「日本プロ音楽録音賞」特別座談会

インタビュー スペシャルインタビュー

「日本プロ音楽録音賞」特別座談会
「日本プロ音楽録音賞」特別座談会

エンジニアの技術と社会的地位の向上を目的とし、1993年に「JAPRS録音賞」としてスタートした「日本プロ音楽録音賞」。今年で17回目を迎える同賞に運営委員・審査委員スタッフとして携わられている (社)日本音楽スタジオ協会会長 内沼映二氏、同協会顧問 NHK OBの淺見啓明氏、ビクターエンタテインメント(株) ビクタースタジオ長 高田英男氏、日本ミキサー協会理事長 梅津達男氏、演奏家権利処理合同機構 Music People’s Nest代表幹事 椎名和夫氏、司会に(社)日本音楽スタジオ協会事務局長 佐藤賢一氏を迎え、特別座談会を開催。大きく変化している音楽業界を録音の現場から問題提起、また今後のエンジニアとしての魅力や役割についても語っていただきました。

 

  1. 音楽制作現場における“質”への拘りとは?
  2. 録音現場の変化(スタジオミュージシャン・音量レベル)
  3. 圧縮音源による音楽配信でアーティストの想いはリスナーに届くのか?
  4. 音楽配信の恩恵と問題点
  5. サラウンド音楽の可能性とは?
  6. 今後におけるレコーディング・エンジニアの役割とは

 

1. 音楽制作現場における“質”への拘りとは?

司会:この数年で音楽パッケージ商品としてのCD売上の衰退は世界的な現象となり、日本においても、’98年の最盛期に比して昨年度は売上が半減し、伸長を続けてきた配信ビジネスも頭打ちとなってきています。

 この10年の動向は、制作現場の環境にも様々な変化を生じさせていますが、音楽そのものの魅力は不変であり、変化しているものは音楽を享受する手段や、制作過程の中の変化にすぎないということも言えると思います。

 まず最初に、音楽制作現場における質の拘りはなぜ必要となってくるのか、皆さんのご意見を伺っていきたいと思います。

内沼:我々エンジニアの役目は、リスナーに良質な音で音楽を届けることだと思うのですが、質的な部分で考えますと、我々が一番望むメディアはやはりパッケージだと思うのです。情報を入手する方法として配信は優れたものだと思うんですが、今は配信で音楽を聴かれる事も多く、パッケージには手が伸びないということが音楽業界にとっての課題かと思います。

 また、これは我々の反省事項ですが、パッケージの音源自体が圧縮した音源とそれほど変わらないものが多くなっている。これはエンジニアの質的な問題も関係してくるんですが、僕もJ-popを聴くと打ち込み音源が多い所為か平面的な音源が多いと感じています。「これだったら配信でも同じじゃない?」と若い子が思うのも理解できます。ですから、我々エンジニアも「プロ録」を通じて、後世に残るような質の良い作品を生み出していくことが非常に大切だと思いますね。

高田:エンジニアとしてそのアーティストが表現したいものを音で伝えるためには、拘りは絶対に必要だと思います。ただ技術の進化とともに拘り方というのも変化してきて、これはあくまでもエンジニア的なものの考え方ですが、アナログ時代は結構ファジーで、ニュアンス的な感じでの拘りだったと思うのですが、デジタル技術の進化により、エディットするとか、ピッチを直すとか機能的な拘りをどこまで詰めていくかによって、完成度を上げていくようになり、現在はアナログ的な拘りとデジタル技術での拘りを上手く使い分けているように感じます。技術の変化こそあれ、プロとして仕事をしていく基本が拘りであることに変わりはなくて、それがどこまでできるかが仕事の面白さに繋がっていくのかなと思っています。

梅津:基本的に音に対して思うことは、音楽と音はいつも並行であるような気がします。音楽性がよければ音はどうでもいいのかというと、これはあり得ないだろうし、では音がよければ音楽性はどうでもいいのかというと、これもあり得ない。やはり音楽と音はいつも助け合った形でひとつの録音物となる事実は、いつの時代も変わらないものです。確かに音楽制作の現場は変わって来ています。音楽の作り方としてもサンプリング音源が非常に多くなり、現在スタジオで生音を録るということが何割あるのか? という状況の中で、我々は音を作っています。また、そういった音源に対してエンジニアが音を選んで、音楽を作っているかというとそういう状況すら少なくなっています。僕はそこに危うさがあると思っています。

 今まではレコード会社や制作会社の中で、ディレクターだったりプロデューサーといった人が音のジャッジをされていたと思うんですが、そういったシステムが段々崩壊しつつあって、DAWの登場以後、音楽を作ることが個人個人の作業になってしまった中で、上手い人たちの技術を観る機会もどんどん減っています。ですからエンジニアとしての腕前と言いますか、「録る」ということも含めて、ちょっと衰退しているかな? と僕は感じていますし、そういった技術とか、人がやっていることを上手く自分に吸収するためには「音の拘り」という部分は一番必要なんじゃないかなと思っています。

椎名:全体にある閉塞感というのは何もレコーディングすること、音楽を作ること、演奏することにあるのではなくて、むしろ制作費の下落、つまり音の制作になかなかお金が回ってこなくなったことが一番の要因だと思います。でも、支持される音楽を作っている人は相変わらず拘って作っていますし、やりくりしながら作っています。エンジニアとミュージシャンは本当によく似ていて、そういう資質を備えていないと生き残っていけない職業だと思うんですよね。マニュアル通りの仕事をこなす人が評価されるかというと、絶対に評価されない世界だと思うので、そこでは変わらないだろうと。だからあまり悲観的にはなっていません。音楽にお金が回ってこなくなったこと自体は、ある程度しょうがないことなんであって、そういう制約の中でそれなりに工夫をしてやり続けていくんでしょうし、そうやって拘る人が生き残っていくんだろうと思いますね。

 

2. 録音現場の変化(スタジオミュージシャン・音量レベル)

司会:ここ10年でミュージシャンやアレンジャーを取り巻く環境が変わってきていると思うんですね。その辺はいかがですか?

椎名:そうですね。仕事が減っているというのがやはり一番大きくて、そうなると次の世代が出てきにくいということがありますね。僕も含めて昔はスタジオ中心で動く人たちが大勢いましたが、今はそれだけでは食べられないですから、ツアーを何本持っているとかそういう話になってます。だからといって辛い話をしても何も始まらないんで、ビジネスモデルが変わってくれば働く場所も当然変わるし、働き方も変わるんですけど、拘ってやっている人ってやはり光ると思うんですよね。

 フィジカルな音楽の割合が減ってきているということもあります。でも、根本的に音楽は演奏されるもの・・・と考えると、目の前で音を出したり、声を出したりするインパクトというのは絶対に消えるものではないと思います。そういう意味で、業界としてはフィジカルな鍛錬している人たちが、死に絶えないようにしていくことが非常に大切だと思いますし、それはエンジニアについても同じことだと思います。

淺見:放送というメディアは、ありのままを録ることが原則ですから、スタジオ録音より昔の純真さが残っている感じがします(笑)。今、メディアがアナログからデジタルに変わろうとしていますが、放送の方がデジタルへの移行を上手く利用しているような気がします。変にデータを圧縮したりあえてしませんし、そのような時間的な余裕がないと言うのが正しいかもしれません。

司会:NHKがいち早く取り組み始めた番組間の音量レベル差の問題についても少しお話を伺いたいのですが。

淺見:アナログの時代は、放送機を傷めるため100%以上の過変調は原則的にしないことになっていますが、デジタル時代になってダイナミック・レンジが広がったために番組間の音量レベルが違ってきているのは事実で、しかも困ったことにコマーシャルのレベルが非常に高いので、そういったものも含めて、もう少し整理しようという機運があがっています。確かに番組間のレベル差は酷いですね。ことにデジタル放送を聴いていると非常に気になります。

梅津:レベル差のお話で思い出したんですが、デジタルの弊害としてCDでもレベルが上がっている問題があるじゃないですか?

高田:そうですね。それでマスタリングでレベル競争みたいなことは止めようみたいな話にはなっていますけど、やはりレベルが大きいですよね。

梅津:他の人より自分の音の大きい方が良いなみたいな欲がありますよね。アーティスト、エンジニアやプロデューサーも含め、音を壊したくはないんだけど、人より大きい音で聴かせたいみたいなニュアンスがありますね。

椎名:それはどうしてですか?

内沼:昔ビクターにいたときに実験したんですが、POPS系の同じ楽曲においてレベルを変えて聴くと大きい音の方が良いと感じる人が多いのです。

高田:それは音楽のジャンルによっても違いますよね。クラシックの様な音楽ですと小さい音をいかに繊細に表現するかにかかっていたりするわけですから。そこは音楽のジャンルやプロデューサーの意図によって変わりますね。デジタルが進化した事により、アナログにあった制約から解き放たれて、逆に何でもありみたいな状況になったことは事実です。ここにきてそれも大分落ち着いてきて、ハイスペックなフォーマットで録ったり、レベル勝負するのではなく音色感や表現で勝負しようという兆しも見えてきていると思うんですけどね。

梅津:僕はFMラジオをよく聴くんですが、昔は放送のナレーションより音楽ってちょっと小さめだったと思うんです。多分、放送局の方でエンジニアが合わせていると思うんですが、音楽の方がダイナミック・レンジが広いので、ナレーションよりもちょっと小さく聞こえていたと思うんです。でも、最近はナレーションよりもすごく大きく歌が聞こえるときがあって、ダイナミック・レンジがすごく狭くなってきているのを感じます。確かに音楽のジャンルによっても違うとは思いますが、そういったダイナミック・レンジがない音楽表現が出てきているような気がしますね。

 

3. 圧縮音源による音楽配信でアーティストの想いはリスナーに届くのか?

「日本プロ音楽録音賞」17年のあゆみ

  • 1993年 JAPRS(日本音楽スタジオ協会)録音賞としてスタート。
  • 1994年(第1回)(社)日本オーディオ協会(JAS)、(社)日本レコード協会の賛同を得、3団体が主団体となり、「第1回日本プロ音楽録音賞」がスタート。同時に、JASが主体となり、1877年12月6日にトーマス・エジソンにより蓄音機が発明されたことから、12月6日を「音の日」と制定し、授賞式を「音の日」に開催することになった。
  • 1995年(第2回)主催に日本放送協会、協賛に(社)日本民間放送連盟が加わる。
  • 1997年(第4回)審査委員長が菅野沖彦氏、冨田勲氏、淺見啓明氏の3委員長体制に。
  • 1998年(第5回)後援に通商産業省(現:経済産業省)、文化庁、(株)音楽出版社が加わる。
  • 1999年(第6回)(社)私的録音補償金管理協会(sarah)の助成事業となる。主催団体として日本プロフェッショナルオーディオ協議会(PAS)、日本ミキサー協会(JAREC)が加わり、主催6団体となる。
  • 2001年(第8回)運営事務局をJASからJAPRSへ移行。
  • 2002年(第9回)PASが主催団体から協賛に移行。
  • 2003年(第10回)日本放送協会が主催団体から協賛に移行。審査員委員長を1人とし、淺見啓明氏就任。
  • 2006年(第13回)主催に演奏家権利処理合同機構ミュージックピープルズネストが加わる。審査委員長に内沼映二氏が就任。
  • 2007年(第14回)賛助としてサウンド&レコーディングマガジン、CDジャーナル、スイングジャーナル、ステレオサウンド、レコード芸術が加わる。授賞区分にはベストパフォーマー賞を加えた。
  • 2009年(第16回)授賞区分に特別賞としてアビッド賞を加えた。
  • 2010年(第17回)授賞区分に特別賞としてSSL賞を加えた。

司会:次にお伺いしたいのは圧縮音源についてなのですが、圧縮音源による音楽配信で、アーティスト、つまり音楽制作者の想いはリスナーにしっかりと届いているのでしょうか?

椎名:届いているのか?という意味では、届くには届くとは思うんですが、音楽とユーザーの位置関係は変わってきていると思うんですね。圧縮というか、配信ということで言うと、僕の時代の音楽の楽しみ方というのは、放送からエアチェックをしたり、パッケージを買ってきたりして、音楽を収集するという楽しみ方でしたよね。でも、最近の傾向を見ているとクラウド型と言いますか、書籍も動画も全てストリーミングでまかなってしまおうという流れに向かってますよね。音楽に関して言えば、聴きたいときにどこかのサイトへ行けばいつでも聴けるようなことになれば、パッケージを買ってくる理由もなくなるわけですよね。また、ダウンロードする必要すらなくなってくるとなると、もう楽しみ方が本質的に変わってきますし、当然ながらビジネスモデルも変わってきます。それ自体を良い悪いとは言えないんですが、そのことによっていい音楽が生産されなくなってしまったら、そこで終わってしまうわけでしょ。つまり経路が変わる、あるいは届け方が変わることによって音楽自体が失うものはあまりないとは思うんですが、音楽ビジネスというものが得ていたものを新しい形の中できちんと得ていくことができるのか? ということが、非常に重要になってくるんではないでしょうか。

高田:伝わるかということに関しては、アーティスト・制作者の思いが伝わるかということがポイントです。お客さんからしてみたらアーティストが歌っていて、歌詞、メロディーが聞こえていれば、それはそれでベーシックな部分は伝わると思うんですね。ただ、レコーディングで拘った音色感や音場感などの音質面では、お客さんに伝わっているかを考えないといけないと思いますし、制作者側がそういった意識を持つことが一番大事なポイントなのかなと思います。

 また、デジタル技術から考えますと決して圧縮が悪いわけではなくて、いつでもどこでも音楽が聴け、広がった事は事実です。お客様へ音楽を届ける手段として高音質配信とかUSBメモリでCDフォーマットよりも高音質のフォーマットで制作したり、圧縮だけではない時代になっているので、状況は少し変化していると思うんですよね。それから、これはユーザー側に対するお願いですが、やはり僕らはスピーカーで聴いて欲しいという気持ちがありまして、スピーカーで聴いてより音楽の楽しみ方が広がればと思っております。また、デジタル技術ならではの問題として、デジタルコピーに対する問題意識はユーザー、制作者も含めて、音楽創造のサイクルを切らさないためにも共有してもらいたいなと思います。

椎名:コピーの問題もありますが、実態はもうその先に進んでいってしまっていると思うんですね。補償金の問題で今裁判とかやっていますけど、これからは複製すら要らなくなる。例えば、SpotifyやPandraとか、楽曲をためておいてストリーミングサービスをするサイトがたくさん出てきていて、ヨーロッパのメジャーも楽曲を提供している訳ですよ。そうなってくるともう複製すら要らなくなってしまうわけで、補償金がどうのといった話ではなくなってしまうんですね。しかもこれが無料サービスだったりするわけで、もうそうなると、音源がサイトに供給されるときのディールに、いかに色々なことを混ぜていくか? ってことしかないんですね。一方で音楽を作らなければいけない事実は何も変わらないので、その調達コストのあり方はどうなのか? という話を真剣にしていく必要があるわけです。

 

4. 音楽配信の恩恵と問題点

司会:音楽配信の恩恵と著作権を含めた現状の問題点について伺いたいのですが。

椎名:ここ数年で著作権法が改正されたのは権利を制限するものばかりなんですよ。今年もフェアユースというか権利制限の一般規定が改正されようとしていますが、ストリーミングの問題も含めて、ユーザーの利便性は増した方がいい。でも一方で権利者や制作者にお金を還元するモデルを守らなければならない。ここの兼ね合いをどうするんですか?という話を、もうしなければならないと思うんですね。

 そうなると、ただ権利を守れ、著作権を守れという話では収まらない状況になってきている。しかも、急激に変わっていくビジネスモデルの中では、個々にクリエーターなりが工夫して立ち行く話ではもはやないです。皆さんはコンテンツをどう楽しみますか? そして、どうやってクリエーターに還元していくんですか? という話をしないといけない時期にもうきていると思いますね。

高田:ダメだと言うことじゃなくて、どういう落としどころがあるのかを考える時代になっているんでしょうね。

椎名:アンチ著作権の人はいますが、アンチ音楽の人はいないんですよ。そこにこの問題を解きほぐす答えがあるはずなんですよね。

梅津:配信自体、アーティストは恩恵を受けていると思うんですよ。配信があることをユーザーから見ると、音楽に早く接することができる。高校生の甥っ子は当然オーディオセットなんて持っていなくて、携帯に音源をためて携帯で聴いちゃうんですよ。これは圧縮技術の恩恵だと思うんです。それによってアーティストの音楽が彼らに広まっていることも事実なので、全てを否定することはないです。ただ、我々が努力した拘りとか、音質の良さがどれだけ伝わる器なのかというのは疑問だと思いますし、配信によって十分な収入を得ることは残念ながらできないと思うんですね。

内沼:僕も椎名さんが言ったようにFMのエアチェックをして、いいと思うものをパッケージで買っていたのですよ。今は配信でいいのがあったらパッケージを買ってくれれば良いですが、

 実はここ5年ぐらい、ある専門学校で年に一度必ずアンケートを取っていて、その内容をチェックすると、音楽をスピーカーで聴いている学生が少ないのです。ほとんどの学生はイヤホンやヘッドフォンで聴いているようで、スピーカーで聴く学生は1割弱。年によって若干の差はありますけど、これはまずいですよね。彼らは配信でダウンロードして聴いて、いいアーティストだと思うとパッケージを買わないで、コンサートに行くのですよ。我々が若い頃は情報として得たいいものをパッケージで買っていたのですけど、情報で得たものがライブに行ってしまうんですね。

 例えば、「netK2(※)」のような技術を使って、素晴らしい音質でダウンロードできるというのはさすがデジタル時代だなと思うんですが、イヤホンでは聴き取れない微妙な部分というのは、残念ながら伝わってないですよね。ですから、できれば良質なパッケージをスピーカーで聴いてもらいたいというのが我々の願いですね。今映画でもテレビでも3Dがなぜウケているかと言うと、奥行き感だそうです。今まで表現できていなかった奥行き感がちゃんとあると。これは音にも言えるような気がするのです。

椎名:一方で、アナログ時代末期には、バルクリミッターなんていう、わざと音を潰したりしたこともありましたよね。ハイファイであるから伝わるかというと、そうじゃない手法で伝えることもあるなと思ったりもするんですけどね。

高田:圧縮は転送レートにより高い周波数まで届かないからデータを送らない、マスキング効果である一定のところから下の音は聞こえないから送らないというようにデータを間引いちゃうわけですよ。でも最近のコーデックはすごくて1/30圧縮でも良くできていると思います。ただ、圧縮というのは完全にデータを間引いて軽くして伝えているので、音質的にはどうしても削がれてしまう部分も出てきてしまうのかなと思います。

※「netK2」
ビクターエンタテインメント(株)と、日本ビクター(株)が共同開発したデジタル音源の高音質化技術“K2テクノロジー”を圧縮音源向けに開発した技術。

 

5. サラウンド音楽の可能性とは?

日本プロ録REC_zentai

司会:音楽の新たな可能性としてサラウンドサウンドに注目が集まっていますが、サラウンドは新たな音楽感動を創造できるでしょうか?

淺見:TV放送は来年7月に地上波デジタルに移行することが決まっていますから、デジタル化によってサラウンド環境が整ったと言えます。ステレオ放送の時もそうでしたが、日本ではステレオ放送はレコードに先駆けて昭和27年から開始していますし、放送は先行した環境を作りやすいメディアなんですね。しかも、先行してその環境を作ると、音楽の商品的にも乗りやすいということはあるように思うんです。現在東京の中央局だけではなく、地方の放送局でもかなりサラウンドの番組を作っています。昨年の「プロ音楽録音賞」の放送部門に17作品が応募されましたが、そのうち14作品はサラウンドの作品で、これはレコードの分野とはかなり違った傾向があると思います。

高田:パッケージメディアが、ピーク時に比べ半分ほどになってしまったことも踏まえて、今の時代、音楽表現そのものが変化してもいいと思うんですよ。サラウンドで表現する音楽は、新しい音楽ビジネスを論じる上においてもキーワードになっていて、そういうことをみんなでやっていこうというベクトルに持って行かないで、既存のやり方、既存のパッケージ、既存のメディアだけでやっていると、どんどん縮小していくのかなと思います。

 サラウンドに関しては個人的な興味もあるのですが、3D映像が話題になり必然的に音の立体化(3D)は必要なのかなと思いますね。先ほど“奥行き”という表現がありましたが、3D音楽に特化した音創りのノウハウは、これからのエンジニアのスキルとして絶対に必要になると感じています。これをビジネスとして広げていくためにはやはり再生環境が問題です。日本の家庭環境を考えるとサラウンドを再生できるシステムがなかなか置けないんですよね。そうすると作っても車の中や映画館でしか聴いてもらえないのです。

 最近、ビクターのアーティスト「清木場俊介」さんが、劇場にファンを集めてライブ映像を一部3Dで上映したんです。同時にビクタースタジオでのインタビュー収録を3Dで行い、リアルタイムで劇場に配信したんです。そうするとファンの方がすごく盛り上がり、そういった楽しめる環境を提供すると、3Dサウンドも認知されやすいのかなと思いますね。3Dシアターみたいな公共の施設が今後たくさんできて、そこに音楽を映像と一緒に上映したり、何万人も動員するコンサートを3D収録して有料の専用シアターで観せたら新しいビジネスになるような気がします。

淺見:欧米の各放送局でも、かなりサラウンドに注目していろいろやっています。8月にはバイロイト音楽祭が5.1サラウンドで生放送されると聞いています。放送によってサラウンドの家庭環境を作れば、DVDの作品がもっと作りやすくなるんじゃないでしょうか。

梅津:サラウンドがディスクリートできるようになったのは、録音メディアの容量が大きくなって、初めて可能になってきたと思うんですね。ところが、サラウンドの音楽を作る機会って意外と少なくて、映画館ではサラウンドではないものはあり得ないというぐらいに常識化していますが、音楽だけのサラウンドはなかなか難しい。それはやはり音を作っている音楽家を含めてサラウンドに対しての意識がまだ低いからなのかなと思うんですね。サラウンドには「音場を表現するためのサラウンド」と、「音場を活かした音楽を作っていくサラウンド」の2種類があると思うんですが、後者の「音場を活かした音楽」を作れていないからサラウンドが普及していないのかなというのと、確かにサラウンドを聴く環境の確立がなかなか難しいこともあると思います。過去「プロ録」の中でもサラウンドの作品というと、どうしてもライブ映像と絡んだものが6割〜7割を占めているような気がするので、もう少し作り手、制作者も含めてサラウンドに接する機会が増えればいいのかなと思います。

椎名:「プロ録」の審査をしている中で、サラウンドの作品と2chの作品を続けて聴くとスケールが全然違っていて、同じ土俵で語れない。それくらい大きな可能性を持っていることは確かだと思うんですが、みなさんがおっしゃったように今は出口の問題があって、だれでも気軽にサラウンドが再現できるわけではないですよね。映像の3Dも、たぶんメガネが必要なうちは定着してはいかないと思いますしね。技術がもっと進んでメガネもなく奥行きが見えて、音に関しても、特別なセッティングを必要としないような状況が来るといいんですけどね。本当にそうなっていってほしいと思います。

 

6. 今後におけるレコーディング・エンジニアの役割とは

司会:最後に、これからのレコーディング・エンジニアの役割はどのようになっていくと予想されるか、お話を伺えればと思います。

梅津:今まではプロデューサーがいて、ミュージシャンがいて、エンジニアがいて、音楽をみんなで作ってきたという感覚なんですね。それがミュージシャンが録音そのものもできるような状況になってきて、音楽を作る段階の環境にエンジニアが存在しない。そして、最後の過程で音源をエンジニアのところに持ってきてミックスを頼むというような話になっているんですね。ですから、これからのエンジニアは、自分で録った音を持ってくるミュージシャンに対して「音はこうやって録ってくださいね」とか、「こういう音で録りましょうよ」とか、事前に提案することによって一緒に音を作っていくことが必要になってくるのかなと思うんですよね。

 それから音楽を作る上でイニシアチブを持っている人が、昔はレコード会社のプロデューサーやディレクターだったのが、今はミュージシャンがアレンジャーや作曲家、シンガーソングライター本人だったりすると、その人が全ての音楽のイニシアチブを取る形になっていく。でも、ものを作るときって客観性も絶対に必要になると思うんですよ。そういう点でエンジニアはただ単純に音を作るということではなく、音楽を一緒に考えて作っていく必要があるんじゃないかと思いますね。ですから、単純に技術のことだけを知っているだけでは済まなくなってきているのかなという気はしています。

高田:誰でも音楽を作れる時代になればなるほど、逆に僕らが目指したような匠の人、職人が必要だとも思うので、僕は「新しい時代の匠になれ」と思っているんです。みんな同じ機能を持っていても、この人がやるとなぜ違うんだろう? というようなノウハウというか匠の技を持ちつつ、時代を先取りする柔軟な対応力、物事に対する理解力、提案力があって、当然音楽が大好きだというのが理想ですね。

椎名:僕が仕事を始めた頃から、エンジニアとミュージシャンとの間の壁がどんどんなくなってきているような気がします。昔のエンジニアってスタジオの管理者のようなイメージで、ある種怖いような存在だったわけですけど、いつのまにかミュージシャンのパートナーとして色々相談するような関係になってきた。これからもどんどんそういうふうになっていくんだと思うんですよ。わからないことを教えてくれて、迷いに対して答えてくれる存在でもありますしね。そうなるとすごく相乗効果で世界が拡がっていくんですよね。自分で想像できなかった付加価値を与えてくれるパートナーと言うか、お互いにとって欠くことのできない存在になってきているのは間違いないと思います。

内沼:みなさんのご意見と全く一緒なのですが、「これからの」という部分で危惧していることがあって、ここにいるエンジニアは良い時代に生まれて良い環境で仕事ができたのですよ。でも、今の若いエンジニアはその機会がない。エンジニアはマニュアルがあればできる仕事ではなくて、経験の積み重ねで成り立っていると思うのです。ミックスは訓練すればできると思うのですが、録音に関しては本当に経験値がものをいってしまうのですよね。ですから、経験が少ないというのは非常に厳しいですよね。ミュージシャンもエンジニアもそうですが、若い才能がある人々に、数多く生音が録れる環境創りが必要と思います。

梅津:最近は、生音で録るとコストがかかってしまうので、録らなくていい音楽にしてしまえという発想になってきているような気がします。そこをちょっと大変でも工夫してミュージシャンの新しい人を、エンジニアでも若い人を使う機会を作ってもらえたらと思いますね。そうでないとアメリカから借りてきたようなサンプリングの音源でしか音楽ができなくなってしまう。音楽はその人の生き方が必ず反映されるものだと思うんです。エンジニアもそうですし、ミュージシャンもそうです。ですから、制作している方には日本のミュージシャンやエンジニアを一緒に育てるという意識を持っていただきたいと思います。

椎名:音を録るときに、エンジニアはミュージシャンの癖を読んで録ったりするわけじゃないですか? 逆にミュージシャンもエンジニアの傾向に期待したりする。そういう阿吽のスキルって、お互い経験を積まない限り身につきませんよね。でも今は、そういった経験を積む環境がないから、そういうレベルにある人たちがずっと担っていくしかない。だから、そういうスキルをもっと後進に伝えていく必要があると思いますし、そういったセンスって時代が変わっても廃れないと思うんですよ。その辺を、継承していく、伝えていくということも「プロ録」の重要な役目なんじゃないかなと思います。

高田:「次はあのミュージシャンだからこうだ」という微妙な緊張感というか、そういうところでコミュニケーション能力って鍛えられますよね。そうするとお互いの微妙なニュアンスが感じられて、音楽を作っていく深さとか楽しみが間違いなく増えるんですよね。そういう感覚を若い人たちにも感じてほしいですよね。

椎名:「プロ録」でも無意識のうちにそういう作品を選んでいると思うんですよ。テクニックや技術だけじゃなくて、ヒューマンな奥行きがある作品を。今まで皆さんが言ったようなスキルがいい音楽を作ってきていますし、これからもそういう音楽に世の中は反応するんだと僕は信じています。

司会:本日はご協力いただき有難うございました。最後に、本年日本プロ音楽録音賞も第17回目を迎えますが、関連団体の皆様のご支援と、日々努力を重ねられているエンジニアの方々からの多数の応募を期待して、座談会を終わりたいと思います。皆様、有難うございました。

 

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国内において企画され、2009年9月1日から2010年8月31日までの間に初めて国内で発売(2010年9月30日までにサンプル盤が配布されているものを含む)、または公に放送された(2010年9月30日までに放送が決定しているものを含む)音楽録音作品を審査の対象とする。但し、全ての作業を国外で行った作品を除く。

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(1) 自薦:応募作品の制作に主要な役割を担ったエンジニア(マスタリング・エンジニアを含む)とする。
(2) 推薦:レコード会社・音楽出版社等のディレクター、プロダクションの担当者、ミュージシャン等を含めた制作関係者とする。

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最優秀作品および優秀作品の制作に主要な役割を担ったエンジニアとし、1作品当たり4名以内とする。

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応募作品部門の分類および授賞区分は次のとおりとする。
部門A 2ch パッケージメディア:クラシック、ジャズ等
  (CD、SACD、DVD-Audio、DVD-Video、Blu-ray Discの2chステレオ)
部門B 2ch パッケージメディア:ポップス、歌謡曲等
  (CD、SACD、DVD-Audio、DVD-Video、Blu-ray Discの2chステレオ)
部門C サラウンドパッケージメディア
 (SACD、DVD-Audio、DVD-Video、Blu-ray Discのマルチchサラウンド)
部門D 放送メディア:放送作品部門
   (ラジオ番組:AM、FM、衛星放送 テレビ番組:地上波、衛星放送)
ベストパフォーマー賞:部門A〜Cの全応募作品よりベストパフォーマーを選定
特別賞 アビッド賞:部門A〜Cの全応募作品より1作品を選定
特別賞 SSL賞:部門A〜Cの全応募作品より1作品を選定

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応募受付期間は、2010年9月1日(水)から9月30日(木)までの必着とする。

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応募用紙のダウンロード、詳細は下記URLより。
http://www.japrs.or.jp/

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