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MANAKANAとchao!は「生活を取り戻し、音楽を取り戻す。」【連載】After Music -音楽の次に選んだ仕事- vol.1

インタビュー After Music

あれだけ音楽が好きだったはずが、仕事にしたり、突き詰めていく最中に生まれる様々な葛藤に苛まれ、ついには自分の心さえ見失うことがある。アーティスト活動をしたり、好きな音楽に関わる仕事に携わる中で、そういう経験をした人は少なくないだろう。10代から音楽活動を続けている筆者も、その一人だ。

この連載「After Music -音楽の次に選んだ仕事-」では、音楽への向き合い方に悩んだ時期がある人に、どのように再び音楽と心地よい関係を結び直したのか、その過程を伺う。

初回のゲストは、2026年2月11日にドキュメンタリー映画『OK A ME REVOLUTION THROUGH MUSIC』を公開するOKAMEのMANAKANA(ex.CHAI)と、今作の監督でありKANAのパートナーでもあるイラストレーターのchao!。

2024年に突如解散したバンド・CHAIを「やり切った」と話し、音楽から離れることまでも考えた2人が、再びマイクを握るまでを追った今作。そんな彼女らの姿をカメラに収めた監督のchao!自身も、かつてはバンドマン。そして彼もまた音楽家としてのリスタートに向けて奇しくも現在楽曲制作に取り組んでいるとのことで、急遽同席してもらい話を伺った。

KANAとchao!が昨年から暮らす奈良の自宅は趣味と音楽が溢れ(chao!曰く“夢の部屋”)、柔らかな時間と陽射しが横たわり、朗らかな生活があることがそこかしこから窺えた。CHAI時代、活動が目まぐるしくなるほどに生まれていた心身と状況のギャップ。その様を「生活がなかった」と振り返る彼女らは、一度は音楽と距離を置いたものの、まず生活を取り戻し、次に心身を取り戻し、遂には音楽をも取り戻した。その一つひとつの決断の背景に迫った。


 

CHAI解散以降。生活と収入の関係は?

ーCHAIは海外公演が多かったりと、傍目から見ても凄まじいスケジュール感でしたね。

MANA:忙しいわりに、イマイチ数字がついて来なかったんですよね。

ーお2人でもそう感じられてるんですか。

KANA:もう気持ちはホール級でした。「ホールでライブ出来て当たり前でしょう!」ってスケジュール感だったんですよ。でも実際はホールじゃない、ってところにすっごい違和感があって。

ー状況と自分の心境がイコールになってる時間ってレアだし、基本食い違ってるからこそストレスも生まれると思うんですけど、今はそういうストレスがない?

KANA :ないですね。

chao!:今は今で良くも悪くも「これぐらいのスケジュールやからまぁこの月給よな」っていう時もあるよね(笑)。

ー現在のスケジュールと生活面のこともお聞きしたくて、ざっくりで構わないんですが、今の生活は音楽で得たお金とそれ以外で得たお金とだと、どういう比率で成り立ってますか?

MANA :私は音楽100です。っていうのはアイドル(KOMAGOME)のプロデュースもやっていて、自分たちの音楽活動以外にも、仕事を受けたりしているんですよね。音楽から派生した、たとえば最近だとA SCENEのプロモーションムービーのお仕事とかもあったりします。

chao!:僕らは、生活でいうと僕の収入が100かな(笑)。KANAは、音楽の収入をもう一回音楽に使ってるというか。

KANA :支えてもらってます、かなり。

ーそれはもうCHAI解散以降のバランス感というか。

chao!:そうですね。CHAIやってて三人で一緒に東京で暮らしていた時は、家賃や生活費を3等分にしてました。

ーちなみに一日のスケジュールってどんな感じですか?

MANA:めちゃくちゃ緩いよね。

KANA:制作の時は大体10時ぐらいに始めて、16時から17時ぐらいまでやりますね。

ー制作以外に好きなことをやる時間は、夕方以降とかになるんですか?

KANA:そうですね。家でぼーっとNetflixとかYouTube観たりしてゲラゲラ笑う、みたいなのが一番好きですね。食べたいもん食べて、寝転がって。

chao!:(2人は)朝から晩までずっとアンちゃん(自宅で飼っている犬)と遊べるタイプ。

 

「CHAIは日常がなかった」。初めて語る、解散の理由

ーchao!さんがお2人と仲良くなったきっかけって何だったんですか?

chao!:僕もバンド(APHRICA)のボーカルやってて。で、初めて対バンした日がカラオケもやる、みたいなちょっと特殊なイベントで、そのカラオケに唯一参加しなかったのがCHAIと僕のバンドやったんですよ(笑)。 尖り具合が似てるかもって思って。

ーそういう出会いだったんですね(笑)。この3人で東京の家に住んでいたのは、いつ頃ですか?

KANA:コロナ禍の、ちょい後くらいですね。

ーじゃあお2人がCHAI時代にちょっと疲弊して来てる様とかも。

chao!:バリバリ見てたし、僕は「もっとやった方が良いよ」と思うタイプじゃなかったから、「もう辞めたら?」って思ってました(笑)。そんなにしんどいならね。

ーそもそもなんですが、CHAIの活動を止めようと決めたきっかけは何だったのでしょうか。音楽性もどんどん確立されていってて、順風満帆に見えていただけに驚きましたし、解散に踏み切るまでに葛藤もかなりあったと思うのですが。

MANA:“NEOかわいい”ってテーマでやってたので、「“NEOかわいい”をフォーエバーします」っていう柔らかい形で発表させてもらって(笑)。特に理由は言わずだったんですけど、なんかね、いろんなね、理由があって。ちゃんと話すのは初めてかも。

ーあ、本当ですか?

chao!:ナイーブな部分だからね(笑)。

MANA:そう、でも言いたい(笑)。まず、人間関係に疲れちゃって、とんでもなく。

MANA

ーその人間関係っていうのはバンド内のですか?チーム内のですか?

MANA:全部ですね。数年前からちょっと疲れはあったし、人間関係以外にも疲れが色んなところで出てて。音楽もCHAIも好きだったはずなのに、嫌いになりそうで。

ー今回のドキュメンタリー映画の中で「CHAIは日常がなかった」という言葉がありましたけど、当時のスケジュールは毎日制作やらリハーサルやらで埋め尽くされてるみたいな状態だったんですか?

MANA:そうですね。で、私たち2人は忙しいのが大嫌いで。OKAMEのアルバム『DEBUT』にも「夜は嫌い」って曲があるんですけど、仕事も昼間に全部終わらせたくて(笑)。でもライブって基本夜じゃないですか?その期間が続けば続くほど苦しくなってきちゃったんです。

ー その苦しさを感じ始めたのって、アルバム何枚目あたりの時期だったか覚えてますか?

MANA:私は2枚目『PUNK』(2019年)ですね。

ー結構序盤に……。

MANA:(笑)。っていうのも、ありがたいことにテレビに出させてもらったことがあったんですけど、まずテレビが苦手で。めちゃくちゃ申し訳ないんですけど、一生懸命やってくださるテレビのスタッフさんを見てると「そんなに気を張らんでよ」って苦しくなっちゃうんですよ。常に「目標を叶えたい」「でも気持ちと体力が追いつくかな?」って葛藤の中で生きてたから、日常生活がなかったですね。

ーその状態がそこから4、5年ぐらい続くってことですもんね。

MANA:そうですね。もう正直呼吸ができてなかったです、歌う時も。

ー海外公演も沢山やられてましたけど、着いてすぐライブだったんですか?

MANA:そうですね。声が枯れる心配もせずに歌えるボーカリストっているじゃないですか?私はそうじゃないんですよね。だけど、どんな状況でもパフォーマンスを100パーセントでやりたいし、でもスケジュールは詰まってるし、って葛藤とプレッシャーがずっとありました。

KANA :私は『WINK』(2021年)の時、ちょうどコロナ禍で「ライブ出来ません」ってなった時に「ラッキー、やっと休めるわ」って思って。あんなに日本に居れたのも久しぶりだったし、家が好きだから幸せで。それを機にようやく自分の身体や精神の状態、環境や生活を見直せて。料理とか健康管理をするようになったのはあの時間のおかげで、私たちにとってはそれが本当にありがたい機会でした。

KANA

chao!:ヨガ始めたのもその時期やからね。

KANA:そうだね。ヨガインストラクターの資格もこの時期に取りました。

 

コロナ禍以降に訪れた、それぞれの分岐点

ーchao!さんは現在イラストレーターとして活躍されていますが、音楽とイラストのどちらを先に始めていたのでしょうか?

chao!:音楽が先なんですけど、絵は子どもの頃からずっと描いてて。バンドをやっていた時は「イラストレーターで有名になりたい」っていうのはなくて、「音楽で有名になりたい」だったんですけど、友達のバンドのグッズだったり、仲間に頼まれて描くことはありました。

ーバンド活動はどのくらい続けられてたんですか?

chao!:10年くらいかな?メンバーは変わっていきながら。些細なことというか、例えばスタジオに遅刻するメンバーがいて、でも「ごめん」の言葉がなかったり、デモを送っても返事がなかったり(笑)。バンドへの熱量がなかなか揃わなくて、結局バンドは解散しました。で、コロナ禍で「バンドもうええかな」ってなったタイミングで「残ったものが絵しかねぇ」ってなったんですよね。で、絵に本気出したら、まぁ上手いこといったという。

 ー絵が本格的に仕事になり始めた時のことって覚えてますか?

chao!:元々バンドをやっていた時も、イラスト用のInstagram経由で、仕事の依頼はちょこちょこ来てたんです。その頃は絵のタッチが今と若干違ってたんですけど、コロナ禍にKANAから「面白いアニメ教えて」って言われて、『幽☆遊☆白書』を勧めたのをきっかけに、『ドラゴンボール』とか『らんま1/2』とか1980〜90年代辺りの作品がずっと好きだったことを思い出して。その風味を自分の絵に少し取り入れてみたら、一気に仕事が来るようになりました。

chao!

ー皆さんコロナ禍のあの時期に分岐点があったんですね。

KANA:そうですね。あの時期に「コンプレックス出してこうぜ」って人たちがいっぱい出て来て、私はもう「“NEOかわいい”を世界は求めてない」と思ったんですよ。だからMANAには「もう“NEOかわいい”じゃないと思うんだよね」みたいなことをCHAI解散の2年前ぐらいから言ってて。

でも、やっぱりメンバーやチームの中では「絶対に“NEOかわいい”は続けた方が良い」「セルフラブっていうテーマを変えない方が良いと思う」って意見もあって。そこから私も人間関係とかにものすごく疲れて。このままいったら本当に音楽嫌いになると思って、で、嫌いになったんですよ(笑)。最後のアルバム制作時期ぐらいからポップス聴けなくなっちゃって。

ー聴ける音楽はありましたか?

KANA:ヒーリング音楽ばっかり聴いてました。音楽に対して癒ししか要らなくなっちゃって。最後のライブはやり切ろうと思ってCHAIの曲は練習してたけど、それ以外はなんていうか、ストレスの中にいました。 人から言われることが何でもかんでも棘に感じるというか。

で、MANAがやっと「やっぱり解散しよう。今のままだったら多分本当に仲悪くなっちゃうし、音楽も嫌いになるし、全部が上手くいかないから」って言って、すぐに解散へ動き出して。

ーそれはいつ頃ですか?

KANA :ラストツアーが始まる1ヶ月前とか?

ー1ヶ月前!?

KANA :はい。1、2ヶ月前にもう解散しよう、です。(ラストアルバムを)リリースした直後でした。

ー 1stアルバム『PINK』(2017年)はお2人が軽音部時代とかに聴いてたであろう音楽がルーツにあって、そこからアルバムを追うごとに幼少期へ遡っていく感じというか。ラストアルバム『CHAI』(2023年)はSPEEDやモー娘。を随所に感じたんですけど。

MANA :そうなんですよ!

KANA :若くなっていくんです。

ーだから解散を先に決めて、「やり残したことがないように」って決めてあのアルバムを作っていったと思ってたんですけど、違ったんですね。

KANA :最後のアルバムが一番きつかったです(笑)。サウンドプロデューサーはいてくれたんですけど、アメリカツアー中に全曲作らなきゃいけない環境になっちゃったから間に合わなくて。移動中に車の中でメロディを録って、MANAとホテルで携帯でガレバン(GarageBand)開いて、みたいな感じでした。

ーただ、そこまでしてやり切ったCHAIの活動終了から、2025年3月には早くもMANAKANAとしての1stアルバム『十二〜toni〜』をリリースされてますよね。

MANA:そうなんですよ。思ったよりも早く音楽が出来たんです。

ーアイデアが浮かび始めた時期って覚えてますか?

MANA:解散ツアーの時にはもうKANAはヒーリングをずっと聴いてて。で、「めっちゃ良いから」って聴かせてくれたんですけど、「私たち何ができる?」っていう音楽だったんですよ。というのも主メロが歌じゃない、何かの楽器でなきゃいけないっていう音楽が初めてで。そしたらKANAが笛を見つけて。「この笛のこれ、これが良い」って。

chao!:あれちゃう?カンボジア行った時のマッサージ屋でな。

KANA :そう!インドにバーンスリーって笛があるんですけど、それ一本だけの音楽がBGMで流れてたんです。それが当時の私にとってはとても刺激的で。「これやりたい」って思って、ツアー中にずっと練習してました。それでCHAIを解散してからはアイデアがめっちゃ出てきて。 一個抜けたら何か入ってくる隙間ができるから、その隙間にふっと入って来たというか。

MANA:KANAからあんなアイデアが出るのは初めてでした。

 

CHAIで終わらせたはずのポップス。OKAMEはどう捉えてる?

ー以前別の取材で 「ポップスはもうやり切った」とお話されていたた中で、CHAIで終わらせたポップスがOKAMEでまた戻って来たように感じたんですが、その変化はMANAKANAとしてのリリースを経たことがきっかけにあるのでしょうか?

KANA :なんかね、きっかけをくれる人がいたんですよ。その人が「やっぱり歌入れた方がMANAKANAちゃんは言霊が強いから響くんじゃない?」って。でも「え?いやいや歌わないです」って言いました(笑)。 「自分の作った曲はまだ歌えません。」って。

ー あ、まだってことは。

KANA :「いつか歌えるかも」っていうのはうっすら思ってたんですけど、でもその時は「歌えるもんか!」って思ってたから。でもやっぱり現実を見た時に、ヒーリング音楽はそこまで需要があるわけでもないし、私たちに求められてるのは歌だって感じてはいたから。「一回作ってみようか」みたいな感じで最初嫌々作ってみたら意外と作れたんです。

MANA:思ったより良い曲が作れたんですよ!方向性が分かったというか、「自分たちは今こういうものをポップスと思ってるんだ」って不思議と正解をどんどん出せていったんです。そこから別に何かに焦るわけでもなく、でもすごいスピードで自然と曲が出来ていきました。

ーOKAMEのテーマとして掲げられてる“音楽で革命を”という言葉も浮かんでいったのでしょうか。

KANA :そうですね。昔から「平安時代にモテる顔」ってCHAIの時も言ってたし、私たち2人だったらOKAMEだねって最初は名前から決めて、その頭文字がたまたま“音楽で革命を”だったんです。で、「そのテーマ良いね」ってなって。

ーお二人的に“音楽で革命を”っていうテーマは、自分自身に対しての革命なのか、それとも自分の周りや世間にといった外側に対しての革命なのか、どちらを指していますか?

MANA:なんだろう……全体かもしれないです。世間に対してもそうだし、自分たちに対してもだし、音楽業界に対しても。CHAIの時は表立って、世間に分かるように中指を立てながらやってたんです。だけど今は心の中で、って感じ。

CHAIの時も革命を起こそうと思ってやってたけど、“NEOかわいい”って言葉が強すぎて、それ以上に重くなるのもなーって。 だけどOKAMEだったら楽曲的にも“音楽で革命を”って言っても成り立つ緩さとポップさがあるので。音楽ありきのテーマですね。

 

ヨガやイラスト。音楽以外のライフワークとの出会いが変えたもの

ーKANAさんはヨガなど、音楽以外のことが音楽に与えた影響ってありましたか?

KANA :かなりありましたね 。ヨガを始めて、初めて「あ、呼吸できてないんだなー」って気がつきました。 私不眠症だったんですよ。なんでか分からなかったし、その時お酒もすごく飲んでたりしてたんですけど、ヨガの学校に行って、呼吸法とか、お酒ってあんま良くないんだとか学んで。自然と中指とか立てなくなりましたね(笑)。ユーミンの歌詞じゃないですけど「目に見えるもの全てがメッセージ」というか、全部が優しく見えて、あんまりせかせかしなくなりました。ヨガが音楽に影響を与えたというより、性格とか神経とか、身体についての学びが多かったです。

ー音楽を作る身体を作りやすくなったというか。

KANA :そうですね、健康について考えるのが好きになりました。

ー「健康の楽しさを伝える」ために『健康ビームフェス』を始められたそうですね。前回遊びに行きましたが、とても楽しかったです。こちらは今後も音楽と並行して続けていくのでしょうか?

KANA :来てくれたんですね、嬉しい!ありがとうございます。でも、『健康ビームフェス』も一旦今はやめとこうと思って。 とりあえずOKAMEで売れたいから、売れてから私のネームバリューも使って大きくしたい気持ちがあります。私は音楽が軸なんですよね、どう考えても。やっぱり何をやるにしても、そこがないと実動に繋がらなくて。だからまず音楽を成功させて、それに付随して健康のこともちょっとずつやっていけたらなって。

ー「音楽を軸にするかどうか」を悩んでた形跡を感じるからこそ、今すごくナチュラルに「音楽が軸になってから」っていう言葉が出てきたのがグッときました。

KANA :OKAMEを始めてから、「やっぱり、音楽向いてるんだな」って思わせてくれる人が多くて。歌うと色々広がっていって、ありがたいなって思います。

ーMANAさんはオリジナルキャラクターのおもちいずなど、イラストの活動もCHAIの活動休止以降で始められましたが、子どもの頃から描くことが得意だったんですか?

MANA:全然そんなことないです。今も苦手です。でも大好きなピカチュウみたいに、自分で愛おしいと思うキャラクターをいつか描けたらな、って思ったのがきっかけです。(chao! に)「絵がめっちゃ苦手なんだよね」って言ったら、「描いてみたらええやん」ってアドバイスをくれて。苦手なのにも良さがある、みたいなことを絵の勉強をちゃんとしてる人が言ってくれたのがめっちゃ大きかった。

chao!:「絵の世界は上手い人が描くものや」っていう印象が多分あったと思うんですけど、「“ヘタうま”ってジャンルもあるよ」とか、間口の広さを教えたかも。

MANA :「あ、じゃあ描いてみよう」って思って、CHAIの解散後は、ずっと描いてました。仕事にしようというよりは、自分の吐き出し口って感じです。 「可愛いわね」「似合ってる」みたいな感じで作ってる感覚です。

chao!:共通して、多分2人ともCHAI時代に癒しが足りなかったのかなと思います。

ー映画もOKAMEも周囲の人のひと言を「良いじゃん!」と受け取れたことで形になったと思うんですけど、もしかして、忙しない暮らしを今も続けてたらそれぞれの言葉を受け取れてなかった可能性もありますか。

KANA :ありますね。“自分たちが本当にしたい生活”みたいなものを整えたから 「YES!」って言えるんだと思います。

ー引っ越してから制作ペースとかって上がりましたか?

KANA:上がったね。

MANA :上がりました。めちゃくちゃ。

chao!:結構ハイペースで作って声出せるっていうのもでかいよな、曲作る上で。

KANA:そうなんですよ。奈良に越して来て1年ぐらい経ちますけど、この家はあんまり大声出しても「全然聞こえないね」ってみんなから言われるんですよ、近所の人たちからも。だから結構大声で歌えます(笑)。

 

無理のない姿で送る暮らし。そこから生まれる音楽とは

ー今回chao!さんが監督された、ドキュメンタリー映画の話も伺いたいです。そもそも「映画を作ろう」って結構な動機がないと立ち上がらない企画だと思うんですが、どういうきっかけで話が進んでいったのでしょうか。

chao!:OKAMEが始まった時に、またCHAIの始まりみたいな感じでライブハウスをドサ回りするイメージがちょっと湧かんよねーって僕も含め3人ともやんわりと感じてて。

その時に、CHAI時代に2人のボイスメンテナンスをやっていた人と話すことがあったんです。CHAIって解散ライブ後に、その解散ライブを映画館で上映したんですけど、実はそれがCHAIとしての最後のイベントなんですよ。「CHAIの最後が映画なんだったら、OKAMEの始まりも映画にしたら?」ってその人が提案してくれて。

ーなるほど!

chao!:で、これはたまたまなんですけど、僕、大学の時に映画撮ってたんです。趣味程度ですけど。だから映画は観るのも撮るのも好んで出来るし、何より格好もつくし。それで「映画スタート良いな」って3人の中でまとまって、アルバム制作の途中から撮り始めました。

ー寝転びながらだったり、お2人がすんごいリラックスして曲を作ってたシーンが印象的だったんですけど、ああいう風景って日常茶飯事なんですか?

chao!:もうそのままですね。完全に。

KANA :私があの時つわり中でめっちゃしんどくて。もう考えられないんですよ、何もかもが。だからすごい表情してるんですけど(笑)。

chao!:安定期に入ってから撮ることも多分出来たと思うんですけど、 何せ僕の気持ちが乗っていたので、「今撮っとかないと」って思いもあったかな。だから妊婦さんにも観てほしいなと。

ー「こういう仕事の仕方があるよ」と(笑)。撮影はどういったムードでしたか?

chao!:OKAMEになってからは、2人はかなり音楽に対してポジティブなので、いつも通りを撮りました。「今日撮る日やから」って前もって言ってる日もありましたし、僕がカメラ回してなくてもジャンジャン曲作ってるんで「あ、今ちょっと撮らせて」って撮ったり。だから全員無理してなかったよね、多分。

KANA :うんうん。

ーそれが凄く伝わる映像でした。劇中で気になる言葉がたくさんあって、例えば「『売れたい』という気持ちが生まれてきた」って言葉がありましたが、CHAIの時はそうは思ってなかったのでしょうか。

KANA :CHAIの時は「売れたい」っていうよりかは、うーん、何だろうな。「自分たちの音楽が絶対に世の中に届くだろう。てか届いてくれなきゃ困る」っていう。「なんであんなやつが売れてんだ」って日本で当時売れてたアーティストたちのことあんまり好きじゃなくて、「絶対こっちの方が良い音楽だし」みたいな気持ちの方が強かったんですよ。 でも、今は真っ当に売れたいです。

ー曲の良さで評価されたいというか。

KANA:そうですね。はい。

ーで、その良い曲の概念として「副交感神経と交感神経の間を狙う」という言葉があったんですけどこれがなかなか……。

chao!:ムズっ(笑)。

MANA:KANAしか分かんないよ(笑)。

ーこれって「この曲は交感神経」「この曲は副交感神経」って曲ごとに役割を分けるのか、それとも、例えばアルバム収録曲の「ゲームオーバー」を挙げて言えば、ビートは音色が激しめだけどBPMはすごくリラックスできる感じ、ギターはファズを踏んでるけど興奮しすぎない程度に音量感を抑えるとか、曲中での楽器の使い方で表現してるのかなとも思ったんですけど、いかがですか?

KANA :CHAIは激しい曲の方が圧倒的に多いけどリラックスできる曲もある、って感じだったけど、OKAMEはちょうど交感神経と副交感神経のその間。全然計算したわけじゃないんですけど、どの曲もヨガで言ったら「太陽礼拝3回したらすごくスッキリする」みたいな感覚がある音楽っていうか。曲を聴いて風景が浮かんだり、作り手の背景が見える音楽が昔の邦楽にはあったけど、今ってあんまりないような気がしてるんです。

ーたとえば、そういう曲で思い当たるものはありますか?

MANA:松田聖子さんとか工藤静香さんとか、フィンガー5は良いよね。フィンガー5は、ダサさもあり、かっこよさもあり、抜け感があって大好きです。今すっごいハマってる。

ー劇中のタイトルバックの空気感もそうですが、APHRICAの楽曲の中でのシンセサイザーの音色がOKAMEの楽曲にも入っているような音色だったりして、皆さんが好きなものの近さを感じました。違いに影響し合っているというか。

MANA:あー、そうかも(笑)。

ーAPHRICAの音楽やchao!さんのイラストには1980年代~90年代感をすごく感じるんですけど、3人ともその時代感がお好きなんでしょうか。

chao!:僕は音楽に関しては結構雑食っていうか。オシャレなものも好きですし、激しいのも大好きだし。絵に関しては、僕はその時代に育ってるから、潜在意識の中で「これが良い」と思ってるものが、その時代のってことなのかな。

一緒にいる時間が長いから、3人の中で誰かがこれにハマってたら無意識に影響を受け合ってる、みたいなのがちょっとだけサイクルとして回ってて。「良い」って思うものはバラバラなんですけど、「これはダサい」って思うものは一緒なんですよ。

ーOKAMEの楽曲もchao!さんのイラストも、作為的じゃなくて、ちゃんと素でやりたいことを作品に落とし込めてる感じがします。

KANA:うん、そうですね。騒がしい日常や、東京の喧騒の中で出来る音楽と、開放感があるところで出来る音楽って、私たちの中ではかなり違って。だから今やってる音楽は、東京では多分作れないなって思ってます。

MANA:OKAMEは「風景と背景が見える、生活の中で出来る音楽」がテーマでもあるので、これからもそのテーマでやっていこうと思います。

chao!:多分あのまま東京に暮らしてたら、(“自分たちが本当にしたい生活”が)想像のままやったよね。今は「こんな生活してるんやろうな」が「 あ、やっぱりこういう生活やったんや」って変わったのが楽しい。僕も実は、最近また音楽を作りはじめていて。趣味ですけど、これが楽しいんですよね。そのうちリリースしようと思っているので、聴いてもらえたら嬉しいです。

ー色々大変な時期もあったと思うんですけど、それでも自分の心に素直になれるところまで舞い戻って来れていることが自分にとっても希望ですし、何より健やかそうで嬉しかったです。ありがとうございました!

(企画・取材執筆・撮影:岡林健勝、企画協力 / 編集:柴田真希)


OKAME(おかめ)

MANAKANA(ex.CHAI)の2人が2025年9月より始動させた音楽プロジェクト。10月に配信リリースした1stシングル”おかしなきもち”を皮切りに、11月に”照れないで”、12月に”GAME OVER”を3か月連続リリース。2026年2月4日に1stアルバム『DEBUT』をデジタルリリース。2月11日には、OKAME初のドキュメンタリー映画『OK A ME REVOLUTION THROUGH MUSIC』を公開。

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chao!(ちゃお)

イラストレーター。アメリカ・ヨーロッパ・アジアなど世界各国企業のアートワークを手がける他、日本ではファッションブランドや飲食店、ミュージシャンのジャケット&グッズ、MV制作など幅広くコラボレーションを行う。また、音楽・イラスト・映像、全て手がけるマルチアーティストとしても活動中。

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