「ヒット」を再定義して音楽の未来を描く『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー

インタビュー フォーカス

柴 那典氏
柴 那典氏

音楽ジャーナリスト・柴那典氏による著書『ヒットの崩壊』が発売された。

CD時代の終焉が迫り、オリコンランキングが流行歌の指標としては機能しなくなっている一方、ライブやコンサート市場は右肩上がりの拡大を続け、アップル・ミュージックやスポティファイなど「聴き放題」のストリーミング配信も普及が進む現在の音楽シーンの実情と、未来への指針を解き明かすルポルタージュが『ヒットの崩壊』だ。

「コンテンツ」から「体験」へと消費の軸足が移ってきたここ10数年の変化を経て、音楽ビジネスのあり方はどう変わってきたのか。音楽プロデューサー・小室哲哉氏といきものがかり・水野良樹氏を筆頭に、チャート、テレビの音楽番組、フェスやライブの現場、それぞれの変化と狙いをキーパーソンへの取材をもとに解き明かした刺激的かつ視界が開けるようなポジティブさ溢れる一冊となっている。今回は出版を記念して、著者の柴那典氏に執筆の経緯から、本書に込めた想いまで話を伺った。

2016年11月30日掲載

柴那典「ヒットの崩壊」
『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)

PROFILE
柴 那典(しば・とものり)


1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA.NET」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。「cakes」と「フジテレビオンデマンド」にてダイノジ・大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。
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参考記事:『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』著者 柴 那典氏インタビュー

 

  1. 「音楽不況」という言葉と現場の「熱」との矛盾
  2. 日本の音楽文化を新しいモデルから捉え直す
  3. ヒットチャートの崩壊とその重要性
  4. 音楽と社会との接点を壊さないで欲しい

 

「音楽不況」という言葉と現場の「熱」との矛盾

——著書『ヒットの崩壊』の出版おめでとうございます。どのような経緯で本書を執筆されたのでしょうか?

柴:2013年4月に刊行させていただいた前著『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』は“初音ミク”がテーマだったんですが、僕自身は初音ミクやボーカロイドの専門家だったわけではなく、「ロッキング・オン」「ロッキング・オン・ジャパン」の編集者だった時代から、日本と海外のポップスやロックが主な守備範囲でした。ですから『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』を出した後は、ポップスやロックについての本を出したいとずっと思っていました。

そして、本の構想を練る中で、色々な切り口を考えていたんですが、昨年末に現代ビジネスさんで「オリコンランキングを見ても今は流行歌がわからない時代になっている」とヒットチャートについてコラムを寄稿させていただきまして、そこがきっかけになりました。色々なテーマがあった上で、ひとつの切り口として「ヒット曲」や「ヒットチャート」というものが表に出てきたという感じです。

——構想の段階で印象的だった、あるいは影響を受けたニュースは何かありましたか?

柴:ニュースというよりは全体的な風潮ですよね。ゼロ年代の半ば以降、音楽業界内部の人も含めて、ずっと「音楽不況」と言われていたじゃないですか。「音楽業界はもう終わりだ」「90年代の黄金期に比べてこんなに落ちぶれてしまった」と。音楽業界には90年代に輝かしい成功をされた方がたくさんいらっしゃるので、その言い分は実情に即しているんでしょうけど、僕が2010年代に入ってライブやフェスの現場で見ているものはとても豊かで、盛り上がっていて、多様性もありますし、ビジネスとしても回っている。ここの乖離をずっと感じていました。いわゆる「音楽不況」という言われ方と、特にライブの現場にある「熱」の矛盾ですよね。それを何とか個人的に説明できないかと、ずっと思っていたんです。

「初音ミクはなぜ世界を変えたのか」

——『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』でも「インターネットは音楽を殺さなかったし、CDが売れてないだけで、音楽文化は衰退していない。むしろ今後ポジティブになっていく」と書かれていましたが、そこから2年半たっても音楽を取り巻く環境をネガティブに捉える状況は変わっていない?

柴:そうですね。テーマと切り口は違うんですが、問題意識やメッセージ性という意味では、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』と『ヒットの崩壊』は連続していると思います。『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』を書いたときも今も悲観的な論調のほうが目につくので、「そうじゃないのにな」という気持ちは変わらずありますね。

——『ヒットの崩壊』というタイトルはなかなか刺激的ですよね。

柴:実は最初“J-POPの未来”という仮タイトルで、「未来はとても明るく開けている」というテーマで構想していました。その理由としては、売れなくなっているのはCDだけでライブの動員は上がっている、また日本では始まったばかりのストリーミング配信も海外、特にアメリカではそれによってレコード産業の収益が底上げされたというニュースも出ている。だから、とても未来は開けているんだ、と企画書の段階では書いていました。

それで編集の佐藤慶一さんに「今はヒット曲がなくても、アーティストはサステナブルに活動を続けられるようになっているんです」と話をしたときに、「つまり、それって“ヒットの崩壊”ってことですね」と返されたんですね(笑)。『ヒットの崩壊』というタイトルは一見ネガティブで刺激的な言葉なんですが、そこには「ヒットがなくても音楽は健全に回っていく」という、ポジティブな想いが込められているんです。もちろん“J-POPの未来”というタイトルよりも広く届くんじゃないか? という編集者的な判断もあったんだと思いますが、そのタイトルに僕も乗れるという感覚がありました。

 

日本の音楽文化を新しいモデルから捉え直す

『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー

——今回10名の方に取材されていますが、数多くのアーティストの中から小室哲哉さんといきものがかりの水野良樹さんのお二人に取材されたのはなぜですか?

柴:まず、企画の段階で「取材ありきで書きたい」というのが希望としてありまして、これは『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』と同じ書き方なんですね。前著では「2007年に初音ミクが起こした現象は67年、87年に続くサード・サマー・オブ・ラブだったんじゃないか?」という仮説があり、その答えを知っている一番の当事者は初音ミクを生み出したクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長だろうと取材をしました。

同様に「90年代から2010年代までで、ヒット曲の意味が変わっているんじゃないか?」という仮説を立てたとすると、その一番の当事者は小室哲哉さん以外に考えられませんでした。小室さんは90年代最大のヒットメーカーですし、その後もインターネットやSNSなどテクノロジーとメディアの変化をずっと追っていて、今再び音楽の最前線に立たれている。そういうことも含めて、ヒット曲について語るには最適な方だろうと。

いきものがかりの水野さんとは、数年前に評論家の宇野常寛さんのトークイベントでお会いしたんですが、「自分の作った曲がどう響くか」「どう伝わるか」ということに、すごく深い考えを持たれていて、正直びっくりしたんです。いきものがかりはメジャーデビュー以降ずっと付き合ってきたというよりは、ここ数年取材させてもらうようになったアーティストなんですが、その中でも水野さんはある種の論客として切れ味の鋭さを感じました。水野さんは「今の時代にヒット曲や流行歌がどういった役割を果たすのか?」「どういった意味合いを持っているのか?」を俯瞰で語れる方ですし、『ありがとう』という多くの人の心に届くJ-POPスタンダードを生み出したという意味で、ものすごく適任な方だと思いました。

——小室哲哉さんと水野良樹さんへの取材は本書の軸になっていますよね。

柴:ええ。小室さんと水野さんに取材を快諾いただいたことで、企画が走り始めた感はあります。お二人からOKを頂いてなかったとしたら、企画がストップしていたかもしれません。

——水野さんがあれだけ社会と音楽に対して自覚的な人だと知らなかったので驚きました。

柴:ミュージシャンの中でも「自分は音楽が好きで、ただ単に良い曲を作れば良い」みたいな純音楽家的な発想を持たれる方は多いですし、それはそれでとても正しいことだと思うんですが、水野さんはそういうタイプではなかったというのはすごく印象的でした。ある種のこの本の主役の一人になっていると思います。

——取材はかなわなかったけれど、お話を聞いてみたかった方はいらっしゃいますか?

柴:例えば、亀田誠治さん、中田ヤスタカさんといったプロデューサーの方にもたくさんお話を伺いたかったところですが、皆さん猛烈にお忙しいですからね(笑)。でも、亀田さんに関しては、本書の中で触れています。亀田さんはNHK Eテレ『亀田音楽専門学校』の中で「J-POPは世界に誇る総合芸術である」と語られているんですね。90年代に生まれた「J-POP」という言葉のイメージや意味の転換をかなり自覚的に行ってきた。しかもNHKの番組でそれを発信されました。日本のポピュラー音楽カルチャーをポジティブに位置づけることに関しては、亀田さんはすごく功績のあった方だと思うので、是非取り上げたいと考えました。

また、中田ヤスタカさんも、きゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeを通して日本の音楽カルチャーを世界に発信しています。アメリカにもイギリスにもフランスにもない、東京の音楽カルチャーを現在進行形で作られている方だと思ったので、その辺の感覚を伺いたかったですね。結果として中田ヤスタカさんに関しては、ワーナーミュージック「unBORDE」のレーベルヘッド 鈴木竜馬さんに「中田ヤスタカさんがきゃりーぱみゅぱみゅを世に出したときに、どういったイメージやビジョンを持っていたのか」を語っていただきました。加えて、別件で中田ヤスタカさんと米津玄師さんの対談を映画の『何者』のタイミングでさせていただいて、その中で「東京」ということに関してお話を伺ったので、本に引用しました。本当に校了間近だったので、ギリギリでした(笑)。

——中田ヤスタカさんの音楽はルーツがあまり見えないと言いますか、「東京発のサウンド」という印象が強いですよね。

柴:日本の音楽文化は、明治以降、舶来文化をどう解釈し、どう日本向けに翻案するかという営みの中で発展してきました。それはジャズもそうですし、戦後のラテン歌謡、ロック、フォーク、ポップス、ヒップホップもそうですよね。あと演歌に関しても、海外の影響が色濃いです。演歌の巨匠・古賀政男さんは明治大学マンドリン倶楽部の創設に参画したり、スペインのギター奏者アンドレス・セゴビアに影響を受けていたりするわけですからね。

そういう風に100年以上発展してきた日本の音楽文化を、新しいモデルから捉え直さなければいけない時期になったんだと僕は思っているんです。一番わかりやすい変化の象徴が宇多田ヒカルさんです。デビュー時もそうですが、今の宇多田ヒカルさんはより国境を感じさせない存在になっていますよね。今出てきている若手ミュージシャンも、海外進出という発想すらない。最初から日本と海外が等価値で、単に住んでいる場所だけが違う。「文化を輸入しなくて良い。なぜならリアルタイムで繋がっているから」という感覚が前提になっている層がすでに出てきています。そういう意味では今年起こった現象、例えば、宇多田ヒカルさんの復活もそうですし、本書には間に合いませんでしたが、ピコ太郎だってとても象徴的な出来事です。最早言い古された言葉ですが「国境がない」のが前提になってきている感じがします。

——ピコ太郎はあっという間に世界中へ拡散されていきましたものね。

柴:本の中でいきものがかりの水野さんが「自分だけでは届かない場所に届くのがヒットである」とおっしゃっているんですね。自分が全く想像していない文化、普段暮らしていたら決して話さない、会わない相手のクラスタやコミュニティに曲だけが届いてしまう現象を「ヒット」と定義するならば、タイやインドのような場所でPPAPが真似されているというのは、売上とか枚数とかではなく、本来的な意味での「ヒット」という現象が起こってしまったわけです。『ヒットの崩壊』という本書のタイトルの意味を思い切り覆されたんですが(笑)、それはとても喜ばしいことだなと思うんですよね。

——「ヒット」という言葉の捉えられ方も変化しているし、多様化もしている。

柴:そうですね。90年代はあくまでCDというパッケージの売れた枚数が多いことが「ヒット」とイコールでした。その尺度で捉えると「ヒット」はどんどん減っていますが、ビルボードジャパンの磯崎誠二さんは「”ヒット”と”売れる”はそもそも違うんだ」とおっしゃっている。恐らく「ヒット」というものを定義し直す必要があったのが、ここ10数年間だった。厳しい言い方をすると、それを怠っていたから「音楽業界が不況だ」と後ろ向きなことを言われ続けてきたのだと思います。

 

ヒットチャートの崩壊とその重要性

『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー

——本書で興味深かったのが「チャートが分断している」という話です。本書ではオリコン、ビルボード、JOYSOUNDに取材をされていますね。

柴:まずオリコンさんに関して、色々な人が「ここ数年、オリコンのシングル年間ランキング上位にはAKB48しか載っていない」と言っていますよね。ただ、この事象も外側から言うのではなくて、オリコンの中の人に「この事態をどのように捉えているのか?」と取材してきちんと語っていただく必要があると思っていました。ですから、「第二章 ヒットチャートに何が起こったか」もオリコンさんからの取材快諾をいただいた時点で、走り始めた章です。これも、もし快諾いただかなかったら書けなかったと思います。

オリコンさんは本の中でも書いた通り、課題を抱えています。一方で取材して初めて聞いたんですが、オリコンさんは病院や引越し業者のランキングも作っている。それはある種口コミを数値化する技術で、ビッグデータに関する今とてもホットな領域なわけです。人々が何となく感じている好感度を数字にするというところに、企業として取り組まれている。そういう意味で、一面的に「オリコンは遅い」とか「遅れている」というようなことを言うつもりもないです。

一方でビルボードは、日本では後発ですが、すごくきちんとした設計思想を持って、CDだけでなくダウンロードやYouTube、Twitter、ラジオ、ルックアップも加えたチャートを作っている。そのチャートはすごく説得力のあるものになっていると思う一方、単にビルボード礼賛という風にもならないように心がけました。なぜかというと2016年に至るまでの数年間で考えると、ビルボードさんはまだ過渡期で、どの指標を取り入れるのかという仮説検証を繰り返されてきた時期だったので、それが正解なのかどうかは後世に委ねられている部分もあるからなんです。ただ、2030年とか40年に「2010年代のヒット曲はこれだったんだ」と振り返れるかどうか、という発想を持ってチャートを作っているのは、今のところビルボードさんだけかなと思います。

——「ヒット」には色々な捉え方があるかと思いますが、例えばヒットチャートが実体に伴わなくなってくると、後世からその時代の流行歌を振り返ることが難しくなってくるんじゃないでしょうか? 人々の記憶には残っているのかもしれませんが。

柴:『ヒットの崩壊』というタイトルには色々な意味を込めたんですが、ひとつはまさにそこですね。「ヒットチャートの崩壊である」と。亀田誠治さんがおっしゃったように、日本のポピュラー音楽が世界に誇れる文化になっていくためには、未来から振り返ったときに歴史になっていかなければいけない。そう考えると、今起こっていることを統一した基準できちんと記録化することは、とても重要な文化的営みなのではないかと思います。ヒットチャートって、僕らが思っている以上にすごく大事なものなんですよね。ヒットチャートを見れば60年代とか70年代など自分が生まれる前の音楽に対しても「こういうのが流行っていたんだ」と実感が得られるわけで、「それができなくなったとしたら……」ということはよく考えますね。

——カラオケのチャートについてはどうですか?

柴:JOYSOUNDさんの年間ランキングを取材させていただいたんですが、2010年から2016年の6年間を振り返ると、おそらく流行歌というものを一番ヴィヴィットに反映しているのが、カラオケの年間ランキングだと感じました。AKB48もオリコンの年間ランキングを見ると色々な曲があるんですが、カラオケランキングの上位に出てくるのが『会いたかった』『ヘビーローテーション』『恋するフォーチュンクッキー』です。これらはAKBファン以外も「これ流行ったよね」と共有出来る曲ですよね。他に「レット・イット・ゴー」(松たか子、May J.)、「ひまわりの約束」(秦基博)、「女々しくて」(ゴールデンボンバー)もそうですが、多くの人が「サビは思い出せる」と感じる曲は必ずカラオケランキングの上位に出てきます。そういう意味で流行歌というものをものすごく反映しているチャートだと思います。

その上で、これはテレビの音楽番組と重なる現象だと思うんですが、次々と出てくる新しい曲を頑張って歌うのではなく、名曲を歌い継ぐ人たちが増えています。現代のカラオケランキングに中島みゆきさんの『糸』が入ってきたりする。20年前の曲を、たくさんの人がカヴァー・アルバムで取り上げることによって、カラオケの順位が上がってくる。そしてテレビの「歌がうまい王座決定戦」でも歌われる。だからヒット曲が必ずしも新しい曲を意味しないというのは、ここ十数年起こってきた現象なんだなと思います。

——そういった歌い継がれる名曲を本書では「J-POPスタンダード」と表現されていますが、なぜそういった現象が起きたんでしょうか? 現代の音楽を生み出すパワーが衰えているのか、それともあらゆる音楽がアーカイブ化されることで過去の音楽が掘り返されるのか……柴さんはどのようにお考えですか?

柴:ここに関しては僕の中でも、まだ仮説が熟していない段階ではあるんですが、世界的に音楽のアーカイブ化の動きは進んでいると思います。ゼロ年代にどういった波があったかを振り返ると、アメリカでも例えばThe StrokesやThe White Stripesによるロックンロールやブルースのリバイバルがあったり、イギリスではFranz Ferdinandみたいにニューウェーブやポストパンクのリバイバルがあったり、各国のロックの分野でリバイバルブームがありました。それを同時代的に考えると、日本では同時期に「昭和歌謡」のリバイバルが始まっていたと僕は捉えています。

「昭和歌謡」という言葉が活字メディアに最初に出てきたのは2002〜3年あたりなんですね。「歌謡曲」という言葉が復権を始めたのは、そこに「昭和」という言葉がついたからで、それは日本だけではなく、ワールドワイドに起こっていた同時代的な、ミレニアムを乗り越えたあとの動きだったんじゃないかと思っています。それが、世界的に自国文化を見直すようなムーブメントになり、それは政治や社会にも同じように流れ込んでいるんじゃないかと思います。

 

音楽と社会との接点を壊さないで欲しい

——本書ではアナログレコードの復活について触れられていませんが、これは意図的なものですか?

柴:実はアナログレコードに関しては、ストリーミングのところで、初期段階では書いていたんです。これは僕が実際に見てきた例なんですが、ニューヨークのラフトレード・ショップ店内の商品8割位がレコードで、CDは試聴機のところにちょっと置いているくらいの本当におまけなんです。日本においてCDが果たしている役割、今の時代にCDが持っているパッケージという役割は、アメリカではアナログレコードが果たしています。

例えば、この間Hi-STANDARDがCDを出しましたが、往年のファンも、今の音楽ファンも、CDを店で買うことが楽しかったと言う人は多かったですし、そこに自分と音楽の密接な繋がりが感じられていたと思うんです。これって実はアメリカのラフトレード・ショップでアナログレコードを買う今の若い音楽ファンと同じだと思っていて。つまり聴くのはSpotifyなりApple Musicなりストリーミングが主になっている。ただ、ストリーミングでどれだけ音楽を聴いても、所有欲を満たすことはできないですし、満たすにはやはり物を買うしかない。そういう意味では、全てがストリーミングになるとは思っていなくて、そういう意味で執筆初期の段階ではアナログレコードの章はありました。アナログレコード市場はある種のニッチだなと思って外したんですけど、とても大事なピースだとは思います。

——アナログレコードも本書に書かれている「体感」「体験」ですよね。

柴:手に入れる喜びって、やっぱりありますよ。そういう意味で言うと、この本ではあえてCDという物質、パッケージに関しては厳しいスタンスを取っていますが、かと言って単にパッケージの時代が終わりだというスタンスに立っているというわけではない。ただ、ファンが手に取れる喜びというのを今はCDが担っているけれど、CDというのは音質という意味でも最良のパッケージではないという結論が出ていますから、新しいメディア環境に早く対応して欲しい、ということなんです。ユーザーサイド、リスナーサイド、ファンサイドは「タダで音楽を聴きたい」じゃなくて、「好きなものにはちゃんとお金を払いたい」という人が大多数であると僕は思っています。そういった気持ちを正しい形で汲み取って欲しいんです。

——その他に音楽業界に改善してほしいと思っていることは何でしょうか?

柴:これはtofubeatsさんがよく言っていることなんですが「気前は良い方が良い」と。例えば、YouTubeで公開するMVの尺を短くするとか、視聴できるものを少なくすることで買わせるという消費への誘導が、今はまだ支配的だと思うんです。ただ、この本でも書いているチャンス・ザ・ラッパーを例に挙げると、彼は基本的にすべての音源を無料で配信しています。今年出た作品も基本的にストリーミングのみで、ダウンロード販売すらしませんでした。彼はまさに「売り物にしない」という価値観を持った世代で、しかも成功を収めて、巨額の収入を得ています。

音楽でお金を儲けることはとても大事なことですし、業界というものが健全に回っていくのは必要なことだと思うんですが、それを第一に考えてリスナーの選択肢を奪うのは、逆に得策ではないと思います。リスナーはやはり自分の好きなやり方で音楽を聴きたいし、触れたいんです。でも今の日本の配信の状況は「Apple Musicでは聴けない」「iTunesだったら買える」「レコチョク独占」みたいな感じがまだありますよね。こういったサービスサイドの囲い込み戦略って短期的には儲かると思うんですが、長期的には「じゃあいいや」という、「ファン離れ」「音楽に対する興味離れ」を起こしてしまいます。

短期的なビジネスの収益のために囲いを作ることで、長期的には若い層が興味を失ってしまう……これは『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』でも通奏低音として書いていることです。10代はクオリティではなくて身近さ、自分にとっての手にとりやすさで判断するので、囲いを作ることは自分たちの首を絞めることになると思います。ですから、まずはYouTubeのMVの尺を短くするのをやめるところから始めて欲しいです(笑)。

——(笑)。90秒しか音源が聴けないとかありますよね。

柴:「90秒だからフル音源を買おう」と考える人のことより、そっと離れていく人のことを考えていったほうが良いと思いますね。意思決定の判断を握っている音楽業界の方々に対して、「音楽と社会との接点を壊さないでください」という願いがあります。

——本書は、点としては分かっていた出来事を線で繋がれているので、読んでいるうちに頭の中の整理ができました。音楽に携わる多くの方々にも是非読んで頂きたいですね。

柴:そうだと非常にうれしいですね。編集の方は、音楽以外に届くこともすごく意識されていましたし、僕もそれを念頭に書いたんですが、やはり届いて欲しいのは音楽業界の意思決定を担っている方々なんです。この本は不安を煽ったり「こうしないとダメだ」という意見というよりは、ミツバチが花の周りを回るように「現場の想い」を集めてきた本だと思います。

——最後に本書に興味を持っている方たちにメッセージをお願いします。

柴:今の時代は音楽にとって、とても良い時代だと思っています。ただ過渡期、変化の時代であるのも間違いないです。音楽に携わる人たちは、皆それを分かっていますし、過去を知っている方ほど、悲観的になりがちだとも思うんですが、今生み出されている音楽はとても豊かですし、ライブも含めて現場は活気に溢れています。僕は常に「現場に正解がある」と思っていて、音楽に携わる人のそれぞれの現場には、それぞれの正解があると思うんですが、その正解と符合するようなものを本書から感じてもらえたらすごく嬉しいですね。

『ヒットの崩壊』著者 柴 那典氏インタビュー


柴那典「ヒットの崩壊」
柴那典著『ヒットの崩壊』(講談社現代新書
800円+税(発売中)

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