「“タイムレス”な音楽を生み出すために」音楽プロデューサー スティーブ・リリーホワイト基調講演 採録

インタビュー スペシャルインタビュー

スティーブ・リリーホワイト氏
スティーブ・リリーホワイト氏

  東京・代官山エリアで行われた音楽とテクノロジーの新型フェス THE BIG PARADE 2014 最終日の9月15日、音楽プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトが基調講演を行った。スティーヴ・リリーホワイトは、グラミー賞を5回受賞した世界的な音楽プロデューサーであり、その40年間のキャリアの中でU2、XTC、ピーター・ガブリエル、ローリング・ストーンズ、ポーグス、トーキング・ヘッズ、デイブ・マシューズ・バンド、モリッシー、最近ではザ・キラーズ、30セカンズトゥーマーズなど、数多くのアーティストをプロデュースし、ヒットを生み出してきた。

 初来日のスティーブ・リリーホワイトは「ONE OK ROCKとBABYMETALはいいね!」とフレンドリーに語りかけつつ、音楽愛炸裂の熱い講演を繰り広げた。(Musicman編集長 長縄健志)

2014年9月17日掲載

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スティーブ・リリーホワイト Twitter

  1. 才能に加えて「決意」を持っているかどうかが重要
  2. 困難を極めたローリング・ストーンズとの共同作業
  3. U2の作品群は「バンド継続」の青写真
  4. 自分たちの誇れる作品を作ることの大切さ

 

才能に加えて「決意」を持っているかどうかが重要

 私は1972年にアイルランドのレコーディングスタジオでキャリアをスタートさせました。当時は色々と技術的な制限がありましたが、その制限が逆に想像力を刺激した部分もあります。今は技術的な制限はなくなっていますが、生まれる音楽はみな同じように聞こえてしまいます。多くの選択肢があり、作ろうと思えば無制限に様々なサウンドを作れるのに、できあがってみると同じような音楽が散見できる…不思議ですよね。70年代サウンドスケープはもっと幅広く、面白い時代でした。そこが今失われているのが非常に残念です。

 スタジオのアシスタントの頃は、毎週末課題をもらってエンジニアリングの練習や試行錯誤を繰り返していました。私のボスはとてもいい人で、週末には私のレコーディングテクニックを彼に発表して、ボスの感想を聞きアドバイスをもらう、という時間があったんですよね。良い時代でした(笑)。

 当時のイギリスはセックス・ピストルズやクラッシュ等が登場して、パンクの黄金時代を迎えていました。パンク・ロックのバンドたちは演奏に長けていたわけではなかったのですが、私のような駆け出しのプロデューサーとしては、その分、色々と実験ができましたし、とても充実していました。とはいえこの商売、ヒットが出なければ、仕事が繋がっていかないんですよね。幸い、キャリア初期に手掛けたスージー・アンド・ザ・バンシーズ「Hong Kong Garden」がヒットして、私のキャリアは開かれていきました。

 パンク・ロックのアティテュードは私にとって共感できるものでしたが、そこを出発点として自分のキャリアは作り出そうと、パンク的な世界をより拡げる努力をしました。つまり、同じ事を繰り返すのではなく、ちょっと違うことを試そうとしたわけです。そして1980年に「ちょっと若いバンドに会ってくれないか?」と電話がありました。それがU2です。実は彼らの音楽に対する最初の印象はあまり良いものではありませんでした。ボノという小柄なボーカル、ギターは18歳のジ・エッジ…なんて変わった名前なんだろうと思いましたね(笑)。ただ、彼らは何かを持っていた。彼らからスピリット、揺るぎない信念を感じとりました。

 この世界に才能のある人はたくさんいます。もちろん才能は重要ですが、それに加えて「決意」を持っているかが重要なんです。ボノは優れたアーティストですが、彼以上にクリエイティブな人たちも私は知っています。ただ、ボノが他の人より勝るものはその「決意」なんです。ボノは本当に何かを達成しようとしたら、それ以上のことを成し遂げてしまう。「Over achievement」は彼のニックネームみたいなもので、彼はその「決意」が突出しているんですね。

 対して、一緒に仕事をしたポーグスというバンドがあります。本当に素晴らしいバンドで、このバンドのリードシンガー シェイン・マガウアンは私が今まで仕事をした中で最も才能がある人です。でも、彼は「Under achievement」なんです(笑)。それでよしとしてしまう。ポーグスがフジロックに出ると私は聞いて「絶対に出番を最後にするな!」とアドバイスしました。彼らとレコーディングをしていたときには、一日の早い時間にレコーディングをスケジュールしていました。なぜかというと、遅くなってくると酒を飲み出して、最悪な状況になってしまうからです(笑)。

 

困難を極めたローリング・ストーンズとの共同作業

Steve Lillywhite

 私は同世代のアーティストだけでなく、キャリアを積んだアーティストたちとも仕事をしてきました。

 まず、ピーター・ガブリエル。彼との仕事は大変刺激的でした。ピーターと仕事をするまで私はXTCなど比較的若いバンドと仕事をしていました。パンクロック以前のアーティストとの初めての仕事がピーターで、彼は元ジェネシスのシンガーであり、どちらかというと私の「仮想敵」だったわけです(笑)。よく憶えているんですが、マネージメントの女性からピーターのプロデュースの依頼の電話があって、最初は「友だちがイタズラをしているんじゃないか?」と思いました(笑)。でも、それは事実で、最初は危惧したんですが、実際に会ったピーターは最高のアーティストでした。なにより彼は奇抜なアイディアをたくさん持っていました。例えば、シンバルは使わない、ドラムは使わないといったような。私としては初めて長期間スタジオに籠もることになり、作品作りに集中できました。そして生まれたのが「PETER GABRIEL Ⅲ」です。

Peter Gabriel III
ピーター・ガブリエル「PETER GABRIEL Ⅲ」

 もう一アーティスト、私のキャリアにおいて重要なベテランアーティストがいます。ローリング・ストーンズです。私が関わった「Dirty Work」というアルバムは正直いいレコードとは言えません(苦笑)。ただ、私が言えるのは男だったらストーンズの依頼に「No」とは言えないということです(笑)。ストーンズから依頼が来た! それ以外はビートルズしかないけれども、ビートルズは解散してしまったから、これ以上の仕事はないと思いました。

「Dirty work」
ローリング・ストーンズ「Dirty Work」

 ですが、実際に彼らとスタジオに入り、気がついたのは、メンバーの二人、つまりミックとキースの緊張関係がピークで、お互い全く話し合わなかったわけです。一言も(笑)。なので、私の仕事としては50%は音楽のこと、残りの50%は政治家のように駆け引きをしていました。ミックが私に色々話し、それをキースに「ミックがこんなことを言っているんだけど」と伝える。そうすると今度はキースからわーっと言われて、それをミックに伝える。その繰り返しです。しかもキースは夜型、ミックは昼型だったので、私は眠る時間もありませんでした。夜はキースのために時間を使い、昼はミックのために時間を使うと…。トータルで4ヶ月間レコーディングをしましたが、ミックとキースが同じ部屋にいたのはたった2時間という非常に難しい制作だったんです。

 それでも、私は彼らから多くのことを学びました。言うまでもなく彼らは素晴らしいバンドである。だけど、バンドを取り囲む状況があまりにもクレイジーになってしまったので、「魔法の瞬間」を失いつつありました。実はその頃のストーンズは99%の時間は良くないんです。でも、全てのピースがはまると魔法がおこります。私はプロデュースしていませんが、有名な「Start Me Up」は50テイクまで録ったそうです。そして最後はレゲエになってしまい(笑)、お蔵入り。後に「TATOO YOU」を作る際にスタジオの人間が過去のアーカイブを聴き返して、この曲のTake2を選択したわけです、「このバージョンだ!」と。

 とにかくクレイジーな状況で、彼らはパーティーばかりしていました。私が彼らと仕事をしたときに「できれば70年代に来るべきだった」と言われたんですよ(笑)。でも、私は80年代の人間ですからね。スタジオで夜の1時から朝7時まで作業し、11時頃ベッドに入るみたいな、腕時計を反対にはめたような日々でした。もう一度言いますが、レコードとしてはすごい作品にならなかった。シングルカットした「Harlem Shuffle」はいい出来でしたが、他の曲はどうかと言われると…(笑)。しかし、私のキャリアにとって非常に貴重な経験でした。

 

U2の作品群は「バンド継続」の青写真

Steve Lillywhite

 自分の中で1アーティスト1アルバムという決まりがありました。というのも色々なアーティストと仕事をしたいと思っていたからなんです。色々なアーティストと仕事をすることで経験を積みたかったですし、アーティストたちにも同じように色々なプロデューサーと仕事をして欲しいと今でも思っています。ですが、U2は1stアルバム「BOY」のあとにまた声を掛けてくれました。

U2初期三部作
左より「BOY」「OCTOBER」「WAR」

 そして2ndアルバム「OCTOBER」を作ったんですが、成功した「BOY」のフォローアップにはならなかった。もちろん「OCTOBER」を好きだと言って下さるファンの方も多いんですが、「BOY」と比べるとそこまでは売れませんでした。そこで「次は違うタイプのプロデューサーと仕事をしたほうがいい」と彼らに伝え、彼らは色々な人とセッションしたみたいなんですが、「やっぱりスティーブと仕事をしたい」と言ってくれたんですね。そのときはすごく嬉しかったですね。そして、完成したのが3rdアルバム「WAR」です。これは素晴らしいアルバムで、皆さんご存じの「New Year’s Day」や「Sunday Bloody Sunday」が収録されています。今でもU2はこれらの曲をライブで演奏していますよね。

 このアルバムをもって、私は一旦U2を離れたんですが、5thアルバム「The Joshua Tree」のとき、このアルバムはブライアン・イーノとダニエル・ラノワのプロデュースでしたが、彼らはスタジオで18ヶ月作業をしていたんです。それでもなかなかフィニッシュラインまで辿り着かず、マネージャーは早くレコーディングを終わらせようとバンドに働きかけていたそうなんです。「スティーブ・リリーホワイトと仕事をしていたときは数ヶ月で終わったじゃないか!」と(笑)。

 その後、スタジオに入ってくれと依頼されて、それまで作っていた素材を私が受け取りました。つまりリレーのバトンを受け取ったような感じです。結局、いいところまでできていた曲がたくさんあって、それを私がフィニッシュラインまで持っていきました。「With or Without You」なんかは最終的に私が仕上げました。これをマネージャーに聞かせたら「この18ヶ月ずーっと待っていたよ。これこそU2のレコードだ」と言ってくれました。それ以後もU2とは色々な形で仕事をしてきました。例えば「Vertigo」や「Beautiful Day」も一緒にやりましたが、多分U2は「スティーブと一緒にやるとみんなに好かれる曲ができる=ヒットが出る」と思ってくれているのかもしれないですね(笑)。

 とにかくU2は作品を作ろうという意欲がものすごくあります。一度成功すると「全てを手に入れた」と意欲を無くしてしまう人も多いのですが、そういう状況に陥ると素晴らしい作品を作り続けることは困難になってしまう。つまりエゴをできるだけなくさなくてはならない。これは本当に重要なことなんです。

 私はプロデュースを通じて、単に作品を作ることだけでなく、できるだけ音楽の中でキャリアを積んでいけるようにしてあげたいんです。「アーティストに一つだけアドバイスをするとしたら?」と聞かれたら、「アーティストの活動は長い旅路なんだよ」と伝えます。ただ単に「勝つ」ことが到達点ではなく、「負け続けない」ことが重要なんだよと。U2には「もしファンを君たちの旅に一緒に連れていくことができたら、素晴らしいね」と私は言い、彼らはそれを見事に実践しました。「BOY」「WAR」といった初期の作品から「The Joshua Tree」「Achtung Baby」といった作品を経て、最近作までの彼らの旅路は、私から見ると「どうすればバンドを継続させることができるか?」という青写真に見えます。

 

自分たちの誇れる作品を作ることの大切さ

Steve Lillywhite

 私自身、スタジオで約40年間仕事をしてきましたが、その中で成功と呼べる仕事は「芸術性があるもの」でした。全ては芸術からスタートします。そこに結果として商業性、つまりお金がついてくるわけです。私にとって「この音楽はお金になる」という思いでスタートした作品はろくなものになっていません。

 私がプロデュースした作品で、最終的には非常に売れたレコードもありますが、「これで儲けよう」と思って始めた作品は一つもありません。私たちが誇れる作品を作ること、それこそが今までやってきたことなんです。そして、自分たちが誇りに思っている作品を多くの人たちにも好きになって欲しい、そういう気持ちなんですね。本当に素晴らしい作品ができると、それは「タイムレス」になります。作品が時空を越えて皆さんに届く。いつ作られたかは関係ない。素晴らしい作品はいつまでも素晴らしい。それこそが芸術の醍醐味だと思います。今はそういった「タイムレス」な音楽が求められているんではないでしょうか?

 今は非常に面白い時代だと思います。U2はつい最近新しいアルバムをリリースしましたが、リスナーに無料で配布しましたよね。聴くのにお金はかからないんですが、その中身は質の高い音楽でなくてはならない。ストリーミングなどで音楽は手軽に手に入りますが、そのもの自体に魅力がなければ全てが崩れてしまう。そんな時代じゃないでしょうか。昔のような音楽の買い方というのはもう無くなっていくのでしょう。今は聴き放題が普通になってしまっている。だからこそ、音楽はより質の高いものでないと生き残れないと思います。

 私はクリエイティブな人たちが集ったチーム力を信じています。私は人趣向で人が重要だと考えるからです。ですから、私は一人の人間がコンピューターを使って作るような音楽は作れません。私の仕事は自分がいいと思う音楽の質を保つことがあり、そのために私にはいい録音スタジオやいいマイクが必要で、もちろんテクノロジーは使いますが、私が必要なのはいいインフラなんです。そういったものがあれば私は今後も皆さんのためによい音楽を作れると信じています。

 ですから、皆さんも素晴らしい音楽を作りたいと思うのであれば、お金のことや商業的なことなど考えずに、自分が心からいいと思った音楽を作って欲しいです。自分を信じて突き進んで下さい。

Steve Lillywhite

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