より自由な音楽活動の実現のために〜『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』著者 永田 純氏インタビュー

インタビュー フォーカス

永田 純氏
永田 純氏

インターネットやPC等の技術革新に伴い、ミュージシャンを取り囲む現状は日々変化している。昔よりも遥かに自由に身軽に音楽制作・広報・流通が可能となり、可能性は大きく広がった。しかし、だからこそ今必要とされる「自分で自分をマネージメントする」=セルフマネージメントについて、多角的かつ実践的に書かれた書籍『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』が今話題になっている。著者の永田純氏が長年音楽シーンで活躍してきた経験から、既存のシステムを踏まえつつ、新たな時代へのものの見方を提示する刺激的な1冊だ。今回は永田氏に本書の解説をして頂きつつ、本書に込めた思いや、本書ともシンクロする一般社団法人ミュージック・クリエイターズ・エージェント(MCA)について話を伺った。

[2012年2月20日 / 世田谷区代田 エフ・ビー・コミュニケーションズ(株)にて]

PROFILE
永田 純(ながた じゅん)


音楽エージェント/プロデューサー。1958年東京生まれ。70年代中頃よりコンサート制作等にかかわり、79-80年、YMO のワールド・ツアーに同行。84年坂本龍一アシスタント・マネージャーを経て、85年以降、矢野顕子、たま、大貫妙子、マイア・バルー、金子飛鳥、レ・ロマネスクらをマネージメント、細野晴臣、友部正人、三宅純、テイ・トウワ、野宮真貴、マルセル・マルソーらを代理した。プロデューサーとしては東京メトロ、六本木ヒルズ、東急文化村、J-WAVE、世田谷文化財団等の主催公演、NHK「みんなのうた」、セサミストリート日本版テーマ・ソング、スタジオジブリ「ホーホケキョ となりの山田くん」サウンドトラック等にかかわる。また、オーディオ代理店、シュタイナー教育関連コーディネイト、音楽出版等を手がけ、昨年秋に設立された”独り立ちするミュージシャンのためのエージェント”一般社団法人ミュージック・クリエイターズ・エージェント代表理事を務める。有限会社スタマック代表。

 

——『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』の出版おめでとうございます。この本はどのようなきっかけで出版されることになったんですか?

永田ありがとうございます。直接のきっかけは、2010年暮れに発行された『Sound & Recording Magazine』(サンレコ)編集のムック「ネットとライブで自分の曲を売る方法」の最終章に8ページの原稿を書く機会をいただいたことなんです。この年、サンレコ本誌の方では、3月号のメイン特集で、「ネットで自分の曲を売る方法」という、当時の販売サイトの詳細や、実際に自分で音源を上げる方法や実践している人たちの特集をしたら、それがものすごく話題になった。その後、6月号で、かつてはレコード会社がお金を出してプロモーション目的でライブをやっていたけれど、これからの時代はライブでお金を稼いでいかないと、という主旨の特集を組んだら、またこれも大きな反響を呼んだんですね。

——ミュージシャン自身もその事実に気づき始めていたんでしょうね。

永田そうですね。それでこの二つの特集がムックとして1冊にまとめられた訳ですが、それに際して、安藤和宏さんが現在の著作権の状況を説明する章が加えられ、さらに、そんな時代にミュージシャンが自分でマネージメントを考えるときに、どんな考え方をしたらいいのかという原稿が必要、ということになって、ご連絡を頂いたんです。これは、昨年発足したミュージック・クリエイターズ・エージェント(以下 MCA)の設立準備段階で、編集長の國崎さんに企画書を見ていただいたり、意見をいただいたりしていたので、その流れから声をかけていただいたのだと思います。

——つまり、その8ページを拡大したのがこの本なんですね。

永田ええ。具体的なきっかけはその原稿ですね。

——永田さんは長年アーティスト・マネージメントに携われているわけですが、この本はご自身の経験が反映されたものとなっていますね。

永田そうですね。ボクは東京生まれ東京育ちで、70年代は下北沢や高円寺、荻窪あたりで、シュガーベイブや、関西から来たブルースバンド、ソー・バッド・レビューなどを観ていたんですが、その後、フォーク系のミュージシャンと付き合いが多くなる過程で、そういうアーティストたちを束ねて仕事にするというよりは、「彼らのキャリアに対してボクがヘルプできることはなんだろう?」と考えるようになりました。その後、細野晴臣さんとお会いするきっかけがあり、YMOのワールドツアーを経て、自然に仕事をするようになったんです。

 その後、本格的にマネージメントに携わるようになり、80年代半ばから矢野顕子さんのマネージメントを担うことになりました。彼女は’90年に一家でニューヨークへ移住しているんですが、その後は良い意味でボクに仕事を全部丸投げしてくれたので、作品の制作管理やツアーのブッキング、プロモーション、日常の広報、あるいは生活面をどう保障していくか、そんなことまで含めて全部を考えていました。

 ただ、矢野さんや友部正人さんといった自分にとって尊敬すべきミュージシャンたちと仕事するときに、権利を全部預かって給料を払うという方法にはどうも馴染めなくて、ずっと試行錯誤しながら20年以上やってきたボクのものの見方が、おそらくこの本には反映されていると思います。

——やはり永田さんご自身の活動にこの本のルーツがあるんですね。

永田はい。その後’90年に入ってすぐくらいに、「たま」というバンドのマネージメントに関わったのですが、彼らもイカ天の直後にはあるプロダクションと契約していたのがうまくいかなくなって、途中からボクがヘルプで入って、最終的には彼らがそのプロダクションから完全に独立することになったので、「バンドのメンバー4人で会社を作れば?」とアドバイスしたんです。

——すでに’90年からそういうことをやっていたんですか。

永田ええ、ボクが雇われ番頭をやるよ、と(笑)。彼らはアマチュア時代に「たま企画室」という屋号で500円のカセットテープを売っていて、ボクもそれを買っていたのですが、そのたま企画室をそのまま有限会社にして、それで4人が取締役になれば、と提案したんです。

——永田さんは新しい形のマネージメントを始めたハシリだったんじゃないですか?

永田いや、ハシリなんて自分じゃとても言えないですよ。ボクはちゃんと業界を見ていて、「これが次のやり方だ!」と思って始めたんじゃなくて、それしか考えられなかっただけなんですから(笑)。

 矢野さんの頃の話に戻るんですが、’90年以降、彼女はアメリカにいて、ワールドワイドでのマネージメントは日本で統括する訳ですが、欧米でのアルバムディールやツアーブッキングなどの実務は別の大先輩のマネージャーに任せていたんですね。彼はボクよりも15歳くらい年上のバリバリのユダヤ人で、その彼と話してみると、欧米の基本的なスタンスは独立事業主としてのミュージシャンがいて、ミュージシャンが会計士やロイヤー(弁護士)を雇う。そして、それと同じようにマネージャーを雇うんだと。自分はたまたま同じようなことをやっていたんだなとそのとき初めて気付きました。

——『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』の内容を各章ごとにご説明願えますか?

永田はい。まず、業界を中心にものを見ていくと大変なことは一杯ありますし、実際、今は大変な時期なんですが、ミュージシャンの視点で見ていくと、音楽を継続していくという意味で、今はものすごく可能性が開かれている時期である、ということを書いているのが第1章の「ミュージシャンこそすべての原点〜ものの見方」です。PCとネットが進化したので、制作の手段やプロモーションの手段が身軽になっている、頒布する手段も増えている、と。そういう意味で「ミュージシャン自身でもこれだけのことができるぞ」と提示している章ですね。

 第2章「自分でできること、できないこと〜マネージメント細目」は、そういう時代に自分がなすべきことを考えるときに、こんなものの見方をしたらどうか? と提示している章で、この本の中心になる部分です。具体的には、「パーソナル・マネージメント」「プロジェクト・マネージメント」というふたつの言葉を、まず使っています。前者が示しているのは、自分が何者であるかをきちんと把握し、居場所を作るとともに、その存在をきちんと外に示すことこそが、まず、独立して音楽を続けていく基盤になるという考え方ですね。後者は、それができていることを前提として、その先、仕事を広げ、精度を上げていくときにどんな考え方をしたらいいかを示したもので、「作る」「売る」「守る」という3つの視点から書いています。

FOCUS 永田純氏「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」

永田「作る」の最初は、プロダクション、これはレコーディングやステージの制作に際して必要になる、プロデュースや制作管理の考え方について触れています。次のプロダクツは、グッズの制作製造や流通に関わることですね。続いて、「売る」については、自分を売ることと作品を売るということの両側面から見ていきます。プロモーション、ディストリビューションについての話しです。最後の「守る」では、権利を守ること、創作環境を守ることのふたつの観点から考えます。

 こんな視点で世の中を見ていくと、例えば、今自分が突き当たっている悩みがどこに起することなのか、これから自分が力を入れないといけないことはどんなことなのか、また、マネージメントに何を委ね、何を委ねていなかったのか、そして何が上手くいき、何が上手くいかなかったのか、など様々な手がかりが得られるのではないかと思います。

——本を読む中で、自分の置かれた現状や足りなかったものが見えてくると。

永田そうですね。そこを1回考えるきっかけにしてもらうことが、この本の大きな目的でしょうか。これは聞いた話なんですが、以前、ある大手グループ内で新しい形態のマネージメントセクションを立ち上げようとしたときに、様々なリサーチをした。アマチュアのバンドにインタビューして、「あなたがプロになったと思うときはどんなときか?」と訊いたら、「プロダクションと契約して、給料をもらえるようになったとき」という回答が一番多かったというんですよね(笑)。

——(笑)。

永田90年代初頭から半ばくらいの話しです。

——アメリカのミュージシャンだったら絶対に言わないセリフですよね。

永田(笑)。もうひとつ、 先ほどお話したジューイッシュのマネージャーから笑い話としてよく聞かされていたのが、「順調な活動をしてきたバンドが売れなくなったとき、アメリカやヨーロッパだとマネージャーがいつクビを切られるかビクビクし出す。でも、日本だと『いつ給料を止められるか』とバンドがビクビクし出す」と。やっぱりそういう構図ができているわけじゃないですか。

——それは日本人独特の感性なんですかね。

永田そうですね。やっぱり最初にお金が集まっちゃう方が強いんですよね。そうなるとバンドは末端になって、「いつ給料を止められちゃうんだろう?」と考え始めちゃうんですよ。すごく生意気な言い方になりますが、ボク自身は音楽の仕事ってそんなに難しいものじゃないと思っていて、例えば、バンドがストリートで演奏して、半分くらいザルに入れば「よかったね」とバンドメンバーでそのまま分ければよい。あるときヘルプが現れて「もうちょっと客を集めてやる」とか、「もっと受ける方法を考えよう」とか。で、ザルが一杯になった時に、どう分けようか、と(笑)。

——つまり、あくまでも原点はアーティスト側にあるべきだと。

永田そうです。原点はどこにあったのかということを、もう一度考え直すべき時期かもしれません。

FOCUS 永田純氏「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」

永田第3章「黄金時代の歩き方〜戦略を立てよう」では、「仕事を作っているのは誰か」「あなたは今何に投資しているか」を考えたことがあるかとか、恐らくミュージシャンがあまり誰にも言われてこなかったことを書いています。また、ミュージシャンが何でもできる時代になったと言いましたが、それでもできないことについても書いているのが第3章です。実はこの章の反響が思ったより大きくて、驚いています。

 次の第4章「モデル・ケースに学ぶ〜さらに、みんなで考えよう」では様々な実践をしていらっしゃる皆さんにお話しを伺いました。

 バンバンバザールは全国のライブスポットで非常にプロフェッショナルな、見た人誰もがまた見たくなるライブを続けているので、ブッキングはスケジュールを合わせるだけだと(笑)。で、売上の予測もある程度ついて、自分たちが食うことに関してはもうそんなに困らないから、レーベルも始めて若いアーティストに場を拓いています。しかも専属のスタッフがいなくて、バンドのメンバーだけでほとんどできてしまっている驚異的な人たちですね。最近『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』という本が、「マーケティングの本」として脚光を浴びていますが、福島康之さんたちはあの頃のアメリカンロックから直接にスピリチュアルな影響を受けて、一生懸命やっていたら自然にそういうことをしていたんですね。

——まさにDIY精神ですね。

永田ええ、いいですよね。もう一人の山口 優さんはある意味で正反対なミュージシャンで、クライアントワークという言葉を象徴的に使っていますが、「マニュアル・オブ・エラーズ」という自分たちのチームを率いながら「テレビ番組のための音楽」とか「広告のための音楽」とか、受発注で音楽を創っている、非常にプロフェッショナルな方です。どんな配慮をしながらそういった仕事を継続しているかについて話していただきました。

 次に今マネージメントの最前線にいらっしゃるカクバリズムの角張渉さんと、MSエンタテインメントの田中芳雄さんにご登場頂いています。これがまた予想外だったんですが、角張さんも田中さんももちろん素晴らしい方々なんですが、お話を伺ってみると、おふたりとも音楽が好きで、ミュージシャンを尊敬して、ただ真っ当にやってきただけ、とおっしゃる(笑)。むしろ90年代に多くのレコード会社のトップの方がおっしゃっていたような「ノウハウ」とか「目が利く」とか、そういった感じじゃないんですよ。

——ノウハウ優先じゃなくて、音楽に対して真っ当にやっていたら結果が伴ったと。

永田年齢で言えば35くらい違うお二人なんですが、このお二人は同じ考え方に貫かれているなと感銘を受けました。最後はクリエイト大阪の黒田大輔さんですね。クリエイト大阪は70年代頭に母体ができた舞台監督会社ですが、舞台監督は誰一人正社員でなくて、いわば独立事業主の集まりなんです。ですから自分の仕事は自分で獲るし、自分のギャラは自分で決めると。それで、会社に何パーセント入れるかが決まっている。では、会社は何のために機能しているかというと、経理や保障のシステムを共有すること、全国のホールをデータベースにするとか、色々あるんですが、それ以外に大きい仕事を獲ってきてチーフ以外に舞台監督が4人いるというときに、全て社内でまかなえるという利点があるんですね。しかも、社内で舞台監督を調達するときにはお互いに拒否権があるんですよ。

——話を断れるんですか。それは面白いシステムですね。

永田そうですね。クリエイト大阪の創業の方々はもう60代後半なんですけど、20代の若い舞台監督とも現場ではフェアに仕事をしていますし、彼らが培ったノウハウとスピリットが若い人たちにちゃんと継承されているんです。ボクの経験からも、給料をもらって「お前、今日この現場ね」と言われて来るスタッフと、クリエイト大阪のスタッフって明らかに違うんですよね。そこを組織論的観点から一回浮き上がらせてみたかったのでお話を伺いました。個人でクリエイティブな仕事をしていく人たちがどうやって組織と付き合うか、あるいは組織がそういう人たちに対して何ができるのかと考えるときに、非常にいいサンプルになるんじゃないかなと思ったら案の定で、とても参考になるお話を伺えたと思います。

FOCUS 永田純氏「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」

——本の出版と同時期に設立されたMCAはこの本とリンクする部分が多いので、少しMCAについてもお伺いしたいんですが、MCAは会社ではなく社団法人として設立されていますよね。それはなぜですか?

永田信頼性の高い、中立でパブリックなサービスにしたかったということですね。独立事業主としてやっていこうという意志のあるミュージシャン、あるいは何らかのヘルプを求めているミュージシャンを対象に、例えば切符を買って地下鉄に乗るくらいの感じのパブリックなサービスとしてマネージメントの機能を提供できるようにしたかったんです。

——MCAの具体的な機能とはどういうものですか?

永田実は、この本の出版企画書のメインになっていたのが29ページに載っている表なんです。「こういうものの見方が広まるだけでも、今、ミュージシャンにとっては後押しになるんじゃないか?」と。MCAはこの表にあるようなことについて具体的な手助けになることをできるだけ全部、個別のメニューとして揃えていこうと考えました。

 ただ、いきなり全部はできませんから、今はインディーズのCDのアマゾンへの窓口や、それから配信に関してはスペースシャワーと提携しながらやっていきますから、ほぼすべてのサイトへの窓口はできます。それから、このあたりが社団法人ならではなんですが、「報酬受け取りおよび分配代行」サービスを始めました。これは、例えば、Aさんはバンドのリーダーで、マネージメントがないとすると、バンドである日50万というギャラを受け取るときにはAさん個人の名前で請求書を出すしかない。そうすると、支払い元はAさん個人に対して5万円を源泉して45万円を振り込んで、Aさんは45万円の中からスタジオ代やローディーのフィーといった経費を支払い、それからバンドメンバー全員に対して分配するわけですね。

——バンドをやりながらそういうやり取りをするのはかなりの負担ですよね。

永田そうですね。そこでボクたちMCAがAさんに代わってクライアントに50万円の請求を出して、ギャラを受取り、指示にしたがって全部支払いをします。そうするとAさんは最初から、もし自分の取り分が10万円だとしたら、源泉された9万円を受け取るだけで、ほかにはなにもしなくて済むわけです。

——MCAの手数料はどうなっているんですか?

永田5%です。

——消費税分を貰いますよという良心的な話ですね(笑)。

永田そうです(笑)。それくらいの感覚で、頑張っているミュージシャン1人1人に対して役立てることをどんどん実現しようという感じなんです。あくまでも公共サービスと考えていますから、特定の方々とだけの提携は避けなければなりませんし、とは言え、具体的な解決策を提供できなければ、仕方がない。そのバランスを取りながら、今は活動しています。また、現在最も力を入れていることですが、MCAへ最初のとっかかりとして「無料なんでも相談室」っていうのをやっているんですよ(笑)。

——それは面白い試みですね(笑)。

永田何か悩みごとをお持ちだったり、自分で突破口が見えないと感じていらっしゃるような方々への相談窓口を設けています。それでメールでアポだけ取っていただいて、MCAの渋谷のオフィスでお会いするんです。そこには、プロの方はもちろん、10代のミュージシャンから定年で仕事を辞めてからDTM習い始めましたみたいな方まで、本当に色々な方がいらっしゃいます。今はそこで色んな方とお会いして、まずはお話を伺うというのが仕事的には多いですね。

——本の中に映画の例を書かれているじゃないですか。映画の世界では作品ごとの宣伝エージェントが当たり前になっていて、音楽もこれからはそういったポジションがどんどん増えていくはずだと。つまり、そのコーディネートをするのがMCAなんですか?

永田その通りです。MCAが今持っている機能としては、いまお話してきたようなレディメイドのサービスとして、あらかじめ準備してあるサービスをすぐに使っていただくケースと、もう一つは何でも相談室に来ていただいた延長で、コンサルティングをしながらお手伝いしていくケースと、大きく分けて二つあるんですね。

 現状、コンサルティングをしながら進めている仕事が今2,3件あります。いずれも、自主制作での原盤制作に関わるプランニングやコーディネイトです。また、これは去年の準備会段階での実績ですが、何枚もソロアルバムを出しているDJ/プロデューサー系の方が、新作を自主発売されると。その方は何人かスタッフを抱えていらっしゃるんですが、CDの宣伝まではできない。でも、それなりのセールスが見込めるし、宣伝予算もお持ちだったので、それを全部託していただいて、MCAの方でパブリシストを発売前後の数ヶ月限定で3、4人動かしてプロモーションをしたり、場合によっては有料で媒体を買ったりしました。

 そのケースでは、MCAが実務を委託したところは、実は中規模のプロダクションなんです。20人くらいの規模のプロダクションって、大体自社レーベルを持っていたり、宣伝を専門にやっている方がいるじゃないですか。そこの方々はクラブミュージックのマーケットに強かったので、そのチームにお願いしたんです。彼らも外注でパブリシストの仕事だけを受けるのは初めてだったので、最初は検討期間が必要だったんですが、結果動いてくださって「やってよかった」とおっしゃってくださいました。

——それはいいですね。スタッフサイドの活性化にも繋がりますよね。

永田その通りです。MCAは第一義的にはミュージシャンに対するサービスをするんですが、実はフリーランスのスタッフを再編成するとか、活性化する潜在性も秘めていると考えていて、ボクの中ではそこが結構大きな隠れテーマだったりします。

 メジャーのレコード会社でも、例えば、ディストリビューションなんかは割と独立して機能させやすいところですから、インディーズを受託したりしていますよね。同じように、宣伝チームもパブリシストの組織として外に向かって活用していったら面白くなるんじゃないかなと考えています。そんな提案も今後していきたいですね。

——永田さんは既存のプロダクションシステムは続くとお考えですか?

永田はい、もちろんです。ボクらの仕事は、選択肢をもうひとつ作っているのだと考えています。今までのミュージシャンってプロダクションのことを客観的に見られなかったじゃないですか。ブラックボックスに見えるところが多かったのも事実ですし。だから客観視して理解し、判断するためにも、ものの見方を提示すれば、分かりやすくなるんじゃないかなと思っています。

——既存のシステムに入れなかった人たちは、手も足も出ないまま、他の選択肢がないから音楽を止めるしかなかった。そういう人たちに対して、既存のシステムには上手く入り込めなかったかもしれないけど、諦める必要はないし、やれる方法は他にもあるということですよね。

永田それがスタートラインですね。その上で、「このタイアップがどうしても欲しい」なんてときこそ、今の形を作られて来たプロダクションの方々の力を借りないとできないわけじゃないですか。逆に一人でやるというのはどういうことか、この本で分かってもらったら、それを続けるか、そういった政治・経済が欲しいときは初めて既存のシステムに行けばいいんですし、そういうことも含めて今までのプロダクション・システムも理解されるんじゃないかなと思います。

——この業界に長くいると、そんなことはみんな知っていて当たり前と思ってしまいがちですが、若いミュージシャンはそういった知識はないですものね。

永田見ていて悲しいなと思うのは、トラブルになって初めてそういうことって分かるんですよね。売れるまでに実はどれだけのお金がかかっているのか、バンドも分からないことが多いですしね。例えば、衣装や楽器、物販を保管するだけでもこれだけお金がかかる、ボイストレーニングにちょっと通わせてもらうだけでもこれだけかかっている、というようなことはバンド側には分からないです。しかも、普通のプロダクションのやり方ですと、最初に外からのお金を受け取るのはプロダクションですから、一度何かですれ違いが起こってしまうと、バンド側は疑心暗鬼になって……ということは往々にしてあるわけです。

——確かにそうですよね。でも、新しい方法論と共に既存のマネージメントについても多少でも理解できれば、活動の仕方も変わってくるでしょうし、音楽自体に集中できるような気がします。

永田それなりの方法でちゃんと音楽を続けて、作品を世の中に出していくのは今色々なやり方でできるんですよね。それが食い扶持になるかどうかというのは、これからみんな試行錯誤しなくてはいけませんが、音楽をそれぞれの方法で継続して、作品を色々なところに届けることは確かにやりやすくなっていますし、一昔前のように「プロかアマチュアか」という二元論じゃないわけで、本の帯には「日曜音楽家」なんてつけてもらっていますが、それぞれの人生の中で音楽と付き合っていくやり方を模索できる時代になっているのはすばらしいことです。

——現実の問題としては、一度メジャー契約を切られて、「今後の音楽活動をどうするのか?」という人たちだって、たくさんいるわけですよね。

永田実は何でも相談室に来られる方々でもそういう方が多いんですよ。そういう方々が頑張ってまた上がってくれば、シーンも活性化するじゃないですか。しかもそういう人たちも一度失敗して、何にも分からないままマネージメントを委ねていたときから較べたら、ものの見方が一つ大人になっているんですよね。

——この本は是非スタッフサイドの人たちにも読んでもらいたいですよね。

永田そうですね。制作にしろ宣伝にしろ、日常やることってある意味ではルーティンなわけですが、それが何のために、どこにベクトルを向けたものなのかということに関して、ミュージシャン、スタッフ両方の視点で考えるようになると、仕事がもっと円滑に進むんじゃないかなと思います。

——では、最後にこのインタビューを読まれている方にメッセージをお願いします。

永田みなさん良い音楽を作ってください。そして、次の段階に入ったときに、この本がきっかけになって、霧が晴れて気持ちよく活動ができるようになってもらえたら嬉しいですね。


FOCUS 永田純氏「次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル」

次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル
自分を作る・売る・守る!

著者:永田 純
定価:1,680 円(本体1,600円+税)
仕様:A5判/192ページ
発売日:2011.12.20
ISBN:9784845620241 


(2012年3月21日 公開)

(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也/山浦正彦)

本書は既存システムへのアンチではなく、様々な角度から物事を見つめることによって、現状の把握をしつつ、新たな可能性を探ります。制作環境はグッと身近・身軽になり、音楽制作に対するハードルは下がった印象がありますが、こと自分を売り出す・広めることに関しては、なかなか難しい部分があるのは確かだと思います。そんなときに本書はミュージシャン、あるいはスタッフにとって、大いなるヒントになるのではないでしょうか。そして、新しい技術を取り入れつつ、もう一度「原点」を見つめ直す姿勢こそ今一番必要なことなのではないかという永田さんの意見も心に残りました。『次世代ミュージシャンのためのセルフマネージメント・バイブル』、是非手に取ってみて下さい。

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