【前半】身体を突き動かす「格好良い音」を追い求めて 日本屈指のマスタリング / カッティング・エンジニア 小鐵 徹(JVCマスタリングセンター)インタビュー

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バーニー・グランドマンは心の師匠〜マスタリング・エンジニア小鐵 徹の誕生

——その後、ビクターへ転職されますね。

小鐵:ええ。朝日新聞にビクターの求人広告が出ていたんですが、募集していたのは営業だったんです。僕は学校では電気工学を勉強していましたし、卒業するときからエンジニアになると決めていましたから、技術系以外は絶対に嫌だったんです。特に営業は一番嫌だと思っていたんですが、オーディオテクニカでの2年弱の社会人経験の中で知恵が付いていましたから、試験のときは「営業大好きです! どんどん売りますよ!」みたいなことを言っていました。要するに嘘も方便で「入らなきゃどうしようもないだろう」と思ったわけです。それで何とかビクターに潜り込みました。でも当時はまだマスタリングなんて仕事は知りませんでしたね。

——当時は「カッティング」と呼ばれていましたよね。

小鐵 徹氏(JVCマスタリングセンター)

小鐵:アメリカではすでに「マスタリング」という言葉を使っていましたが、日本では「カッティング・エンジニア」でしたね。まあ、そういう仕事があること自体知りませんでした。とにかく音に関係する何かをしたい、と。最初にビクターへ入ったときは営業所だったんですが、そこを管轄している所長が月に1回来る度に「工場に行かせてくれ」と直訴しました。そうしたら所長が「じゃあ、お前に何が出来るのか書面にして出せ」って言うんです。ちなみにオーディオテクニカで僕がやっていたのは「外注」という仕事で、技術者が書いた図面を下請けの工場に持って行って部品を作ってもらい、それを工場のラインに流す、という仕事だったんですね。

結局、その「外注」の経験を書いて、工場に転籍させてもらったのはいいんですが、やはりその手の部署に配属されて(笑)。そうこうしているうちに、運良く社内募集がありまして、それがカッティングだったんですよ。なぜ社内募集をしていたかというと、当時は「カッティング・エンジニア」と呼んでいただけあって、日本にはまだ「マスタリング」という概念がなかった。それで洋楽のディレクターから「同じレコードなのに外盤と国内盤で音が違う」とクレームが付いたんです。要は外盤のほうが格好良い音なわけですよ。

——レベルが違う。

小鐵:レベルと音が違うんです。それが問題になった。で、「アメリカではカッティングのときに、スタッフが集まって色々やっているらしい」ということが分かったんですね。片や日本はどうやっているかというと、例えば「15分の曲の設定はこうしなさい」とか決まっていて、その設定もレベル設定だけなんですよ。要するにマニュアル化されていたんですね。

——レコーディングされたマスターを時間で区切って溝を刻むだけだったんですね。

小鐵:いわゆるフラットカッティングですね。一種の流れ作業だったわけで、音が違うのも当たり前じゃないですか? で、「これはもう音楽が好きで、ある程度耳も良いやつにやらせなくちゃいかん」という話になったんですが、「外部から人を入れると角が立つから、社内で募集しよう」ということになったらしいです。そのときに応募して入ったのが僕なんです。

——小鐵さんは日本のマスタリングの黎明期から関わられることになったわけですね。

小鐵:それでレコード事業部という部署に配属されました。それが1973年(昭和48年)のことだったんですが、配属されたはいいですけど、先生がいるわけではない。そもそも「マスタリング」という概念がないわけですから。

当時、僕は外盤が大好きで、ビクター横浜工場には「視聴室」という大きな部屋があったんですが、僕は昼飯を誰より早く食べて、その試聴室を確保して、昼休みに自分の好きな外盤を聴くということをしていたんです。で、その外盤の中で「これ格好良い音だなあ」と思うレコードを見たら、ほとんどバーニー・グランドマンなんですよ。で、当時バーニー・グランドマンというのは、アメリカの名門A&Mレコードの、いちマスタリング・エンジニアだったんです。そこで腕を上げて、独立されて会社を作られたでしょう? 日本にも支社がありますけど。

——独立以前からバーニー・グランドマンに目を付けられていたんですね。

小鐵:そうですね。それで、バーニーのレコードとテープを比べたんです。スイッチを切り替えて、レコードの音、マスターテープの音って。そうしたら全然違うわけですよ。それで「この音、格好良いけど、どうやったら出るんだろう?」と試行錯誤して、段々と音を近付けていく作業をしました。それを社内では「AB比較」と言っていましたが、ものすごく勉強になりましたね。

そういうことをたくさんやるうちに、引き出しが増えてくるじゃないですか? 音楽というのは生き物ですから、一つとして同じものはないんですよ。だから「これで良かったから、次回も当てはまるだろう」というのは、そもそもないんです。でも引き出しが多いと、パッと素材を聴いたときに、格好良くする方法が分かるようになってきますし、ジャッジも速くなります。

——本当に独学であり、小鐵さんの技は試行錯誤の積み重ねだったんですね。

小鐵:バーニーさんが日本のスタジオの、5.1chサラウンドシステムのお披露目パーティーにアメリカから奥さんと一緒に来られたんですが、どういうわけか横浜工場に立ち寄って下さったんです。そのときに「僕はあなたのレコードを教材にして勉強させてもらった。だから、僕はあなたを勝手に心のお師匠さんだと思っています」と伝えました。この部屋に飾られているバーニーさんの写真はそのときのものです。バーニーさんは僕より3つ上なんで今75才かな。それでもまだ現役でやられていますからね。

——バーニー・グランドマンが小鐵さんのお師匠さんなんですね。

小鐵:ええ。心の。もうあの写真は棺桶に入れたいですよ(笑)。

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