「club Zy.」の名誉編集長は、本当にこのシーンに骨を埋めるくらいの覚悟でお受けした。ー HAKUEI(PENICILLIN)インタビュー

インタビュー フォーカス

1996年のメジャー・デビュー以降、PENICILLINのボーカリストとしての活動に留まることなく、様々なフィールドで才能を発揮しているHAKUEI。俳優や他アーティストのプロデュース、モデル、ファッション・ブランドのプロデュース、ジュエリー・ブランドとのコラボレーション、絵本出版などを意欲的に手掛ける彼のバイタリティーには圧倒されずにいられない。

そんな中、彼が日本最大級のヴィジュアルWEBサイト「club Zy.」の“名誉編集長”に就任したというニュースが飛び込んできた。彼がどんな思いで今回の話を受けることにしたのか、また幅広い活動を行う中でどんなことを感じているかといったことを大いに語ってもらったインタビューをお届けしよう。(TEXT:村上孝之)
 

ヴィジュアル系はどんどん変わっていっていて、そこに面白さを感じる。

――まずは、ヴィジュアル系WEBサイト「club Zy.」の名誉編集長に就任された経緯を話していただけますか。

HAKUEI:「club Zy.」をプロデュースされている星子誠一さん(JVK会長)とは、もう20年以上のつき合いがありまして、レギュラー番組をやらせてもらったり、「club Zy.」で連載をやらせてもらったりしているんです。昔から本当によく一緒にいたし、僕らがライブや撮影で海外にいくときとかも同行してくれたりして、仕事上でも、プライベートでも仲良くさせていただいています。

星子さんは間違いなくミュージック・シーンの立役者の1人で、ここ数年はヴィジュアル系シーンをもっと活性化するにはどうしたらいいかなと考えられているんです。そうなったときに、星子さんはもちろん今でも現役で精力的に動かれていますけど、ちょっと新しい風を入れたいということで、僕のところに相談がきたんです。一緒にヴィジュアル系シーンを盛り上げようと。

アーティストとしてだけではなくて、プロデュースとか、企画とかをやろうよという話をいただいて、やろうという気持ちになりました。

――“「club Zy.」はHAKUEIさんの公認サイトです”というようなライトなことではなくて、実務的に動かれるわけですね。

HAKUEI:そうです。そうなると、僕が「club Zy.」にアーティスト以外でも関わりを持っていることを認知してもらったほうが、企画を考えたりすることも気楽にできるだろうという話になって。それで、僕の肩書きはどういうものがいいんだろうと話し合いまして、“名誉編集長に就任”という形がユーザーも理解しやすいだろうということになりました。

だから、“編集長”という肩書きですけど、僕が「club Zy.」のコンテンツを作ったり、編集をしたりするわけではない。アーティストであり、「club Zy.」の内側の人間ではないという目線で関わって、プロデューサー的にいろんなことを仕掛けていく人という立ち位置です。

――その話を聞くと、たしかに“名誉編集長”という肩書きは最適ですね。こんなことをしてみたいという具体的なプランなどは、ありますか?

HAKUEI:いろいろありますし、すでに動き始めている企画もあります。ただ、今の時点では、具体的な話はできないんですよ。まだ確定していないし、決まっているとしても物事には告知をする最適なタイミングというのがありますから。その話はできないけど、普通にイベント・ライブを企画したりするでしょうし、僕の中にはもっと面白いアイディアとかもある。なので、期待していてほしいです。

【PRESS】HAKUEI(PENICILLIN)が日本最大級のヴィジュアル系WEBサイト「club Zy.」の”名誉編集長”に就任!

――今後が楽しみです。では、HAKUEIさんが思う、ヴィジュアル系の魅力とは?

HAKUEI:ヴィジュアル系というのは世界の中でも他にない、日本独自のカルチャーですよね。似たような方向性のアーティストは海外にもいますけど、ここまで独自の進化を遂げた国はない。それこそ、ガラパゴス諸島みたいなものというか(笑)。ヴィジュアル系のルーツになったのは洋楽のカルチャークラブやデュラン・デュラン、デヴィッド・ボウイといったアーティストだと思いますけど、今はそういうスタイルを継承した洋楽アーティストというのはほとんどいないですよね。

そういう中で、ヴィジュアル系は日本のアニメやゲーム、アイドルと同じような進化の仕方をしていて、海外にも通用するカルチャーの一つとして熟成している。そこに大きな魅力を感じるというのが、ありますね。ヴィジュアル系が日本固有のものというのは、日本人の体格とかも大きいかもしれない。欧米人は基本的に、体格がいいじゃないですか。日本人は男性でも線が細い人が多いし、顔も薄いから、ヴィジュアル系の恰好をするとユニ・セックスなイメージになる。それもヴィジュアル系が日本人にフィットする要因になっていて、そういう意味でもヴィジュアル系は、日本ならではのカルチャーといえますよね。

――先ほど“シーンの活性化”という言葉が出ましたが、現在のヴィジュアル系シーンには、どんな印象を持たれていますか?

HAKUEI:今話したように、ヴィジュアル系は海外でも認知されていますし、海外のファンの方も多いんですよね。つまり、日本独自の魅力的なカルチャーのひとつとして、支持を得ているんです。その一方で国内では一時期ほどの活気がなくて、低迷しているのが今の状態です。今の若いバンドの子達がダメということではなくて、面白い音楽をやっているし、新しい魅力を持ったバンドも出てきているんですよ。

ただ、昔は大きなレーベルや音楽誌とかが大きなイベントを企画していたりしたから、出ていく場所があった。そういうのがどんどん減っていって、仲のいいバンド同士でイベントを組んだりしている人達ももちろんいますけど、今はこのイベントに出たいという目標になるようなものがほとんどないんですよ。音源の販売にしても、セルフ・セールスでやっているようなバンドも多いし。

だから、ヴィジュアル系の発信源になれるような場所を作る必要があるんじゃないかなというのがあって、それを実現させたいと思っています。

【PRESS】日本最大級のヴィジュアル系WEBサイト「club Zy.」は、英語圏最大級のJロックWEBサイト「JROCK NEWS」と包括的パートナーシップ契約を締結しました。

――たしかに。協力者は、必ず出てくると思います。そういったことを模索するブレインの中に、長年に亘って一線で活動しているアーティストがいるというのは強みになると思います。

HAKUEI:僕自身が今まで星子さんがやられてきたことを見ていますけど、やっぱり餅は餅屋で、そこには凄い発想があったりするんですよ。そういうものと、アーティストならではのいい発想を組み合わせていくことが必要なのかなと思う。それを、今勉強しているところです。

なにか大きなことを仕掛けるとなると、当然お金も人も必要で、リスクもそれなりに大きくなるじゃないですか。だからといって、手をこまねいている場合ではなくて、必ず方法はあると思う。自分がやれることは全力でやるし、いろんな方の力もお借りしてヴィジュアル系シーンを活性化したいですね。

それに、ヴィジュアル系も時代によって様変わりしていて、いろんなアーティストを楽しめるというのも楽しいですし。時代が変わっても、ずっと同じ音楽性やファッションの方向性とかを貫いているジャンルもあるじゃないですか。そういう中でヴィジュアル系はどんどん変わっていっていて、そこに面白さを感じるというのもあります。

 

 

今は俳優の佐藤流司君のトータル・プロデュースをしている。

――ヴィジュアル系は、いい意味で特殊なジャンルでいながら許容範囲が大きいことを改めて感じます。今回の“名誉編集長”に限らず、HAKUEIさんは昔からアーティスト以外でも様々な活動をされてきました。その辺りについてお聞きしたいのですが、まず数々のアーティストのプロデュースを手掛けています。

HAKUEI:プロデュースは、そういうことをしたいと常に思っていたわけではなくて、楽曲提供の話がきたり、単発でアーティストのプロデュースをする機会があったりしていたんですね。そういうことを経て、今は俳優の佐藤流司君のトータル・プロデュースをしているんですけど、それは彼との人間関係から始まったんです。僕が主題歌を担当した<學蘭歌劇『帝一の國』>という舞台に佐藤君がキャスティングで入って、そこで会ったんです。

『帝一の國』はミュージカルなので、流司君はそこで歌も歌っていて、もう全然うまいんですよ。いい声しているし。それで、打ち上げとかで話をしたら、「実は、僕はバンドがやりたかったんです」と言っていて。それに、彼と話をしていると、同じ時代のミュージシャンと喋っているみたいな感じなんですよ。昔のミュージシャンならではのヤンチャな感じとか、エッジの効いた尖った感じがあって、懐かしくて。この人だったらいいものが創れそうだなと直感で思って、「じゃあ、一緒に音楽をやろうか」という話になりました。
 

佐藤流司

――プロデューサー心を、くすぐられたんですね。トータル・プロデュースをされるのは初めてなわけですが、手掛けてみて、どんなことを感じましたか?

HAKUEI:すごく大変です(笑)。自分のレコーディングの何倍も稼働しています。自分のときは曲ができて、ある程度アレンジが進めば、あとは歌詞を書いて、歌うだけですけど、全部ですからね。曲を作って、アレンジをして、仮歌を歌って、レコーディングも全部立ち会って…という感じで。

それに、今回はちょっと特殊というか、流司君サイドと僕で認識の違いがあって。僕は、たた単に音楽を創るプロデューサーのつもりでいたんですけど、彼はてっきり僕と彼のツイン・ボーカルでバンドをやるものだと思っていたみたいなんですよ(笑)。流司君のマネージャーもそう思い込んでいて、「えっ、違うんですか?」みたいな(笑)。ツイン・ボーカルは全然嫌じゃないけど、僕は流司君がバンドの真ん中で歌っている絵を思い描いていて、そういうイメージで曲も作り始めていたから、自分はこういうつもりなんだよという話をしたんですね。

そうしたら、流司君が「作品の中で1曲でも2曲でもいいので、ツイン・ボーカルをやってみたいです」と言ってきて。そのときに、それくらいのボリュームだったらいいなと思ったんです。そういうことをしている人達はいないし、面白いんじゃないかなと思って、やることにしました。

――ミュージシャンというのは、ツイン・ボーカルでやりたいと言われると即座にいいよと応える体質だと思うんですね。でも、そこで一度断りを入れたことからは、HAKUEIさんが完全にプロデューサーの思考になっていたことがわかります。

HAKUEI:なっていましたね。でも、ツイン・ボーカルというアイディアは面白いんじゃないかなと思ったんです。もちろん真ん中で歌うのは流司君で、それに対して僕は飛び道具になれるんじゃないかなと思って。メインボーカルではない立場で、思いきり好き勝手なことをするのは楽しそうだなと(笑)。それはPENICILLINでも、自分のソロでもできないことですから。僕が何曲か一緒に歌うことで、ライブに自分達だけの起伏をつけることもできるし。だから、ツイン・ボーカルと言われて最初は“えっ?”と思ったけど、いいところに持っていけたなと思っています。

――佐藤流司さんは、すごく喜んでいると思います。続いて、俳優業について話しましょう。HAKUEIさんは1997年に映画『30 -thirty-』の初主演を皮切りに、以降舞台や映画などに俳優として出演されています。

HAKUEI:『30 -thirty-』は坂上忍さんが脚本/監督をされていて、彼が書いた自伝的な小説が原作になっているんですね。フィクションなんですけど、坂上さんはその作品を書いているときに、主人公に結構自分自身を投影していたらしくて。それを映画化しようとなったときに、この映画の主役は高い演技力を持った役者さんではなくて、ヘタクソでもいいから生き様が出るようなミュージシャンとかに演じてほしいという忍さんの意向があったらしんですよ。

それで、僕のところにオファーがきたんです。ぶっちゃけ役者には興味がなかったし、サラリーマン役だし、どうしようかなと思ったけど、なかなかそういう話をいただけるチャンスはないですよね。それで、当時は若かったこともあって、とりあえずやってみることにしました。

――チャレンジ精神が旺盛なんですね。ただ、役者というのは完全に未知な世界だっただけに、とまどうことも多かった気がします。

HAKUEI:沢山ありました。当然、自分の演技がヘタなことはわかるし、周りがすごい役者さんばかりだったんです。阿部寛さんとか、佐藤浩市さんとか。当たり前ですけど、彼らは、ものすごく上手なわけですよ。演技は自然だし、言葉も聞きやすいし、動きとかも良くて。そんな中で素人がジタバタしている感じだったので、これでいいのかな、いいのかなと毎日思いながらやっていたことを覚えていますね。

――ミュージシャンはMVなどで軽く演技をすることがあって、そこで演じるのは面白いと感じる人と、自分は絶対ムリだという人に別れるようです。

HAKUEI:たしかに、演じるというのは面白いです。『30 -thirty-』に出演した頃にインタビューで応えていたことですけど、音楽というのはコード進行やメロディーを考えて、リズム・アレンジを考えて…というふうに、少しずつ作っていって作品になるじゃないですか。映画もそれと一緒なんだなと思ったんです。物語があって、それを台本に起こして、現場で演出して、少しずつシーンを積み重ねていって、1本の作品になるというのは、アルバムを作ることに似ているなと。そういう中で、役者は歯車の一つとして、こういう楽しみ方をすればいいんだなということはわかった。

でも、僕は演技の才能がないことを感じたんです。才能があれば、多分もっと能動的に役者をやっていたと思うけど、逆にオファーがきても断っていたんですよ。いくつかドラマの話がきたりしていたんです、しかも結構いい話が。でも、出演するのは申し訳ないなと思って。役者として演じることに命をかけている人達の中に、僕みたいな人間は入れないと。それで、お断りしていたんですけど、ボーカリストとしてのスキルを活かせるミュージカルとか、友達にすごく頼まれたりしたときに、ちょこちょこやってはいます。

――HAKUEIさんが、地に足を着けていることがよくわかります。

HAKUEI:やっぱり映画やドラマに出るとなると、ファンの人も観るし、作品の良し悪しにも関わってくるから。そこでちゃんと結果を出せる自信がないと、やっちゃいけないと思うんですよ。だから、積極的に役者をやろうという気持ちにはならないですね。ただ、またオファーがきて、これなら自分でもできるな、面白そうだなと思ったら、やるかもしれない。

たとえば、ほとんどセリフがなくて、動きとか雰囲気だけで演じる役とか、ただ人を殺している役とか(笑)。そういうのだったら、かなり独特にできそうかなという気がするんですよね(笑)。

 

ファッション・ブランド『elements,H』ではモデルをしつつ自分のコラボラインを展開。
ジュエリー・ブランド『Lips&Tips』と『VS』というコラボ・ラインナップも展開。

――いいですね(笑)。やってみたいという話があれば、ぜひやって実現させてほしいです。身体を使って表現する歌や演技などに加えて、ファッション・ブランド『elements,H』のプロデュースと同ブランドのモデルもされています。

HAKUEI:『elements,H』はデザイナーが2人いるんですけど、そのうちの1人の浜元が以前『PEACE NOW』というブランドのデザイナーをやっていて、僕は元々そこでモデルをしていたんです。モデルをしつつ自分のコラボラインを展開していて、年に数回販売していたんですね。

でも、その後『PEACE NOW』が解散してしまうんですよ。ずっと楽しんでコラボさせてもらっていたから、僕の中には今後もコラボレートを続けたいという気持ちがあったんです。他のブランドからコラボしませんかという話をいただいていたので、そこでやろうかなとも思ったけど、浜元とはいい感じで波長が合っていたんですよね。それで、もし浜元の今後のことが決まっていないなら、新しいブランドを立ち上げてみようかなと思ったんです。

浜元はものすごく才能がある人で、当時20店舗くらいあった『PEACE NOW』のショップ全店でメイン・デザイナーをしていたんですよ。スキルは間違いないから、あとは受け皿を作ればいけるかなと思って、『elements,H』を立ち上げました。

――行動力がありますね。『elements,H』を立ち上げるにあたって、ブランドの方向性などは浜元さんに任せたのでしょうか?

HAKUEI:いや、ブランド・コンセプトを一緒に考えました。僕は元々洋服が大好きで、どっちかというとモードっぽいファッションが好きだったんです。それで、ちょっとモード寄りで、スパイシーなところがあるけど、日常的なアイテムになるものを作りたいなと思って。それが、『elements,H』の大元のコンセプトになっています。つまり、本当に自分が好きなものを具現化するブランドですよね。それを浜元もわかってくれるというか、彼女が作りたいものに近かったんですよ。だから、立ち上げはスムーズでした。

それに、『elements,H』のすべてのことに目を光らせて、ああしろ、こうしろと言ったりはしない。外部とのコラボレート物は別として、コレクションのデザインは全部見ているし、僕がアイディアを出すこともあるんですよ。アイディアを出したときはスケッチを何パターンか描いてもらって、1個1個チェックして、ボタンをこうしたほうがいいんじゃないかとか、ここに刺繍を入れてほしいという話をします。でも、それくらいですね。アドバイザーとして関わっていて、モデルをやって、ちょっとお手伝いします…みたいな感じです。

――いいパターンといえますね。ファッション関連ということでは、ジュエリー・ブランド『Lips&Tips』と『VS』というコラボ・ラインナップも展開されています。

HAKUEI:これも偶然の産物という感じで、元々は特にやる気はなかったんです。ジュエリー雑誌の取材を受けたことがあって、そういうときは見本誌をもらえるじゃないですか。それをライターさんと一緒に見ていて、いろんなブランドが載っている中で、『Lips&Tips』が目にとまったんですよ。すごく惹かれて、「これ、すごくカッコいい。超センスいいな、これ」と言ったら、ライターさんが「ありがとうございます。それ、僕のブランドです」と言ったという(笑)。

それで、すごく喜んでくれて、後日サンプルを送ってくださって、僕はほぼ毎日それをつけていたんです。そうしたら、次にまた取材しにきてくれたときに、ボロボロになっているのを見て、「そんなに気に入ってくれているなら、なにか一緒にやりませんか?」という話になって。それで、コラボレートするようになりました。

今年(’18年)の12月に発売するのは淡水パールのチェーンにメダイを合わせたネックレスなんですけど、お守り的なものにしたくて、ロケットみたいに写真も入れられるマリア様のメダイにクロスのチャームが付いたのを一緒に作りたいという話をして。それを元にして、細かなデザインはオーナーさんが作ってくれて、それに対して僕がもっとこうしてほしいという意見を言って形にしました。

――ジュエリーも本当に好きなことがわかります。

HAKUEI:僕は、ジュエリーも大好きです。嬉しいのが、そのライターさん曰く『Lips&Tips』というブランドは、元々は趣味程度にやっていたらしいんですよ。メインはライターとか編集で、仕事の合間にマイペースで好きなジュエリーをちょこちょこ作って、セレクト・ショップにちょっと置いてもらうくらいだったんですね。でも、僕とコラボしたことがきっかけになって、ジュエリーがメインになったそうです。その話を聞いたときは、嬉しかったですね。元々、彼はすごく才能を持っていて、たまたま僕がきっかけになって名前が広がっただけなんですよね。

 

 

僕はヴィジュアル系というカテゴリーの中で表現し続けているし、今後もそうだろう。

――とはいえ、ライターさんは本当に感謝されていると思います。さらに、HAKUEIさんは漫画家ユニット『漫画兄弟』の一員という顔も持たれていて、絵本の出版も行われています。

HAKUEI:これもね、たまたまなんですよ(笑)。元を辿ると、僕は納豆が好きで、某納豆メーカーの親善大使みたいなことをやっていたんです。その話をいただいたときに、キャラクターとかを作ったら面白いですよねという話をしたんですよ。そうしたら、ある日“納豆侍”という言葉が突然降りてきて(笑)。納豆侍を主人公にした物語ができそうだなと思って、もう居ても立ってもいられなくなって、友達で漫画家の古屋兎丸さんに電話して“バァーッ”と話したら、「HAKUEI、落ち着いて。今からアトリエこれる?」と言われて。アトリエにいって、改めて話しをしたら兎丸さんもノッてきて、徹夜で30ページくらいの絵本を描いちゃったんです(笑)。

そうしたら、知り合いの平沼紀久という役者が出版社に持って行って、「出版、決まったから」という話になったという(笑)。最初は幻冬舎から出したんですけど、ポプラ社の当時の社長の目にとまって、「これをリニューアルして、シリーズ化して、うちから出してほしい」というオファーがきて。それで、『れいぞうこのなかの なっとうざむらい』というタイトルに変えて、コンセプトも変えて、3作作りました。

――1作であればまだしも、3作作るのは大変ですよね。“納豆侍”というコンセプトが秀逸だったことと、3人の熱意の強さを感じます。

HAKUEI:『漫画兄弟』は、3人のバランスがすごくいいんですよ。役者、ミュージシャン、漫画家と仕事がバラバラな3人なので、そのアイディアが組み合わさると面白いものになる。ただ、絵本を作るのは大変で、1冊を作るのに1年くらいかかるんですよ。

それで、3作作ったところで止まっていたんですけど、今年平沼君に第一子が生まれまして。誕生日が7月10日で、“納豆の日”なんですよ(笑)。これは、描けと言っているのかなという話になって、平沼君がストーリーを考えて、2019年の7月10日にリリースしようという計画を進めています。それがうまく行ったら「なっとうざむらい」シリーズの4作目も出版されると思います。

――大変だとは思いますが、新作も楽しみです。それにしても、HAKUEIさんはアーティストという枠を超えて、本当にいろいろなことを手掛けられていますね。その原動力になっているのは、どういうものなのでしょう?

HAKUEI:単純に、好奇心です。面白そうだなと思うと、やりたいという気持ちが強くなるんですよ。僕は、やらないで後悔するのは嫌だという考え方なんです。実際にやってみないことには、自分に向いているか、向いていないかはわからないじゃないですか。やってみた結果、やらなければ良かったと思うこともあるけど、そういうときでもわかることや、得られるものが必ずあるし。そういう思考で生きていて、気がついたらいろんなことをやっているという状態です。

――自分が好きなものを、ちゃんと好きになることの大事さを改めて感じます。上っ面な“好き”だと、なにも始まらないですよね。

HAKUEI:そう思います。僕は変な努力はできなくて、こういうことをやりたいから、そのために勉強しなきゃ…みたいには思わないんですよ。単純に好きだから、いろんな物を見たり触れたりしているうちに自然と知識とかが身についていって、自分が発信する立場になったときにアイディアが出てくる。それも義務感というよりは、“楽しい”のほうが大きいですね。だって、本当に好きなことだから。

僕は洋服にしても、ジュエリーにしても、時計、アクセサリーといったものが大好きなんですよ。知り合いに結構大きなセレクト・ショップの店長とかがいるんですけど、アクセサリーとか時計の話をツマミに一晩中語り合える。そういう意味では、僕の“好き”は深いと思います。

【PRESS】「club Zy.」を企画運営する株式会社JVKは株式会社SKIYAKIとヴィジュアル系を題材としたサービスに関する包括的パートナーシップ契約を締結しました。

――だからこそ、各ジャンルのプロフェッショナルの方と出会われるのだと思います。では、今後も面白そうだなと思うことと出会ったら、積極的にトライしていこうと思っていますか?

HAKUEI:思っています。これだけいろんなことを同時にやっていると、ものすごく大変だろうとか言われますけど、年がら年中全部をやっているわけではないので。ジュエリーは年に1〜2回コラボするくらいですし、絵本に至っては数年出していないし。1つ1つに深く集中出来るペースは考えています。

だから、自分的にはまだ他のこともできる余地があると思っていて、やってみたいと思うことと出会ったら、やってみると思う。ただ、今は「club Zy.」の名誉編集長に就任したところなので。僕は、その話をいただいたときに、ちゃんと覚悟を決めて受けないといけないと思ったんです。名前だけで、なんとなくフワッとしているというのは絶対に嫌だった。

PENICILLINを結成してから26年以上音楽と一緒に歩んできて、そのうえでそういう話がきたことに必然性を感じたし。僕はヴィジュアル系というカテゴリーの中で表現し続けているし、今後もそうだろうから、本当にこのシーンに骨を埋めるくらいの覚悟でお受けしたんです。だから、皆さんに今後の展開を楽しみにしていてほしいです。
 

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