音楽配信時代の高音質のあり方とは — 小室哲哉氏 スペシャルインタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

小室哲哉氏
小室哲哉氏

音楽配信事業が以前にも増して注目される昨今、その市場は各企業が激しく競合するものに発展しつつある。その現状に対しエイベックスは、音楽配信の高音質化を目的としたプロジェクトをスタート。「High Definition Sound Laboratory」(HD Sound Lab.)を設立し、そこで音楽配信時代の高音質のあり方を研究・実験、将来のあるべき姿を模索するという。

そして、そのプロジェクトに小室哲哉氏がエグゼクティブ・アドバイザーとして招聘された。音楽のビジネスモデルを新しい時代へ導くポテンシャルを秘めた今回の試み、そしてそれがもたらすであろう音楽とアーティストの本来のあり方、また今年で 10周年を迎えニュー・アルバムをドロップするglobeについて、小室氏に語って頂きました。

PROFILE
小室 哲哉(こむろ てつや)
HD SOUND LAB. エグゼクティブ・アドバイザー、globe 他


全ての枠を越えグローバルに活動する、言わずと知れた日本を代表するアーティスト。 globe、TM NETWORK(TMN)、GABALL等での活動だけではなく、多くのアーティストへの楽曲の提供、プロデュース他、社会的な活動も含め、その動きは音楽業界の動向を大きく左右してきた。今回、「音質への飽くなきこだわりを追求する」という音楽に対する姿勢から、エイベックス・グループ・ホールディングス(株)の新プロジェクトのエグゼクティブ・アドバイザーとして迎えられた。また、来る8月にはglobeがデビュー10周年を迎え、10枚目のフルオリジナルアルバムをリリース予定。

 

プロジェクトの旗揚げ

——今回、エイベックス音楽配信事業のエグゼクティブ・アドバイザーを引き受けられた意図とは?

小室:アナログレコードからCDに移行して約20年経過しましたが、その間にDATも含めてMDやmp3といった色々なものが出てきたわけです。そして、いよいよ音楽的に次のスタイルに移行する時期が到来してるのではないかと思っているのですが、そういう状況の中でもディストリビューターをはじめとして、CDフォーマットのみで考え過ぎていて、そこにはもう限界が来ているんじゃないかと思うんですね。

もっと全方位的に対応してあげると言いますか、アーティストがマスタリングの際、最終的にプレイバックするときの気持ちみたいなものを、ユーザーに反映したいと考えています。

——つまりCDというパッケージに固執せず次の段階に進もうよと。

小室:「音」に関して言うと、時代に応じて全ての人がアップデート、バージョンアップしている訳ではないですよね。それでも若い人たちは別にCDを買わなくても、レンタルしなくても、好きなアーティストの音を現在の携帯配信システムで聴いて満足しているという状況について、例えばシンガーソングライターの人と対談をしたら、「携帯のあの音で伝えたいことが伝わるのだろうか?」という話になると思うんです。

——現状の携帯の音では聴いて欲しくないと思うかもしれませんね。

小室:おそらく、アーティストはそういう感じをすごくもっているでしょうね。実はもうちょっと良かったらいいなぁ、と思っている人はすごく多いんじゃないかな。要はそういうところの推奨というか、旗振りというか、そんな役目をしようかなと思ったんです。

小室哲哉スペシャル2

——小室さん自身、長年CDの音質に失望していて、ユーザーに届く音質に関して不満を持っていたということが今回の試みの原動力になった部分というのもあるんでしょうか?

小室:というよりも、どちらかというと諦めていたというか、随分前から開き直って「しょうがないよね」というところから始まっていると思います。自分ではもう12年前ぐらいにシンクラビア等を使用して100KHzのサンプリングレートを実験してきたので、既に、音質というのは追求すればするほど、どこまでも良い音があるんだということがわかっていた。

ただ、その時期にちょうど「CDラジカセが一億台売れました」っていうニュースを新聞かテレビで見たんですね。それで、「一億人もCDラジカセを持っているんだったら、今さら他の事を言ってもしょうがないよね」と無力感をもっていたわけです。

——では今まさに、過去から抱えていた音質の問題をクリアにする絶好のタイミングが到来したと。

小室:まさにそうですね。

——今後ダウンロードが中心になっていくのであれば、そのクオリティを今の早い段階から高めて、そしてその先導役としてみんなを引っ張っていこうということですか?

小室:将来的にマーケットがそれでもう一回復活して大きくなれば、パッケージにも違うものがでてくると思うんですけどね。

 

HD SOUNDとは

——今回の配信の具体的な技術に関して、ご説明いただけますか?

小室最近「LOSSLESS」(ロスレス)って言葉が少し業界の中で流行になっているんですが、結局基本はCDフォーマットを越えているか越えていないかということなんです。以前は、CDの16bit/44.1KHzのサンプリングレートという限られた中で、音質向上を目指していたんです。DATマスターだと48KHzですけど、マスタリングの時点でやっぱり多少情報量が減りますよね。マスタリングを一生懸命頑張ってくれたんだろうけど、いざCDになると「うーん、どうかな」と思うことが多いんです。

今はみんな24bit/96KHzプロツールスマスター、HDでやっていて、それをマスターにする方が多いかもしれませんが、それでもCDだと半分以下に落とされて商品になってしまうでしょ?そうなって嬉しいミュージシャンはいないと思うんですよ。音質を下げられてしまったということですからね。既にミュージシャンはみんな何年も前から録音段階では(CDを)越えてることをやっているにも関わらずです。

だから、配信なら一応上限の規制はないわけですからCDを越えたところをやってあげられるんじゃないかと思ったわけです。なのであとは環境の問題だけですね。

——最終的に再生するハードというのは限定されてくると思われますか?

小室:基本的にはエンコード(圧縮)の問題だけなんで、別になにかそれ専用のハードが必要な訳ではまったくないですね。

——ダウンロードした後はある程度高いクオリティで聴けると。そして最終的な目標の192KHzを標準にしていければということですね。

小室そういうことです。圧縮技術にどの技術を使おうが、結局、圧縮するということは情報を間引くわけですが、44.1Khzから間引くのに較べて192KHzから間引くということは、算数レベルで考えても相対的にロスが少ないっていうことですね。

だいたい圧縮データの類のものは、最初に入ってきた信号やデジタル・データのその後のリリース、次のアタックのポイントなど全部コンピューターが想定したものなので、ある種コンピューターがサポートしてくれた音を聴いてるようなものなんですね。ですが、いま僕のところでやっている192KHzだったら、コンピュータに対して「お前が勝手に想像してやっているのは違うんだよ」って言えるわけです(笑)。

——ハードの面での技術、研究方法的な部分はいかがですか?

小室ピラミックスやオーディオキューブといったハードメーカーの方々に協力して頂いてます。エイベックスはソフトメーカーですから、それぞれのキャリアの方達のサポートを受けつつ、組み合わせ方を色々やってます。

システムにおいて、何と何を組み合わせてどうしたらいいかというところは、ある種ブラックボックス的で面白いですよね。これとこれをただ使えばこうなりますよ、ということではないですから。

——では他のメーカーがやろうとしてもそう簡単にできることではないと?

小室うーん、そうですね。。でも1ヶ月もあれば情報を集めてできるんじゃないですかね。

——1ヶ月でできると。

小室でも裏を返せば、そのぐらいみんなやってもいい頃なんですよ。

 

どっちを選ぶ?配信とパッケージ

小室哲哉スペシャル3

——とにかく簡単に言うと配信の音をもう少し良くしていこうということですよね。

小室:そうですね。配信の音を良くしようというのと、それから今後CDはどういう立場になればいいのか、ということに対する認識、確認ですかね。

——CDというメディアをもうやめて、DVD-AudioとかSACD等次のメディアに移行していこうよということでは・・・

小室:そういうことではないですね。

——では、CDはCDとしてこれからも存在し続けると思われますか?

小室:そうなるかならないかは、ユーザーが決めていけばいいのかなと思ってますね。ただ、これからCDがどこにいくのかは、僕も分からないので確認したいというのはありますね。その辺りに関しては、僕が何もかも分かっていて、だから「こうしなさい」ということでは全くないですね。

——そこはまだ小室さんにも見えていない?

小室:見えていないということですよね。ただ、ダウンロードミュージックということに関して言えばすごく見えてますね。

——今のこんな音じゃ全然駄目だと?

小室:ええ。音は良いものがもうできているわけですからね。あとはiTunesのような問題がありますよね。日本だけ売れないとか、ショップが開けないっていうこととか。パッケージに例えて言うとミュージックストアがオープンできないということですからね。でもなんだかんだ言っても、Virgin MEGA STOREやHMV、TOWER RECORDSといった外資系のミュージックストアもその昔日本にはなかったですけれど、入ってきて普通に定着しているわけですから、それは何でも一緒だと思いますね。食品産業、化粧品産業、その他様々な外資のものが入ってきて、ローカライズするという意味では一緒だと思います。なので配信ということでは、やっぱりその可能性の大きさの想像がつきますよね。

——小室さんの予想では将来ダウンロードが中心になっていくと。

小室:パッケージのCDっていうフォーマットはもうちょっと違うかもしれませんね。

——パッケージにはもうあまり可能性を感じていない?

小室:いわゆる書籍とかとはちょっと別だと思います。例えば立派な装丁の書籍が本棚に置いてあるのとCDが並んでいるのを比べた場合、CDの場合も価値はあるのかもしれないんですけど何か違うんですよね。きっとみなさんが感じてるものも多分一緒だと思いますけど。アナログ盤が並んでいる感じに比べたら、CDがたくさん並んでいるということに対してあまり感動しなかった気がするんです。CDがバーッと置いてあって「うわぁすごいですね」っていう風にはあまり思わなかったような気がします。

でも、相変わらず書籍とかはテレビのインタビューとかでもよく評論家の人や教授の後ろに必ずといっていいほどあって、きっとみんなそれに価値を見いだしていると思うんです。そういう意味でもやはりパッケージのマーケットはますます小さくなっていくということになりますかね。

——さんざん言われてきたことですが、何故音楽業界がCDから次のものへ移行できなかったかに関して小室さんはどう思われますか?

小室:それに関しては僕も責任の一端になっていると思います。やはり大量コピー/大量生産という方向に向かわせてしまったということです。自動車産業における一時期の日本やアメリカとかと似てるところがあるかもしれないですね。拡げるだけ拡げてしまったというところがあると思います。一番最大級の需要に合わせてしまって、下げるわけにはいかないところがありましたね。

——もう産業全体の問題ですね。

小室:プレス工場で一生懸命紙ブックレットを入れてくれてるおばさん達とか、そういう人達のことも含めて産業自体の縮小というのが大きな問題だったんじゃないかなと思います。ハード/家電の方も同様でしょうね。移行してしまうと「えっ、CD家電はもう全部無しかよ」みたいなね。

——日本でダウンロードミュージックが浸透しないというのはレンタルがここまで普及してしまっている影響が大きいからだという方もいますが?

小室:そういう事をおっしゃっている方も沢山いらっしゃいますね。まぁそれも間違いない事実でしょう。

あとナップスターの問題というのが5年ぐらい前でしょうか。状況として現在の日本はそのナップスター辺りのことが今やっと起きているような感じがします。そのぐらい日本はそういう部分がちょっと遅れているのかなと思います。あるいはいわゆる携帯ビジネスが先に特化、突出してしまったのも一因かもしれません。

——今回の試みが日本のレンタルシステムに与える影響というのは?

小室:要は、選択肢が増えるということですよね。「Aしかありません」と言うようりは、「Bもあったらどうしますか」ということです。

いい音というのがある程度分かっているプロがエンコードしてくれているのに、それでもなおわざわざ労力をはらってレンタルショップに行くのか?しかも金銭的にもリーズナブルだったとして、若い人達はどちらを選ぶのかな?ということで。

——選択はユーザーにまかせようと。

小室:そうですね。レンタルショップでパッケージがレンタルOKになるまで、どんなに早くても一週間から10日かかりますよね。きっとスピード感だったら恐らくレンタルショップは配信システムに抜かれるでしょう。

——確かに。

小室:その辺りもレンタルショップ側の方達も分かっていらっしゃると思いますけどね。CDはもう違うかもなというのは理解されていると思います。

 

新たな音楽ビジネスモデルとglobe

小室哲哉スペシャル4

——今後レコードメーカー及び音楽ビジネスはどうなっていくと思われますか?

小室:我々の立場でいうと、「レコード(録音)」という言葉の意味を考えた時にやはり制作という部分ですかね。プレスとかCDを作るところという意味ではなくなるかもしれません。工場でガチャンガチャンと作るというところではなく、コンテンツホルダーというような感じでしょうか。もっと言うと原盤をもっとキチンと制作する会社と言いますか。

——原盤制作兼保持会社的な感じでしょうか?

小室:日本語でいったらそういう感じでしょうか。だからもっとアーティストの為に最も良い形で流用/使用していったりするようなビジネスになると思います。

最終的にはビシネスモデルがそういう形になり、アウトプットはあらゆる環境の人に合わせたフルチョイスシステムになるということですよね。そういうことをやったところがいいレコードメーカーになるんじゃないでしょうか。レコード&コンテンツホルダー・オーディオ・カンパニーみたいな(笑)。

——今そこまで先を考えて割り切ってやっているレコードメーカーっていうのは、エイベックスさんだけだとお感じですか?

小室:いえ、そういうこともないと思います。両方を上手くやってるところはたくさんあるんじゃないですかね。 ちなみにビクターさんとかも配信用だけのスタジオも建設中だったり、そういう風に専用のものを作っているところもありますしね。今回のエイベックスのHD sound lab.ももちろんそうですし、BMG、ポリグラム、ワーナー等、みなさん動きだしていますね。ただ、パッケージもやりつつですけど。

——どっちに転んでもなんとかなるように?

小室:そうですね。ただ、エイベックスは意外と昔からそういうところでフロンティア・スピリットを発揮するというか、割と無謀な事もやってくれますし(笑)。「やっちゃえ!」という部分がいいところだと思っています。

——やはり、どこのレコードメーカーもパッケージに限界を感じているんですよね。

小室:もう何年も前から、そのことに関するデータが数え切れないくらい新聞にでているわけですから、分からない人はいないでしょうし、業界にいて分からなかったらおかしいですよね。

アメリカは、iPodやiTunesのおかげで、CDの売上が伸びているというデータもあって、日本でもそういう現象が有り得るかもしれないです。しかし、これから先2006年以降という意味では、もう恐らくそれもないでしょう。アメリカにしてもやはりBlock Buster(※注)というようなところがとてつもない数あるわだから、そういう産業のことを考えたらやはり簡単にパッケージがダメとは言えない部分があるんでしょうね。

——小室さんは以前のインタビューで宮廷音楽家と貴族のパトロンの関係のようにアーティストにスポンサーがつけばよりよい音楽が生まれるのではないか?という事をおっしゃっていましたよね。

小室:以前に比べると株や投資に関する社会の関心は高まっていますよね。実際、やっとですけど音楽に対するファンドということを考える人が増えている気がします。

——先の発言はいわゆるファンドの事を想定しての発言だった?

小室:想定はしていませんでしたけど、結局今そう考える人が増えてきているということは言葉は違うけれど近いものはあったんじゃないかなと思います。株だけが投資じゃないでしょうし。

そういう中で音楽の知的財産としての価値の認知が広がって、音楽を投資の対象にする人が増えるでしょうね。原盤を一個人ではなく百人で持ってみたり、十曲〜百曲を何人かで投資したりということはあり得ると思います。これからはそういう動きが今まで以上に加速していくでしょうね。

——アーティストへの直接投資という考え方には肯定的ですか?

小室:そうですね。昔、デビットボウイのファンドみたいのがありましたしね。

——実際にそういうのがあったと。

小室:ええ、随分前からイギリスにはありますね。いわゆるアーティストに対して過去何年とそれから未来何年というような形で楽曲やライブ活動への投資、というのは随分前にイギリスにはあったんです。さっきの発言はそういう事実を受けてのものだったんですよね。

——インターネットで簡単に参加できるなどテクノロジーの発達等も併せて、いよいよそういったことも実現されそうですね。

小室:でも、それプラス映像も合わせてというのが一番多いと思います。音だけじゃなく全部込みでね。音と映像の全てを合わせたところに投資するというのが現実的でしょうね。

——その時はマネージメントサイドがお金を出資してもらって運用するということもあり得る?

小室:そうなっていくとマネージメントはおいしいでしょうね(笑)。結局、今エイベックスがマネージメントも全て含めた形でやっていこうとしているのは、そういう方向でしょう。今後そのビジネスモデルをコピーするところが増えてくるような気がします。

——逆にもう全部含めないとおいしくないと?

小室:おいしくないというか、つまり全て含めずにバラバラのままだといずれ掌握しきれなくなるということですよね。アーティストマネージメント自体も楽曲配信の拡大によってコンテンツホールドもしていかなければならなくなるでしょう。「え、まだそのやり方でやってるの? バラバラはキツいでしょ」みたいに言われるところが出てくると思います。

——プロダクションやディストリビューションが違ったり?

小室:出版社もバラバラだったりするとけっこうキツいんじゃないかなと思います。少し生臭い話になりますけど、今のインディーズだとアーティスト側に入る金額っていうのは今までの僕達の常識からすると考えられないですよ。それで200万枚とかボーンっといっちゃうわけでしょう?(苦笑)

——モンゴル800みたいに(笑)。

小室:そうなったら、二枚目とかは「別に・・・」という感じで「次はまた他の楽しいことでもやろうか?」で十分ですよね。だから、この先それをきちんとメジャーのインダストリアルでやろうとしているのが多分エイベックスだと思うんですけどね。

——小室さんは昔からエイベックスとは様々な形で関わられていらっしゃいますよね。今夏globeがめでたく10周年を迎えられるわけですが、globeも今後はそういう流れになるのでしょうか?

小室:まさに今言ってるようなことを、globeではやってもらわないと大変だろうと思います。globeが一つのマテリアル・商品としてまとまったところで管理してもらいたいですね。

——では今回の試みもglobe自らが素材というか。

小室:みなさん「食材」という言い方をされる事が多いです。少しでも鮮度の高い、つまり産地直送ということですよね。今日のデジタルディストリビューターの方達っていうのは、要は良い生鮮食品が欲しい訳じゃないですか。例えるなら僕は、自分で畑をやってるわけですから、有機栽培みたいなことになると。

—— 生産者直売みたいな(笑)

小室:そうそう(笑)。しかもそれは、データが直産ということですからね。

(※Block Buster:アメリカの大手ビデオレンタルチェーン)

 

音楽、アーティストが最後にたどり着くのは・・・

——今回の試みは、今までの音楽業界のビジネスモデルを新しいモノに塗り替える可能性も秘めていますよね。

小室そうなるかも知れませんね。メーカーは会社自体が未来に投資するということで、今順調に進んでいると思います。

アーティスト側からすると、ミュージシャンのクオリティ向上につながるすごく大事な事だと思います。音質を落とすことでミュージシャンとして技術不足をごまかすことはできますが、倍以上のサンプリングレートでやることを考えた場合、例えばギタリストのピッキングに多少の甘さがあったりすると粗さが出てしまいますよね。ハイクオリティでやるとしたら、それなりにトレーニングをしてキチンとプロフェッショナルとしてやらなければならなくなるでしょう。そういうことからすると、エンジニアリング等の面でも良い影響になると思います。

——ミュージシャンにとっても良い意味でシビアさが要求されますね。

小室シビアになるし「プロ」の基準が上がると思います。「なんで以前と同じなのにいい音がでないのかな」みたいなね。

——音楽制作の現場のレベルアップにつながると。

小室 間違いなくレベルアップするでしょうね。いわゆるエンジニアやエンジニアを目指す人、周りの色々な人を含めて耳が肥えていかなくてはならない訳ですから。

——昨今はエンジニア自身が、CDラジカセレベルで聴かれることを前提にして最終のチェックをするようになっていた傾向もありますよね。つまり、長年録音現場が今回の試みのようなそこまでの音質を追求しなくなっていたというか。

小室それを覆して、もう一度一番初めの頃に戻っていくことができればと思います。初めの頃っていうのがいつなのか具体的には断定できないですけど、ひょっとしたらグループサウンズの頃だとかね。それぐらいの時だと、例えばバンドで「ステージではこれでいいけど、レコーディングの時にはこんなリズムじゃダメだぞ」ってレコード会社の人に怒られてたわけですから(笑)。

——スタジオミュージシャンに差し替えちゃったり(苦笑)。

小室そうそう(笑)。バンドなんだけど、結局何年かは弾かせてもらえなかったりということが昔は実際あったんじゃないですかね。でもそれは、お金をもらう側としては当然のことでしょう。今回の試みによって昔のようにミュージシャンにとってキチンとした状況に戻れるかもしれないですよね。

——アーティストを目指すにあたって、従来と比べてきっかけをつかむ方法は変化したと感じていますか?

小室変化というよりは、逆行すると思います。僕をミュージシャンということで考えたら、二十何年前とかはとにかく「上手くなんなきゃやってけねぇぞ」っていうのがやはりありました。譜面もある程度読めないといけなかったりとか、現場に行ったらパっとすぐやれなきゃダメだとかね。

これからはもう一回レベルアップが必要とされて、基礎的な事に向かって自然淘汰されていくでしょう。DTMはできて当たり前だし、それだけじゃダメですね。「これディスプレイの中でやってるよね」ってすぐ見透かされてしまうようになっていくと思います。つまりライブハウスで生で見て「ウソ、全然弾けないの?」みたいに感じてしまうことと、同様の事を音で感じられてしまうということですね。やはりもう一度ピュアにならないと駄目なんじゃないかなと思います。

——もっと純粋に真面目に音楽をやれと。

小室まさにそういうことですね(笑)。だからピッチシフトを変える為にとにかくソフトを沢山買うんだったら、その分練習した方がいいなとやっぱり思いますよね。

打ち込むのも、弾くのもできて当たり前という方がベストですよね。弾いたそのままが届いてしまう可能性が今後どんどん大きくなるということですから。ますます本物志向になっていくと思います。

小室哲哉スペシャル5

——技術の進化のなかでは中途半端なことをやっているとバレてしまうと。

小室:生の楽器をやっている人たちは特にそうでしょうね。楽な方向に行くと音楽好きな人には「あーなんか簡単にやっちゃってるねぇ」と今以上に思われるでしょうし。ミュージシャンにとっては、逆にそれはいいことだと思いますよ。

だからミュージシャンにはトレーニングに是非多くの時間を割いて欲しいですよね。打ち込みだけでもいいんですけど、それだったらデータ作りのところにとんでもない時間をかけてもらいたいですね。ゲームクリエイターのデーターの細かさに匹敵するぐらいまでやってほしいです。

——そしてレコーディングの現場に対してもやはり同様の現象が起こると。

小室:レコーディングの現場ならもっとそうでしょうね。もっと耳を鍛えないといけないというのは感じます。

——現状を見て、中途半端なものが多いとお感じですか?

小室:そこまでは思わないですよ、みなさん頑張ってるなと思いますし。結局ある程度支持を得ているもの、若い人がいいと思うものはその分それなりにすごく時間をかけてよく考えられていると感じます。

——最後に、globe以外でプロデューサーとしてこれからプロジェクトっていうのは今何かお考えですか?

小室:そう言う意味ではバンドとかやってみたいですね。男性ボーカルで生の楽器の若いグループだったりとか。質を上げていくというさっきの話も含めてそういうのはすごくやりたいですね。

——現在、積極的に素材をお探しですか?

小室:どちらかというと、積極的でしょうね。

——ネットから探すというのは?

小室:良いと思います。有能な人を一度にたくさん探せるならそれにこしたことはないですからね(笑)。可能性はあるでしょうね。そこまで具体的に考えてる訳じゃないですけど。

——小室さんが今バンドに興味をお持ちというのは意外な気がしました。

小室:そういう音とか、声も歌もそうですけど生の楽器にはとても興味がありますね。

——最終的にはそこに回帰すると。小室さんがそういうお考えをお持ちというのは嬉しく思ってしまいます。

小室:そこは、本当に間違いないですね。デジタルとアナログの関係というのはアインシュタインの相対性理論や量子学とかまでつながるらしいですからね。だからデジタルはハイクオリティになればなるほど、五感というか全て人間に近づくんでしょうね。

——今回の試みが、現在の音楽業界の閉塞感を打破して大成功をおさめるよう願っています。

小室:そうなるといいですね。僕もそのへんの恩恵にあずかれればいいんですけど(笑)。

とはいうものの「アイツが言ったことがホントにそうなった」みたいなことだけでも嬉しいですけどね。みなさんにはぜひ前向きに取り組んで頂きたいです。

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