各国の音楽と文化を学ぶ丁寧なローカライズで、アジア圏の音楽ネットワーク構築を — KKBOX CEO Chris Lin(クリス・リン)インタビュー

インタビュー フォーカス

Chris Lin(クリス・リン)氏
Chris Lin(クリス・リン)氏

音楽ストリーミングサービスKKBOXのクリス・リンCEO が先日来日した。アジアを代表する優良スタートアップの旗手、起業家として世界的に知られるクリス氏、2004年にKKBOXをローンチ以来、同サービスはアジア圏をメインに現在1,000万人以上のユーザーを獲得し、今なお成長を続けている。IFPIの「Digital Music Report 2014」でもフィーチャーされるなど、SpotifyやDeezer等欧米発のサービスと比較しても大きい存在感を示している。「音楽にお金を払う」という概念が稀薄なグレーター・チャイナでいかにして成長を遂げてきたのか、音楽パイラシー(違法利用)問題からアーティストのロイヤリティをめぐる議論、ビジネス展開のスタンスについてまで話を聞いた。(Jiro Honda)

PROFILE
Chris Lin (クリス・リン)


台北出身。ボストン大学卒業後、スタンフォード大学オペレーションズ・リサーチ修士取得。帰国後2000年に起業、2004年にKKBOXをローンチ。KKBOX Co-Founder & CEO。
KKBOX

 

  1. 音楽のVIPクラブに加入するような感覚
  2. Spotifyは協力していく相手、サービス国数で競うことに関心はない
  3. ロイヤリティ問題においては、他のエンターテインメントを視野にいれるべき
  4. グロースハッキングの時代にあわせたプライシングモデルを
  5. 他のアジアの国々の状況にも目を向けて

 

音楽のVIPクラブに加入するような感覚

——まずはじめに、特にアジアでは違法ダウンロードなどパイラシーが蔓延しています。そのような状況の中で、KKBOXはどのようにして有料会員を増やしてきたのでしょうか。

クリス:よくある例ですが、水道水は無料だけどペットボトルの水にはみんなお金を払いますよね。やはり利便性と品質が大事なのです。我々も同じで、KKBOXは快適で質の高いサービスの提供に取り組んでいます。有料ユーザーにはそこへのアクセス権にお金を払っていただく、それはいわば音楽のVIPクラブに加入するような感覚に近いかもしれませんね。違法サービスに慣れてしまったユーザーに対してもこういう概念を普及させ、より便利で質が良く、合法的なサービスを提供するのが我々の仕事です。

——ユーザー増加にあたってKKBOXは音楽ニュースやコラムの提供、イベント開催など音楽メディア的な展開もしています。

クリス:何千、何百万という楽曲を提供し、ただ検索させるだけでは単なるテクノロジー・プロダクトに過ぎませんし、VIPな音楽サービスになり得ません。そこに必要なのは、キュレーションやカスタマイズなのです。そういう意味で、我々は多くのリソースをコンテンツのガイドや編集などにも注ぎ込んでいます。

 また、そのガイドや編集を通じた音楽情報の提供は、将来の有料会員候補である無料登録ユーザーをKKBOXのエコシステムの中に留めておくのに非常に有効です。さらにメディア的な展開はKKBOXブランドの構築にもつながっています。

——ユニークな機能「Listen With」もユーザーを楽しませています。

クリス:誰でも自分の恋人や友達とイヤフォンを共有した経験ってありますよね。「Listen With」はこの体験を無限に拡張したサービスだと言えると思います。常に使う機能ではないかもしれませんが、音楽を聴く時の気分に応じたリスニング体験の選択肢を用意することは重要です。

——携帯端末での決済が日常的だというアジア圏の文化も有利に働いていますか?

クリス:PCとスマートファンのどちらに重きを置くべきかはまだ判断できませんが、例えばアメリカでスタートしたサービスの多くは、未だにトラフィックの大部分がPCからです。一方アジアで展開する我々とユーザーの最初の接点は、ほぼ常にモバイルですので、モバイル中心のサービスとして展開している部分があります。

 欧米と大きく違うところは、携帯電話キャリアの果たす役割の大きさですね。アジアにおいて彼らキャリアはプロモーション、マーケティング、販売チャネル、課金において大きな役割を占めています。サービスを展開する各国・各地域のキャリアとパートナーシップを組むことは大切ですね。こういう部分はアジアの特徴です。アジアの市場の性質だと思います。

 

Spotifyは協力していく相手、サービス国数で競うことに関心はない

——そういうアジアの市場に、現在ぞくぞくと欧米のストリーミングサービスが入ってきています。例えばSpotifyは先日フィリピンでもサービスローンチしました。

クリス:我々はサービスの提供国数や、その数で競うことには全く関心がないんです。世界中での配信や展開はやろうと思えばできますが、そこに対する情熱はそもそも持ち合わせていません。

 まず我々には、音楽と音楽に関わるこのビジネスを愛しているという想いがあります。音楽というのは、各国のローカルな文化を反映しているものですよね。新しい国・地域でサービスを展開をする際は、まずその国の文化を学び、音楽を学び、そしてその国の音楽業界と密接につながり、組み込まれていくことが大切だと考えています。そうする中で、その国のユーザーにさらなる豊かな音楽体験を提供し、音楽業界に対してはアーティストやプラットフォームをエンパワーメントしていく。こういう部分を重要視しているので、やはりたくさんの国でローンチするということには興味がないんです。

KKBOX CEO Chris Lin(クリス・リン)

現在展開している国々において地域に根ざした深いサービスを提供できないのであれば、拡大しても仕方がないと考えています。我々の関心はアジアでネットワークを作ることにあるのです。日本でいえば、日本のアーティストおよび楽曲のネットワークになりたいんですね。日本が単に欧米の音楽を輸入する国ではなく、アジアをはじめ海外に日本の音楽を輸出する国になるお手伝いをしたいと思っています。これが私たちのスタンスです。

——確かにKKBOXの日本展開はとてもローカライズされている印象があります。

クリス:もっとローカライズしたいですし、やるべきことはまだまだたくさんあると思っています。

 ちなみに、Spotifyやレコチョク、ソニーのMusic Unlimitedといったサービスは競合ではなく、協力していく相手だと考えています。

 

ロイヤリティ問題においては、他のエンターテインメントを視野にいれるべき

——そういう音楽ストリーミングサービス全体の話題として、最近毎日のように「アーティストへの支払いが少ない」という議論がネット上で交わされてます。例えば、SpotifyやPandoraに対して。そういう意見というのはKKBOXにも寄せられていますか?

クリス:多くはありませんが、一部そういう声は確かにありますね。ただレーベルに支払うロイヤリティがどのようにアーティストへ分配されているか、我々には分かりようがないので何とも言えないのですが、そういう議論が起きていることは知っていますし、理解はしています。

——音楽市場の状況も変わってきています。

クリス:現在音楽においては、パッケージ、ダウンロード、サブスクリプション、そしてコンサートという4つの基本的な販売チャンネルがあります。この4つのチャンネルはお互いにカニバリゼーションを起こしているというイメージがあるかもしれませんが、CDの売上が落ちたらダウンロードの売上が増える、また、ダウンロードが下がると今度はサブスクリプションやコンサートが増えて埋め合わせされるというような話ではもはやないんです。

 ビジネス全体を俯瞰すると、今や音楽配信の影響とは比べものにならないぐらい大きな影響を音楽市場にもたらしているエンターテインメントが多く存在しています。例えば、昔だったらiTunesで音楽を買うのに使っていたお金を、現在ではパスドラに使っているかもしれません。サブスクリプションではなく、パズドラこそがiTunesの競合になっているというような状況が起きています。可処分所得において消費者がエンターテインメントに使える金額を考えたとき、エンターテインメント全体ではゲームが音楽の一つの競合になっているんです。従って、先ほどの4つの販売チャネルのひとつが下がっても、他が上がるというようなことはもう期待できないですし、これは我々を含め音楽業界の全体が対処しなければならない状況と言えるでしょう。

——競合は他のエンターテインメントだと。

クリス:サブスクリプションというのはパッケージCDの1つの形態であって、我々はそのCDへのアクセスを販売しているようなものだと考えています。ですが、CDそのものではないし、ダウンロードでもない新しいものです。そういう新しい概念をユーザーに理解していただく必要がありますし、最近の若いアーティストたちはそういう考えに気付き始めていると思います。

 やはり欧米でのロイヤリティに関する苦情の多くは、昔CDの売上が膨大だった、アーティストとしてかなり確立された人々から出ていると思います。彼らはCDの売上が落ちたのであれば、ダウンロードやサブスクリプションなど、別のところで埋め合わせられるはずだと考えがちなのですが、そういう音楽の黄金時代というのはもう終焉しているんです。音楽と競合するエンターテインメントを視野に入れて考えなければいけません。

 

グロースハッキングの時代にあわせたプライシングモデルを

——サブスクリプション型の音楽ストリーミングサービスはもっと料金プランを多様化した方が良いという意見もあります。しかし、そこに関しては楽曲の権利を持っている音楽レーベルサイドが実質的な主導権を握っていますよね。音楽レーベルにはもっと柔軟な対応を求めますか?

クリス:料金プランの多様化はやはり必要だと思います。一方でレーベルの懸念についても理解できます。彼らは配慮しなければならない様々なビジネスを抱えていますからね。大きなバリュー・チェーンがあり、その中にはアーティストももちろんいますし、マネジメントの会社や制作会社といったあらゆる人々が関わっていますから。

 ですが、我々の立場からすると今やインターネットでのビジネスはグロースハッキングの時代を迎えていますし、ユーザーの行動や声に耳を傾け、バランスや均衡を図って日々サービスを改善して調整していかなければなりません。KKBOXでいうと、ユーザーの一部には月に2〜3日しか使わないからと毎月定額というカタチを非常に嫌う人もいます。反対に毎日のように使うユーザーがいることも事実です。このような様々なユーザーのニーズに合ったプライシングモデルを、レーベルとの関係の中でいかに調整していくかが我々の課題ですね。

——他のコンテンツではプラットフォームの発言力は強まってきています。

クリス:20年前、音楽はエンターテインメントの主流でした。実際、私が高校を卒業する頃はお小遣いの大半をCDを買うことに費やしていました。そういう時代では、音楽レーベルは非常に強力なプライシング力を持っていましたし、売り方を決めるのもレーベルでした。ですが、テクノロジーの発達は音楽のみならず、全ての産業に変革をせまってきました。例えば、今やモバイルOSにお金を払おうとする人はいませんよね。音楽業界も同様の変革を迎えると思います。ただ日本ではCDレンタルのビジネスなどもあり、パッケージの売上がまだ一定レベル守られているので変革の起ち上がりが他の国に比べて緩やかです。ですが、いずれ世界で起きている状況への適応を迫られることになるでしょう。

 

他のアジアの国々の状況にも目を向けて

——IFPIの「Digital Music Report 2014」でもKKBOXが取り上げられていましたね。その中でクリスさんは、パイラシーは未だに深刻な問題だと語っていました。

KKBOX CEO Chris Lin(クリス・リン)

クリス:これはアジアのみならず、まだ世界中でもそうだと思います。インターネット上の違法行為を100%防ぐことはできませんから、そこに対しては、いかに音楽に付加価値を加えることができるかかが重要になってきます。パイラシーが模倣できないスペシャルなコアコンポーネントをサービスの中に作る。それはまさに「Listen With」のような機能なのです。アーティストがファンと一緒に音楽を楽しみ、共有し、チャットをする。ファンはよりアーティストに親近感を持つ。これはパイラシーでは絶対に実現できないことです。パイラシーのプラットフォームで自分の音楽を共有しようとするアーティストはいませんからね。

 こういう「Listen With」に代表されるようなアイデアを、「エンパワーメント」という言葉をキーワードにしながら提供していきたいと考えています。様々な技術を駆使してアーティストをエンパワーメントし、他が真似できない新しいサービスや体験を産み出していきます。

——パイラシーが珍しくないアジア地域において、日本の音楽ファンは、当たり前のことなのですが音楽にお金を払うという礼儀正しい部分を持っていると思います。

クリス:そういう素晴らしい日本のユーザーにこそ、ぜひ音楽ストリーミングサービスを一度体験してみて欲しいですね。きっと新しい音楽との素敵な出会い「ミュージックディスカバリー」を経験できると思います。

——最後に日本の音楽業界の方々にひと言いただけますか?

クリス:アメリカやヨーロッパのみならず、他のアジアの国々の状況にもぜひ目を向けてもらいたいですね。デジタルミュージックをめぐる状況が全く違いますから。

 また、ニューリリース楽曲をきっかけに、ストリーミングサービスのミュージックディスカバリーを通じて、今よりもっとたくさんの人に音楽を聴いて貰う、届けることができると思うので、レーベルのみなさんには最新のコンテンツを提供していただけるよう他のサービスとの協力も含め働きかけていきたいです。

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