第184回 Merlin Japan株式会社 ゼネラルマネージャー 野本晶氏【後半】

インタビュー リレーインタビュー

野本晶氏
野本晶氏

今回の「Musicman’s RELAY」は音楽プロデューサー 亀田誠治さんからのご紹介で、Merlin Japan株式会社 ゼネラルマネージャーの野本晶さんのご登場です。

大学卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社した野本さんは営業を経てソニーコンピュータへ出向し、プレイステーションの黎明期に携わります。

その後、ゾンバレコードジャパン、ワーナーミュージックを経て、2005年からiTunesにてiTunes Storeの立ち上げに参加。2012年にはSpotifyへ移籍し、2016年以降の日本展開を実現させます。

今回は、常に音楽業界の最先端を歩んできたキャリアから、現在GMを務めるMerlin Japanについてまで話を伺いました。

(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦 取材日:2021年6月30日)

 

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第184回 Merlin Japan株式会社 ゼネラルマネージャー 野本晶氏【前半】

 

「日本にあったほうがよくて、まだないもの」〜iTunes&Spotifyへ参画

──そしてiTunesへ行かれるわけですが、どういったいきさつだったんですか?

野本:ワーナーの直前に自分でやっていた会社で仙台のMonkey Majikというインディーズバンドが、仙台から全国区になるときにプロモーションを手伝っていたんです。当時はインディーズの地位はあまり高くなかったので、店頭では応援してもらえましたが、メディアにはなかなか入れなかったんですけど、当時増えてきたデジタル・メディアはすごく応援してくれたという印象があり、しかも配信が始まった時期でもあったので「デジタル配信はプロモーション的にも可能性があるし、間口が広い」という印象がもともとあったんです。

──それは着うたの時代ですよね?

野本:着うた時代です。そこでなぜiTunesだったかと言うと、ブランド的に鉄板だったのでうまくいくだろうという予想と、「iTunes Store、日本にあって欲しいよね」とシンプルに思えたサービスだったので立候補して潜り込もうとするんですが、そもそも求人は出されてないんです。アメリカ本国の現場責任者が日本における責任者を1人雇いたいと探していたんですが、その人が探しているのは、当然ながらキャリアがあって業界の重鎮に話ができる顔役と言うんですかね。そういう感じの人だったので、僕はちょっと若かったんですね。

──もうちょっと政治家みたいな人を探していたってことですね。

野本:はい。若くてそういう能力がある英語しゃべれる人みたいな「いるわけないじゃん!」って感じの人を探していたんです(笑)。当時レーベルを辞めて、フリーでやっている若者ってそんなにいなかったですし、業界の重鎮何人かに応援してもらえて、その人たちの推薦で無理やり潜り込むことに成功したんです。

──推薦を誰にお願いしたんですか?

野本:僕が知っている偉い人を順番に…ということで、まず丸山さんでしょ?みたいな(笑)。フジパシの朝妻さんとか、そういう方々ですかね。

──それで面接をして「すぐに来てよ」という話になったんですか?

野本:いや、ちょっと時間がかかりましたね。向こうも悩んだと思います。

──すかさずそこに行ったというのが、すごいなと思いました。

野本:たまたまフリーだったというのはデカいですけどね。会社員だったらそれを辞めてiTunesに行こうと思ったかどうかちょっと分からないです。でも、当時はすでにiTunesって鉄板だったんですよ。iPhoneはまだでしたがiPodはありましたし。

──iTunesが日本でスタートしたのが2005年ですが、野本さんが入られたのはその何年前になるんですか?

野本晶氏

野本:実は直前なんですよ。ローンチの3か月前に雇われて。スティーブ・ジョブズのCEOオフィスにいたジェームス比嘉という唯一の日本人でジョブスの側近を勤められていた方がiTunesストアの交渉全般を担当されていて、日本語が話せる沖縄人なので、日本でのレーベルとの交渉もジェームズさんがやっていたんです。それで「ユニバーサルと東芝EMI、エイベックスは契約したからあとやっといて、3か月で」と(笑)。

──(笑)。

野本:「一部のレーベルさんは時間がかかるかもしれないけど、あとはよろしく」みたいな(笑)。そのあとリアルに時間がかかるんですけどね(笑)。結果ワーナーさんとソニーさんなどは間に合わず、ソニーに至っては7年後に入ることになるんですが(笑)、本当に苦労しましたね。

──日本はなかなかその辺は大変でしたよね。

野本:BMGは先に入ったんですけれどね。当時は着うたフルがビジネスになっていてレコチョクも儲かっていますし、ユーザーの数もすごかったので、これはもう明るい未来しかないよねっていう状況でiTunesが「1曲150円で売りたい」と。アルバムを分割して1曲ずつ買えるというのはアメリカや世界では革命でしたが、日本では着うたがありましたし、400円で売っていた着うたフルの値段とくらべると150円というのは、ビジネスとしてなかなか受け入れてもらえなかったんです。のちにユーザーが複数曲を買ったり、アーティストのファンになったり、アルバムを買ったりするようになって、iTunesの強みをようやく理解してもらえたんですが、最初は口説くのが難しかったです。

──iTunesでいろいろ苦労をされたんでしょうけど、何年いらっしゃったんですか?

野本:7年ですね。

──ということはソニーを参加させて?

野本:これ、悲しい話があって。ソニーミュージックの洋楽が入って、邦楽も入れてくれそうなタイミングで、iTunesを辞めちゃうんです。ですからソニーミュージックが入ったのは経験してないんです。ただ、ソニーミュージックのカタログも入るというのが見えたところで、僕の役目は一旦終わったかなということで、次のチャレンジをしようと思って先に辞めちゃいました。

──既にSpotifyが頭にあったんでしょうか?

野本:「日本にあったほうがよくて、まだないものって何かな?」と考えたときに、YouTubeとかはもうスタッフもいたし日本にもあったし、僕が開拓する部分はちょっと少ないかなと思って、まだ日本に来ていないSpotifyを手伝わせてほしいと、当時ソニーミュージックのデジタル責任者だった方に無理やり頼み込んで、紹介してもらったんです。

──そのときにSpotifyのスタッフは日本に上陸していたんですか?

野本:本国のスタッフがマーケット調査でレーベルに会いに来ていました。

──実際にSpotifyの準備室に入られたわけですが、何人で準備したんですか?

野本:僕も入れて4人ですね。業界の窓口として僕がいて、ハネスという志願して日本に来てくれた日本法人代表のスウェーデン人。当時は日本語がしゃべれなかった彼と、コンテンツオプスと言って、カタログをアップロードするような技術担当と、法務的経験が豊富な担当の4人という時代がすごく長かったんです。

──4人でやっていたんですか…それは大変ですね。

野本:大変です。4人の時代が3年ぐらいかな? 始まりそうになるまでのSpotifyは、「カタログをアップロードして、プロモーションの相談をできる体制を整えてあるので、今すぐ契約をしませんか?」というために雇われていた最小限のスタッフだったんです。

とにかく時間がかかったのはフリーミアムだからですよね。フリー部分をどうするかという議論。当時はフリーミアムな契約条件を提案していたんです。何かと言うと、フリーの会員さんはもちろんいますと。ただ、フリーの会員さんでも広告収入で支払いは行われますし、それについての再生単価を保証していたんです。つまりフリーでも収入にならないということは絶対にない、という契約条件だったからフリーミアムと言えたんです。でも、今はさすがに一般契約からはその保証ははずれて「プレミアム会員がある程度いるからいいでしょう」ということになっています。それにしても、フリーミアム条件があってもフリー部分を受け入れることは大手映像サービスがフリー部分を拡張しようとアプローチをしているのと重なって、みなさん抵抗感があったんですよね。

──ちなみに野本さんはダニエル・エクにもスティーブ・ジョブズにも会ったことがあるんですよね?

野本:ええ。スティーブ・ジョブズはクビになるのが怖くて喋ったことないです。会ったことはありますけど(笑)。

──それだけでもすごい(笑)。

野本:ダニエル・エクとは、日本の話しかしてないですけど、結構話しましたね。Spotifyが海外でうまくいった一つの理由は全てのカタログをライセンスしてもらったから上手くいったんだと言ってました。違法なサイトに当時全ての楽曲があったりしましたから、それに対抗するためには、「これないじゃん」とユーザーに思われたら上手くいかないという経験値がダニエル・エクにはあったんだと思います。

「Spotifyの評価を揺るぎないものにするために日本で成功すべし」サービス開始への4年間

──ダニエル・エクにとっても日本に対しての期待というか、日本は絶対に欲しい市場だったわけですよね?。

野本:当時、Spotifyではフリーも加えるとちょっと再生単価低いんじゃないか?という説が主にトム・ヨークとかから出たりしていた時代だったんです。ですからフリーミアムモデルが日本でも受け入れられてローンチするということは、Spotifyのモデルを証明することにもなる、と日本は戦略的にも非常に重要だったんです。ですから本社も気合を入れていました。

──日本も落とせなければ世界的な評価は得られない?

野本:そうですね。アメリカでもレーベルとの交渉が揺らいでいる部分もあったので、評価を揺るぎないものにするために日本で成功すべしということですね。

──で、どこかで潮目が変わったんですか?

野本:確かに潮目は変わるんですけど大分時間がかかったので、緩やかに変わった感じがしますね。

──「あのとき」というような感じじゃなくてジワーッと。

野本晶氏

野本:スタッフ的には外堀を埋めるしかないなと思ったんです。まずビジネス面では「儲かる」という話が、当然一番インパクトが大きいわけで、取引条件でそこは頑張ろうと、結構大きな金額を保証するような提案をしたというのと、あとはSpotifyがストリーミングサービスの中で一番音楽が好きな音楽ユーザーのためのサービスだと思っていましたし、実際にそうだったので、「これは体験してもらったほうが早い」と、邦楽のカタログはないけど海外のSpotifyを日本にいながら使えるようなシステムを開発して、業界の人にいっぱい使ってもらったんです。亀田さんも最初にそれを使ってもらいました。

──まずは業界人を口説いていったと。

野本:それで音楽的にもビジネス的にも「いいよね」という人を少しずつ増やしていった感じですね。

──ちなみに日本のレーベルで最初にOKをしたのはどこなんですか?

野本:これは微妙なところですが、エイベックスですかね。エイベックスはiTunesも、僕は交渉していないですけど結構早めに決めたんです。エイベックスは会社のマインドもありますけど、ビジネス面での理解が柔軟でした。儲からないとやらないけど、儲かるんだったらやるよという部分もあったりしたので、交渉はしやすかったですね。

──結果、よくぞここまで拓いてくれたなと思います。2012年夏にMusicmanで榎本幹朗さんの連載「未来は音楽が連れてくる」が始まるんですが、その秋くらいに渋谷のタワーレコードで榎本さんから「今、日本にSpotifyをスタートさせようと暗躍している方」と野本さんをご紹介頂いて(笑)。

野本:ああ、そうでしたね(笑)。

──あの榎本さんの連載は、日本でのストリーミングに対する機会を相当早めたんじゃないかと自負しているんですが、それでも連載開始から実際に日本でストリーミングが解禁されるまで4年ですからね。

野本:榎本さんの連載は非常にマニアックな内容で、レコード会社のおじさんたちは当時ついてこられないぐらいの内容だったんですが(笑)、Spotifyのスタッフだった僕らからしてもすごく面白い内容でしたね。

──ただ、これだけレーベル側やアーティスト側が理解を示すようになったのに、今度は肝心のリスナー側がいまいちな反応というのは意外でした。

野本:まあ日本にはレンタルという存在がありましたし、YouTubeという存在が大きいんですね。地方や軽めの音楽ファンを考えていくと、やっぱり無料で音楽を聴いている層って多いと思うんです。でも、「月980円でこんなに自由に聴けるなんて最高じゃん!」と思うんですけどね(笑)。

──我々も完全に同感です。

野本:ちょっと上から目線になってしまいますが、そういったエデュケーションがまだまだ必要なのが日本じゃないかなと思いますね。

──榎本さんも「そんな甘くないですよ」ってずっと言っていて、その通りになっているなと。

野本:サブスクリプション契約数で一番多いのは、エンタメ系だと衛星放送だったと思うんですけど、ひとつのサービスでは数百万という単位だったので、それを越えていくのはなかなか難しいんだろうなという意識はありました。ただSpotifyに賭けられると思ったのは、フリーからプレミアムに転換する可能性があるところ含めて、音楽好きを増やせると考えたからなんです。

──980円なんてすぐに払うからこの邪魔な宣伝をどかしてよって、みんなすぐに会員になると思ったんですけどね。

野本:実は、フリーで1年以上使い続けている人のほうが有料会員になっても長続きするんです。いきなり有料会員になった人は「やっぱりやめた」と抜けちゃうので。やはりお互いの信頼関係がすごく大事なのがサブスクビジネスだったりするのかな?というのがSpotifyのビジネスモデルですごく勉強できたことですね。

あと、榎本さんの本(「音楽が未来を連れてくる 時代を創った音楽ビジネス百年の革新者たち」)の最終章でも書かれていましたが、980円って実は安くて、日本ではデジタルアルバムだと2,000〜2,400円だったりしますから、本当は月2,000円ぐらいの価格でも然るべき。それがちょっと引っ掛かるポイントではあります。

なぜ980円にしたかというと、LINE MUSICもそうですが、着うた時代の悪い記憶で、300円・500円だと全国民的に普及するという経験があったので、500円以下がいいんじゃないか? という説が結構あったんです。1,500円とかは絶対に無理だと。全国民を考えたら、それは真実だと思うんです。ただ、音楽好きに対してから始めるとすると、Spotifyも本当は1,500円に近い価格じゃないと、権利者への払い出しが多いビジネスなのでなかなか黒字にならないんですよね。

──野本さんがSpotifyを辞めるタイミングはいつだったんですか?

野本:サービスが始まって2年弱くらいですね。ようやく有料会員の桁数がひとつ上がって、ベンチマークを達成しそうだなというときに、まあ僕も長くいたので卒業しようということで辞めました。

──未練はなかったんですか?

野本:続けてたら、なんて言うんですかね…仕事がルーティンになっていくだろうなという予想はありました。

──お辞めになるときに次の展開は見えたんですか?

野本:そのときはどちらかと言うと引退じゃないですが、自分で趣味に近い感じでレーベルでもやろうかなと思っていたんです。当時TuneCore Japanとかから配信するようなDIYアーティストがストリーミングで売れる時代になってきたので、そういうところをお手伝いするエージェントをやっていました。

──それはもう独立して1人で?

野本:最初は普通に1人会社ですね。昔作った1人会社を復活させてみたいな。

──その辺の思い切りのよさはすごいですね。当面の目標を達成したからって次に行けるのは、すごく軽やかだなと思います。

野本:当然のことなんですが、Spotifyのビジネスを大きくしようとなると社員も30人以上になっていましたし、僕の上に日本の社長もいるし、本国との関係もそれなりに遠くなっていたので「会社っぽくなってきたな」と。

──会社があまり好きじゃない?

野本:好きじゃないですね(笑)。あと、いくつか国内の企業さんとかレーベルさんから「興味があるんだったら面接してあげてもいいよ」みたいなお声がけいただいたんですが、僕も40後半で、レーベルで活躍できる気もしなかったですし、他の会社ですごく偉くなるという選択肢もなかったので、だったら自分でやるかという風になったんです。

 

インディーズレーベルのビジネス拡大を契約面からサポートするMerlin

──結果、Merlin Japanに行くことになりますね。

野本:ええ。Merlinはもともとその存在を知っていて、日本でもっと広がればいいのになと思っていたので。そこは今までの流れと一緒ですね。

──Merlinは向こうから話が来たんですか?

野本:どちらかというと僕の方から「お手伝いをしたいです」と行きました。Merlin Japanはもともと元エイベックス・ミュージックパブリッシングの谷口元さんが、エイベックスをお辞めになったあとに、ご自身の会社で業務委託という形でやっていたんです。Merlinとしては会員を日本で増やし、海外の会員さんのカタログを日本で活性化させたいという気持ちはあったんですが、会社組織ではなかったんです。

──MerlinとTuneCoreって同じようなことをやっているのかなと一瞬思ったんですが、どう違うんですか?

野本:TuneCoreさんはいわゆるディストリビューターと言われています。ディストリビューターは契約、配信の手伝い、レポーティング、ダッシュボードみたいな配信に関わるすべてを担当する会社ですよね。TuneCoreに登録すれば全部やってもらえる卸と言えばいいんでしょうか。アーティストディストリビューターと言われる個人向けのサービスがTuneCoreで、レーベル向けのディストリビューターだったらもういくらでもあります。NexToneさんやスペシャさん、海外だったらFUGAとかとにかくいっぱいあるんです。

その契約部分において、どうやらメジャーは一部のサービスとの間で一般条件よりいい条件を取り交わしているらしいぞと。対してインディーズレーベルはその部分において権利を主張できてないというギャップを埋めるために、インディーズレーベルがMerlinという名前のもとに集まったら、交渉力ができるだろう。いい条件を取るための契約部分を担当する会社がMerlinなんです。

──要するに条件面の話をつけてくるのが役割ですか?

野本:そうですね。TuneCoreさんがやっているような全部はやらずに契約部分に特化したのがMerlinです。

──なるほど。

野本:レーベルにとって、売り上げのレベルによってステップが変わってきます。アーティスト1人で始めて、最初はTuneCoreのようなアーティストディストリビューターで自分の作品を世に出し、たくさんのアーティストと契約するようになってレーベルオーナーとして月何百万か売り上げになったらレーベルディストリビューションに委託するようになる。そして、デジタルの売り上げが月1,000万くらいになってきたら「これってひょっとして、自分で契約できるんじゃないの?」と、はじめて直契約やMerlinを考え出すんですよね。「契約を自分でするのとMerlinとするのとどっちがお得かな?」と。「だったらこのサービスとあのサービスだけはMerlinの契約を使おう」みたいに、自分のデジタルビジネスの足りないところを補強することに使えるんです。

──Merlinは何年前に誕生したんですか?

野本:11年前です。Beggars GroupやDominoとかそういったヨーロッパのとても大きなインディーズレーベルでも、ひとつずつにするとマーケットシェアって限られていたりするので、それぞれが10パーセント以上のシェアを持っているメジャーの交渉力とはちょっと対抗できなかったんです。

──なるほど、そこを束ねて交渉力アップすると。ビジネスモデルとしてはアップした分の手数料ということなんですか?

野本:そうですね。ちょっと共済みたいな感じで、必要経費はレーベルの収入からもらいますけど、1.5パーセントです。もしあまったらそこからさらに返しますよ、という感じで経費だけもらっているという感覚なんです。

──ということは、ある程度の規模のレーベルマネージャーみたいなことをやっているってことですよね。

野本:みんなその手数料を払ってMerlinに入るということはそれ以上のメリットが契約的にあると思っているから入るんです。

──でもたった1.5パーセントしかとらないんですか?それってすごく良心的ですよね。

野本:だってここでパーセンテージをとっちゃったら元も子もないというか。やっぱりストリーミングになってインディーズが段々強くなっているので、収入増にさらに貢献しないと。

──いま日本で何社ぐらいMerlinのサービスを使っているんですか?

野本:アクティブに使っているのは35社になりました。

──少しずつ増えていると。

野本:増えましたね。最近だとFacebookやTikTokなどのSNS系でも契約ができるようになって、フラットフィーと言われる契約方式なんですが、僕らはグローバルで交渉するのでうまくいったときは世界規模なので、ベースが大きいんです。日本のレーベルが日本のシェアで交渉すると、日本のスケールになっちゃいますが、Merlinだと(世界に会員さんがいるのでべ―スが大きくて)当たったときがデカく、夢があるんですよね。

──確かにInstagram、TikTokなどがどんどん原盤を使うサービスを始めていますよね。

野本:ええ。例えばInstagramのストーリーにミュージックスタンプという機能があって、ミュージックを選んでスタンプっぽく音楽を貼れる、公式ライブラリーがあります。一方で、TikTokでもユーザーが勝手に音楽を使って上げちゃうじゃないですか。

もちろんミュージックスタンプのようなライブラリーも人気があるんですが、割合として9割以上は、ユーザーさんが勝手に使ってくれているもの、例えば、友だちの結婚式のビデオを録ってFacebookに上げました。そこに曲が入っています。というようなケースはすごくたくさんあるので、そうしたUGC(ユーザーが作成したコンテンツ)に対しても対価を求める契約です。

──ちなみにYouTubeはどういう契約になっているんですか?

野本:交渉の歴史がある分、先に進んでいて、コンテンツIDというシステムで権利者に対して広告収入から分配をしますという契約です。ただ、バリューギャップといわれる音楽に対する対価が低いと主張する説もあったりするんですが。

──分配率が低いとか?

野本:微妙なんですけれどね。確かに低い国もありますが、アメリカと日本は単価としては低くないです。また、スケールが大きいので結果収入も大きくなってる。

──ミュージシャン、アーティスト側からすると、正直みんな1回再生されて一体いくらぐらいになっているかというのはわからないわけですよね。Apple MusicやSpotify、AWA、LINE MUSICといろいろ単価が違うというのは聞きますが。

野本:それは実際にそうです。レポートの数字をそのまま発表しちゃっているインディーズアーティストとか日本にも海外にもいたりするので、ちょっとググれば単価は見えちゃうんです。だけど単価だけで判断するのは危険だなとは思っていて。結果、単価×聴いた人数×聴いた回数じゃないですか。

──総額ですよね。

野本:はい。複数の要素をあわせて判断しないと全体像はわからないことになっちゃいます。聴いている人が少ないけど曲単価がすごく高いサービスと、曲単価はちょっと低いけど聴いている人がたくさんいるサービスのどっちがいいですか?ってことなんですよね。

──少なくても単価が高いほうがいいという人は、例えば○○でやりますとかそういうことなんですか?

野本:そうですね。まあ世界でもそういうサービスはあったりするんです。大体携帯キャリアのプランにバンドルされているようなサービスにはそういうものが多いんですが、契約はしているけどあんまり使っている人がいないというのは、音楽を広める本当の意味には繋がっていない。僕はどんどん聴かれたほうがいいと思いますけどね。

──私もそう思います。

野本:ただ、ある一定の収入にならないとお互いにビジネスとして継続性がないので難しいところです。だからユーザー単価とユーザー一人あたりが聴く楽曲数のバランスを気にしたほうがいいんじゃないかなと常々思いますけどね。

──自分の周りの一般の人を見ている限り、せっかく980円を払っていても確かに大して使っていない。毎回自分の好きな曲とか知っている曲、ファンのアーティストの曲とか、それしか聴いてないんじゃないの?という人も結構いるじゃないですか。多分あの使い方をしていたら980円は高いという気になってきますよね。

野本:日本って好きなアーティストばかりを聴くユーザーさんが多いですよね。海外だとジャンルで好きな人のほうが一般的だったりして。「僕はクラシックロックが好きです」みたいな人はエアロスミスも聴けば何でも聴くみたいな。

──ラジオがそうですもんね。ジャンルで分かれていて。

野本:そうですね。例えば、Spotifyはオススメ力が非常に高いので、特定のアーティストファンである人もそんなに嫌な気分にならないと思うんですけどね。これからサブスク世代というのが生まれてくるわけじゃないですか。すでに聴き方が狭いなりにも、いままでよりは幅広くなっていると思いますし、TikTokとかを見ていても洋楽が急にバズったりするケースもあったりして、そういうジャンルやアーティストの垣根が薄くなってきていると思いますので、今後期待できると思います。

 

ある程度の売り上げがあるレーベルはMerlinに興味を持ってほしい

──Merlinで実際にお仕事をされてみていかがですか?

野本:Merlinのいいところは、世界のインディーズレーベルの頑固おやじと触れ合えるところですかね(笑)。

──(笑)。

野本:Merlinの運営って、生徒会の選挙みたいに世界のみんなが投票して選ぶ15人の理事で重要事項を決定するんです。

──日本人もいるんですか?

野本:マーベリックの大石(征裕)さんがデンジャー・クルーというご自身のインディーズレーベルの代表としていらっしゃいます。その15人のおじさんの意見を聞くのがメッチャ勉強になります。頑固なオヤジばかりなんで(笑)。

──(笑)。

野本:大分メンツは若くなりましたが、レジェンドがたくさんいるんです。

──組織に属していない一匹狼たちの集合体であると。

野本:そうですね。今は理事じゃないんですが、トミー・ボーイというニューヨークのヒップホップレーベルのトミーさんというおじさんが「俺が日本を見ている感じでいくと、お前らはCDとデジタルの両方、二兎を追っているようにしか見えない」と。「俺ら古いレーベルはCDでビジネスをやっていたけど、ある時期にストリーミングで行くと決めた」「どっちを優先するか決めないと、どっちもうまくいかないよ」って言われて。僕でさえも両方期待しちゃっていたなっていう。

──なるほど…。

野本:もちろんCDはやっちゃいけないということはないし、売れる分にはもちろんあっていいと思うんですが、要はマインドセットの問題じゃないですか? 「デジタルをやるんだという風に決めないと上手くいかない」というアドバイスを受けた気がして、それはすごく心に残っています。

──まさに二兎を追うものは一兎を得ず。

野本:アメリカにそういう格言はないと思うんですが、世界共通である可能性はあるだろうなと思いますね。ちなみに今デジタルの世界売り上げの15パーセントがMerlin経由になりました。

──そんなにいっているんですか。日本はこれからという感じですか?

野本:まだまだ、これからです。

──ちなみに日本ではどういった企業と仕事をされているんでしょうか?

野本:例えば、ポニーキャニオンはアニメがあるじゃないですか? 海外戦略を考えたときに自分で契約できないサービスもあるよねみたいなことです。また、Spotifyの更新をするというときにMerlinの契約条件と自分が契約できる条件を比べて、シンプルにSpotifyに関してはMerlinでいいじゃないかと。ポニーキャニオンは日本の中では先進的な例かな。あとはUK.PROJECT、ヒップランドミュージック、デンジャークル―など音制連系を含むインディーが多いですね。あとウルトラヴァイブ、スペシャなど流通系もかなり多いです。

最近日本コロムビアさんがFacebookに参加したりとか、フォーライフ、吉本といった日本のいわゆるレコ協正会員さんも少しずつ増えてきた感じです。ただTuneCoreはビリーブというフランスの親会社さんが「Merlinとは相容れない」と思っているみたいで入ってもらえてません。DIYアーティストも是非お手伝いしたいんですけどね。

──日本においてMerlinの認知度は上がってきたと感じますか?

野本:だいぶ有名になってきましたが、全員が全員「Merlinが何をしている会社か?」というのを正確に言える感じではまだないです。とにかく「ある程度の売り上げがある人はMerlinに興味を持っていただいたほうがいいと思いますよ」とシンプルに伝えていきたいですね。

──ある程度売り上げが多くなったらMerlinを意識しろと言えるところがすごいなと。

野本:効率の問題ってあるじゃないですか?ある程度売り上げが上がったら自分で人を雇ってビジネスを回したほうが効率いい。世界の新しいサービスにも初期から参入してシェアを獲得してゆく方がいい。ただ、そこになるまでは代理店的なところに手数料を払ったほうが安いですよね。

また、例えばJASRACは日本で最強だと思いますが、世界からどのくらい徴収できているかという疑問があったりするじゃないですか。特にストリーミングは、収入が世界から確実に少なくとも原盤分は徴収できるというのが大きいですし、ドイツの数字とかを見ても、海外でドイツの音楽がストリーミングで初めてたくさん聴かれるようになって売り上げが倍増することで音楽業界全体が復活したわけです。日本には日本語という限界はもちろんありますけど、今後はある程度世界を意識しないとダメだと思います。2割でいいから海外の比率を持っていく。普通に考えて、日本だけで伸びるなんてもうないわけですから。

──やはり日本語で書いている以上は、世界ではなかなか広がらないですか?

野本:いや、一言でいいので英語を付け加えるでもいいんですよ。やはり世界の音楽ファンと繋がれる可能性があると思ってやらないとストリーミングは売り上げにならないです。

──待たれるのは音楽界の大谷翔平のような存在ですかね。そういう人が1人ボーンと出てきて海外の目が一斉に向くとか、そういうことが起きたら面白いだろうなとは思います。

野本:そうですね。Merlinメンバーでもあるアソビシステムさんの新しい学校のリーダーズが、アジア系アメリカ人がやっている88risingと契約したんですが、TikTokで一気に200万人にフォロワーが伸びているので、やっぱりそういうきっかけさえプロデュースできれば世界のファンに受け入れられることは必ずあると思います。

──韓国のアーティストがあれだけ注目を浴びているのに、日本は基本的には鎖国が続いているみたいな感じですよね。

野本:言葉と気分の両方じゃないですかね。言葉ができないんだったら気分だけでも海外に向かないと。ストリーミングに関しては一番面白いところをやれていないと思いますしね。

──日本もやればきっと面白いですよね。

野本:音楽的にニッチな人のほうが行きやすいかもしれないですね。最近、僕が個人的につながってるアーティストが、メキシコの人に「この英語の曲のレビューを書いてくれ」って頼んだら、「いや、僕は日本語の曲の方が興味あるからそっちを書かせてくれ」って(笑)。それでそのアーティストの日本語の曲についてスペイン語でブログを書いてくれたんです。そうしたら、そのアーティストのストリーミング数が一気に2割ぐらい増えたんです。たった一つの記事ですよ?(笑)そういうきっかけさえあれば日本語の曲でも可能性は本当にあるんですよ。

──そうやって他言語で伝える努力はこれから必要ですよね。

野本:全然片言でもいいんです。グーグル翻訳的な翻訳を手伝ってくれるものなんてたくさんあるので。メールでやりとりぐらいだったら機械翻訳でほぼ大丈夫ですから。

──最後になりますが、個人的な今後の目標はなんですか?

野本: MerlinでもMerlinじゃなくてもそうなんですが、大谷翔平とまではいかなくても日本語曲のヒットを海外で作りたいですよね。ちょっと事件的な、刺激がないと日本のスピードも早まっていかないので、そういったインパクトを今後残せていけたらと思いますね。