【全文掲載】1人で150億再生。ゴーストアーティストって何者?【榎本幹朗のMusicman大学#8】
榎本: Tamaさん、寝る時に音楽を聴いていますか?
MC Tama:いえ、聴いていないです。
榎本: 私は寝る時にめちゃめちゃ聴くんですよ。寝ている間が一番音楽を聴いている時間かもしれません。睡眠用のプレイリストですね。SpotifyやApple Musicに、睡眠用や集中用、リラックス用のプレイリストがあって。
MC Tama: 聴いていると心地よいですよね。
榎本: そうなんです。今日は寝る時の音楽について、非常に話題になった記事があります。「Spotify、ゴーストアーティストがプレイリストを支配」という記事なのですが。

MC Tama: ゴーストアーティスト?それはAIですか?
榎本: 人間です。
MC Tama: ゴーストライターと同じようなものですか?
榎本: ゴーストライターとは違います。ゴーストライターは、有名なアーティストの曲を実は別の人が作っていた、歌詞を書いていたというケースですね。ゴーストアーティストは、音楽サブスクの睡眠用やリラックス、フォーカスといったムード用プレイリストの曲を、いろいろなアーティスト名で大量に制作している人たちのことです。
MC Tama: では、一人で何個も名前を持っているということですか?
榎本: そうです。最も成功している人物にヨハン・レイヤーという人がいて、彼は650の名前を持っています。
MC Tama: 650は多すぎますね。
榎本: 2,700曲以上をSpotifyでリリースしています。これはスウェーデンのある新聞で報道されました。
MC Tama: 再生数はどれくらいですか?
榎本: 150億回です。
MC Tama: それはもうビッグアーティストと同じレベルですか?
榎本: 再生数ではブリトニー・スピアーズやビリー・アイリッシュ、ポスト・マローンと同じレベルです。
MC Tama: 安眠やリラックスの曲は、流しておくのにちょうどよいですよね。
榎本: 私も非常にお世話になっています。実は不眠症でして。
MC Tama: この人たちの存在が明らかになったのはなぜですか?
榎本: アメリカのジャーナリスト、リズ・ペリーさんが今年の初めに『ムードマシン』という本を出版しました。100人以上に取材し、Spotifyの元従業員やSpotifyの社内記録、Slackのメッセージなどを確認し、多くのミュージシャンとやり取りした内容をまとめた本です。
MC Tama: なぜそのような本を出版したのですか?
榎本: 最初はストリーミングについて本を書こうと考えていたそうです。2017年にあるインディーレーベルのオーナーから「空気中に神秘的な現象があるから調べてみたら」と言われ、調べ始めたところ、ゴーストアーティストという存在が分かってきたそうです。実は2017年頃から、Music Business Worldwideという音楽業界の英語メディアでゴーストアーティストについて記事になっていました。当時Spotifyは「そのようなことはしていない」と否定していましたが、最近この本が出た時には、何もコメントを出しませんでした。

MC Tama: ゴーストアーティストは違法ですか?それとも合法なのですか?
榎本: 合法です。ただ、リズ・ペリーさんは「150億再生もしているのに、アーティストにちゃんと支払っていないのではないか」とセンセーショナルに伝えました。これをアメリカのHarper’s Magazineという、日本で言えばリベラルな文藝春秋のような格の高い雑誌が抜粋して紹介したところ、「Spotifyがそんなことをやっているのか」と話題になりました。
MC Tama: 具体的に何をしたのですか?
榎本: Spotifyに「Perfect Fit Content」というプロジェクトがあるらしく、担当者が音楽プロダクションにムードミュージック、睡眠用やリラックス用の音楽などをどんどん納品するよう依頼していたそうです。そういったプロダクションには楽曲のストックがあります。シンセサイザーが鳴り続けるような音楽やアンビエント音楽などが大量にストックされているプロダクションがあり、そこから音楽をまとめて買い込んで、架空のアーティスト名をつけて再生させていたということです。
MC Tama: 寝る時に音楽を聴く人がそんなにいるというのは意外ですね。
榎本: Spotifyの創業者ダニエル・エックにとっても、最も驚いたことの一つだったそうです。寝る時に音楽を聴きたい人が多いというのは、実は隠れた大人気コンテンツだったのです。
MC Tama: 先ほどのヨハン・レイヤーさんのような人は儲けているのですか?
榎本: あまり儲かってはないようです。Spotifyはプロダクションに依頼して、すでにストックされている音楽を非常に安くまとめて買い取り、アーティストにどんどん制作してもらっているからです。本によると、印税がついている場合もあるそうですが、再生あたりの印税率も非常に低く設定されているようです。
MC Tama: 超人気コンテンツでスーパーアーティスト級なのに、少ししかお金が入っていないと。
榎本: それだけ売れているのなら、そのアーティストがビッグになってもよいのではないか、というのがリズ・ペリーさんの主張です。Spotifyからすると、有名なアーティストを並べなくてもよく、しかも買い取った音楽を並べておけば、再生されてもアーティストへの支払いが少なく済むということです。
MC Tama: そういう「Perfect Fit Content」というプロジェクトがあるのですね。
榎本: 繰り返しますがSpotifyは2017年にはそのようなものはないと否定しましたが、最近はノーコメントです。2017年にはなかったのかもしれませんし、最近はリズ・ペリーさんの取材通りにやっているのかもしれません。
MC Tama: SpotifyのPerfect Fit Contentは違法か合法かで言うと?

榎本: 合法です。
MC Tama: 生成AIとゴーストアーティストについてですが、これからゴーストアーティストの仕事もなくなっていくのではないかと思ったのですが。
榎本: なくならないと思います。ただ、ゴーストアーティストの皆さんが生成AIを活用するようにはなるでしょう。ある意味、仕事が楽になります。ギャラが低いのであれば、生成AIの活用も一つの選択肢かもしれません。これを「ひどい」と断じるほどかというと、正直、私は「そこまでかな?」と思います。もともとそういう音楽プロダクションがあって、使いやすい曲を集めてストックし、それを売るというビジネスモデルが存在していました。Spotifyが悪巧みをしたと言われると、少し違うのではないかと思います。
MC Tama: ゴーストアーティストは、1日で何曲ぐらい制作しているのですか?
榎本: 人によっては1時間で最大15曲制作する人もいるそうです。

MC Tama: 15曲ですか。
榎本: いずれにせよ、集中する時に聴くフォーカス用のプレイリストや、睡眠時の安眠用プレイリストでは、こういった隠れたアーティストの方々に非常にお世話になっているわけです。感謝の心は忘れないようにしたいと思います。
MC Tama: 確かに感謝ですね。ありがとうございました。
プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。Musicman編集長・作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。著書に「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DU BOOKS)。『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載。
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