「音楽オタク」としてファンの望む音楽映像を届け続ける WOWOW 取締役コンテンツ本部長 山下浩志郎氏インタビュー

インタビュー フォーカス

山下浩志郎氏
山下浩志郎氏

開局当初よりビックアーティストからマニアックなアーティストまで、硬軟入り交じった番組プログラムで、音楽ファンの心を掴み続けているWOWOW。その数ある音楽番組の中でも、特に洋楽を一手に引き受けるのがWOWOWエンタテインメント 取締役コンテンツ本部長の山下浩志郎さんだ。レコード会社からキャリアをスタートさせた山下さんは、まさに「音楽オタク」と呼ぶべき音楽の膨大な知識を駆使し、グラミー賞の生中継やアーティストのライブ中継、洋楽番組の買い付けを手掛けられ、数多くの音楽番組を送り続けている山下さんに話を伺った。

2016年8月19日 掲載

 

  1. レコードメーカーからWOWOWへの転身で映像プロデューサーに
  2. 洋楽番組の買い付けは即決が鉄則
  3. 膨大な音楽知識を駆使してスピーディーに動く
  4. 洋楽の映像をどんどん流して、リスナーの重いドアを叩き続ける

 

レコードメーカーからWOWOWへの転身で映像プロデューサーに

——まず、山下さんがWOWOWへ至るまでの経歴をお伺いしたいのですが。

山下:キャリアのスタートはアルファ・ムーン(現MOON RECORDS)です。アルファ・ムーンはその後、米ワーナー・ミュージック・グループに買収されて、100%ドメスティックから100%外資になり、社名もエム・エム・ジーになりました。またワーナーからアトランティック・レコードが来たタイミングで洋楽に移りました。それで社名がイーストウエストに変わるときに邦楽へ戻って、トータルで12年くらいレコード会社にいました。そして、99年にWOWOWに移りました。

——WOWOWに来られてからはどのようなお仕事をされたんですか?

山下:制作・宣伝の知識はありましたから、今度は音楽を映像に置き換えて、映像プロデューサーとして仕事を始めました。99年頃って、グラミー賞はまだまだ知る人ぞ知るみたいな存在だったので、グラミーをどう大きな話題にするかに取り組みました。

去年、坂本龍一さんのドキュメンタリーを作ったんですが、坂本さんはグラミー賞とアカデミー賞を獲っているじゃないですか。ですから、87年とか88年のグラミー賞記事の縮刷を探しにいったわけですよ。そうしたら「グラミー賞を獲った」というただそれだけの記事が名刺の半分くらいしかなかったんです。普通、トロフィーを持った写真とかイメージするじゃないですか。そういった写真もなくて、アカデミー賞も『ラストエンペラー』の場面写真はあるけど、やはりトロフィーの写真はないんですよね。そんな時代だったんですよ。

——今からでは考えられないですよね。でも、当時はグラミー賞の結果をビルボード誌で見るだけみたいな感じでしたよね。

山下:でしょう? 本当にそんな感じですものね。新人賞を獲ったけれど、国内盤が出てないから急いで出すか? みたいな話で。結局、急いで編成しても3ヶ月後だから「ま、いっか」みたいな(笑)。当時はビルボードのチャートだけが判断材料でしたしね。でも、映像がないと伝わらないものってたくさんあるじゃないですか。「どんな風に歌っているんだろう?」とか活字だけでは伝わらないですよね。

——映像の力は大きいですよね。

山下:音楽の中ではニッチの部分なんですけどね。あとフジロックとかフェスの存在も大きいですね。ああいった大規模フェスをどう収録して、膨大なステージ数とアーティスト数をどうまとめていくかという。あれなんかも一種のドキュメンタリーですよね。

——フジロックを最初にテレビ放送したのはWOWOWだったんですか?

山下:ええ。まだ僕がWOWOWに入る前ですが、フジロックの一回目はそうですね。今は、フェスとしては、RIJ、CDJ、サマソニをWOWOWで放送していて、個人的にはサマソニを交渉から制作まで担当しています。

——そう考えるとWOWOWには貴重な映像がたくさん残っていそうですね。

山下:そうですね。

 

洋楽番組の買い付けは即決が鉄則

WOWOWエンタテインメント(株) 取締役コンテンツ本部長 山下浩志郎氏

——洋楽のお話に戻りますが、グラミー賞以外ではどのようなアーティストが印象に残っていますか?

山下:やっぱりローリング・ストーンズじゃないですかね。2006年のさいたまスーパーアリーナ公演を一回だけ放送できたんですが、やっぱりカメラが入るとミック・ジャガーって違うんですよね。「嗚呼、この人にはターボスイッチみたいものがあって、カメラが入るとさらにググッと上がるんだな」と思いました。だからといって普段、手を抜いているわけではないんですよ。100%だったのが140%くらいまで上がるんだ、って実感しました。

他に大変だったのが、2014年12月に開催されたエルヴィス・コステロのEXシアター公演の生中継ですね。このライブは基本、途中途中でお客さんにルーレットをやらせて、出た曲を演奏したので、セットリストがなかったんです。照明さんもPAさんもコステロのスタッフだから、ヒントを聞きに行ったんですが「僕らも出たとこ勝負だよ」って(笑)。曲にテロップを出さなくちゃいけないんですが、もうほとんどイントロあてクイズですよね。

260曲タイトルを用意しましたが、曲のタイトルはフルネームで入っていますから、例えば「Peace,Love And Understanding」って指示を出しても、正式には最初に「(What’s So Funny ‘bout)」って入っているのでテロップの人間が「えっ、そんな曲はないですよ…」「あー、頭ね。What’s So Funny ‘bout!」って(笑)。その間に曲はどんどん進んでいくという。

——260曲の中から判別するんですから大変だったんじゃないですか?

山下:元々マニアだったから大体は分かるんですよ。一番新しいのだけはちょっと分かんないなー、みたいな。なかなか面白かったですよ。

——洋楽番組の買い付けはどのようにされているんですか?

山下:音楽だとMIDEM、映像だとMIPTV(カンヌで開催される国際映像コンテンツ見本市)という2つのマーケットがあって、そこで話をしたりしていますね。

——毎年海外に買い付けに行かれているんですか?

山下:毎年行っています。基本は年2回ですね。あとはいくつか内緒のルートがあったりもします。値段もピンキリですね。

——値段は交渉なんですか?

山下:交渉です。当然向こうは「これくらいで売れたらいいな」という金額があり、こっちはこっちで見合った適正価格を分かっていないといけません。向こうは当然「いいものを持っている」という感覚で来ますから、「どうだ」と言われたときに「ごめん、知らない」とは言えないんです。だから、日本のマーケットにおいて、そのアーティストがどのくらいのポジションなのか、その場で判断できるように常に知識は入れるようにしています。

——ちなみに買い付ける映像の権利を持っているのは向こうの放送局なんですか?

山下:向こうの放送局だったり、制作会社だったり、はたまた映像ソフト会社だったり。色々ですね。2009年から始まった『洋楽ライブ伝説』は、今でもネタが尽きていないのが凄くて。最近だと78年のイアン・デューリーが最高でしたね。ノリノリでね。78年のイアン・デューリーなんて日本だとレコードでしか聴けなかったじゃないですか。

 

膨大な音楽知識を駆使してスピーディーに動く

——WOWOWの洋楽番組は『洋楽ライブ伝説』以外の番組もありますよね。

山下:はい、そっちはどっちかというと鉄板のアーティストというか、今月でいうとエリック・クラプトンの去年のライブだとか、ザ・フーの特集だとか。『洋楽ライブ伝説』でやっているのはどっちかというとノスタルジーに寄ったものが8割なんですが、他の番組はここ1、2年の新しいものを見せていこうという買い方をしていますね。

——映像がたくさんあると買い付けも大変でしょうね。

山下:そうですね。同じものを買ってしまうことを避けなくてはならないので、一度買ったものは、常に頭の片隅に入れておかなければならないですね。

——視聴者の声とかはWOWOWに結構届きますか?

山下:たくさん届きますし、やはり参考になりますよね。初回放送が注目されることが多いんですけど、ボズ・スキャッグスみたいに夜中の4時からやっても「こんなに食いつきいいの?」みたいなのもあるわけです。あと、ストライクボールを投げたつもりでも引っかからないときもあるわけです。それはたまたまそういうタイミングだったのかなと思いつつも、「もうちょっと日本では人気があると思ったんだけどなぁ…」という回もありますね(笑)。

——番組の編成は山下さんの一存で決めるんですか?

山下:もちろん最終的には編成に相談しますが、自分の知識と感覚でスピーディーに判断するようにしています。例えば、1月なんかでいうと、デヴィッド・ボウイが亡くなったじゃないですか。あのとき、日本は3連休でしたが、映像のストックは頭に入っていますから、月曜日にすぐ動き出して、どれをピックアップするか決めて、『ジギー・スターダスト 1973』と彼が主演した映画『ラビリンス 魔王の迷宮』の2作品でデヴィッド・ボウイの追悼特集を急遽やりました。

——山下さんの膨大な知識があってこそのスピード感ですよね。

山下:そうですね。できるだけリアルタイムで対応しています。

 

洋楽の映像をどんどん流して、リスナーの重いドアを叩き続ける

WOWOWエンタテインメント(株) 取締役コンテンツ本部長 山下浩志郎氏

——最後になりますが、長年洋楽に携わっている立場として、日本の現在の洋楽シーンをどのようにお考えですか?

山下:プロモーションに関して言うと、堪え性がなくなっていると感じています。洋楽の場合、最初はエンジンが暖まっていない状態でリリース日を迎えるじゃないですか。数少ない情報でファーストシングル、セカンドシングルとリリースして、このあたりで来日があって、そこに向かってピークを作っていく。でも、いつしか邦楽と同じように発売日のイニシャル3日間とかバックを見て、「もういい」「やらない」というジャッジを上の方から下されちゃうみたいなね。それではアーティストが根付かないですよね。サイクルが短すぎて。

——確かに息の長いアーティストが少なくなっていますよね。

山下:洋楽の使命って曲だけじゃなくて、アーティストの魅力を伝えることだったりするわけじゃないですか。ヒット曲でドンと売るというのも、セールスを稼ぐためには必要ですけど、僕が今WOWOWでこういった仕事を続けていられるのも、70年代・80年代のアーティストたちがアーティスト性を残してきたからで、その時代のアーティストは名前だけでも音楽のイメージができたりするじゃないですか。でも、瞬間瞬間の曲だけだと、どうしてもアーティストそのものの魅力がきちんと根付いて行かないような気がします。

——山下さんが手掛ける洋楽の番組によって若い洋楽ファンが育っている実感はありますか?

山下:正直、具体的にはわからない部分も多いんです。例えば、WOWOWに加入したのはお父さんやお母さんで、そのお子さんがどの程度見ているかを把握するのは難しいので。でも如実に反応がいいのはストレートなロックものや90年代のUKものなんですよ。その頂点に存在するのがオアシスで、あの時代は洋楽にとって新しい鉱脈だったんですよね。

——情報が無かった時代よりも、逆に情報過多だからアーティストに対する探求心が失われてきているのかな?と思ったりするのですが。

山下:どうなんですかね。僕も送り手側にいますから、そうは思いたくないんですが。洋楽の映像をどんどん流すことで、リスナーの重いドアを叩き続けるしかできないですよね。

僕は音楽オタクですし、だからこそ音楽を趣味にしている方の気持ちもわかりますし、届けることもできるという強い想いがあるんです。だから、これからも色々なタイプの音楽の映像を流していきたいですし、僕にはそれくらいしかできないかなと思っています。

WOWOW番組情報「洋楽ライブ伝説」

  • 「THE WHO ライブ・アット・シェイ・スタジアム 1982 完全版」
    9月15日(木)7:00
  • 「アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン ライブ・イン・ジャーマニー 1990」
    9月16日(金)6:15
  • 「ドン・マクリーン ライブ・イン・マンチェスター 1991」
    9月27日(火)21:00
  • 「レインボー ライブ・イン・ジャパン 1984」
    9月27日(火)22:30
  • 「ジョニー・ウィンター ライブ・イン・ジャーマニー 1979」
    9月27日(火)0:30

洋楽ライブ伝説
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