【チケット不正転売問題】「コンサート文化について考え直す岐路に立たされている」 — ACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

中西健夫氏

8月23日、日本音楽制作者連盟(以下、音制連)、日本音楽事業者協会(以下、音事協)、コンサートプロモーターズ協会(以下、ACPC)、コンピュータ・チケッティング協議会の4団体は、116組の国内アーティストと24の国内音楽イベント(9月11日に新たに56組のアーティスト、2つの国内音楽イベントが追加)の賛同を得て、「チケット高額転売取引の防止」を求める、共同声明を発表した。同時にオフィシャルサイトを立ち上げ、SNSで意見を募るなど、業界全体としてこの問題に取り組んでいる。Musicmanではチケットの転売について、半年前にACPC会長/ディスクガレージ代表取締役社長 中西健夫氏に話を伺ったが、今回の声明を受け、再び中西氏にインタビューを敢行。前回取材から今回の声明発表まで一体何があったのか? 今後の課題とともに話を伺った。

2016年9月26日掲載

PROFILE
中西健夫(なかにし・たけお)
京都府出身。1981年、株式会社ディスクガレージ入社。1993年、同社代表取締役副社長就任。1997年、同社代表取締役社長就任。2012年、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長就任。

  1. 深刻かつ加速度的な高額転売と大量出品
  2. 今まで以上にユーザーの意見に耳を傾ける
  3. アーティストや音楽ファンの想いとともに公式の二次流通実現へ

 

深刻かつ加速度的な高額転売と大量出品

116組のアーティストと24の音楽イベントが初の共同声明を発表

——まず「チケット高額転売取引の防止」を求める共同声明の発表の経緯を伺えますでしょうか?

中西:ACPCと音制連はチケット転売問題について話し合いを重ねていましたが、その間にも異常な高額転売や信じられない数の大量出品の事例が次々と明るみになって、「さすがにこれはマズいだろう」という話がアーティスト・マネージメント含め各所から出てきました。

我々が言ってきたことの深刻さを皆さんに理解して頂き、音制連、ACPCだけでなく、音事協、コンピュータ・チケッティング協議会(ぴあ、イープラス、ローソン、CNプレイガイド)の方々と話し合いを進めるに至りました。そして、共同で声明を出すことになるんですが、その前に「我々の問題もきちんと考えなければいけない」という話になりました。

——なぜこういう事態になったのか業界側で検証すると。

中西:そうです。まず、リセールのニーズがあることに対して、真摯に受け止めなければならない。転売サイトで一般ユーザーが、例えば、ドームの一列目は10万円、ドームの最後列は1万円という価格を付けている。これはある意味市場原理でしょう。そういうことに対して全くノーなのか、イエスなのか、考えなくてはいけません。それまでライブというのは全席指定が基本で、アーティストもそれがわかっているから2階席の後ろのお客さんにも声をかけたりして、会場の一体感を作ろうとしてきたわけじゃないですか。前、後ろ、別け隔てなく、我々もそのほうが良いと思って値付けをしてきましたし、その代わりにアーティストも会場全体に気を配りながら「Win×Win」の関係を作ってきたと思うんですよ。そういう文化のようなものがどこかで出来上がっていて、我々もそれに甘えていたのかもしれない。

——転売サイトの価格など見ると、その文化を変えないといけないかもしれない?

中西:そういう岐路に立っているかもしれない、という問題意識を踏まえて話し合っているのは、例えば「月曜のライブと土曜のライブは値段が同じでいいのか?」というホテル業界の発想です。まだ結論は出ていませんが、音制連、ACPCではそういった論議をしています。チケットの値段が席によって、曜日によって細分化されていく。考えてみたら会場費も曜日によって違うのに、チケット代はなぜか均一なんですよね。ホテル業界は今、インバウンドで、平日と休日では10倍程度違う値段をつけることもあったりします。

——そして、埋まらない部屋は安くして埋めていくわけですね。

中西:そうです。でも、それは経済原理で言うと正しいことじゃないですか? ただ僕らは部屋を貸しているわけじゃなくて、もっとレアな時間と空間を提供しているので、そんなに激しくは差を付けられないにしても、今後はそういうことも考えなくてはいけないんじゃないかなと思います。

あと、チケットがキャンセルできないという問題に対しても、真摯に向き合わなければなりません。現状、ぴあは独自に、またアーティストのファンクラブではEMTGなどのシステムでリセールをやり始めていますよね。これをもう少し押し上げて、公式の二次流通という形ができないかと思っています。

忙しい人が3カ月前からライブの予定を決められなくて、それで直前に行けることになり、チケットが欲しいと思ったときに「じゃあ転売サイトで買えばいい」と。そんな状況のときに公式の二次流通があれば、フォローアップできますよね。もちろんアーティストによってケースバイケースですが、ライフスタイルが変化している今の世の中で、3カ月前発売というやり方が時代に合っているのかどうか、もっと気楽にライブに行けるやり方がないか考える必要があると思います。逆にライブ一週間前のチケットは高くてもいいかもしれない。そういうフレキシブルな考え方ができないか話し合っている感じですね。

——全てをシステムに落とし込めたらいいですよね。

中西:ただ、今は百人百様で、それぞれに合ったシステムを作ることはできないですから、例えば2〜3パターンとかに大きく分けて作って、なるべくそこに寄せようと思っています。大きなパターンが何パターンかあり、それを各アーティストごとにカスタマイズしていくみたいな形でやって行きたいですね。

 

今まで以上にユーザーの意見に耳を傾ける

——このタイミングで声明を発表したのはなぜですか?

中西:それは我慢の限界を越えたからです。

——前回、中西さんにチケットの転売問題についてお話を伺ったのは半年前でしたが、そのときはもう少し柔らかいタッチで語られていたと思うんですよ。

中西:この半年、もの凄いスピードで転売サイトがポピュラー化していったというのは事実なんです。それが公式みたいに見えているところがあって、何が僕らの認めているサイトで、何が認めていないサイトなのか、みんなが分からないという所まで行ったと思うんです。

——IT業界はトライ&エラーを繰り返しながら、もの凄いスピードでサービスを進めて行きますからね。

中西:僕らはミーティングをすればするほど、アーティストごとに色々な考えがありますから、全員の意見をまとめることは難しくなっていきます。ただ、事態が深刻かつ加速度的になってきたので「それでも何とかまとめていかなくてはいけない」とみなさん思ってくれています。「共同で意見広告を出したい」という提案に対しても、音事協もチケッティング協議会も「是非やりましょう」と快諾して下さいました。今回の声明に賛同してくれたアーティストはあくまでも第1陣で、ここから第2陣、第3陣と発表していく予定です。

——アーティストの言葉があるとまた説得力が増しますよね。

中西:坂本龍一さんが「音楽のファンでもない者たちによって、本当に音楽を楽しみたい人たちの機会が奪われている現状に憤りをおぼえます」とコメントされていますが、あれが僕らの本音だったりするんですよ。音楽に関係ない人に転売目的でチケットを買われて、それで良いのかと。そういうところで利益を得ている人がいるのも明白なので、それは何としても解消したいという気持ちが強いです。

——中西さんも以前から転売というよりは、“高額”転売が問題なのだと仰ってましたが、ネットの意見を見ていると誤解されている部分もあるのかな?と思うんですよね。キャンセルの考え方ですとか。

中西:そうですね。ただ「意味もなくキャンセルされては困る」ということなんです。キャンセルを認めるには、何をもって認めるのかということを明確にしないといけないですし。ダフ屋行為をしている人が500枚チケットを買い占めて、「チケットが売れなかったのでキャンセルします」と言われても困るわけで、こういう事態も当然考えなければいけないわけじゃないですか。実際、昔の話ですが、チケットは売り切れているのに席がポッカリ空いていたなんてこともありました。そういう対策も踏まえた上で「認めます」と言わなければいけないので難しいんですよ。

——今回、声明を発表されると同時にハッシュタグ「#転売NO」で違法転売について意見を募集されていますよね。色々な意見があったかと思うんですが、寄せられた意見を見た率直な感想は?

中西:もちろん賛否両論ありますが、「もっともだな」という意見も多いです。「高額転売には心を痛めていた」というファンの方たちの意見もありましたし、「そもそもキャンセルができないとか、何も考えていない業界がダメ」「体質が古い」とハッキリ言われる方もいて、それも仰る通りなんです。

あと、「今さら気付いてどうすんのよ」というご意見もありました。僕は半年前から転売サイトに対して懸念していましたが、この半年でものすごい勢いになった。我々が何十年もかけて構築してきたものに対して、今のIT業界は1年で構築できてしまう。そこに対応できていない我々がダメだねということは、重々理解しています。「トライ&エラー」でも良いんですが、前に進むことがとにかく大事で、少々意見の違う人も同じ方向を向いて行こうよと。あと、今回我々はネガティブな意見もきちんと取り上げていくつもりなんです。そういう意見に対して拒絶するのではなくて、ちゃんと耳を貸そう、と。それが一番抜けていたことかもしれないですし、これはフィフティ・フィフティで考えていかなければならないです。

——ユーザーの意見にもっと耳を貸そうと。

中西:その上で、ユーザーの皆さんに是非お願いしたいのは、否の意見は全く問題ないんですが、ネガティブに言わないで欲しいんですよね。100人いて100人を満足させる方法がないから悩んでいるんです。95人が満足していて、5人が思い切り文句を言って、その声が大きくなると、95人の方が辛くなってくる。今は何もかもが炎上気味になってしまいますから。だから非難ではなくて意見して欲しいんです。ネット上だと「何やってんだよ、バカヤロー」みたいな言い方をされることが多いんですが、「次にこうしてくれたら良い」「これだったら解決できる」といった意見をユーザーサイドから言ってもらえると、アーティストも含め非常に前向きになれます。

 

アーティストや音楽ファンの想いとともに公式の二次流通実現へ

中西健夫氏

——「法律が変わるの?」と言う方もいらっしゃいますよね。「転売がいけなくなっちゃうの?」みたいな。

中西:これは、転売したチケットでの入場をできなくしてしまうことが是か非かという話にもなるんですよ。約款上では、入場させなくても良いんです。でも「そうは言えないだろう」という。もうこの辺は法律でもなんでもないんですよね。

——でも、毎回主催側で判断していくというのも辛いですよね。

中西:辛いですね。ライブって今すごくブームになって人がたくさん来ていますが、「そもそもライブって何を楽しむの?」みたいな、そういう根本論議もする必要があるんじゃないかな、とも思うんですよね。ライブ会場のマナーと、僕らのやり方も含めて、ライブってもっと自由なものだと思っているんですよ。

これは前回の取材時も言いましたが、僕が4枚チケットを買って、1枚は一緒に行く友人の分で、あとの2枚はそのアーティストを好きになってくれそうな誰かにプレゼントしたい。でも顔認証で入れないと言われたら困るわけですよ。そういう自由度がないとライブの裾野は広がらないと思うのですが、今は真逆のことをしなくてはいけない自分がいて、それはすごく心苦しいです。もっと自由に、もっと簡単に、もっと楽しんでもらいたいというのが制約されるので。

——先ほども少しお話に出ましたが、公式の二次流通サイトを作ろうという目論見はあるんですか?

中西:実現に向けてすでに動いていますが、定価で良いのか、一週間前チケットは高くても良いのか、そういった定義から、最大公約数をどこに取るのか、アーティストごとに考え方が違うので、その擦り合わせが非常に難しいですね。

少し話がずれますが、この前、小田和正さんのライブをマリンメッセ福岡で観ました。当然、全席指定でしたが、小田さんはあの広い会場を2周するんですよ。1階と2階のエリアをそれぞれ1周。それで各席の近くに歌いながら来るんです。全35曲3時間歌いっぱなしで、しかも会場中を走って、少しでもファンの人に近づこうとしている。そういうことをされているアーティストの想いを、僕らはきちんと受け止めなきゃいけないと思いますし、ライブそのものについて考え直す必要があるのかもしれません。

——チケットの話だけに終始するのではなく?

中西:ちょっと本質を見失っているような気がするんです。

——それは音楽に携わっている人の側から言わないと、どんどんチケットの話だけになっていってしまう気がします。

中西:そうなんですよ。僕らも武道館で後ろまで人を入れたときには、「こういう風に人が入っているから、こういう風に動いてね」ってアーティストに言いますよ。「こっちに3回行くならこっちにも3回行ってね」「後ろも向いて歌ってね」と。そういうコンサートに対する想いみたいなものが今は少し欠落しているかもしれないですね。

——アーティストやコンサートへの想いも踏まえつつ、今後はユーザーファーストで難題に取り組んでいかれるわけですね。

中西:はい。アーティストのマインドや、コンサートってそもそもなんなんだということを考えながら、現実にやらなくてはいけないこと、時代が変わってネット社会になりコンサートが変わったこと…、そういったことを合算して、最大公約数でやりますので、どんどん意見してくださいと皆さんにお願いしたいですね。

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