周年を迎えましたが、今回の「おつかれSUMMER」の成功体験を活かして、他の旧譜楽曲でも同様の取り組みを展開していきたいと考えています。弊社の歴史を振り返ると、本当にいい楽曲がたくさんあるんです。そういったものをもっと多くの人に届けていきたい。
特に「おつかれSUMMER」のように、僕も5歳の時の楽曲で全然リアルタイムで聞いてないんですけれど、初めて聞いた方には「フレッシュ」に感じてもらえるという現象が起きています。アーカイブされた楽曲を、日本国内だけでなく世界も含めて伝えていくというのが、今の自分のポジションでできることかなと思います。
──50周年記念の取り組みも進行中ですか?
河野:原宿ペニーレーンでは50周年イベントを開催したり、1組のアーティストにフォーカスしたイベントも企画しています。会社としてすごく大きな節目の時期なので、過去の楽曲の価値を再発見してもらえるような取り組みを続けていきたいですね。
──河野さんは今回の成功を受けて、この先どんなことに取り組んでいきたいと考えていますか?
河野:具体的な将来像は正直まだ描けていないんですが、今年の50周年という機会を活かして、旧譜活性化のプロモーションをもっと発展させていきたいと思っています。「おつかれSUMMER」以外にも取り組んでいきたい楽曲がたくさんあります。併せて現行のアーティストも所属しておりますので、新譜のプロモーションにも今以上に注力していきたいです。
──この記事を読まれている業界の皆さんに、今回の経験を通じて伝えたいことはありますか?
河野:今回の「おつかれSUMMER」の事例が、旧譜活性化の新たな可能性を示せたのではないかと思っています。特別なことをやろうとするのではなく、「届け方」の基本を忠実に実行すること、データと感覚のバランス、各プラットフォームの特性理解、そしてステークホルダーとの関係構築、これらの積み重ねが重要だと実感しました。限られたリソースの中でも、工夫次第で大きな成果を生むことができる。そして何より、我々は「届ける側の人間」だということを常に意識している部分が大切だと思います。いいものをどうやって届けるのかというのは、デジタル時代においてもすごく重要なテーマです。22年前の楽曲でも、適切なアプローチで現代のリスナーに新鮮に響かせることができる。音楽には時代を超える力があることを、今回あらためて実感しました。業界の皆さんにも、眠っている名曲の価値を見直していただければと思います。
──「偶然のバズから必然のバズへ」と転換させた手法は、音楽業界全体にとって貴重な知見となりました。本日はありがとうございました。
(了)
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