【特別取材】音楽とファンダムの結婚。スペースシャワーとSKIYAKIが経営統合した理由

インタビュー スペシャルインタビュー

11月10日、経営統合を取締役会で決議したスペースシャワーネットワークとSKIYAKI。音楽テレビを祖業とするコンテンツ・サプライヤーと、アーティストをはじめとした様々なクリエイターのファンクラブ・プラットフォームを運営するIT企業はなぜ、どのように経営統合を選択したのか。両社の代表取締役から、その真意を伺った。

(インタビュアー:榎本幹朗、Musicman発行人 屋代卓也 収録日:2023年12月4日)

スペースシャワーが企業統合を選択した理由

榎本:今回のインタビューはグループのOBとして個人的にも非常に感慨深いものがあります。

林 吉人(株式会社スペースシャワーネットワーク 代表取締役社長):榎本さんと会うのは20年ぶりですね。本は読みました。

榎本:ありがとうございます。経営統合というのは、いわば企業の結婚だと思うのですが、両者のお付き合いの始まりはどんな形で?

林:2016年にファンクラブ事業を展開するコネクトプラス社を、スペースシャワーの連結子会社にしたのですが、そこは自前でファンクラブのシステムを持っていなかったので、SKIYAKIさんのシステムをお借りしていたのがお付き合いの始まりです。

榎本:そこから、なぜSKIYAKIさんと経営統合へ?

林:スペースシャワーという会社は元々、コンテンツ・サプライヤーから始まりました。しかし今ではコンテンツだけでなくて、いろんなソリューション・ビジネスも展開しています。

榎本:スペースシャワーといえば読者は音楽テレビをまず想起すると思うのですが、ソリューションというのはどんなことを?

林:楽曲を預かりDSP(音楽配信事業者)へ届けるディストリビューション事業や、CDの流通事業もやっていますし、先ほどお話したファンクラブもそうですね。それ以外にも、映像やイベント制作、映像配信などの受託制作事業なども行っています。子会社のSEPがやっているミュージックビデオの制作もクリエイティブ・ソリューションといえるかもしれません。それで1年半前、中期計画を発表したときに、コンテンツとソリューション、この二軸で整理していくことを意識したのが事の始まりです。

榎本:なるほど。

林:今の時代、テクノロジー抜きのソリューションというのは、ほとんど意味を成さないので、そこを伸ばそうと思うと単独では厳しいなとずっと考えていたんですよ。これまで自社でソリューションを四苦八苦しながら、開発してきました。

榎本:大変そうだなと思って見ていました。

林:ディストリビューションに関しては、2年前にグローバルディストリビューターであるFUGA社と組むことで、彼らの世界水準のシステムを手に入れつつ、グローバル・マーケットへリーチする決断をしたのですが、それ以外のソリューションの領域においてもどこかと本格的にパートナーシップを組まなければ伸ばしきれないと考えていました。

榎本:それで、パートナーシップの候補をリスト化していた?

林:そうしたリスト作りは過去やったことがありますが、今回は証券会社さんから提案があって。

榎本:M&Aのような提案?

林:いえ、「事業提携はいかがですか?」という提案で、良かったら次は資本提携を協議という感じでした。ソリューション・ビジネスの拡張はやっぱりやらないわけにはいかないと思ったので、真剣に検討しました。

SKIYAKIが経営統合を選択した理由

榎本:SKIYAKIさんから見て、経営統合のお話はどうだったのでしょう?

小久保知洋(株式会SKIYAKI 代表取締役):僕らの事業領域は「ファンクラブのプラットフォームをやっています。以上」という感じでとてもシンプルなんですね。大きなアーティストさん向けにデザインをカスタマイズできるのが得意だったのですが、そこからどうやって裾野を広げていくか、チャレンジしてきました。

昔はみなさん、ファンクラブをSIer的にサーバーを借りてシステムを作って立ち上げていったと思うのですが、それだとアーティストさん側の初期費用もランニングコストもどうしてもかかってしまう。そこで僕らは2013年に参入した当初から、プラットフォームの開発に投資して「初期費用ゼロですぐにファンクラブを立ち上げできること」をまず実現しました。

ですが当初は、サイト構築に1〜2ヶ月かかるやり方だったので、誰にでもファンクラブの提供ができるわけではなかった。ファンダムというのはファンが1人の時から創り上げていくものだと思うので、オンラインでサインアップするだけで始められる、オープン型のプラットフォームを次に構築したという流れです。セミ・オーダーにも対応できるものです。

今はSNSの時代ですから、大手事務所でなくてもマネージャーさんやアーティストさん一人でも運営できるのがすごく大事だと思うので、そういったものを開発し、広げていくことをやってきたんですね。音楽だけでなく、たとえばスポーツ、YouTuberなど取り扱いジャンルも広げてきました。ただ、ここへ来て競合他社がかなり絞られてきて、競争が本格化してきました。また、チャット機能を付けたり、ライブ配信を実装したりと、ファンクラブのプラットフォームも世代交代の時期に入っています。

僕らの得意とする大きなアーティストさんたちの会社も、ファンクラブのシステムをアップデートするのに開発会社を集めてコンペを開くようになってきました。「もっと音楽業界と接点が深ければ、はじめからコンペに呼んでいただけたのになあ」というケースが増えてきた。我々の課題として、音楽業界での知名度やリレーションが今まで以上に大事になってきたのです。

榎本:『この会社はIT側』と見られた途端、距離感が出てしまうところが、確かに音楽業界にはあります。SKIYAKIは音楽アーティストのファンクラブで実績を積んできた企業だと思うのですが、それでもそこがスペースシャワーと提携を模索する前の課題意識だったんですね。

小久保:「うちのアーティストにも、そろそろファンクラブを作りたいんだよね」と思ったときに、僕らを最初に思い浮かべてもらうには、アーティストの自然なライフサイクルに関わっている必要があると思ったんです。

スペースシャワーは、レーベルから音楽配信、プロモーション、そしてライブイベントにファンクラブ運営まで、ライフサイクルの全てに関わっている。アーティストと毎日のように接点を持っている会社と一緒にやることで、こちらからも「そろそろファンクラブはいかがですか?」と、もっと早めにお声がけできるのではないか。そう考えました。

榎本:スペースシャワー、SKIYAKI双方の課題意識がマッチしたのがよくわかりました。競合というのは具体的には?

小久保:上場している企業だとエムアップさん、THECOOさん。

屋代:エムアップが最大手?

小久保:そうですね。時価総額でも、うちの10倍以上。

榎本:あと、これだけファンダムが業界的に盛り上がってくると、たとえばYouTubeのようなITジャイアントも参入してくるかもしれません。現状でも、YouTubeチャンネルの有料メンバーシップとShopify(物販)を組み合わせるだけでもそれなりのことができるとお考えの読者もいると思いますが、それとSKIYAKIの差異点は?

小久保:YouTubeは基本、動画になると思うのですが、僕らは動画以外にもいろいろ用意できるという強みがあります。テキストを書ける、グループチャットなどでコミュニティを構築できる、他に物販やチケット販売など、うちならワンストップで提供できる。アーティストさんもどの機能を使うか、簡単に取捨選択できます。こうしたものを別々のサイトで用意すると、ファンを振り回してしまいます。

榎本:確かに動画投稿が苦手なアーティストさんもいますし、写真を投稿するのがよいアーティストさんもいれば、文章を書くほうが得意な方もいますよね。

小久保:YouTubeやインスタグラムのようなSNSがそこまで細かくやってくるとは思えないので、そこまで競合しないのではないかと考えています。今、脅威として一番意識しているのはWeverseさんですね。

榎本:WeverseはBTSで有名なHYBEが作ったファンクラブのプラットフォームですが、今はHYBEのレーベルに所属してないアーティストも扱っている?

小久保:はい。今、積極的に営業をかけているようです。

榎本:僕も「サブスクの次はファンダムです」と言い出した頃、ピンと来ない反応が多かったのですが、Weverseが軌道に乗ったあたりから、僕が何かをいわずとも「これからはファンダムだよね」となったので、すごく影響力を感じます。

小久保:むしろ「ファンクラブ、ファンダムをやろう」というみなさんの意識の拡がりよりも、Weverseの拡大速度の方が速い(笑)。すごい競合が出てきているんですよね。

榎本:とはいっても、10年前からファンクラブのシステムと運営をやってきたSKIYAKIの蓄積というのも、簡単には覆せないものがあるのでは? 今から同じものを作ろうとしても十億円単位でかかってしまう。

小久保:そうです。今からSlackやNotionを作ろうとは思わないですよね。僕らは900ものファンクラブを運営する過程で様々な要望を聞いてきて、その中で取捨選択して実装して、細かく積み上げてきました。同じものを作るのは相当、面倒くさいはずだし(笑)、1年後2年後にはもっと面倒になっていたい、と考えてやっています。

榎本:なるほど。小久保さんは元々、音楽会社の提携先を探していた?

小久保:お話があるまでは単独で戦っていくつもりでした。ただ、最近の環境の変化はチャンスでもあると思っていたんですよね。

事業提携ではなく経営統合へ

榎本:証券会社から業務提携の提案があって、それが経営統合にまで発展したのはどのように?

小久保:最初はファンクラブ屋としてどう成長できるか、それしか考えていなかったのですが、ファンクラブの世界で業界再編が起きている最中だったので、「音楽と360度関われる立場でサービスを提供していけるようになるのは大きいのではないか」と今回の話を進めていく過程で思うようになりました。

まずはスペースシャワーのディストリビューション事業(楽曲を各種音楽配信に届ける事業)で一緒にどんなことができるか、というピンポイントの協議だったのですが、「いや、もうこれは一気にやった方がいいんじゃないか」と。

林:最初は証券会社から紹介があって、会食して「ジョイントベンチャーでもやりますか」という感じで話し合っていたんですが、そのうち小久保さんが「ジョイントベンチャーってうまくいくんですかね」と(笑)。

僕は全く同感だった。そんな程度の関わりだと、お互いそんな大したアセットを提供するわけでもない訳ですよ。スモールスタートしてすぐ終わっても意味がない。「お互いに、本当に相互補完的だと思えるのなら、一緒になるのを本気で考えてみた方がいいかもね」という話し合いがあって。

屋代:結婚に踏み切るのに3ヶ月と。

林:いえ、結婚に踏み切るのに3ヶ月というよりは、結婚を強く意識するようになるまでに3ヶ月って感じですかね(笑)。今年の初めくらいだったかな?

榎本:僕がスペースシャワーにまだいたとしたら「大賛成です」と言ったと思います。

林:そういってもらえると(笑)。

株式会SKIYAKI 代表取締役 小久保知洋氏

紙ベースとは違う、今のファンクラブの形とは

小久保:榎本さんにとってのファンダムとはどんな存在ですか?

榎本:『次はファンダムだ』と考えだした経緯を説明しますね。僕は2000年頃から数年、スペースシャワーの子会社でライブ配信をやっていて、それがあまりにも早すぎたものですから(笑)、うまくいかなかったのですが、その苦い経験から「どうすればITと音楽の関係は上手くいくのだろう」とずっと考え続けてきました。

それが本サイトでの連載に繋がり、2012年に「スマホとサブスクで音楽ソフト産業は復活しますよ」と伝える形になりました。そしてサブスクの立ち上げをいくつか手伝ううちに月額1980円から1480円、980円とどんどん下がっていって「これだと日本に限ってはサブスクだけでは足りない」と痛感。2021年に出した拙著(「音楽が未来を連れてくる」DU BOOKS)では「サブスクだけでなく新しい音楽メディアと、アーティスト単位のサブスク+都度課金が必要です」と次の提言をしました。

ちょうどその年、海外の音楽業界でWeverseのようなファンダム・アプリが注目を集めだして「これこそ『アーティスト単位のサブスク+都度課金』の具体化だな」と感じて取引先のみなさんに「ポスト・サブスクのひとつがファンダムです」と言って回っていました。

ですから音楽メディアから始まったスペースシャワーと、ファンダムに強いIT企業のSKIYAKIが経営統合する話は本当に感銘を受けたんですよ。小久保さんはファンダムを構築していく際に、どんなことに悩んでいますか?

小久保:例えばBTSなど韓国のファンダムの成功にはK-Popファンの特殊な動きが関わっていて、あれと同じことを他のアーティストさんとそのファンができるのかという課題があります。BTSのようにファンがファンを呼ぶファンダムというのは、とても難易度が高い。

一方でアーティストがファンを巻き込みながら一緒に成長していくというのがファンダムだとすると、それは不可能なことではありません。そういうことをもっとやった方がいいんじゃないかと考えるコア・ファンもいます。

ですが、ファンクラブのコンテンツについて事務所さんと会話をしていると「うちの御大にできるだけ負担をかけずに運営をしたいんだけど・・・」という話にすぐなっちゃうんですよ。「いやいや、ちゃんとファンと向き合わないとうまくいきません」と申し上げたいところですが、僕らの立場だとそこには深入りできない。

榎本:僕もクライアントさんとこの半年、それに近い議論を重ねていたところです。僕らの場合は「BTSさんのように、ファンクラブのためにフル稼働するのは誰もができることじゃない。テクノロジーの力でアーティストさんの負担を軽減できないか」という議論だったのですが。小久保さんにとって、ファンクラブ運営の処方箋とは?

小久保:活動歴30年を超えるレジェンド級のとあるアーティストさんが、うちでファンクラブを運営していらっしゃいます。そこを見ていると、ファンクラブのメンバー数というのは知名度ではなくて、いかにファンを大事にして活動してきたか。ファンはそこを見ているから、今もなお応援してくれているんだろうな、と感じています。

コアなファンを大事にしながら有名になって、成功した今でもそうしたファンのことを忘れていない人が結局、ファンクラブでも収益を上げている。でも、僕らの立場だとなかなかそういう部分での改善はできない歯がゆさがありました。

スペースシャワーさんと一緒になって全てを解決できるわけではないですが、スペースシャワーのトータル・ソリューションのなかで関わっていけるので、ファンクラブの改善策をもっとアーティストさんに提供できるのではないか、と期待しています。

屋代:プラットフォームを提供している側から見て、うまく使っているアーティストさん、そうでない方というのはファクトとしてはっきり認識できますか?

小久保:できます。

屋代:だとしたら同じものを使って最大の効果を上げる方法は指導が必要になってきますね。

小久保:そうしたものを仕組み化して提供することも考えていますが、たぶんそれだけでは上手く行かない。上手い人はとことん上手く使っているので、おそらくシステムだけで解決できるものではないな、と。

榎本:本でも書いたんですが、ライブ配信が上手くいっている中国でも、ライバーさんたちはグループ学習会を開いて学び合っている。そこにメンターを付けたりとか、ソフトウェア的な面が運営力の向上に繋がっている印象を受けました。

小久保:セミナーですね。日本でもライブ配信アプリでは「まずあなたは月に100時間、配信してみなさい。話はそれからだ」みたいな感じでスパルタですね。でも、ライバーさんはチェックポイントがはっきりしているので指導ができますけど、音楽アーティストがファンクラブをどう位置づけていくか、というのは僕らだけではなかなか難しいです。

屋代:アーティスト向けのセミナーは?

小久保:なぜファンクラブが必要か、というセミナーは時々やっています。

榎本:ファンクラブと聞くと昔ながらの年会費を振り込んで、会報がときどき届いて、ファンはプレミアムチケットに応募するために入会するといった昔ながらのファンクラブを想像する方もまだいると思うんですが、今は違っている?

小久保:それは全く変わってきています。僕らがやってきた10年間でも様々な機能が追加されてきてアーティストがやれることも増えているので、月額300円だったのものが1000円、2000円、取ってもよい内容のファンクラブも出てきました。

榎本:既存のファンクラブをDXしてゆく流れなのですか? それとも両立していく?

小久保:両立ですね。

榎本:コンテンツの中身というのは、たとえばライブの映像アーカイブとかはレーベルで、ライブ配信は事務所扱い?

小久保:そうです。だからファンクラブで扱う映像アーカイブは喋っているものなどになります。

榎本:レーベルの方々にも「サブスクの次はファンダムです」という話はしてきたんですが、事務所と違ってなかなかアクセルを踏みにくいのかなという印象があって。

林:どうしてもアーティストの関わりは不可欠でしょうから、レーベルがアクセルを踏むのは立場的に難しいかもしれませんね。

小久保:レーベルの方から「次の注力はそこです」と伺うこともあるので、課題意識はお持ちかもしれません。

屋代:歌舞伎、宝塚、ジャニーズと、昔からファンクラブ・ビジネスが日本にはありました。最新のシステムというのはどんな機能が付いているのですか?

小久保:今うちが取り組んでいるのは、スーパーファン向けのサービスが足らないということでそこを拡充しました。最近でいうとスクラッチ機能。スマホゲームのガチャみたいなものですが、コンプリートしたいファンに人気です。あとは1on1のビデオ通話。アーティストと短時間でも一対一で話してみたい人はその後、スーパーファンになってくれます。

榎本:1on1は、海外のプラットフォームでも最近、実装されてきましたね。

小久保:そうですね。アメリカでCameoが席巻した後、標準装備されるようになりました。

「ITの人は淡水魚。コンテンツの人は海水魚」

榎本:ちょっと話を戻すんですが、スペースシャワーにとって今回の経営統合はファンクラブのプラットフォームでソリューション・ビジネスを増やすというのが一番?

林:もちろんそれもあるのですが、例えばSweet Love Shower(音楽フェス)とか、あっとほぉーむカフェ(メイドカフェ)とか、リアルなフェスや店舗の体験価値を上げるにはもっとデジタルを通してやれることがあるはずです。しかし、自分たちだけではDXし切れなかった。SKIYAKIと組むことでUX(ユーザー体験)の向上を図るのは、お客さんのエンゲージメントを高めるのに大事だと思うんですね。だからSKIYAKさんと組むことでコンテンツ・ビジネスへのプラス効果もとても期待できると思っています。

榎本:僕がいた頃とは随分変わっているとは思うんですが、それでもスペースシャワーはコンテンツ・サプライヤーが本分でしょうから、例えばITのプロフェッショナルが執行役員に就いてDXにどんどんアクセルを踏んでいくというのも、時代の要請があったとしても難しかったように見えてました。その意味でも今回の経営統合は外から見ていてワクワクしています。

小久保:新しいことというのは、何か違う種の人が交わって起きると思うので、今回のホールディングス化は鍵になると個人的にも思います。人事制度や働き方も違いますが、異なるカルチャーが化学反応を起こすには、むしろ混ぜない方がいいのかもしれません。

屋代:両社の人事異動というのは起こるのですか?

林:いきなりは無いでしょうけど、あって良いでしょうね。まずはお互いの事業理解。それから事業ベースでどのようにシナジーを起こすか。そこは人を入れ替えなくてもできることがあると思います。

屋代:音楽会社とIT会社は別の人種ですよね?

林:そこの混ぜ方は本当に大事だと思います。よく社内で話すのは「エンタメの人は海水魚。ITの人は淡水魚だから、相手の水域に行くと死んでしまう。でも河口にある汽水域にはビジネスチャンスがいっぱい広がっている」と。どうしたら私たちも汽水域に行ける体質に変われるか、といつも考えていたんです。

屋代:経営統合で浜名湖を作ると。

林:そうですね(笑)。経営統合することで、外からみると統合会社は「汽水域な会社」に見えると思うんです。その上で、時間をかけて、お互い馴染んでいけばいいと思うんです。我々の会社規模だと「テックもやってますがコンテンツも作っています」という会社は少ない。だから、難しい挑戦ですが価値ある挑戦だと思っています。

テクノロジーとプロモーション

榎本:個人的なリクエストなのですが、今、アーティストさんが困っていることって大きくは課金手段とプロモーションだと思うんですね。アーティストのビジネスモデルを漏斗で喩えるとファンダムは漏斗の底で最後じゃないですか。一方、プロモーションは漏斗の最初の入口。

課金はライブ、サブスクで足りなかったけどファンダムが出てきた。一方、プロモーションはSNSマーケティングなどが出てきましたが人力にかなり頼っている。今も技術革新の必要があると思うんです。

スペースシャワーはプロモーションをずっとやってきたので、アーティストさんを広める部分でも、今回の結婚でテクノロジーを生かした何かが出てくると、OBとしてもすごく嬉しいのですが。

林:アーティストのプロモーションって本当に大変じゃないですか。今回の経営統合で「スペースシャワーでプロモーションしてもらえないか」という期待も当然あると思うんですが、放送だけの時代だったら可能だったことも、今の時代はまだ明確な答えがないです。何か、生まれてくるといいんですけどね。

屋代:頭のいい子が生まれてくるとね(笑)。

林:逆に榎本さん、アドバイスがあれば。

榎本:アドバイスと言うほどものでは無いのですがヒントになりそうなのは、僕の本でも紹介したプロモーション・エンジン。Pandora.comを創業したティム・ウェスターグレンが開発してしたAIです。アーティストにとって最適なプロモーションをAIが見つけ、ネット上の様々な媒体に投資する額を自動的に振り分ける仕組みでした。

小久保:ファン広告ってどう思いますか?

榎本:ファンがお金を出し合って、渋谷のスクランブル交差点にあるデジタルサイネージとかにアーティストの広告を出すような?

小久保:誕生日に応援広告を出すサービスが韓国にあって、「日本に来るのかな?」と思っていたら全然、流行らないんですよね。日本はアー写の取り扱いなど著作権が厳しいという問題もあって。

JRで一部やっているみたいですが、その規模だとビッグ・アーティストしか現状、使えない。でも韓国だと例えばカフェをジャックできたり、「私がコップのホルダーの制作代、数万円を出します!」という規模でやっています。

屋外広告をファンが出稿してみんなで撮りに行ってSNSに上げたり、アーティスト自身がファン広告を見に行ってSNSに上げたり、そういう文化が韓国で生まれている。自然に広まるプロモーションですよね。

榎本:日本でもスポーツだとそういう土壌はありますよね。ファンがデザインしたグッズを公認してもらって、みんなで買って選手やチームにお金が入ってサポートしたりとか。スポーツの応援団ってボランティアですけど、あそこまでチームをサポートしている。だからボランティアでお金を出し合って応援する文化って日本に全くそぐわないとは思えないんですよ。

日本のみなさんってお行儀がいいんで、ファンだからといって勝手にアー写や音楽を使わないじゃないですか。アー写の使用許諾もどこに申請していいのか、どうやって交渉すればいいのか、素人にはわからない。

でも、そこを明確にしてアーティスト側から「使って」と言ってあげればファン広告も広まるんじゃないかな。

小久保:うちも「どうやったらファンを増やせますか?」と訊かれます。うち以外にも1年前、アメリカのPatreonというサービスが大々的にアンケートを取っていて、要望の第一がやっぱり「ファンを増やすこと」だったんですね。「いや、それPatreonにはできないでしょ」みたいな(笑)。

しかし、ファンダムの拡大に何らかのソリューションは求められているわけで、やはりプロモーションは重要な課題だと思っています。

榎本:スペースシャワーは長年、プロモーションをやってきましたが…。

林:プロモーションって、誰かがどこかで何かの果実を収穫するために行う投資ですよね。そう思うと、例えば世の中にDIYのアーティストが何万人いるかわかりませんが、おそらくそうした人を含めて全員が享受できるメソッドってないと思うんですよね。

榎本:おっしゃるとおりだと思います。

林:世界のストリーミング楽曲で通算1000再生いってない曲は3分の2とかある。

榎本:年間で1万再生以上の楽曲は1.3%ぐらいしかないですね。だから、例えばYouTubeはチャンネル登録者1000人以上じゃないと広告収入を支払わなかったり、Spotifyも来年から年間1000再生未満の楽曲には支払わない方針になりましたけど、やっぱりある程度までは自分でがんばっていただかないといけない。その閾値を超えた人たちに対して何かサポートできるテクノロジーが出てこないかなあ、と。

小久保:テクノロジーを活用する際、企画力というのも大事になってくると思うんです。スペースシャワーにはプロデューサーやディレクターがいて、番組を作るにしてもイベントの中身を構成するにしても企画者が必要ですが、それって別に媒体は関係ないじゃないですか。イベントに来てくれた方々が見ているYouTubeチャンネルで、イチオシのアーティストを紹介してゆく仕組みとか、色々なネットメディアを活用する企画も出来そうです。

榎本:僕が若い頃、スペースシャワーに呼ばれて言われたのが「放送とネットの色々なものを使って企画できるディレクターになってくれ」ということでした。

林:今もそういうことを実験的にはやっていて、制作の勉強にもなるので若い子たちが楽しんで作っています。YouTubeだと「漢Kitchen」チャンネルが一年やって今、登録者が16万6千人だったかな?

小久保:企画ができるってすごい強みだと思うんですよ。出来そうですよね?

榎本:スペースシャワーとSKIYAKIのスタッフならできるんじゃないですか。

小久保:Substackというメルマガを使っていると、自分が購読しているメルマガ発行者がお勧めするメルマガがリストされるのですが、それを見ていて、アーティスト自身が思う「次来るヤバい新人はこれ!」というのが構造的にお勧めされる仕組みというのはありえるのじゃないかな、と。

榎本:サブスクで使われるレコメンデーションエンジンは「この人に似ているアーティストはこれ」という仕組みですが、そういう実例に囚われず発想すれば違うものかできそうですね。

小久保:例えば人気のアーティストさんが「この新人いいよ」と紹介する仕組みは、システムとしてはまだ無い。

榎本:コンテンツ・ベースでは既にやっていますもんね。Spotifyで再生数をお互い伸ばすために相互でフィーチャリング曲を出すとか。

小久保:YouTuberもコラボでファンをシェアしています。こうしたことのシステム化もチャレンジしがいのあるテーマかもしれません。僕らのプラットフォームを使ってくれているアーティストさんから「こういうのが欲しい」という要望が集まって、いざ作ってみたらほとんど使われない、というケースがよくあります。企画ができるスペースシャワーのプロデューサーから「今、音楽業界にはこういうものが必要」と話が出れば新しいものを作る確度も上がってくるという期待もしてます。

株式会社スペースシャワーネットワーク 代表取締役社長 林 吉人氏

スペースシャワーTVの今と未来

屋代:新会社は六本木のスペースシャワーがあるビルに置かれるんですか?

林:今は我々が六本木、彼らが渋谷ですが、オフィスの統合を絶賛検討中です。やっぱり物理的に顔を突き合わせているのが大事なので。うちは放送スタジオとか色々あって大変ではあるのですが。

屋代:今のビルに空きはないのですか?

林:コロナ前はもう1フロア借りていたんですが、コロナを機に返してしまって。残念ながらいまは空きはないですね。。

屋代:スペースシャワーTVの調子はどうなんですか?

林:今、視聴可能世帯数は730万世帯ぐらいです。ピーク時は850万世帯で、2020年からは30万世帯減っているのですが、思ったより減ってないんですよ。アメリカで起きたコードカッティング(Netflixなどに入って有料放送を止めること)は劇的だったのですが、日本はそこまで切られてないという印象を持っています。

屋代:730万世帯って読売新聞よりも大きな数字じゃないですか。

林:契約としてはあるんですけど、メディア・パワーという面ではやっぱり昔ほど若い人たちが見てない影響は否めません。

榎本:今は確かにYouTubeに行けば音楽ビデオは見放題ですが、それでもYouTubeで一日に見られるMVは平均で2〜3曲ぐらいというデータもあって、YouTubeも音楽ビデオに課題を抱えていると思うんですよ。
Netflixは別の見方をすれば有料放送をネット時代に合わせてリバイバルしたものとも言えます。スペースシャワーとSKIYAKIから音楽番組の新しい形、新しい届け方が誕生することもOBとしても期待しております。

お互い音楽好きの集まる会社。ファンを燃やさないポリシー

榎本:小久保さんの経歴なんですが、オン・ザ・エッヂにいらしたんですね。ライブドアを買収する前は、アーティストの公式ページの制作をがんばっている会社でしたよね。僕、その頃、仕事を頼みに行ってましたよ。そこからNHN(現LINE株式会社)の執行役員になられて、今はまたアーティストのファンクラブ運営に励んでらっしゃるんですね。

屋代:その意味でも感慨深いと。いやしかし、900組ものアーティストも扱っているんですね。

小久保:アーティストだけじゃないんですが、はい。

屋代:色々な人に色々なことを言われて順番に作るのって大変そうですね(笑)。

小久保:でも、上が何も言わないと、ひたすらアーティストのために勝手に動いて色々働いちゃうスタッフばかりなので。社員の感じはスペースシャワーと似ているんだろうな。みんな音楽好きで。そこが、今回の経営統合を決断する決め手のひとつにもなりました。

スペースシャワーのミッションを見たとき「うちのミッションのことかな?」というぐらい似ていたんですよ。「Empower artists & Enrich fan experience」でしたっけ? 全く相違なかったんで、すごく安心した記憶があります。

屋代:「パクられた」ぐらいの?

小久保:いやいや(笑)、僕からその言葉は出てこなかったんで「林さんに負けたなあ」と。新ホールディングスのミッションには、そこに「Creators」を付け加えてもらいました。

林:私の方も共感したことがあって。多様性ってよくいうけど、持続的であることがとても大事だと思っていたんです。瞬間風速が多様であっても意味がない。いま流行のクリエーターエコノミーやDIYアーティストは間違いなく社会に多様性をもたらしていると思うんですが、それが続かなければ、あだ花で終わってしまうと感じていました。だから、小久保さんのところが、クリエイターにいかに長く活躍してもらえるか、というのを強く意識してやっていると聞いて、すごく共感を覚えた記憶があります。

小久保:ネット業界にいて長いのですが、みんな四半期のことしか言わない。急成長か破滅か、ユニコーンかゼロか、そういう文化じゃないですか。そのカウンターとして「社員の多様性と持続性」を企業理念で宣言してやってきました。

今はファンを燃やす系のサービスも多い。でも、ファンを競わせて燃やすみたいなことは、うちは絶対やるべきじゃないので「いかにクリエイター活動・アーティスト活動を長く続けてもらえるか。僕らはそこを金銭的にも支援していくのが重要だよね」と話し合ってやってきました。

屋代・榎本:素晴らしいお話です。

音楽業界へのメッセージ

榎本:最後にお二人から音楽業界へのメッセージがありましたら、いただけますでしょうか?

林:スペースシャワーは、有料放送、イベント、映像制作、レーベルなどなど、さまざまな事業を展開していますが、コアにあるのは、アーティストをリスペクトし、当社との事業活動を通して、彼らの価値を高め、世に広めていくことです。今回経営統合するSKIYAKIは、奇しくも同じ価値観を持った会社さんですので、「スペシャらしさ」はそのままに、デジタルを強みとするSKIYAKIとともに、これまで以上に、アーティストのみなさんの活動や成長を支援できる存在でありたいと思います。新しく生まれる「スペースシャワーSKIYAKIホールディングス」を引き続きよろしくお願いいたします。

小久保:私たちSKIYAKIはこれまで、「一人でも多くのアーティストが、長く活動を続けられること」を目指し、ファンとのエンゲージメントを高め、マネタイズのしやすいプラットフォームを開発してまいりました。そしてこれからは、ファンクラブの領域にとどまらず、スペースシャワーさんと一緒に「360°でのエンタテインメントビジネス支援」を行うべく、新たなチャレンジを続けていきたいと思っております。ぜひ、音楽業界のみなさまには、どんどん課題をぶつけていただきたいと思いますので、よろしくお願いします!

屋代:今回の統合が1+1ではなく、掛け算になって躍進されることを願ってます。

榎本:今は、大きなプラットフォーマーが音楽コンテンツもコントロールしている時代が続いています。それはそれで新しいものを生み出すきっかけとなったと思うのですが、時代はまた変わろうとしている。
今回のスペースシャワーとSKIYAKIのように、音楽会社とIT会社が対等に統合して新しいものを生み出そうとしているお話は、OBとしてとても感慨深く聞かせていただきました。

今日はお忙しい中、ありがとうございました。

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