桑田佳祐ソロ・アルバム『MUSICMAN』リリース記念インタビュー ビクターエンタテインメント株式会社 スピードスターレコーズ 制作部長 松元 直樹氏

インタビュー スペシャルインタビュー

松元 直樹 氏
松元 直樹 氏

桑田佳祐が2月23日(水)に約9年ぶりのオリジナル・ソロ・アルバム「MUSICMAN」をリリースする。

食道がん治療のため活動を一時休止していた桑田佳祐の記念すべき復帰第1弾となる今作について、担当ディレクターであるビクターエンタテインメント株式会社 スピードスターレコーズ 制作部長 松元直樹氏に制作秘話など様々なお話を伺った。


——松元さんはどのような経緯で音楽業界に入られたんですか?

松元:大学を出て新卒で東芝EMI(現 株式会社EMIミュージック・ジャパン)に入社したんです。ちょうどCDが右肩上がりで売上げを伸ばしている頃で、音楽業界も羽振りが良かったので、どこの会社でも新卒が大量に採用されたんですが、その中の一人でした。入社後、同期の子がオリジナル・ラヴや、忌野清志郎さんの担当になったのに、僕はカラオケの制作をやれと言われ、まったく理解ができず、すぐに辞めてしまったんです(笑)。何の苦労も無く社会にでたので、やんちゃだったというか、軽くなめてたのだと思います。失礼なことをしたと、今では反省しています(笑)。

——(笑)。

松元:それから半年ほどぷらぷらしていたんですが、やっぱり音楽制作の仕事がしたいと思ってレコード会社の面接をいくつか受けたんです。邦楽のロックをやりたいと思っていたので、最初から邦楽のセクションに配属されることが決まっていたビクターに入社しました。

——いつ頃桑田さんの担当になられたんですか?

松元:ビクターに入社した当初は宣伝部に配属されたのですが、当時高垣さん(現:株式会社スピードスター・ミュージック取締役会長 高垣健氏)がサザンオールスターズをはじめ7組のアーティストの制作担当をしていて非常に忙しい状態だったので、すぐに制作に異動させられて、サザンオールスターズやシーナ&ロケッツの現場の担当をすることになりました。EMIで1ヶ月研修して、宣伝で1ヶ月研修して、サザンオールスターズの現場に配属されたという感じでした。

 でも、自分は洋楽育ちだったので、担当になった時点で、サザンオールスターズの音楽をあまりよく知りませんでした。もちろん、すでにヒット曲がたくさんありましたし、すごい人達だとは思ってはいたんですけど…。サザンのディレクターになることが凄いことだとは、全然、実感してなかったのです。責任の重さを痛感したのは、ずいぶん後になってからでした。

——(笑)。とは言え、ディレクターになった途端に日本のトップアーティストの担当なんてなかなかなれないですよね。下積みもほとんどありませんし。

松元:地方で営業をやるとか、そういうものが下積みだとすれば、それはないですけど、最初の2年くらいは、送り迎えから、犬の散歩、タバコのお使い、自宅の電球交換まで、今考えればディレクターの仕事の範疇外のことも、何でもかんでもやっていたので、全く苦痛では無かったのですが、それがきっと下積みだったのだと思うんですよね。スタジオでも、電話を受けたり、出前を取ったり、お使いに行ったり、飲み会での芸を考えたりみたいなことばかりやっていたので、ディレクターらしい仕事をやっていた訳では全く無く、ただのパシリのようなものでした(笑)。

——アシスタントディレクターといったところでしょうか?

松元:現場に入って最初に関わったのが、原由子さんの『MOTHER』というアルバムなんですけど、そのアルバムのクレジットには、僕の名前は” Our best crew”(アワー・ベスト・クルー)というところに入っていたので、ディレクターなんかじゃなく、アシスタントディレクターでもなく、そういう存在だったんだと思います(笑)。

——(笑)。肩書きももらえなかったんですね。

松元:忙しいからとりあえず誰かここに置いておこうというような感じだったと思うんですよね。その後、時間を掛けて、徐々に桑田さんとディレクターらしい仕事をするようになっていったという感じでした。

——それからずいぶん長い間桑田さんと一緒にお仕事をされているんですね。

松元:そうですね。もう20年以上になりますね。長いですね。それにあっという間でしたね。

 

松元 直樹MUSICMAN
桑田佳祐/『MUSICMAN』

——桑田さんの復帰第1弾アルバム『MUSICMAN』がついにリリースされますが、制作はいつ頃から開始されたんですか?

松元:本格的なレコーディングに入ったのは2010年の一月です。

——サザンオールスターズが活動を休止してすぐですか?

松元:休止してすぐに、「音楽寅さん」という音楽番組の制作作業に入って、その流れからアルバムのレコーディングに突入していった感じですかね。

——どういった作品にするか、桑田さんの中には最初から具体的なイメージはあったんでしょうか?

松元:バンドではなくソロということで自由度が高いので、何にも縛られずに本当に自分が歌いたい歌を作りたいと思っていたと思います。

——手術前にほとんどの曲は出来上がっていたそうですが。

松元:曲とオケはほぼできていて、歌入れを3曲残したところで、レコーディングの中断、入院となりました。

——アルバムを聴いて、歌詞に関しては病気発覚後に書かれたのではと思いました。

松元:復帰第一弾で、歌詞の中に生と死や人生を歌うような詞が散りばめられているので、闘病生活の中で作られたアルバムというように受け取る方もいらっしゃるかもしれないのですが、病気になる前にほとんど出来上がっていたんですよね。ただ不思議なもので、それを予見していたのか、何かを感じていたのか、妙に符合するものがあって。音楽にはそういう魔法みたいなことがあるんだなと、改めて思いました。

——政治批判のようなインパクトの強い歌詞が書かれている曲が何曲かあったんですが、これまでもこういった曲はあったんでしょうか?

松元:ソロ・アルバムの中では体制批判のような曲があるといえばありますが、桑田さんは、ミュージシャンである前に一人の日本人だということを昔からよく言っていたので、今の日本の置かれている状況を感じ取って、特別に意図的ではなく、自然な感じで作っていると思うんですよね。桑田さんはあくまで音楽の表現者であり、世の中に対して直接政治的な動きは全くしないでしょうから。

——確かに普段は公の場所で政治的な発言をすることはほとんどないですよね。

松元:一人の日本人としての責任や自覚をしっかり持っているということだと思います。桑田さんの作る音楽にはいつも、政治だけではなく、幅広い意味で、その時々の世相が、濃く写し込まれていると思います。

——復帰後に歌詞を作られたのはどの曲ですか?

松元:「SO WHAT?」「狂った女」と、アルバム最後を飾る曲「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」です。

——17曲と大ボリュームなので曲順案は大変だったと思うんですが、1曲目はすぐに決まったんですか?

松元:1曲目の「現代人諸君 (イマジン オール ザ ピープル) !!」は最後の最後までタイトルが決まらなかった曲なんですが、曲順に関しては、何度考えてもこの曲がずっと1曲目に置かれていました。

——9年ぶりのソロ・アルバムということで、9年前とは音楽の聴き方も売り方も大きく変わってきていますが、そういう時代の変化も作品には反映されているんでしょうか?

松元:桑田さんは常にメディアの動きを敏感に感じていますし、感覚的に世の中の流れをすごくわかっている人だと思うんです。ソロでの前作『ROCK AND ROLL HERO』やサザンオールスターズの『キラーストリート』は、アルバムとして最初から最後までちゃんと通して聴いてもらいたいと考えて作られていたのですが、それは今回も変わらないのですが、今は音楽がバラ売りされてしまう時代なので、1曲でもちゃんと成立していて、更にそれがアルバムトータルとしても成立していないといけないんじゃないか、というようなことを考えていたと思います。

——桑田さんのようなトップアーティストですら、そういった対応を迫られてしまう状態になってしまいましたよね。

松元:「シングル作る意味あるのかな?」とか「プロモーションビデオを作る意味あるのかな?」とかたまに質問されますが、それに対して、自分は明確な答えを返すことが出来ません。昔はその年を象徴するようなヒット曲がたくさんあったと思うのですが、去年のヒット曲を問われると、なかなか答えにくいのが現状ですよね。

 

松元 直樹2

——『MUSICMAN』の試聴会で拝見したメッセージビデオで、桑田さんが「境地に達した」というようなことを言っていたことが印象に残っているのですが。

松元:クリエーターの魂としては、何年か経ってから、「あの曲失敗したなぁ」とか「もっとこうしておけばよかった」とか、きっと言うと思うんですね。それが次の原動力になると思いますし。ただ今は、本当にやりきった、作りきったという達成感があるはずだと思います。

——そういうアルバムに『MUSICMAN』というタイトルが付いたことは、我々としてもすごく嬉しいですし、光栄なことなのですが、このタイトルに決まった経緯は?

松元:以前発表したソロ作品には『ROCK AND ROLL HERO』とか『TOP OF THE POPS』という、音楽のジャンルに関する言葉を使ったタイトルのものがあるのですが、今回のアルバムの楽曲は、ロックだけでもなく、ポップスだけでもなく、歌謡曲やジャズも含め他の幅広い音楽性に富んだ作品なので、それをまとめて表現すると “音楽” “MUSIC”なんじゃないかということで、このタイトルになったんです。じゃあ、“MUSIC”を使った言葉で、どんなタイトルがいいかと考えた訳ですが、そんな中で出てきた言葉が“ミュージックマン”だったんです。“ミュージシャン”ではなく、“ミュージックマン”。その方が、「音楽を作る一人の人間」と考えたときに、自分にとってしっくりいく言葉だと。自分も”ミュージックマン”だけど、参加ミュージシャンももちろん”ミュージックマン”、周りのスタッフもこのアルバムを聴いてくれるファンのみなさんも”ミュージックマン”だと。みんなで作ったアルバムなんだと。

——私どもにとっては、桑田さんの集大成とも言えるアルバムに、よくぞ『MUSICMAN』というタイトルを付けてくださったと、改めて本当に嬉しく思います。そして、このタイトルを付けてくださったのが桑田さん以外の人じゃなくて良かったと心から感謝しています。

松元:みんなで作ってる作品だから複数形の”MUSICMEN”がいいんじゃないかとか、頭に”THE”を付けたり”A”を付けたりして色々と検証したんですけど、やっぱり”MUSICMAN”が、意味合い的にも、潔さも含めてベストだと本人は言い切ってました。

——本当に光栄なお話です。『MUSICMAN』は楽曲だけではなくジャケットも印象的なんですが、どのような発想で作られたんですか?

松元:メキシコの絵画の様なカラフルな彩りのものがいいんじゃないかとか本人が出ていくものとか、無数のイメージのもと、本当に数多くの写真や絵やアイディアスケッチを見ていく中で、詞の内容の中に「生と死」とか「光と影」とか「男と女」とかの要素と共に、日本に対しての憂いや希望を表現する歌詞がちりばめられていたので、どこかに和のテイストを入れたらいいのではないかという話になったんです。そんな中で、和の世界の中で「光と影」がテーマであるものを探してみたのですが、桑田さんが、石庭の写真を見て、イメージに近いんじゃないかと。その石庭に女性がいるというのは、何かシンボル的なものがあったほうがいいのではないかということと、赤は日の丸の赤だったりもするんですよ。桑田さんが言っていた大切なキーワードの中に「夜明け」という言葉もあったので、その気持ちも込められたらいいなと思いました。 『MUSICMAN』はアナログ盤も作っているんですけど、アナログサイズでジャケットを見るとさらにいいですよ。

——今回は書籍も付いた『MUSICMAN』Perfect Boxも初回限定で発売されますね。

松元:アルバムの他に、アルバム完成までのドキュメンタリーやミュージックビデオが収録されたDVDと、桑田さん自身による全曲セルフライナーノーツや参加ミュージシャンやスタッフによる制作秘話などが収録されています。

——CDが売れない時代ですが、渾身の作品ですしセールスを期待したいですよね。

松元:そうですね。桑田さんのファンは年齢層が広いですが、なんだかんだ言っても音楽マーケットの中心は若者じゃないですか。10代の子達には、このアルバムは小難しいかもしれないし、キュンとするラブソングの方が気持ち的にはフィットするかもしれませんが、是非、そういう子達にも聴いてもらえたら嬉しいなとは思いつつも、決して媚びたりせずに作った感じですね。自分が関わっているということを差し引いても、日本の音楽界の歴史に残るアルバムなので、絶対にヒットさせたいです。それから、音楽業界で働いている人達には、全員、聴いて欲しいです(笑)。

——サービス精神はあるけど媚びてはいないというところですよね。

松元:変な話、桑田さんは売れそうな曲を作ろうと思ったらいくらでも作れてしまう人だと思います。売れるだけの曲は作れるけど、あえて作らない、今、作るべき音楽を、歌うべき音楽を作るのが桑田さんだと思うので。

——この長期間に渡って湯水のごとく曲を作り続けられるという、音楽についてのスタミナが抜きんでている点から考えても桑田さんは本物の天才だと思います。

松元:桑田さんはジャンルも時代も関係なく色んな音楽を本当によく知っていて、普通のミュージシャンに比べて格段に引き出しが多いと思います。普通にスランプはあると思いますが、曲が書けないということではなく、何をやるべきか、何を歌うべきかというコンセプト作りに時間が必要な時があるということだと思います。曲は、レコーディングするしないに関わらず、普段から日常的に作っています。桑田さんにとって、曲を作ることイコール、生きることなんじゃないでしょうか。今後も、ずっと作り続けるのではないでしょうか。

——桑田さんは音楽以外に趣味などはあるんでしょうか?

松元:サーフィンですかね。退院して2ヶ月後くらいにサーフィンをしている映像を原由子さんが録っていたんですけど、特典DVDの中にその映像も入っています。

——退院されて数ヶ月で紅白の生放送にも出演されていましたし、本当にすごい回復力ですよね。

松元:桑田さんは、ミュージシャンでもありますが、一流のエンターテイナーでもあるので、人前に出るからには必ずみんなを楽しませようとしますし、楽しませられないんだったら出ない方がいいという考えだと思うんですよね。レコーディングも無事に終了して「やれるぞ」という手応えもあったと思います。心配をかけたファンに一日でも早く自分の姿を見せたいという気持ちも強かったと思います。すでにもう「次の作品はどうしようか?」と言ってますから、すごいですよね。

——『MUSICMAN』もまだ発売されていないのにですか?!

松元:なんでそこまでできるのか、やろうと思うのか、桑田さんの心の中は未だにわからないですけど、唯一間違いないのは、音楽を作るのが本当に好きなんだということです。桑田さんにとって、音楽は仕事でもあり、趣味でもあり、ライフワークでもあり…そうじゃないと続かないと思いますね。

——まさに『MUSICMAN』ですね(笑)。桑田さんの存在は音楽業界にとっての長嶋茂雄だと思うんです。一日も早く元通りの元気な姿を見せてくださることを全ての人が望み、祈っていると思います。アルバムの発売を心から楽しみにしております。本日はありがとうございました。

-2010.10.8 掲載

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