音叉点──音楽と●●の交差点 第七回ゲスト:バーボンハウス ・バーボン島田

インタビュー 音叉点

河野太輔氏(写真左)バーボン島田氏(写真右)

っっ「音叉点(おんさてん)」とは「1.音楽と●●が交差するところ 2.チューニングされるきっかけ」を意味する言葉である。ライブハウスでは日々沢山の音楽が鳴り、音と音が混ざり合い音色となるように、人と人が出会うことで新しい物語が始まっている。

この対談ではそんなライブハウスの一つ、渋谷La.mamaでブッキングを主として物語を紡ぐ河野太輔が、音楽に関わるゲストと毎回異なるテーマを切り口に相手との「音叉点=チューニングされるきっかけ」を見つけていく。河野とゲストの会話で、誌面がまるでライブハウスのように広がりを持っていく過程をお見せしよう。

第七回のゲストは、高円寺のメキシコ料理店「TEX MEX DINER バーボンハウス」をはじめとした飲食店2店舗を営み、今では大型フェスに欠かせない存在となっている「アボカドチーズコロッケ」を生み出した株式会社バーボンハウス代表のバーボン島田さん(愛称、バーボンさん)。今年8月のROCK IN JAPAN FES.中止を受けて立ち上がった飲食出店者のクラウドファンディングにも参加し、コロナ禍でも自作のトラックで週に15現場にも及ぶフードトラック事業に踏み出すなど、果敢に動き続けている。会社を立ち上げてから事業を拡大し続けた背景には、開店当初からの常連・オナニーマシーンのイノマーの影響が色濃かった。実はイノマーを介して接点があったと発覚した二人。今回「食」をテーマに初めてじっくりと対面する機会となった。

編集:柴田真希 撮影:加藤春日 協力:TEX MEX DINER バーボンハウス

プロフィール

河野 太輔(かわの・だいすけ)


1985年1月生まれ。宮崎県出身。自身のバンドでドラマーとして活動後、2005年にLa.mama に入社。入社後はイベントの企画制作、新人アーティストの発掘や育成、レーベル運営など活動は多岐にわたる。


バーボン島田(ばーぼん・しまだ)


1970年3月生まれ。1993年、築地卸売市場内の仲卸会社で飲食店向け青果販売業を立ち上げる。
2002年、高円寺 北中通りにショットバー バーボンハウス設立。
2006年、メキシコ料理店 高円寺テキーラハウス設立。
2010年にイベント飲食業を始め、ROCK IN JAPAN FESTIVALに高円寺アボカド食堂として出品したアボカドチーズコロッケが大ヒットする。2016年には台湾のグルメフェスに出店。国内大型音楽フェスへの出店も重ね、2016年は新宿歌舞伎町にメキシコ料理店 カーサテキーラ東京を出店。2020年、コロナを機にフードトラックによるランチ販売業を開始し、医療現場、都内オフィス街を中心に出店中。


コロナで分かったのは、店って儲からないんだ、ってことです

──ROCK IN JAPAN FESTIVALの飲食出店者のクラウドファンディングに参加されているのを見てバーボンハウスさんを知り、お声がけしました。

河野:クラウドファンディングに参加されたきっかけは、いばらき食文化研究会代表の井坂さんから声をかけられたことなんですか?

バーボン:そうです。井坂さんはロッキンで「メロンまるごとクリームソーダ」を提供していて、茨城の食材を紹介していく立場の人なんですよね。フェスは飲食ブースもそういった地元の人の協力があって成り立っているんですけど、中止になると出店予定だった飲食店も大変で。

河野:フェス自体は例えば夏が終わったら、次の夏を目掛けて準備しますよね。フードを出店される方々も、年間単位で準備されているんですか。

バーボン:地元の方々はそうだと思います。僕らも、年間を通してフェスに出続けないと利益は出しづらいですね。春はARABAKI ROCK Festから始まって、5月にMETROCK、まんパクを挟んで、フジロック、ロッキン、SWEET LOVE SHOWER、高円寺の阿波踊り、氣志團万博、PIA MUSIC COMPLEXっていうのもあったりして。1日1,000食をテントで作る機材もフードトラックも、年に1回のためだけには用意できないんです。

河野:フードトラック、お店の下に停まってた車ですよね?黒板が付いてるの、いいですね!

バーボン:プロに頼むといくらかかるか分からないから、素人でもそれなりに見せるために頭を捻りましたね。あれと同じ形の車がもう一台ありますよ。ものの1週間で作りました。

河野:えぇ!

バーボン:飲食店の協力金が当初、店を何店舗持ってようが一律でひと月40万円程度しかもらえなくて、このまま何もしなかったら確実に潰れるなと思って。それで1、2週間で営業許可を取って、トラックも作ったかな。コロナが終わったときは、必ずとてつもないマイナススタートだと思ったから、そのマイナスをちょっとでも減らそうと思って始めたら、いつのまにかメインの仕事になっていました。

河野:毎日どこかしらに行かれているんですか?

バーボン:平日は1日3現場ですかね。週に15現場。移動販売の方が店舗より効率がいいですね。

河野:うちもお昼にランチ営業を半年前くらいにやっていたんですけど、なかなか売り上げを作るのが難しくて。

バーボン:お店はそうですよね。コロナで分かったのは、店って儲からないんだ、ってことです。オーダーを受けるのにも1人必要ですからね。最近はスタッフを集めるのも大変なので、注文もお客さんに自分でスマートフォンからやってもらう形で工夫しています。

河野:実は先週食べに来たんですよ。

バーボン:ありがとうございます!何を食べました?

河野:タコライスです。

バーボン:そうだったんだ。お酒をもし飲むのであれば、一番人気なのはナチョスですね。

──アボカドナチョス、この間いただきましたがめちゃくちゃ美味しかったです。

バーボン:でしょう?だと思った。自分でも、ビールを飲みながらこれを食うときは幸せだな、って思います。

 

モチベーションは「裸のねーちゃんが飲みにくるんじゃないか」ってことでした

河野:高円寺にお店を出されたきっかけは何だったんですか?

バーボン:店をやる前は八百屋の仲卸をやっていたけど、市場で大量に捨てられていた果物を拾ってカクテルにしたら、喜ばれたことがあったんですよね。だからこれを市場からもらって、フレッシュジュースのカクテルを作る店を作ったらいいんじゃないかな、って思ったんですよ。当初は、それが店の唯一の売りでしたね。

河野:いいですね。

バーボン:八百屋の仲卸、全然儲からなくて。ある時たまたま飲みに行っていたバーが、お金を払って1杯ついでくれる店で、500円でアーリータイムズを頼んだら、「あ、今このマスター450円儲けた」と思って。当時八百屋の俺が450円儲けるのに、じゃがいもを50kg売らなきゃだめなんですよ。だからマスターを見て、こんなに素晴らしい商売は他にないな、と思ったのもきっかけですね。ちょっと下世話すぎるかな。

河野:まぁでも、シンプルな理由ですよね。

バーボン:モチベーションは「裸のねーちゃんが飲みにくるんじゃないか」ってことでしたけど。

河野:どういうことですか!?

バーボン:そのバー、俺が帰ると次の日来たとき、「お前が帰ったあと、裸みたいな格好したねーちゃんが飲みにきて、すごい面白かったんだぞ」って言うんですよ。それを何回も聞かされるから、今度は絶対遅い時間に行ってやろうと思うじゃないですか。

河野:そうですね(笑)。

バーボン:でも遅い時間に行くと、やっぱりそんな女性はいなくて、「さっきまで水着みたいな格好したねーちゃんがいたんだよ」ってマスターが言うんですよ。こうなったら、店の最初から最後までいなきゃだめだ、と思って。それなら自分で店を作って最初から最後までいよう、と思って、僕は店を出しました。

河野:なるほど!

バーボン:まぁ、いまだにそんな人は現れてないんですけど、とりあえず店に最初から最後までいれるので、僕は満足してます(自分に言い聞かせるように)。

河野:いいですね(笑)。

バーボン:もしかしたら自分の死ぬ間際にみる夢で「バーボンさん、来ちゃった❤︎」みたいな感じで店に現れるかもしれない!その時自分は、うすら笑いを浮かべて死んでいます。「おじいちゃん来たよ!裸の女が!」とか孫に看取られながら。

河野:ははは(笑)。

バーボン:それから高円寺の端っこのほぼ住宅街の店にも行くようになって。そっちの店は、嘘つきマスターと違って音楽とかにも造詣が深くて、気に入ったんですよ。そしたら「せっかく来てくれたんだけど、9月で閉まるんだよね」って言われて。その時にはもう店をやりたい気持ちだったので、即答で「じゃあ俺がやりますよ」って酔っ払って言いました。

 

「無茶なこと言っちゃったなぁ」って思っても、どうやって守るか方法論を考えるのも面白いと思います

河野:そういえば高円寺純情商店街の島田さんの記事で「酒の席の約束は絶対守る」っておっしゃっていましたね。

バーボン:守ってます。酒を飲むとみんな開放的になって、「絶対こうなってやる」とか夢を熱く語る。それって実は本当に自分がしたかったことに出会う瞬間だから、朝起きたときに大変だと思っても、どうやったら実現できるか真剣に考えてみてもいいんじゃないか、って。酒を飲む意義でもあると思います。

河野:なるほど。実際にそういうこと、ありましたか?

バーボン:酒の席の発言から自分は店を出しました。おかしな「酒の席の約束」は初対面の男から渡されたオートバイを北海道まで届けたときですね。

河野:えぇ!

バーボン:深夜閉店前のバーボンハウスに革ジャンの男が入ってきて少し飲んでたら、「北海道に帰らなきゃいけないので、オートバイを引き継いでもらえませんか」って言うんですよ。「乗って帰れよ」と思うんですけど、彼はかみさんと車で帰るらしくて。

河野:ははは(笑)

バーボン:バイクじゃ引っ越しできないけど、彼が上京してきたときに乗ってきたもので思い出が詰まりすぎて処分できない。そんな時、ちょうど自分がバイクを盗まれて悲しんでるって話を聞いていたらしいんですよね。俺も酔っ払ってたので「この大事なバイクは、俺が北海道まで持っていってやるよ」って言ったんです。気持ちよかったんだよなぁ。

河野:おー!

バーボン:朝、逆転ホームランでも打ったような気分で目が覚めたんですよ。そしたら、汚い赤いバイクが店の真ん前にあって。最高に後悔しました。でも、この最高に気持ちのいい気分を壊したくない、そんな思いで店を休んで北海道のオホーツク海沿いの漁村に持って行きましたね。ウニがたくさん出てきて、すごく歓迎してくれました。けど、ダメージもデカかった(笑)。だけどそういうことをやるうちに、人が信用してくれるようになっていった感じはしますね。酒の席って、本来「あの時飲んでたから」で済ませられるじゃないですか。それを守ることって、人に感動と驚きを与えるんだな、って。

河野:自分が言ったことに気持ちが向くだけでも、生活が変わるんですよね。

バーボン:そうですよね。子供のときは色んな「無茶振り」をされるじゃないですか。泳げなくても「25m泳ぎなさい」とか。大人になるとそういうことがなくなるから、成長が止まる。酒を飲んだ時もう一人の自分が自分に「無茶振り」をする。酒の勢いで今の状況に合わせず言ったことを、実現していく。ライブハウスなんてそんなエネルギーの塊なんじゃないですか。

河野:そうですね!もちろん100%実現するのは難しいかもしれないですけど、打ち上げの席でアイデアが出て、それが繋がって形になって、っていう現場を何度も見てきているので、実現したらかなり面白いことになると思います。

バーボン:ちょっと前、似たような映画を偶然見たんですよ。ジム・キャリー主演の『イエスマン』って知ってますか?「イエス」しか言えない誓いをしてから人生が面白いように好転していく話。もちろん悪くなることもあるんですけどね。「無茶なこと言っちゃったなぁ」って思っても、どうやって守るか方法論を考えるのも面白いと思います。

 

好きなことをマジにやってお金に変えている人の生き様を見て、成長できました

河野:イノマーさんが亡くなった後、ここでお別れ会が開催されたじゃないですか。その時初めてバーボンハウスさんに来ました。

バーボン:店を始めて2年目くらいでイノマーさんが来始めたけど、その2年目の1年間、お客がほぼイノマーさんしか来なかったな。イノマーさんには仕事とか美学とか、本当に色んな影響を受けてます。

河野:お付き合い、かなり長いんですね。

バーボン:2004年くらいには仲がよくて、La.mamaに招待してもらって銀杏BOYZと一緒に出ているのを見ましたね。

河野:僕、16年くらいLa.mamaで働いているんですけど、10年と少しくらい、ずっとオナマシの担当をさせてもらっていて、同じくらいですね。

バーボン:ちょうどうちの店が19年くらいだから、そうですね。イノマーさん、よく「マジになれ」って言ってました。2005年頃、うまくやろうとして、うまく行かず、店が行き詰まっていたとき、イノマーさんに不躾な質問をしてみたんですよ。「なんでステージでパンツ一丁になったりするんですか?」って。愚問なんだけど、でも、聞かずにはいられなくて。その時の明快な答えが、「何言ってるんですか。あのですね、ライブを見に来ているのは中学生、高校生たちなんです。彼らはピュアだから、大人の嘘なんてすぐ見抜くんですよ。だからどうやってマジを表現したらいいか分からなくて、気付いたら、パンツ脱いでたんですよ」って。「バーボンさんは、誰も客いないのに、いつも時間通りに来て、時間通りに店を閉めて、マジだから僕はここに来てるんですよ。」って言われたことがあって。それを聞いて、評価してくれているのはそこなんだ、とちょっと絶望しました。「うまくやる方法なんかない!」と言われたようで。だからもう逃げ道がないと思って、いかにマジになれるか意識し始めてから店がどんどん変わってきましたね。「バーボンハウス」って名前だから、都内随所のバーボンの店にしようと思って無茶な仕入れをどんどんして、気付いたら壁がバーボンだらけになっていて。

河野:おぉ!

バーボン:地震で全部なくなっちゃったんですけどね。でもその無茶が意外と人の心を動かすのか、なぜかお客が増えてきましたね。高校野球の方が、プロ野球より見入っちゃうあの感じもあるのかしれないし、パンクバンドってそういうことだなって。

河野:そうですね。ライブハウスをやっていても、エネルギーに人が集まっている感覚がすごくあります。

バーボン:ライブハウスなんて特にそうですよね。

河野:はい。数字とかの結果よりも、信じてやっているときの方が、無敵感があるというか。突っ走っていたら、いつの間にかできることが増えていた感覚があります。

バーボン:イノマーさん、エロビデオを収納するために一軒家を借りてたんですよ。

河野:えぇ(笑)。マジってすごいですね。

バーボン:イノマーさんの引っ越しをちょっとだけ手伝ったら、大量のエロビデオをもらいました(笑)。好きなことをマジにやってお金に変えている人の生き様を見て成長できましたね。イノマーさんを見てると一瞬気が遠くなることもあるけど、開放感もあるんですよね。今まで自分で自分に掛けてたストッパーを、外していいんだな、って。

河野:イノマーさんを見たら確かに、そう思いますよね。

バーボン:まぁそういう風にすると、離れる人は離れますけどね。気付くと孤独になっていました。

河野:その代わり好きな人たちが集まってきたりもしますよね。僕、イノマーさんが作っていた『ストリートロックファイル』って雑誌を地元でずっと読んでいて。上京してから、まさか一緒に仕事するとは思ってなかったし、今日の対談もそうですけど、マジでやっていると、色々繋がるな、と思います。イノマーさん、オリコン(編注:『オリコン・ウィークリー』)の編集長の後、あのバンドですもんね。すごい人だったな。

バーボン:飲んでいるとき、常に仕事してましたね。ずっと携帯をいじっていて、ブログを書いてたんですかね。一通り書き終えると携帯を置いて、酒を飲んで、って感じでした。

河野:文章、面白いですよね。

バーボン:うん。あれ全部、酒を飲みながら書いてるんですけどね。

河野:ははは(笑)。

 

電話線を抜いて寝る生活をしていたら、友達がいなくなって孤独な20代になっていました

バーボン:あとイノマーさんが若いミュージシャンによく言っていた言葉で、「すごくいいことやっていても、狡いって言われるようなことをしないと絶対世には出られないからね」というのは覚えてますね。俺は真面目に美味しいお酒といい空間を作っていればお客さんが来てくれるって勝手に勘違いしていたんですけど、それを聞いて、ちょっと狡いことを始めました。例えば「男ならバーボン、バーボンを飲め」って高円寺中に街頭放送をかけ続けるとか。

河野:高円寺放送ですね。

バーボン:そうそう。人に言わせれば狡いんだけど、でも当時は駅前じゃなくて住宅街だったから、そのぐらいのことをしないと気付かれないんですよね。それで駅前に物件が開いたら、15分も考えずに、移転しました。それも狡いですよね。

河野:高円寺放送のこと、「高円寺チャンネル」で坂井さん(鬼越トマホーク)と嶋佐さん(ニューヨーク)も言ってましたね。あのお二人もよく店に来られるんですか?

バーボン:そうですね。彼らはNSC(NSC吉本総合芸能学院)の15期生なんですよ。たまたまその同期のやつが吉本を逃げるように辞めた後、うちで働いていて。それを聞いた彼らが「何やってるんだよ」って探しに来たのが最初ですね。今では「高円寺芸人」と言って(幕を指差して)あんな感じになってますよ。

河野:すごいなぁ!

バーボン:La.mamaといえば、コント赤信号の渡辺さんのイメージがあります。

河野:そうですね。元々はコント赤信号でやってたんですけど、途中から新人を育てる「ラ・ママ新人コント大会」って名前になって、そこからいろんな芸人さんが出てきました。30年以上やってますね。

バーボン:東京のお笑いの中でもかなり老舗ですね。

河野:はい。ライブハウスは、来年40年です。

バーボン:俺が高校生くらいのとき、渋谷のライブハウスといえば、La.mamaとeggmanでしたもん。「ぴあ」に載っていたじゃないですか。高校生のとき、「ぴあ」に載っているライブハウスに出なきゃいけない、と思ってました。

河野:島田さんはボーカルやられてたんですか。

バーボン:僕はベーシストで、すごく下手だったんですよ。ロックスターにはなりたかったけど、25のとき流石に無理だって気が付いて。もし、万が一でも売れたら悲惨なことになると思って。

河野:逆に!25で辞めるの、早いですね。

バーボン:うん、早いと思うけど、そのくらい下手だったんですよ。努力はしてましたけど、才能がない人は、どうしても出せない音とか、ニュアンスがあることに途中で気付いちゃったんですよね。

河野:バンドやっているときは、お仕事は何されてたんですか?

バーボン:トラックの運転手を1年やって、築地と千葉の市場を往復してたんだけど、ライブハウスのスケジュールに全然合わせられなくて。だからその後は市場にある仲卸の魚屋さんとか八百屋さんで朝3時くらいから出勤して、昼の12時とか13時に終わる仕事をしましたね。電話線を抜いて寝る生活をしていたら、友達がいなくなって孤独な20代になっていました。レンタルビデオ屋が友達みたいな感じで。

河野:レンタルビデオ屋、懐かしいですね!

バーボン:うん。すごい通ってたけど、同時に同じビデオを借りたい女性が現れて……みたいな出会いはありませんでしたね。でもどれを借りるか悩んでいるときは、そういう邪な気持ちも楽しんだな。これだけ来てるんだから、何かいいことがあってもいいんじゃないか!って。

河野:死ぬまでその女性の幻影を追い続けますね(笑)。

バーボン:死ぬ間際の幻影増えすぎだよ。

河野:でもそういうのってモチベーションにはなってますよね。

バーボン:なってます。何か、あるんじゃないか、と。ライブハウスもそうですよね?

河野:そうですね!20代のときはそういう気持ちもありました。

バーボン:ライブハウスに行けば、何かあるんじゃないか、ってね。今も、春になると音楽が好きで上京して高円寺にくる若者がたくさんいるんですよね。それでどういうバンドが出てるか皆目検討もなく、とりあえず地方から出てきた若者はShowBoatに行くんですよ。うちでバイト募集するとそういう子が面接に来たりして、東京に来たのでライブハウスに行ってみよう、と思ってShowBoatに行ったら、おじさんたちばっかりで、お酒を沢山ごちそうになりました、って言うんですよね。

河野:そういう感じ、ありますね。

バーボン:後輩が不足してるからね、って(笑)。バンドによっては本当に若い後輩がいないから、大事にしてもらえると思うよ、って言いますね。

河野:そうですね。映画館とかも年齢層が上がっている印象がありますね。

 

僕は今の若い男子にはもっと女の子を好きになってほしいな

バーボン:オートバイもそうかもしれないですね。メーカーは40代、50代に向けてバイクを作っている感じ。

河野:バイク、今も乗られるんですか?

バーボン:乗ってますね。趣味って言えるほど乗ってはないですけど。ぶっちゃけ言うと、ちょっと前に新車を注文してしまって…。

河野:(笑)どこのですか?

バーボン:CB1100 RS Final Editionです。国内向けの生産が終了ってニュースが出たじゃないですか。納車されるのは来年だから、とりあえず注文しました。その頃には状況が良くなって、お金を持っているかもしれない…いや、お金はないにしても、これはすごく人気車種になるから、キャンセルしても怒られないだろう、と思って。

河野:なるほど!欲しい人は絶対ほしいやつ。

バーボン:そうそう。1,600台限定らしいですね。自分が先週行った時、888台目です、って言われて。そんな数字言われちゃったらさ、もう予約するしかないじゃないですか。バイク乗られるんですか?

河野:いや、僕はバイクは乗らないんですけど、釣りが好きで。免許を取りに行きたいって最近すごく思いますね。色んなところに行かれたりしてたんですか?

バーボン:それが、全然しないんですよ。楽しくないわけではないんだけど、高円寺のロータリーを一周して帰ってくるだけで十分満足というか。何かあるんじゃないか、とか思ったりして…「そのバイクかっこいいですね」とかね。

河野:「ミッション・インポッシブル」とか「007」シリーズみたいに必ず女の人が出てきますね!

バーボン:実際そんなことはないんですけどね。あっても対応できないです。「先を急ぎますので…」ってなります。

河野:それ、かっこいいですね(笑)。僕は今の若い男子にはもっと女の子を好きになってほしいな、と思っていて。みんな、大人しいですよね。

バーボン:最近会ってないから分からないけど、確かにみんなしゅっとしていて無様な感じがないですよね。もしかしたらそっちの方がモテるのかな。俺は無様なくらいに女性のことが好きだったから、女性に引かれていて。自分の若い頃、本当に、かわいそうだったなぁ。

河野:いや、でもレンタルビデオ屋の話を聞いてぐっと来ましたけどね。その方が、純粋で美しいと思います。

バーボン:出会いを求めて、店をやってます…って、いいのかそれで!(笑)。

<第一回>ライブペインティングパフォーマー・絵描き 近藤康平

<第二回> 新代田FEVERブッキング・浦本正純

<第三回> Analogfish・下岡晃

<第四回> musica hall cafe ・田所 裕一郎

<第五回> 浮雲社中(ukigmo)・福岡秀崇

<第六回> NEWFOLK・須藤朋寿

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