ライブ・エンタテイメント業界の働き方改革 — 課題と現状【後編】

インタビュー 特集

「働き方改革」諸法が2019年4月より施行となった。

この「働き方改革」は、多様な働き方を選択できる社会を実現し、労働者一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しており、大企業のみならず、ライブ・エンタテインメント業界の大多数を占める中小企業でも対応が必要となる。また、「働き方改革」は若手の人材育成にも繋がり、業界全体の体質改善を進めるものとして前向きな取り組みが求められる。

今回、コンサートプロモーターズ協会が発行した「労務管理ハンドブック」を企画した、ユリコンサルティング(同) 代表 石井由里氏をインタビューアーに迎え、執筆者である(株)ジャパンリスクソリューション 代表取締役社長 井上 泉氏に課題点や注意点を伺った。

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ライブ・エンタテイメント業界の働き方改革 — 課題と現状【前編】

 

労働基準監督署の調査

石井 : ここ最近、エンタテインメント業界の会社が労働基準監督署に是正勧告を受けるケースが増えてきました。実際、労基署に入られるとは具体的にどういうことなのか教えてください。

井上:まず、労基署の調査には3種類あります。

(1)労働基準監督署が調査対象会社を抽出する定期的調査(定期監督)
(2)内部告発や労働者からの相談により行われる調査(申告監督)
(3)以前調査、指導を行った会社での追跡調査(再監督)

(2)の「申告監督」は、労働条件に不満をもつ労働者や家族の申し出がきっかけとなる例が多いようです。

労基署が重点的に調査対象とするのは、①長時間労働が常態化、②社員との労働条件に関するトラブルが多発、③大きな労災事故が発生している等の会社と言われています。

また、労基署が指導するのは、「指導票」または「是正勧告」の2つの方法に依ります。「指導票」は法令違反とまでは言えないが労基署が問題と考えるときに、「是正勧告」は法令違反と認められる場合に交付されます。

いずれも法的な強制力はないものの、法令違反だと指摘されている以上、改善していかないと悪質と判断され、検察庁に告発される可能性もあります。

中でも目を付けられやすいのは残業時間です。勧告されてしまうと会社のイメージも悪くなり、また未払いの残業手当がある場合、それらの追加支給を求められます。金額的に大きくなれば、会社経営にも打撃となります。

 

何が調査の対象となるか

石井 : 特に中小企業は、労基署に普段なかなか馴染みがなく、漠然と恐れおののいています。労基署とはどのように付き合っていくべきか分からず不安が大きいと良く聞きます。実際のところ労基署はどのような部分をチェックするのでしょうか、ポイントを教えてください。

井上 : 労基署対応のみならず、労務管理のチェックポイントとして、最低限この10点は気をつけていただきたいです。

 ① 就業規則を作成し、従業員に周知し、労働基準監督署に届けているか
 ② 従業員の代表者を適切に定めているか
 ③ 36協定を締結し労働基準監督署に届け出ているか
 ④ 労働者名簿、賃金台帳、雇用契約書が作成され保管されているか
 ⑤ 時間外手当、休日手当、深夜手当等を正しく計算し支払っているか
 ⑥ 従業員全員について、労働時間を把握しているか
 ⑦ 従業員全員について、有給休暇の取得状況を把握しているか
 ⑧ 年1回従業員の健康診断を実施しているか
 ⑨ 異常な残業をしている従業員がいないか(月80時間以上)
 ⑩ みなし労働時間制、変形労働時間制を取っている場合、労使協定を締結しているか

①の就業規則は、10人以上の社員を雇っている場合は必ず作らなくてはなりませんが、作っていない中小企業も多いようです。作成しても金庫に保管されて社員はどこにあるのかわからないといった状況もだめで、就労規則を社員全員が知っているということも重要です。

②の従業員の代表者は、③の「36協定の締結」に直結することですが、労働組合がなければ、「労働者の過半数を代表する者」を定めることが必要です。経営者が適当に選んで36協定の内容の協議もなく押印させるという事例もあるようです。正しい方法で選出が行われていない場合、労基署に提出している書類が虚偽になってしまうため注意が必要です。

石井 : 「36協定」は社員がたとえ一人でも残業が発生する場合は締結が必要なのですよね?

井上 : そうです。「36協定」の意味は「1日8時間、週40時間」という原則を超えて残業させることができる根拠です。

④の「雇用契約書」に関しては、最近は労基署がよく確認をしているようです。雇用条件がどうなっているかを見ています。

⑩に関しては、労使協定の締結と労基署への届け出が必須となるので、改めて確認してみてください。

 

調査にどう対応するか

石井 : もし、労基署から調査が来た場合はどのように対処すればよいのでしょうか?

井上 : まず、正直に現状を見てもらうということです。労基署の調査が入って、虚偽の説明や文書・資料等の隠蔽をする経営者もいますが、そのような細工はすぐ見破られます。悪質と見なされ、最もまずい対応となります。

先に申し上げたように、社員の残業の実態は詳しく調べられます。パソコンのログ解析を行う、消去されたパソコンデータを復元する技術を持った監督官もおり、パソコンが起動していた時間と出勤簿等に記録されている残業時間との食い違いを指摘され、億単位の未払い残業手当の支払いが必要となるケースもありました。未払い残業手当は、最高2年までさかのぼる場合があります。

石井 : 提出を求められた資料や、ヒアリングの際には素直に実情を説明し、改善のための取り組み姿勢を見せることが大切、ということでしょうか。

井上 : そうです。出来ていないことは事実として認め、労基署の指摘をもとに、これからは適切に管理していくという姿勢が大切です。

 

「働き方改革」の意義を再確認する

石井 : エンタテインメント業界にも人材不足の波は確実に押し寄せて来ていて、経営者の方の嘆きの声も良く聞かれます。

井上 : 「働き方改革」は安倍内閣発足時から議論されていますが、日本の少子高齢化、労働人口の減少がますます進行する中、国力と労働生産性を維持するためには、労働条件や労働環境を一層整備して、働く人を増やしていかなければならないという発想があります。

この6年間で考えても、日本の人口は136万人減っています。このままいくと、2065年には3割減の8,808万人になることが予想されています。持てる人材を最大限に活用し、どう育てて活用するかが問われる時代になりました。国の政策としては、女性が更に活躍できる環境づくり、働く意欲のある高齢者、スキルをもった外国人の活用を推進しようとしています。「女性・高齢者・外国人」をいかに上手に取り込むかが問われています。

 

ライブ・エンタテイメント業界の働き方改革 — 課題と現状

 

ライブ・エンタテインメント業界が持続的に発展していくためには、今後とも社員の処遇への配慮、長時間労働の是正に加え、子育て・介護に対する理解、高齢者や外国人の活用など多様な働き方を可能にする環境づくりが不可決なのです。「働き方改革」を重荷としてではなく、業界と会社の発展を保障するバネとしてとらえ、労務管理全般の質的な向上に役立てていきたいものです。

石井 : 課題は多いですね・・・経営戦略として避けて通れない時代ということでしょうか。変化を受け入れることは簡単ではありませんが、自社の大事にしたいこと、個人が大事にしたいことを明確にする機会でもありますね。ピンチをチャンスに変えて行くことが出来たら、きっと業界全体の明るい未来につながる、そう信じたいです。

今日はどうもありがとうございました。

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