デジタル化が進めば進むほど際立つアナログレコードの魅力 11月3日「レコードの日」開催 東洋化成 代表取締役社長 萩原克治氏インタビュー

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レコードの日
レコードの日

 アジア圏で唯一といわれるレコードプレス工場を擁する東洋化成が声かけ役となり、多くのアーティスト、レコードショップが参加するアナログレコードの祭典「レコードの日」が11月3日に開催される。アナログレコードのリリースタイトルは年々増加し、それとともに毎年4月開催の「RECORD STORE DAY」も活況を呈し、アナログレコード復活が叫ばれる中、日本発のイベント「レコードの日」は何を目指すのか? 東洋化成 代表取締役社長 萩原克治氏に「レコードの日」開催の経緯や狙い、そしてアナログレコードを取り囲む現状から、東洋化成の今後まで話を伺った。

(Kenji Naganawa、JiRO HONDA)
2015年10月23日掲載

 

  1. 11月3日は「レコードの日」って知っていますか?
  2. アナログレコードの復活はデジタル化が急速に進んだおかげ
  3. アナログレコードを文化として再び根付かせたい

 

11月3日は「レコードの日」って知っていますか?

——11月3日に「レコードの日」が開催されますが、どのような経緯で行うことになったんですか?

萩原:毎年4月に「RECORD STORE DAY」(以下 RSD)というイベントが行われていまして、ここ3、4年世界的に盛り上がっているのはご存じかと思います。弊社も日本の事務局に対して協賛という形で協力させて頂いているんですが、春のRSDだけでなく、できれば年2回くらいレコードに関するイベントがあったらいいなと考えていまして、「RSDが春だったら次は秋」、しかも11月3日が「レコードの日」(※注)だということで、この日にイベントをやろうと思ったのが開催の経緯です。業界の人でも11月3日が「レコードの日」って知らないんですよね。ご存じでしたか?

※注:一般社団法人 日本レコード協会は1957年(昭和32年)11月に、「レコードの日」(11月3日)を制定した。

——いや、私も知りませんでした。

萩原:本当にみなさん知らないんです。それはもったいないなと思ったんですよね。よく「土用丑の日」とか言って、美味しそうな鰻重とか鰻丼のポスターが貼られたりするじゃないですか?(笑)

——のぼり旗が立っていたりしますよね(笑)。

萩原:そうです。「土用丑の日は鰻ね」みたいな。「レコードの日」も「その日はアナログレコードね」みたいになったらいいなと思うんですよね。それでレコードをリリースするにあたり、作品の中身にはこだわりたかったですし、アナログで短期的に儲けてしまおうみたいなことには絶対にしたくなかったので、我々のようなプレス会社も販売店もアーティストも、無駄なモノを作らないようにしようと心掛けました。そのためにネット予約もネット販売もしますし、もしWin-Winみたいな形があるんだとしたら、実現させてみたいと思いました。

当初はせいぜい10〜20タイトルくらい集まればいいなと、今年は小手調べ的な感覚でいたんですが、お陰様で現在65タイトル、しかも結構マニアックなタイトルも集まっていますし、気が早いですが、来年以降も継続してやれそうだなと手応えを感じているところです。

——「レコードの日」の構想自体はいつ頃からされていたんですか?

萩原:RSDが始まったときからその想いはありました。当初はRSDそのもののことはよく分かっていなかったですし、弊社が協賛として関わりだしたときも、せいぜい一桁台のリリースだったんですよ。それが今年は日本だけで70タイトル近くと拡がってきたので、ビックリしましたね。

——RSDに対してはどのような想いがありますか?

萩原:見事だなと思います。今や500数十タイトルがリリースされるわけですからね。アメリカのRSDはアーティスト側が共鳴していて、ポール・マッカートニーにしてもボブ・ディランにしても、ジャック・ホワイトもそうですが、アーティストが「一緒にやろう」みたいな気運がありますよね。もちろんポール・ウェラーみたいに「RSDには作品は出さない」みたいな、そういうアーティストも出てきたり、色々欠点を指摘されたりもしますが、今、世界中で盛り上がっているアナログシーンの起爆剤であったことは間違いないと思いますし、正直「やられたなぁ」という感じはあります。

RECORD STORE DAY
「RECORD STORE DAY」

——すでにRSDがあるのに、なぜ「レコードの日」をやるのかという意見もあると思うんですよ。

萩原:そうでしょうね。RSDはその名の通り店舗主体のイベントである関係上、”RECORD”が主なのか、”STORE”が主なのか、曖昧な部分もありますが、「レコードの日」は”アナログレコードの祭典”として分かりやすく打ち出していこうと思っています。

とはいえ、「レコードの日」は今年4月から動き出したようなものですし、レコードの日実行委員会に、ここに同席している本根誠が加わって色々助言をくれなかったら、腰が上がらなかったと思います。幸い、開催のアナウンスに対して反響をたくさんいただき、予想を上回る数のリリースタイトルが整いましたし、ここから発展させていきたいですね。

——本根さんがインプットされたことはどのようなことだったんですか?

本根:私は「レコードの日」をやるんだったら「誰でも手に入る」ようにしたかったんですね。RSDの理念は「Save the independent record shop」じゃないですか。それは素晴らしいことなんですが、”independent record shop”に新幹線や飛行機で行かなくてはいけない人たちもたくさんいます。「レコードの日」では日本全国、本当の音楽好きで、その気がある人たちみんなが買えるようにしてあげたいなと思っていました。

お店の行列って凄く分かりやすいといいますか、画になりますからテレビ局も取材しやすいですし、媒体の人って行列好きじゃないですか?(笑) ただ、行列を生み出すよりも、本当に手の届くようなものを送りだしたいですねという話はしていました。

萩原:今年の「レコードの日」もいっぺんに多くのタイトルがリリースされてしまうので、来年は1点集中型ではなく毎月少しずつリリースするほうがいいんじゃないか?という声もすでにありますし、例えば、第一週はロック、翌週がJ-POP、次がジャズ…みたいにリリースするとか、今後の課題と言いますか、改善すべき部分はあるかと思います。

——つまり色々試行錯誤しつつ、今年は一斉リリースの形でやってみようと。

萩原:そうです。あとリリースに合わせて11月3日に渋谷PLUGで「レコラボ」というイベントをやります。「レコードの日」記念のアナログリリースがすでにレコードが好きな人、マニアを対象とするのならば、このイベントはこれからレコードの世界に入ってくる人たちのためのイベントとして考えています。イベント参加者にはレコードを持ってきてもらうんですが、「レコードの日」のリリース作を持ってきてくれたら入場無料とし、持ってきてもらったレコードの中から当日のDJが曲を選んで、ミックスを作ってもらうと(笑)。こちらも楽しいイベントにしたいですね。

「レコラボ」

 

アナログレコードの復活はデジタル化が急速に進んだおかげ

——アナログレコードの人気が再燃していますが、その要因を萩原さんご自身は何だとお考えですか?

萩原:音楽がデジタル化され、アナログレコードがCDになり、iTunesが生まれ、ストリーミング時代に入り、今はサブスクリプション全盛というか元年みたいな感じになってきて、デジタルの究極の形になってきたと思うんですね。そんな中、アーティストも音楽好きの消費者も「やはりモノとして持ちたいよね」という想いが強まってきているのではないでしょうか。つまりデジタル化が進めば進むほど、アナログ側がどんどん際立ってきたと。

あと、3,000万曲とかデータがあって、過去の音楽を色々聴いていくと、オリジナルへの想いが出てくるんですよね。例えば、ビートルズとか「最初はどんな形でリリースされていたんだろう?」と調べて、レコードに辿り着く中学生とかいると思いますし、デジタルはモノじゃなくなっちゃったというのはすごく大きいと思います。

——やはりアナログレコードはジャケットも含めてモノとして魅力的ですよね。

萩原:ええ。レコードはジャケットも含めて総合芸術的なところがありますし、それが再認識されたのは、デジタル化が急速に進んでくれたおかげかなと思うんです。今後、どういった形でリバウンドするか分からないんですが、人間って「サブスクリプションで全部終わりね」と割り切れるものでもないですし、必ず気まぐれな人というか天の邪鬼な人っていますしね(笑)。

後は本質的に音の問題です。ハイレゾと比較検証されたり、「音が柔らかい」とか「低音が効いている」とか色々言われますけど、結局そこが解明できないところが、魅力なのかなとも思うんですよね(笑)。

——(笑)。

萩原:まとめると、これからはサブスクリプションがメインフレームになるんだなという実感とともに、若干はこっち(=アナログ)も残るんでしょう? という認識ですね。

——実際にアナログレコードの人気が復活してきたなと実感されたのはいつ頃ですか?

萩原:本当にここ最近ですね。「前とはちょっと違うな」と思い始めたのは、一年いかないくらいです。数年前から「アナログ復活」とか記事がたくさん出ていますし、弊社も取材をずっと受けていましたが、取材の切り口がいつも「ノスタルジックな存在としてのアナログ」だったんですね。それが最近は「朝日中高生新聞」とかから取材が来るようになって(笑)。

——「朝日中高生新聞」ということはアナログレコードの存在を知らない、新しい世代に向けての記事ということですよね。

萩原:そうです。まあ、そこまで大げさなものかな? という感じもあるんですけどね(笑)。アナログは実際に動きますし、回っているのを見るのは楽しいね、可愛いねみたいな単純なことだと思うんですけどね(笑)。

あと、普及型のプレーヤーが売れたことも大きいです。ION AUDIOの1万円くらいのスピーカー内蔵プレーヤーが結構売れているという話が耳に入ったのもここ一年のことですし、一時期の「アナログ復刻」なんて頃よりも、もう少し根付いていくのかなと期待していますが、それでも分からない部分はあります。今、本当に忙しいですけど、「来年どうかな?」と思ったときに、そこまでの自信もないんですよ(笑)。

ION AUDIO Archive LP
ION AUDIO Archive LP。USB端子、ステレオ・スピーカを搭載したオールインワン・ターンテーブル

——萩原さんは現在のアナログレコードを取り囲む状況を冷静に見ていらっしゃいますね。

萩原:アナログレコードはCDが出て来てきたときに一回駄目になったんですが、DJブームとクラブシーンの盛り上がりで、奇跡みたいな復活があったんです。ただ、それもDJからのニーズが少なくなるとともに沈んでいったのが10年くらい前。そうしたらまたアナログが盛り上がってきて、2回も奇跡があるのって相当だなという気はしますね。

——その2回目の奇跡を今度は終わらせないことが大切だと思うんですが、それには何が必要だと考えてらっしゃいますか?

萩原:音の良さというのは絶対条件としてあると思います。弊社は日本で1社だけのプレス工場なので、正直、技術革新や進化みたいなことをあまり意識しないでここまで来られちゃったところがあるんですよ。ガラパゴス島のゾウガメみたいに何かしぶとく生き残っちゃって(笑)。でも、ここまで来たら、盤質や音質にとことんこだわって、世界一の音を目指したいですよね。

——ただ、オーダーが来すぎて、なかなか生産が追いつかないとかいう話も聞きます。

萩原:そうですね。ウチもキャパが限られているので。おかげさまで今、オーダーがずっと続いていて、なおかつ、私がこんなこと(「レコードの日」)をやり始めちゃったおかげで、えらいことになっちゃっています(笑)。しかもしばらくするとRSDのプレスの話とかが出てくる時期なんですよね。

——ちなみに世界にアナログレコードのプレス工場ってどれくらいあるんですか?

萩原:多分20〜30はあるでしょうね。最近また新しく作り出しちゃっているみたいだから。

——新しい工場もできているんですか。

萩原:インディーズレーベルが「もう自分たちで作っちゃおう」みたいな感じで作ったプレス工場もありますしね。そうなると20〜30じゃきかないかもしれません。ちなみにチェコが最大のプレス工場地域で、人件費が安いんですよね。

——日本には御社がありますが、他のアジア地域にはプレス工場はあるんですか?

萩原:恐らくアジアではウチだけですね。最近は結構アメリカからの依頼も多いんですよ。

——東洋化成さんのプレス精度はすごく高いと思うんですよ。やっぱりアメリカのプレス工場で作られた洋盤とかはちょっと開けてみなければ分からないようなところもあって。

萩原:かといって、弊社が世界一かと言ったら、決してそうではないと思っています。でも、そこには何となく手が届くかも知れないという位置にいるのも分かっています。ありがたいことに東南アジアからオーダーが来るんですが、アメリカやヨーロッパの工場へオーダーした方が全然安いんですよ。それなのに何で弊社にと思うんですが、それは「Made in Japan」に対する信頼から弊社へオーダーして頂いているんですね。これは本当にありがたいなと思っています。

 

アナログレコードを文化として再び根付かせたい

——例えば、東洋化成さんも生産ラインを増やすとなると大変なのでしょうか?

萩原:いや、そんな滅茶苦茶大変というわけじゃないです。問題はプレスマシンをどうするかということでしょうか。

先ほども申し上げましたが、日本にはプレス工場が弊社1社しかないですから、そんなに気を遣わなくて良い部分が今まではあったと思うんです。でも、最近ある人に「カッティングルームってマスターを作るところじゃないですか。なのに、どうしてみんなを土足で入れるんですか?」と。つまり「埃とかがマスターに付着したら、それは音質劣化になるんじゃないですか」と。だとしたら、エアシャワーとかクリーンルームとかでやらなきゃいけないのかなとかね。考えたらそうですよね。一番大事な作業ですから。

東洋化成 カッティングルーム
東洋化成カッティングルームより。マスターをカッティング中

——そういったことって、外から言われてみないと意外と気づかないですよね。

萩原:そう、全然気がつかないですよ。だから、他が立ち会いカッティングをやっていないわけというのも、もしかしたらそういうところなのかなと。

——立ち会いカッティングをやるところは、あまりないんですか。

萩原:ないですね。弊社は結構アーティストも来られるし、カッティング作業は見れば面白いし、一緒にやっている感を醸し出すし、良かれと思ってやっていたんですけどね(笑)。でも、突き詰めて考えると、埃なんかない方が良いに決まっているわけですから。あとカッティングマシーンの水平を保つためにバネを使っているんですが、半導体の工場だって何だってもうバネなんて使ってないよと。当たり前なんだけど(笑)。そりゃそうだよねみたいな。

——もっと優れた素材がある(笑)。

萩原:そう。絶対にあるでしょう。その水平性を保つうんぬんに、まさか今時バネなんか使っているんですか? みたいな。そういうことがたくさんあるんです(笑)。だから、今後は最新のハイテク技術をアナログ制作に取り入れるみたいな試みをしたいんですよね。そういうのって滅茶苦茶面白いじゃないですか。

——進化した工場を見学しに行きたいです(笑)。

萩原:そのぐらいこだわらないと駄目だなと考えています。そこまでやっているところって相当少ないと思いますし、もしかしたら弊社だけになるかもしれないし、分からないですけどね。それによって音がどれだけ違うのかと言ったら、多分ほとんど分からないと思います。でも、そういうマインドはとても大切だと思いますね。

——最近の音楽業界はそういうこだわりの部分がどんどんなくなっているように感じます。

萩原:今でもあるアーティストさんは、CDプレスをどこのプレス会社の何号機とまで指定するというわけだから。

——そうなんですか(笑)。

萩原:こだわる人はあくまでこだわるというか。そういうリクエストに関して、ウチもやっぱり応えなくちゃいけないんだなという感じはあります。

本根:東洋化成の仲間に入れてもらって分かったことなんですが、よく匠の技っていうじゃないですか。職人技というか。東洋化成はそれを非常に尊重する会社なんですよ。しかもその技術が継承されている。例えば、先ほどのカッティングルームも若手とベテランの2名体制で、若い人の感性とベテランの感性を両立させています。

萩原:音の素材も、今だとやっぱりwavファイルとかで来たりもしますからね。それはそれで進化形の1つで。

本根:そういうものには若いカッティングエンジニアの方が良いだろうし、クラシックの長時間録音とかは、やっぱりベテランの方が良いかもしれないし。そこら辺のキャスティングは、鶴見の中に秘伝のタレがある(笑)。私もよくは分かってないですけど、そういう感じはしますね。

——最後になりますが、萩原社長にとってアナログレコードとは、どういう存在なのでしょうか?

萩原:アナログレコードは…単なる家業ですからね(笑)。

——(笑)。

萩原:親父が魚屋をやっていたから俺も魚屋、みたいな(笑)。

——でも、東洋化成さんがなかったら、日本でアナログレコードをプレスするところがなかったわけで、それを想像したらゾッとします。お話し辛いかもしれませんが、アナログレコードの生産量が落ちて、会社自体が大変なときもあったんじゃないですか?

萩原:それは全然ありましたよ。社内でもやるか、止めるかって話し合いは結構ありました。なんですが、結局ウチはそれしかできないし…みたいな話ですよね。数字的には全然お話にならないくらい落ち込みましたし、当時はCD100に対してアナログ1みたいな感じでしたからね。それすら危ないということになってくると、レコ協の統計数字の中にすら入らないという(笑)。「1%ないんだったらやってもしょうがなくないか?」みたいなことはありましたし、全然止めてもおかしくはなかったです。それでもどうにか続けていたらブームという波がやってきて(笑)。それも2回も来ちゃった、みたいな。ですから、非常に恵まれていると思います。

——今後の課題はやはりアナログレコードをブームで終わらせないことでしょうか?

萩原:そうですね。本当にブームで終わっちゃうのかスタンダードなものになるのか、その岐路に立っているような気がします。

——周りは「アナログレコード来た!」と色めき立っているけれど。

萩原:ええ。DJブームのときは宇田川町にレコード屋が乱立して、大ブレイクみたいな状況でしたけど、それが終わったのをこの目で一回見ていますから。まさかDMRがあったところに、HMVがもう1回できるなんて、考えもしなかったですけど(笑)。でも、今の方がそのときよりずっと地に足は付いているような気はします。ですから「レコードの日」もそうですが、アナログレコードが文化として再び根付くように、一歩一歩、確実にやっていきたいですね。

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