デジタルネイティブのスキマ時間にカルチャーを届ける。日本初Instagram Storiesメディア「lute」がローンチ

インタビュー フォーカス

五十嵐弘彦氏

2016年にスタートし、YouTubeを中心としたカルチャー系動画分散メディアとして運営していた「lute(β版)」が、lute株式会社を設立し、8月17日、国内初のInstagram Storiesメディア「lute」としてローンチされた。これまでβ版として、アーティストMVやライブ映像、ドキュメンタリー、バラエティ動画などを制作し、YouTubeを中心に公開・運営をしてきたluteがなぜメディアの中心をInstagramへ移行したのか? 今後は映像制作事業やアーティストマネジメント事業も行うという同社の代表取締役社長 五十嵐弘彦氏に、luteのこれまでとこれからをご自身のお話も交えつつじっくり伺った。

  1. 動画メディアで日本の音楽カルチャーを伝えたい〜「lute」の誕生
  2. 「ここに所属していたら大丈夫」と安心できるようなレーベル
  3. luteから“β”を外す意味
  4. エンゲージメントをより高めるためにInstagram Storiesメディアへ
  5. “スキマ時間”を狙ってカルチャーを届ける
  6. luteが音楽のファーストタッチになるために

 

動画メディアで日本の音楽カルチャーを伝えたい〜「lute」の誕生

――最初に少し五十嵐さんご自身のことをお伺いしたいのですが、どのようなご家庭で育ったんですか?

五十嵐:実は、僕はレコード業界3代目なんですよ。祖父(五十嵐泰弘氏)がトーラスレコードという会社をやっていて、父(五十嵐弘之氏)は今ドリーミュージックにいます。叔母もキティレコードにいましたので、家族行事で集まると自然と音楽業界話になりますし、お正月はみんな仕事でいないんですよ(笑)。そんな家系で育ったので、仕事をするイコール音楽の仕事だとなんとなく思っていました。それでエスカレーター式の学校に通っていたんですが、ドロップアウトして、ニュージーランドに留学をして、それから8年間くらい住んでいました。

――なぜ、ニュージーランドだったんですか?

五十嵐:当時、すごくパンクな気持ちがあって、アメリカへは行きたくなかったんですよね、なぜか(笑)。本当はイギリスに行きたかったんですけど、イギリスはほかの英語圏に比べて学費が高かったんです。それでオーストラリアかニュージーランドというチョイスになってくるんですが、東京近郊で生まれ育った身としては「牧歌的な場所に行ってみたい」と思って、ニュージーランドにしました。

――パンクな気持ちだけど、行ったのは田舎という(笑)。

五十嵐:そうなんです(笑)。その留学を通じて、仕事やライフスタイルというところで海外っぽい思想を培ったのかなと思います。それでニュージーランドの大学を卒業して、日本に帰ってきてしばらくフラフラしていたら完全に就活をミスって…(笑)。

――音楽業界も受けられたんですか?

五十嵐:ええ。トライはしたんですけど、何か生意気なことだけ言って弾かれちゃった、

という感じでした。当時の音楽業界はレコード、CDと来て「次はなに?」というのが今ほど見えてない一番厳しい時期で、祖父も父も「音楽業界に入ってくるわけないよね」というスタンスでした。対してIT・ベンチャーという言葉がメチャクチャ流行っていて、そんな中、先輩のベンチャーに潜り込むところから僕の仕事のキャリアはスタートしています。そのときはカルチャーとは関係ない、どちらかと言うと、会社として事業を回すみたいなことを勉強させて頂きつつ、仕事が終わると遊びに行くといった感じでした。

結果、3年間そのベンチャーで働いたんですが、やっぱりカルチャーや音楽のことをやりたいという気持ちがあったので、「ではなにができるか?」と考えたときに、なんとなく「メディアというフォーマットで音楽を伝えられるんじゃないか?」と。非常にフワッとした気持ちではあったんですけど。

ですからレコード会社の門を叩くというよりは、メディアの勉強をしようと思ってメディアジーンという会社に入社し、ライフハッカー編集部に配属されるんですが、その編集部には、今は「WIRED」の副編集長やっている年吉(聡太)さんや、サイバーエージェントで「SILLY」というメディアをやっていた尾田和実さんとか、ロックな人が集っていたんです(笑)。

――ロックな人たちですか(笑)。

五十嵐:ええ(笑)。しばらくそこで働かせて頂いていたんですが、現在luteの広報を担当している芳賀(仁志)は当時エイベックスにいて、彼から「デジタル領域の新規事業をやるんだけど、人を探しているから来ない?」と誘われて、そこからエイベックスにお世話になるという流れです。

当時エイベックスに対しては、体力がある数少ない内資の企業で、かつ、360度ビジネスもやっているし、tearbridgeとかcommmonsのようなレーベルの存在を見ていて「すごい会社だな」という思いがあったので転職しました。そこでサブスクサービスの立ち上げに関わったんですが、そのうちに事業を別の人にまわしてもらう形となっていき、何というか…子供が離れていくみたいな感じになったんですね。

――サービスが安定期に入ったんですね。

五十嵐:そうです。それでなんとなく燃え尽き症候群じゃないですけど、くすぶっていたときに、改めて「メディアでなにかできることがあるんじゃないか?」と考えたんです。僕は毎年SXSWに行かせてもらっていたんですが、その中で「もうそろそろプラットフォームの話をするのはやめよう」という風潮になっていて、「プラットフォーム上にどういうコンテンツを乗っけていくか」といった議論が生まれてきていたんです。

当時「VICE」や「Tastemade」といった動画メディアがスタートアップ的にお金を集めて動いているのを見て「これを日本の音楽を中心としたカルチャーでやりたいな」と。そのアイディアをエイベックスの上司に伝えると、彼自身も次は動画が来ることを見抜いていて。そこで新人開発ができればいいという考えが根底にあったので、「僕がやろうとしている動画メディアをやれば、そこで新しいカルチャーの固まりみたいなものができて、そこから新人も出てくるかもしれないじゃないですか」と提案したら、OKをもらって、社内ベンチャーという形で始めたのが「lute」です。

 

「ここに所属していたら大丈夫」と安心できるようなレーベル

lute株式会社 代表取締役社長 五十嵐弘彦氏

――「lute」は社内ベンチャーだったんですね。それが2015年ですか?

五十嵐:はい。ただ「lute」は“分散型動画メディア”という考え方なので、基本的に何かを作って出したというよりは、コンテンツの1つである動画がYouTubeに上がった時点から、サービスローンチだと思っていました。「アプリ作りました!」「出ます!」みたいな感じではなくて、1本目のマルチネさん(Maltine Records)の動画を撮らせていただいて、YouTubeに上げた時からスタートという認識です。

現在、エイベックスは社内改革を行っていて、思想としてシリコンバレーなどのスタートアップの考え方に倣ってやろうという風潮がありました。なので、社内ベンチャーであるluteに対しても「フレキシブルに動いていいよ」というスタンスをずっと取ってくれていました。「社外から投資家を募ってもいい」という話ももらったので、資金調達に動いたら社外からのお金が集まりましたので、法人化しました。

――「この時期には独立しよう」という目標で動いていたんですか? それとも体制が整ったからという感じなんでしょうか?

五十嵐:正直に言いますと偶然なんですよね。エイベックスもすごくサポートしてくださったので、「ありがたい」「残ろう」という気持ちもありましたし、ただ、世の中の流れを見たときに、これからは動画ベンチャーの群雄割拠の時代に入るので、これは攻めなきゃいけないなという気持ちもあったんです。出資をしてくれる会社の方たちとブレストをしている中で、我々がやっていくビジネスモデルや、新しい動画メディアの運営の仕方を見出せたことも大きかったです。色々なタイミングが重なったんです。

――luteがスタートしたときに思想やコンセプトと言いますか、「これだけは譲れない」みたいなものは何があったんですか?

五十嵐:これはあんまり定量的じゃないんですが、「レーベルとしての価値をきちんと確立させて、レーベルに属している人たちが『ここに所属していたら大丈夫』と安心できるようなものにしたい」という想いがありました。レーベルという言い方をすると、いわゆる“ミュージックレーベル”という捉え方になってしまいがちですが、僕らはそういう意味で言っているわけではないんですね。

僕たちは“レコード会社”というビジネスモデルを全然否定しているわけではなくて、もちろん必要なものだと思うんです。ただ、ある程度の数を売らないといけない大きな屋台骨がレコード会社だとすると、逆にすごくスモールな形で音楽ビジネスをやる人って増えていると思うんですね。パッケージを売ることだけにとらわれずに、360度ビジネスを小さい形でやろうという人たちもいっぱいいるだろうし、ライブや物販の比重を多めにするといった工夫をしている人も少なくない。これは読者の皆さんには「釈迦に説法」になってしまうと思うんですけど(笑)、数人規模の会社ならそれは成立するんですね。そんな中で、luteはレコード会社のアーティストが所属してもいいし、個々でやっているような人たちに使ってもらっても全然いいものだと思っています。あたらしい形で「所属」することにトライできる、一つの場所としての「レーベル」だと思っています。

昨今“仕事の仕方論”や、ライフスタイルの文脈でもよく語られる価値観として「1つに縛られなくていい」「色々なところに帰属すべきだ」という考え方がありますよね。僕はそれってアーティストも一緒だと思っているんです。「ディストリビューションはここからだけど、映像を出すときにはlute」みたいに、いくつもの界隈に所属していてもいいんじゃないかなと。そこで選択されるためには、luteのブランドイメージはやはりカッコイイものじゃなくてはいけなくて、そこは譲れないと考えています。

 

luteから“β”を外す意味

――アーティストや作品の選定はどういうプロセスでされているんですか?

五十嵐:基本的にみんなで話し合いながら、最終は僕が決めています。選定に関して「どうしてなんですか?」とか「ジャンルなんですか?」とか聞かれるんですけど、明確な基準がないんですよ。

――最初がマルチネで、次が掟ポルシェ(ロマンポルシェ)さんとなったときに、凄くビックリしたんですが(笑)、文脈は繋がっているなとも思ったんですよ。VICEよりもカルチャー的というか、東京シーンの現在みたいなものを感じました。

五十嵐:ありがとうございます。その時々でホットなものに触れていれば、それがどの音楽のジャンルであろうが、それこそディストリビューションレーベルに所属していようが、関係ないかなって思っています。でも、そこは個人の趣味と言い切っています。

――でも法人化に伴って、関わってくる人数も増え、組織が大きくなる中でレーベルのブランドイメージを守るのって結構大変だと思うんですが。

五十嵐:そこに関しては、結構ドラスティックに僕が毎回ジャッジをするようにしていこうと思っています。もちろんみんなの意見も聞きますし、やはり僕が分からないジャンルもあるので、それは信用できる詳しいメンバーに僕を説得してもらうという(笑)。すごく偉そうな言い方になっちゃうんですが、そうやって、最終的に僕が「OK」って言うように毎回しています。こういうのって感覚的なものでルール化できないですから。

ただありがたいのは、luteにのメンバーって割とそれが共有できている人というか、僕はお酒飲むのが好きなので、結構飲みに行って語り合ったりするからかなと思うんですけど…(笑)。未知のものに出会うのって嬉しい感覚ですが、悪い意味で「何だそれっ?!」という感覚はチーム内にはないです。

――luteってずっと謎の集団だなと思っていたんですよ。意図的なのかなって思うくらい実態の分からない…これは狙っていたんですか?

五十嵐:狙いました。もし、「エイベックスの社内ベンチャーとして始めている」と言ったら、ネームバリューで話題は作れたと思うんです。ただそれをやってしまうとエイベックスのプロモーショナルメディアになってしまうし、インディペンデントメディアにならないから、どこがやっているかはひた隠しにしました。あと、裏側の思想とかを最初から語ると、ちょっとイタくなっちゃうから止めようと(笑)。

――確かに…(笑)。

五十嵐:アーティストさんに説明しに行くときに、僕の書いた紙芝居を持っていってプレゼンしても、なかなか伝わらないんですよね。お金は全部ウチで出して撮影するというところに関して、A&Rの方からは「全く意味が分からない。なんでそこまでしてくれるの?」みたいなことを言われますし、「こういう世界観を描きたいんです」と言っても「全部のサムネイルにluteってロゴが入っているけど、それがなんなの?」と。僕は海外のメディアを見るのが好きでよく見ていましたから「これをやるとこういう風な世界になる」というイメージがなんとなくあったんですが、それをどうにか信じてもらえるように説明していく過程で「今、対外的にあまり思想とか語らない方がいいな」と当時考えました。

もう1つ補足すると、うちって今までlute“β(ベータ)”という言い方をしていたんですが、ローンチのタイミングでluteから“β”を外しました。それはやっと「luteってこういうことでしょう?」と理解していただけるようになったかなと思ったからなんです。また社外から資金調達をしてやっていくことになりましたので、これからは我々が持っているヴィジョンを外に出してお話していくべきなんだと思っています。

lute ファウンダー
lute ファウンダー:左から 本田次郎氏、武田俊氏、古屋蔵人氏、五十嵐弘彦氏

 

エンゲージメントをより高めるためにInstagram Storiesメディアへ

五十嵐弘彦氏

――今まで全方位メディアとしてやっていたluteが、今回Instagram Storiesメディアとしてローンチしたのには、どういった狙いがあるんでしょうか?

五十嵐:仕事柄、僕らはみんなPCを持っていますし、アーティストから情報が来たらYouTubeでちゃんと見ますけど、クラスに5人から10人くらいいるちょっとしたカルチャー好きのレベルまで広げると、多分PCは持っていないし、家にWifiひいてないですよね(笑)。しかもその子たちが超忙しいわけですよ。パズドラをやる時間も必要だし、多分「5分は時間をくれない」と思っているんです。そうしたら15秒とか短い尺がいいだろうと。あとモバイルで考えたときに縦型で、我々がターゲットとしたいデジタルネイティブと言われている子たちが日々追いかけているプラットフォームってなんだろう?と考えたときに見えたのがInstagram Storiesだったんです。

分散型動画メディアをやってきてすごく感じたのは、ターゲットがいて、そのターゲットに当てるためのプラットフォームがあり、そのプラットフォームにあったフォーマットのものを1から企画しないと絶対ダメなんですよ。今って「MVを撮ろう」とすると、今までの慣習にしたがって尺が3分くらいになり、YouTubeが権利処理してくれるからとりあえずYouTubeに上げる。で、そのYouTubeで上げたMVを広めたいから、切ってInstagramのタイムラインに流すわけですが、「それは違うだろ」と思うんですよね。もうゼロベースでInstagramに合ったものを作って上げるぐらいまで振り切るのであれば「Storiesの方がいいんじゃないか?」と考えました。

――Instagram Storiesには「24時間で消える」ことと「足跡機能」が特徴としてあると思うんですが、「24時間で消える」仕組みは、メディアとして積み上げたコンテンツがアーカイブとして残ることとは真逆ですよね。

五十嵐:そうですね。アーカイブ型 or Notっていうところで言うと、両方正解だと思うんです。ただ、これは「どのコンテンツで、どういうターゲットで」というところ次第で変わる話だと思います。luteっていうものをYouTubeでやっているときから、100万再生、200万再生がとれるマス向けのメディアと思ってやっていませんでした。ただ、非常にエンゲージメントが高いユーザーに恵まれたメディアではあると思うんですね。自分たちでもなんて言ったらいいのか分からないんですが、コンテンツを「luteっぽいよね」と感じてくれるような人たちはすごく高いエンゲージで見てくれている。

これは仮説でしかないんですが、アーカイブ型って大多数の人に見てもらうコンテンツにすごく合っていると思っていて、逆にすぐ消えてしまうものは、エンゲージメントを高めたいコンテンツに合っていると思うんです。luteはエンゲージメントをより高めていきたいから、そのためにはアーカイブ型ではないコンテンツを狙う、そんな考え方です。

――Instagram Stories以外での展開はどのようになるのでしょうか?

五十嵐:例えば雑誌の「Casa Brutus」さんとか、月刊で出しつつ、たまに器特集の別冊とか出すじゃないですか。あれに近い感じで、8割ぐらいはInstagram Storiesのコンテンツなのですが、たまにオリジナル製作のMVをドロップもします。

――Instagramはハッシュタグの文化と言いますか、ものすごい数のハッシュタグが付けられている画像とかあるじゃないですか? Storiesも同様にタグを絡めて、みたいなことも考えられているんでしょうか?

五十嵐:確かにタイムラインはハッシュタグの文化なんですが、Storiesのハッシュタグ機能ってまだそんなに使われていなくて、Stories@メンションが超面白いんですよ。いわゆる@で他のユーザーの名前を入れると、この中からタップしてそのユーザーに飛べるんですね。あと動画追尾機能が付いたので、例えば、僕が走っている映像を上げると、僕のアカウント名が一緒に動くんですよ。これをiPhoneで完結できちゃうんのがすごく便利なんです。

――プラットフォーム的な機能が面白いということですか?

五十嵐:そうですね。ハッシュタグ、@メンション、動画追尾、その他にジオタグも貼れるので、プラットフォーム機能っていうところでも、非常に可能性を感じています。InstagramはStoriesに対してものすごく注力しているように見えます。1週間のうちに何度もABテストを繰り返して機能が変わりまくっているので、これからも新しい機能が増えてくるんだろうなという期待があります。

――InstagramはSNSとして単に画像や映像をアップするだけじゃなくて、カルチャー的にも様々なことができるプラットフォームになろうとしている?

五十嵐:SNSという言葉の定義ですよね。例えば、YouTubeなどにあがっている動画を伝播させるための“運び屋さん”としての使い方と、オリジナルの動画を直接上げるプラットフォームとしての使い方ができると思います。僕らは後者として見ています。

――Instagramは今後の機能追加など、どうなっていくのか予測できない分、ワクワク感もありますよね。

五十嵐:間違いなく色々な機能が変わっていくと思うんです。luteをやっていく上で守ってきたことは、先ほどお伝えした通り「レーベルとしてのブランドイメージ」です。ただ並行して我々が持っているバリューって何なんだろうって考えたときに、「コンテンツバリュー to 見てもらう人」もそうですし、「コンテンツバリュー to アーティスト」もそうだと思うんですが、高いエンゲージメントでカルチャー好きの人に見てもらう場所そのものを提供することも同じくらい重要だと思っています。ですから、我々はそれに見合ったことに柔軟に対応できる集団であればいいんじゃないかなと思っているんです。

そうなると今は間違いなくプラットフォームとしてInstagramに対応すべきだと思いますし、スマホの縦型に合ったコンテンツを作れればいいと。もちろん今後、その形は変わるかもしれないです。映像に関しても間違いなく時間がもっと短くなります。別に15秒が1秒になるとかそういう話じゃないですよ(笑)。ただスキマ時間の中で伝えたいものをどう伝えるかっていうところに関して、僕らもハックしてPDCAをまわし続けていくことで、時代に合わせた最適化ができる媒体になれたらいいなと思っています。

――やはり求められる映像はどんどん短くなっていくんでしょうか?

五十嵐:いや、それぞれに求められる尺ってあると思うんです。例えば、映画に一番合っている長さってたぶん2時間などでしょうし、テレビの前に座ったときでも30分、1時間の尺なら許容できるでしょう。ただデジタルの場合は、それがより短くなっていくっていうところは間違いないと思います。それにプラットフォームがどう対応していくか、載っかっていくコンテンツもどう対応してくかという話です。アーティストの方もMVを撮ることもあるだろうし、ライブをやることもあるでしょうから、「デジタル全般でどうしよう」となったときにluteに相談してもらえたら嬉しいですね。

 

“スキマ時間”を狙ってカルチャーを届ける

lute株式会社 代表取締役社長 五十嵐弘彦氏

――luteの事業として今後はメディアの他に映像制作やアーティストマネジメントも展開していくと伺っています。

五十嵐:luteが主にやっていくこととしては大きく3つの事業が今考えられるなと思っています。まず、何よりもメディアですね。この中からさまざまな面白いコンテンツが出て、そこからアーティストを通してより多くの方に知ってもらえるメディアを提供すること。そして次にあるのがマネージメントです。これもレーベルの話と一緒で、マネージメントって言うと多分「え、マネージメント会社やるの?」って話になっちゃうじゃないですか。

でも、これまでの音楽業界で語られているマネージメントじゃないと僕は思っています。今アーティストの方がモデルになったり、モデルの子がアナログシンセを弾いていたり、総じてそういう人たちをインフルエンサーって呼ぶカルチャーがあったりしますが、そういったデジタルの中で影響力を持っている人が、どのような出自であろうとも皆さんわりとInstagramなどを使って自身をマーケティングしている現象が起きています。お金の儲け方に関しては自由にそれぞれが得意なところで儲けるようになっているので、そこに対してのサポートができるようなマネージメントがしたいって思っています。僕はインフルエンサーマーケティングって言葉好きじゃないんですけど(笑)、でもそういうやつですよね。

――インフルエンサーって、その周りのいろいろな企業の人たちが広告をつけて発信してもらうみたいな側面もありますよね。

五十嵐:これって非常に難しい問題で、決してだめと言っているわけではないんですが、バランスが悪くなりがちなんですよね。僕はインフルエンサーを使った広告って全然間違ったフォーマットとは思っていなくて、ちゃんと見せるものをやればいいし、あとアーティストが広告で儲けても全然いいと思うんです。ただその着眼点が常に「私には何十万フォロワーがいるので、とりあえずこの『○○』っていうプロダクトを持っている画像を上げればいいですか」っていうのではやはりダメじゃないですか(笑)。

インフルエンサーっていうくらいですから、数字にはそれなりにパワーを持っている方がいいかもしれないですけれども、もうちょっとプロダクトプレイスメント的に、自身に合ったイメージのプロダクトを自由に扱うみたいな気持ちいい広告の仕方もあると思っているんです。実際に今luteに相談しに来てくれている方ってアーティスト以外にもモデルも結構いるんですが、「広告なら全然いいんだけど、いわゆるインフルエンサー業務は苦手」って言う人もいるんですよね。

――なるほど。

五十嵐:パーティーに行ってInstagram用に写真を撮って、そのまま直帰するみたいな。よく「あれはキツい」と話を聞きます。ただ、僕はそのパーティーを違うとは思ってないし、そういう行為が間違っているとも思ってなくて。ただ自分が好きなところに行って、その上でクリエイティブをかっこよく出していくという部分も必要だと思っているんです。そこでluteが媒介になれたらいいですし、そういう意味のマネージメントなんですよね。

――まずアーティストやモデル本人がやりたいことがあって、それに最適化したアイディアを提案したり、アドバイスをしつつ一緒にやっていくみたいな考え方ですか?

五十嵐:そういう感じですね。例えば、広告案件があったときに、自身のStories上やタイムライン上でやたら宣伝をしたら鼻につきますけど、luteがメディアとしてそれ受けて、音楽コンテンツの中で、たまにチラっとアーティストや商材が映るみたいなことをやった方がみんなハッピーじゃないですか。いいコンテンツもきっとできるし、そういう世界を作れたらいいなって思います。

話を戻しますと、事業の柱としてもう1つあるのが映像制作です。もちろん今までMV制作で培ってきたノウハウもありますし、特に短い動画の中でどのように物事を伝えるのかについて、ものすごくナレッジが溜まってきているんですね。広告、特にデジタルサイネージも縦型が多いですから、その辺りの受託業務とかもやっていけたらいいなと考えています。

――今回ピックアップで上がったアーティストはどういう基準で選ばれたんですか?

五十嵐:もうこれは純粋に普段からすごくluteを助けてくれているみなさんですね(笑)。ローンチ時のコンテンツに関して言うと、「パイロット撮るから助けて〜」って言って、来てくれた人たちです。

――賛同者みたいな人たちですね。この指とまれじゃないですけど「やるんで集まってください!」みたいな。

五十嵐:そうですね。本当にレーベルクルーみたいな感じは出始めているんだなと思っていて感謝しています。

lute

――デジタルメディアとかサービスの話を聞くと、大体「がっちりIT系」か「カルチャー側から出てきた方」かに二分されるような気がするんですが、五十嵐さんはやっぱり後者ですよね。音楽や映像に代表されるカルチャー全般が好きで、その軸がブレていないですよね。

五十嵐:ありがとうございます。生まれたときからそれをやっている人間なので(笑)。スタートアップカルチャーとか、メディアとかに興味を持ったのも「ロックな感じだから」なんですよね(笑)。

――(笑)。反骨の精神的な、DIY的な。

五十嵐:だからやっぱりアップル社の製品が好きだし、その文脈はあります。特に西海岸のスタートアップカルチャーとか、あとはSXSWが開催されるオースティンとかもそうだし、ポートランドとかニュージーランドもそうなんですけど、ちょっとヒッピー寄りというか。

――スケーターとか(笑)。

五十嵐:(笑)。あの感じでみんな仕事しているじゃないですか、エンジニアと言いながらみんなすごく洒落たカフェでMacBook開いて、爆音で音楽聴きながら仕事しているという。ああいった感じが好きなんですよね。大きく言うと、我々がやるこのluteという事業で視聴者の方やアーティストの方に伝えていきたいことだったり、一緒に乗っかってもらいたいことっていうのも、そういうちょっとロックなカルチャーっぽいところですし、僕らの仕事のスタイルや、資金調達として何やるってところに関しても、割とイメージしているのはロックなイメージなんですよね。

――今後の明確なヴィジョンはありますか?

五十嵐:実はあんまりないんですよね。そこは柔軟にと言いますか。ただ、ブレはないんですよ。重ねて申し上げますが、まずluteというものに関していうと「ブランド価値を守ろう」「レーベルとしてやっていこう」「メディアレーベルとしての価値を守ろう」。そして「より多くの人にカルチャーのコンテンツをスキマ時間に正しく届ける」。この2つをできれば柔軟に、という感じです。

今8割が「カルチャーを届ける」で、その中で旧来のやり方、例えばイベントをやるとか、MVを撮ってということも2割のとこでやる。で、8割の部分では、まだ多くの人がやれてない“スキマ時間”を狙ってカルチャーを届けるというところをやる。これが我々のやってくことかなと。そこがブレなければ大丈夫かと思います。

 

luteが音楽のファーストタッチになるために

――直近で、面白かった映像は何ですか?

五十嵐:やっていて結構面白かったのは天気予報ですね。

――天気予報ですか?

五十嵐:ホント天気予報だけ(笑)。スタジオに来てくれている皆さんが撮ってくれているんですけど。ラッパーの子とか。

――ラッパー天気予報ですか(笑)。

五十嵐:そうそう(笑)。chelmicoとかにも撮ってもらいましたけど。全天気パターンを先に撮っておけばいいじゃないですか。それをその日の天気に合わせてあてはめると。

――朝起きて天気予報を見るときも、まずluteで見て。

五十嵐:先に見てもらって(笑)。いかんせんInstagram Storiesは直観的ですから文脈がなければない方がいいんですよ。むしろそうじゃないと人はモバイルの場合だとすぐに逃げちゃうんです。ですから、企画名を言うとポカーンってされる。「え、それだけ?」みたいな(笑)。ただ、むしろその方がいいと思うんですよ。もちろんMVはすごく大事だけれども、自分がすごく知っている誰かのMVじゃなければ、いきなりその人の名前を検索して5分間も見ないじゃないですか。でも、毎朝天気予報をやっているこのラッパーについて「何者?」と思って週末、時間があるときにYouTubeでMVを見る流れは生まれるでしょうと。

――日常の中に音楽を入り込ませるんですね。

五十嵐:だって、我々のような音楽に近い人間でも、1日どれくらい映像を見たり、音楽を聴きます? 運転のときとか仕事のときにちょっと音楽を流すとか、「勉強のために見る」ということはあるかもしれないけれども、そうじゃなければ「ちょっとエレベーターに乗るとき」とか「ちょっとコンビニで並んでいるとき」に見る感じだと思っていて。

――私はアナログレコードが好きなんですが、アレはアレでいいような気がするんです。

五十嵐:先ほども申し上げたとおり、MVはなくならないと思いますし、映画館に映画を見に行くことも絶対になくならないと思うんです。ただ、それは適したフォーマットで適したタイミングで、適したやり方だからだと思っています。だから、レコードを聴く時間があり、その行為のためのレコードって僕は素晴らしいUXだと思うし、いいことだと思うんですよね。ただ、その体験を無理やり入れようとするのは結構大変で。ですからスキマ時間にコンテンツを届けて、そこからいかにアナログなもの、リアルな場所に人を呼び寄せるかというところが、またデジタルの面白いところじゃなかろうかと思うんですよ。

――デジタルとアナログ的なものがウィンウィンならいいなって思っているんです。

五十嵐:はい、おっしゃる通りです。僕もそう思います。さっきからこんな言っていますけど、僕も週末は普通にMVを酒飲みながらずっと見ています(笑)。

――真正面から音楽で来られると、ちょっと飽きちゃいますものね。

五十嵐:なんか音楽の時間っていうのが、そんなになくなっていますよね。

――皆さん忙しいですし。

五十嵐:結構面白かったのは、サブスクサービスのチームにいたときに、ITの方たちと話すことが多かったんですが、ユーザー動向を探った資料の作り方が根底的に違うことが1個あって。レコード業界の人間って1日の円グラフの中で音楽の時間を先に作るんですよ。その中でどういう聴き方をするかって時間を作るんですけど、ITの人たちって初めからそんなものは存在しないと思っていますから、1日の中でソシャゲの時間とバトらせるんですよ。それ結構根本的な違いがあるじゃないですか。なんか、そういうことなんだろうなって。

――そもそも音楽ってニッチなもので、今は地に足がついた感じになっているのかなって気はするんです。

五十嵐:そうなんですよね。音楽を聴くけど、ソシャゲもするしという。音楽を聴くのを前提っていうにはちょっと大変な時代になっているのかもしれない。まず今は何よりもファーストタッチっていうところが重要です。先ほどのアナログの方に行くための回路にもなりえますし、最初の手段としてのデジタルという観点で言うと、いかに短い時間で面白がってもらえるかが大切ですよね。

――luteがそのファーストタッチになって、音楽やカルチャーをどんどん深堀りしていく人たちが増えたらいいですよね。

五十嵐:はい。そうなったら最高だなと思っています。

lute株式会社 代表取締役社長 五十嵐弘彦氏
五十嵐弘彦(いがらし・ひろひこ)
lute株式会社 代表取締役社長

1985年東京生まれ。高校・大学時代をニュージーランドで過ごし、帰国後HR系スタートアップでの業務経験を経て、株式会社メディアジーンへ入社。ライフハッカー編集部で編集・翻訳業務に従事する。その後エイベックス・デジタル株式会社に入社し、音楽サービス企画立ち上げ・運営に携わった後、自身が思い描いてきたコンテンツ重視型の新規事業として、メディアレーベル「lute」を立ち上げる。代表として、次世代を担うアーティストのMVやライブ映像、海外の音楽と社会状況を探るドキュメンタリーなど、様々な映像作品をリリースしている。

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