桑田佳祐「人誑し / ひとたらし」
躍動感あふれるビートに乗って、人間味あふれる歌声が響き渡った瞬間に、胸の中に闘志の炎が灯されていくようだった。桑田佳祐のニューシングル「人誑し / ひとたらし」は、伝統の継承と革新的な創造を同時に実現している画期的な傑作である。この曲は4月スタートのテレビ朝日系TVアニメ『あかね噺』のオープニング主題歌となっており、このアニメのために桑田が書き下ろした作品だ。なお、桑田が作詞・作曲のすべてを手掛けたアニメの楽曲は、バンド・ソロを含めて、デビュー48年目にして初めてとのことだ。
『あかね噺』は、『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて連載中の同名の漫画が原作で、落語家を父親に持つ少女が“真打”を目指して奮闘する物語が軸となっている。桑田が「大好きである」と公言する落語が題材のアニメであり、歌詞にも「浮世床」や「火焔太鼓」などの古典落語に由来する語彙が散りばめられていて、作品世界との親和性を高めている。「人誑し / ひとたらし」というタイトルは、芸によって人を魅了する、優れた落語家を指し示す言葉でもあるのだろう。
また、女性の落語家が本格的に定着したのが1970年代以降という歴史的な背景を考えると、『あかね噺』は、男性が優遇される社会の中で女性が夢を実現していく側面も持っているストーリーなのだろう。「人誑し / ひとたらし」の歌詞にも、《ガラスの天井(そら)》《分厚い壁》《過去の常識(ルール)》《見えない鎖(チェーン)》といった、ジェンダーの壁を象徴するようなフレーズが数多く登場する。その高く分厚い壁を乗り越えていく主人公にエールを送るように、桑田の歌声が熱く、そして温かく響く。この曲が素晴らしいのは、エールを送る対象が、アニメの主人公だけではないことだ。閉塞感の漂う時代の中で困難に直面している人、見えない制約の中でがんじがらめになって苦しんでいる人を鼓舞するパワーも詰まっている。つまり、落語家を目指す若き主人公にエールを送ると同時に、自らを鼓舞し、そして同世代だけでなく、幅広い世代に、気合いを注入する楽曲でもあるだろう。
「人誑し / ひとたらし」には、“NEW 70’S”というキーワードが添えられている。この言葉には、2つの意味がこめられていそうだ。1つ目は、2026年2月に古希を迎えた彼が、70代となって最初に発表する作品であり、70代の新たなる挑戦の始まりの宣言であるということだ。この曲の中に詰まっているアグレッシブなエネルギーがその証だ。
2つ目は、70年代の洋楽・邦楽のテイストを再構築・更新していることである。イントロから繰り出される印象的なギターリフは、60年代末~70年代前半のGSを彷彿とさせるなまめかしさや妖しさを備えている。歌の根底を司るダンスビートには躍動感と疾走感と高揚感が漂っている。同時に、和のテイストやアイリッシュテイストが漂う笛や弦の音色が加わっていて、地域も世代も不詳と言いたくなるような混沌としたパワーが渦巻いているのだ。曲のエンディングでのハーモニカは、まるで走り続ける主人公の息づかいのように、生々しく、そして力強く響く。
桑田の歌声もエネルギッシュでダイナミックだ。なんとパワフルな古希の幕開けなのだろうか。この歌の中には《笑う門に神は宿る》というフレーズがあるのだが、まるで“歌う門にも神が宿る”と形容したくなるほどだ。この曲を聴いていて、落語と音楽には共通点がかなりあることも実感した。どちらも人を楽しませるものであり、人間の業や感情がモチーフとなっていることが多い。また、伝統的な文化であると同時に、時代とともにアップデートされていくものである点も共通している。立川談志が、自著『あなたも落語家になれる』の中で、現代の落語家に必要な要素として、「心に狂気を含み、常に冒険に賭けていく精神」を挙げている。“人誑し”の“誑し”は言偏(ごんべん)に“狂う”と書く。
「人誑し / ひとたらし」も立川談志の発言を音楽によって具現化した作品と言えそうだ。伝統と前衛のミクスチャーであり、遊び心と冒険心が詰まっているからである。“人誑し”という言葉は、桑田佳祐にも当てはまるだろう。その歌声によって、多くの人々を魅了し続けているからだ。バンドでデビューして48年、ソロとしても39年、実力、実績、人気を兼ね備えた“真打”の中の“真打”であるはずだが、70代に突入した桑田は、“前座”になりたてのような熱き挑戦心と、常識に縛られない自由な発想力を秘めているようだ。『少年ジャンプ』風の“決めセリフ”で締めよう。桑田佳祐の音楽の新たなる冒険は始まったばかりだ。緊迫の次号を待て!
文=長谷川誠

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