時代を柔軟に反映し、生まれ変わる国際音楽見本市「MIDEM」

インタビュー フォーカス

左から:アレクサンダー・デニュー氏、鈴木貴歩氏

今年52回目を迎えた国際音楽見本市の「MIDEM」が、2017年に新たなCEOを迎え生まれ変わろうとしている。デジタル時代を柔軟に反映したカンファレンスやピッチイベントだけでなく、アーティストのクリエイティビティを加速し、アーティストとビジネスを繋ぐプログラムも充実させる。今回MIDEM CEO アレクサンダー・デニュー氏と、MIDEMの日本アンバサダーに就任した、ParadeAll 代表取締役 鈴木貴歩氏にお話を伺った。

 

80ヵ国から約5000人が参加したMIDEM 2018

――CEOに就任されて2回目のMIDEMが6月に終了しましたがいかがでしたか?

アレクサンダー(以下 アレク):MIDEMは50年以上の歴史のある大きなイベントですので、非常にエキサイティングであると同時に、チャレンジングであり簡単ではありませんでしたが、今年は80ヵ国から約5000人が集まり、スピーカーも300人を超えました。

MIDEMは、グローバルの音楽エコシステムや音楽コミュニティに非常に重きを置いていて、アーティスト、A&R、マネージャー、レコードレーベル、他のパブリッシャー、音楽関連スタートアップも含めた全てがMIDEMに集まり、より大きなコミュニティに発展していくような見本市を目指しています。世界中の音楽関係者のホームになるようなイベントと位置づけています。

鈴木:MIDEMはサイズ感もちょうどいいんです。SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)のように規模が大きすぎないので、ネットワーキングもやりやすく、4日間という限られた日程の中でとても有意義な時間を過ごすことができます。

――今年はどの国の来場者や出展が多かったのでしょうか?

アレク:最も多かったのはヨーロッパ圏で、おおまかにイギリスが17%、フランスが15%、ドイツが9%、北アメリカ全体では18%、アジアが9%、次いで、アフリカが7%、ラテンアメリカが5%です。

――アジアの次にアフリカ、ラテンアメリカとなっているんですね。

アレク:アフリカ、ラテンアメリカは急成長が見込まれているハイポテンシャルマーケットですので、今年は新たに南アフリカ、ナイジェリア、コンゴ、コートジボワールなどアフリカ各国で、情報のシェアやネットワーキングのためのイベントを行いました。

MIDEM 2018 国別参加割合

 

急成長するアフリカ、ラテンアメリカの音楽マーケット

――アフリカの音楽マーケットにはどのような特徴があるのでしょうか?

アレク:アフリカは人口が急激に増加していて12億人を超えています。さらに人口比では若年層が多いので、メジャーレコード会社や、通信会社もどんどんアフリカに進出しています。例えばナイジェリアの人口は約2億人で、携帯ネットワークも高速化してきているので、デジタルストリーミングマーケットが一気に拡大してきているんですね。

――デジタル化してきた今の時代だからこそ伸びる可能性があると。

アレク:一方で大きな課題もあって、まだ著作権が十分に保護されていません。アーティストにとって大事な利益なので、MIDEMではこういった課題を解決するためのサポートもしています。

――やはりアメリカのヒップホップとか、今全世界的に人気がある音楽が同じように好まれているんですか?

アレク:ジャンルもどんどんミックスしてきていて、キューバ音楽やレゲトン、アフリカの音楽がミックスされて、グローバルラテン音楽のようになっています。

――今年は「ラテン」がキーワードだったりしますよね。

アレク:そうですね。今年は、「ブラジルを中心にそれ以外の国との橋渡しをする」というのがすごく大きな目標になっています。

MIDEM 2018 カンファレンス

 

日本の音楽を世界と繋げる場に

――日本の音楽マーケットについてはどのように感じていますか?

アレク:ストリーミングやデジタルの成長で、より日本の音楽が海外に出るようになるでしょうし、同時に海外の音楽もより入ってくるようになるので、これまで以上に様々な音楽がミックスされて、豊かな音楽マーケットになると思います。

――日本はすごく質の高い音楽はありますが、外に伝えるのに苦労しています。ですから、MIDEMのような場所の力が必要になってくるんじゃないでしょうか。

アレク:我々がやりたいことはまさにそれで、特にクリエイティブのリンクを日本と世界で繋げていきたいと思っています。

――恐らく昔の音楽業界の人はMIDEMの印象がすごくあるんですが、若い世代の人は実態がよく分かっていないと思うんですね。

アレク:仰る通りだと思います。MIDEMが幅広い世代と交わり合うことは大事だと思っていて、そこからまた新しい可能性が生まれると考えていまして、新たな取組を今年から数多くスタートしています。今回の日本出張もMIDEMのそうした新しい取り組みやイメージを若い世代の業界人、アーティスト、作家の皆さんに伝えるのが目的の一つです。私もミュージシャンでしたので、クリエイティビティをとても重視しており、今年のMIDEMから「SONGWRITING CAMP」というプログラムを始めました。コーディネーターが世界中から15人のソングライターを集めて行いますが、日本からも2人選ばれています。

 

データだけで賞が決まる革新的なアワード「MUSIC AWARDS」が初開催

――コライトして楽曲を作りあげていくようなイメージでしょうか?

アレク:4日間かけてソングライターとプロデューサーが3人1組で楽曲を制作していくんですが、様々な国からソングライターが参加しているので、コライトを通じて言語や文化を超えた新しい音楽、グローバルアーティストの次のヒット作の創出を目指しています。最後に全員で曲を聴いたんですが、非常に素晴らしい楽曲ばかりでした。

今年始めたものがさらに2つあって、1つは「LIVE SUMMIT」というライブエンターテインメントをテーマにしたカンファレンスです。これはアメリカのライブ業界誌であるPollstar(ポールスター)とコラボレーションして開催しました。

もう1つは「AUDIO VISUAL SUMMIT」です。音楽に関連するドキュメンタリーなど、映像コンテンツのショーケースをやりました。

――2019年から新たにスタートするプログラムもあると聞いています。

アレク:来年から新しく始まるのが「MUSIC AWARDS」というアワードショーです。これが非常に革命的で、完全にデータだけで選ぶアワードになりますので、審査員やセレクターがいません。収集するデータは、オーディオとビデオのストリーミング、オーディオプラットフォーム、ソーシャルメディア、あとはチケットセールスなどライブ音楽活動のデータです。ファンがアーティストをどうやってサポートしているのか、実際のエンゲージメントに基づいたデータだけを合算して賞を決めます。このアワードを通じてアーティストを賞賛するとともに、ファンとプラットフォームも賞賛したいんです。今のアワードの中には業界側の思惑がすけてみえていて、ファンからの支持も失っているんじゃないかと。

今の音楽とファンの繋がりを正しく反映したアワードを開催することで、ストリーミング時代に成功したアーティストの事例を知ることができ、新たな成功事例を生み出すきっかけを提供できるのではないかと思います。

 

アーティスト向けのプログラムがさらに充実

――リアルな実態を知ることで次世代のヒットのヒントを得ることができそうですね。

アレク:また、次のMIDEMから「ARTIST HUB」もスタートします。これはアーティストが集まって、直接交流してもらうことで、インスピレーションを得てネットワークを築いてもらいます。アーティストが集まる場所を作ることで、彼らがどこに行くべきか迷うこともなく、そこからまた何かが生まれるような場所にしていきたいですね。「ARTIST HUB」の中にもマスタークラスというセミナーやワークショップ、パネルディスカッションもアーティストのためだけに用意するので、かなり多くの情報やインスピレーションを得られると思います。

――アーティストをサポートするプログラムが充実していますね。

アレク:そうですね。また、今年で5回目の開催となった「ARTIST ACCELERATOR」には、66ヵ国から600人のアーティストの応募があり、コンペティションを行って最終的に11人のアーティストが選ばれ、MIDEMでパフォーマンスを行いました。コンペティションだけではなくて、そこでネットワーキングすることで、次の活動の機会を見つけるような場にしています。このプログラムを通じて、ソニーミュージックとの契約を結んだ人や、インディレーベルとの契約を結んだ人もいますので、ビジネスの場としても機能しています。

ARTIST ACCELERATOR

――アクセラレーターでは、メンタリングを通じてプログラムを進められているそうですね。

アレク:出版社やレコード会社など音楽業界のスペシャリストが審査員/メンターとして、ファイナリスト11人とそれぞれ1 on 1のミーティングを持ちます。4日間の中で複数のメンターとのメンタリングを通じてどう変化していくべきか、どうキャリアを築いていくかといったアドバイスをもらえます。今年は日本からメンターとしてクリエイティブマンの平山善成さんにも参加していただきました。

11月末に来年のアクセラレーターの募集を開始しますので、ぜひ日本のアーティストにも応募してもらいたいです。ファイナリストになればMIDEMのビーチで演奏できる権利ももらえるので。

 

最先端の音楽スタートアップと出会う「MidemLab」

――MidemLabも注目のプログラムだと思いますが、こちらには、あまり日本のスタートアップ企業は参加していないですね。応募自体が少ないのでしょうか?それとも、応募はあってもファイナリストに残るレベルに達していないのでしょうか?

アレク:今年は42ヶ国から応募がありましたが、日本からは応募自体がほぼありませんでした。MidemLabはヨーロッパでは業界を牽引する音楽スタートアップのコンペティションになります。Soundcloudなど、MidemLabをきっかけに世界に広がったサービスが数多くあり、例えば、Spotifyに買収された音楽ビッグデータのEcho Nestや、Pandoraに買収されたNext Big Soundなど、グローバルな音楽業界の中でも存在感を見せているスタートアップがMidemLabから次々と出てきているので、日本からも応募してほしいですし、コンペティションだけではなくて、出展や参加を通じても多くの業界人に自分たちのやっていることを伝えることができるます。そういった観点からもぜひ参加してほしいと思っています。

鈴木:私も日本からの応募は増やしたいと思っていて、それに向けた働きかけも行っていきます。まだ情報が行き届いていないことが理由の1つだと思いますので、Facebookの日本語ページを作るとか、そこでコンスタントに情報を発信していくことで活性化できたらなと思います。

アレク:MidemLabにもメンタリングがあって、TencentやGoogleなどのプラットフォームからも重役が参加してアドバイスをもらえますので、ぜひ次のMidemLabには日本の音楽系スタートアップにたくさん参加してもらって、日本のテクノロジーやプロダクトを紹介してもらいたいです。

 

変化するレーベルやマネジメントの役割

――アーティストの活動も変化していく中で、レーベルやマネジメントには今後どういった役割が求められていくと考えられていますか。

アレク:デジタルの進化で音楽業界は非常に大きく変化しようとしています。その中でも、マネージャーとPRの役割がさらに存在感を増していくのではないでしょうか。インディペンデントのアーティストなど、アーティスト自身の力もどんどん増していって、役割も大きくなっている。彼ら自身で成功する事例も多くなり、メジャーレーベルとの契約の内容もどんどん変わってきました。レコード会社としてこれから重要になるのは、アーティストサービス目線で活動することだと考えます。

――今は企業ではなく個人で様々なコミュニティに参加して、そこから自然発生的に新しいビジネスだったり音楽が生まれることが増えていると思うんですが、そういった人たちはどうMIDEMに参加していくべきなんでしょうか?

アレク:MIDEMのウェブサイトからチケットを買っていただければ誰も参加することができます。「アーティスト割引」や「学生割引」、あとは小規模レーベル向けの特別割引価格も設定されているので、ぜひそのお得なチケットを活用して参加してください。

鈴木:出展に関しては、私が窓口としてコミュニティに合った方法を提供しますので、私まで問い合わせてください。

――今は通信環境が整備され、即座に情報が共有される時代ですが、これからの見本市の役割はどのように変わっていくのでしょうか?

アレク:いくらオンラインで繋がることができても、やはり体験を共有すること、会うことに勝るコミュニケーションはないと思います。それに、繋がれば繋がるほど会う機会が多くなってくると思います。会うことで関係性もより深まると思いますし、ビジネスに発展したり、友人関係になったり、それは会うことでしか実現できないと思います。簡単に世界と繋がれる時代だからこそ、実際に会うことの価値が高まっているのでこういったカンファレンスはより重要になってくるんじゃないでしょうか。

――MIDEMはどのような見本市を目指していくのでしょうか?

アレク:今は年に1回、カンヌで行われているイベントですが、これからは年間を通じて各国で関連するイベントを開催していきたいです。すでに11月の末には「MIDEM LATIN AMERICAN FORUM」を、2020年には「MIDEM AFRICA」を開催する予定があります。

そして、MIDEMが常に音楽の領域で、最先端でイノベーティブな場所になるようにしていきたいです。その一環として、来年のMIDEMではe-スポーツと音楽をテーマにしたセッションも行います。

鈴木:MIDEMに参加することが、海外展開のためだけではないと思っています。日本の音楽マーケットは今後さらにデジタル化していくことは間違いありません。アメリカに比べて、ヨーロッパの国はわりと日本に近いと考えていて、ヨーロッパの各国の先進事例から学んで、そこで学んだことを日本の市場に生かすこともできると思っているので、そういった観点でも日本の業界人がMIDEMに参加する意味は相当あると思います。

さらに海外展開の観点ではヨーロッパのアーティストは、ドイツからフランスに進出したり、オランダからスウェーデンに進出したり、ヨーロッパの中で地域をまたいで活躍の場を拡げているので、日本からアジアをみた形に似ているんじゃないかと思います。彼らも言語を飛び越えているんですよね。そういったところでも日本の業界人、アーティストは学べるところがあります。


MIDEM CEO アレクサンダー・デニュー氏
MIDEM CEO アレクサンダー・デニュー
7歳からドラムを叩き始めミュージシャンとして活動した後、メジャーレコード会社などで16年に渡り音楽業界に従事。2017年にMIDEMのCEOに就任する前は、ユニバーサルミュージックフランスで事業開発のディレクターを担当していた。2017年1月に国際音楽見本市「MIDEM」のCEOに就任。

ParadeAll 代表取締役 鈴木貴歩氏
ParadeAll 代表取締役 鈴木貴歩
”エンターテック”というビジョンを掲げ、エンタメとテクノロジーの幸せな結びつきを加速させる、エンターテック・アクセラレーター。
タイトー、ロンチジャパン他でコンテンツ企画に従事、2001年よりMTV Japan株式会社にてモバイルビジネスの立ち上げ、企画開発、他企業との事業提携等を手がける。2009年にユニバーサルミュージック合同会社に入社。デジタル本部本部長他を歴任し、音楽配信売上の拡大、デジタルマーケティングの強化、全社のデジタル戦略の推進、メディア/プラットフォーム企業との事業開発を担当の後、起業し現職。 2014年に立ち上げた日本初の音楽xテクノロジーのカンファレンス、「THE BIG PARADE」Co-Founderも努める。

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