第201回 株式会社阪神コンテンツリンク ビルボード事業本部 企画制作部長 長崎良太氏インタビュー【後半】

インタビュー リレーインタビュー

長崎良太氏

今回の「Musicman’s RELAY」は音楽&旅ライター/選曲家 栗本斉さんからのご紹介で、阪神コンテンツリンク ビルボード事業本部 企画制作部長 長崎良太さんのご登場です。大学在学中、ブルーノート大阪でのバイトから音楽業界のキャリアをスタートさせた長崎さんは、「招聘」という仕事の魅力に目覚め、ブルーノート名古屋の立ち上げに参加。ジャズを中心に多くのレジェンドアーティストをブッキングされます。

その後、2013年に阪神コンテンツリンクへ移籍。さらに幅広いジャンルのアーティストたちを洋邦問わず招聘し、Billboard Liveのブランディングに邁進。現在はBillboard Liveのブッキングをはじめとした企画制作全般を統括されています。そんな長崎さんに、やんちゃな街で育った少年時代から、大阪・名古屋時代のエピソードや現在のBillboard Liveにおけるお仕事まで、じっくり話を伺いました。

(インタビュアー:Musicman発行人 屋代卓也、山浦正彦 取材日:2023年2月21日)

 

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第201回 株式会社阪神コンテンツリンク ビルボード事業本部 企画制作部長 長崎良太氏インタビュー【前半】

 

「阪神が東京ミッドタウンでなにかやるならちょっと面白いかも」活躍の場をBillboard Liveへ

──ブルーノート名古屋ではブッキングはどのようにやっていたんですか?

長崎:ブルーノートって一番多いときで東京、大阪、名古屋、福岡、さらにはスピンアウトした業態でモーションブルー横浜があったんです。ですから各都市の責任者で、例えば「コーネル・デュプリーを呼びましょう」みたいなミーティングをしょっちゅうやっていました。ただ、そうやって同じアーティストをツアーさせるだけではスケジュールが埋まらないのと、中には「このアーティストは興行的に大阪では厳しい」とか「福岡では売れないからやれないかな」みたいな、バラつきが出てくるんです。

──そのミーティングというのは今だとオンラインでできますけど、当時は?

長崎:もっぱら電話ですね。メールだと送る側と読む側で時差がでるのであまり適してないんです。オファーする or しない、買う or 買わないの意思決定は競りみたいなもので即断即決が原則です。だからオンタイムで進行するのが基本で、それを何度もやっていました。今のようにコミュニケーションツールがあってオンラインで出来ていれば随分ラクだったでしょうね。

──お店ごとに経営母体は違うんですよね?

長崎:ええ。経営母体は違いました。だから細かい原価計算の部分で利害が出るんです。

──フランチャイズみたいなものですか?

長崎:そうです。フランチャイズはメリットが多い反面、難しい面も少しあります。良い面は、たとえば各都市の個性や多様性、スケールメリットなどです。外から見れば同じように見えるんでしょうけど、内部ではそれぞれの企業努力で運営しています。ツアーコストは按分するのですが、その負担割合によっては利害が発生しますからね。

例えば、あるアーティストを呼ぶとなったときも、いくらずつギャラを出すかとか。3都市でやるならば3分の1ずつ割るのが公平でいいんでしょうけど、東京は3日、福岡は2日、大阪は1日の場合はどうするか。日数や会場キャパシティを加味して割りましょうとか、そういう話になってくるんですよ。福岡だと東京から遠い分、交通費も膨らみますしね。1社単独で全国ツアーを組む場合には考えなくて済む都市間のコスト問題が細かく色々とあるのです。

──結構面倒臭いんですね。

長崎:「ローソンの競合はファミマではなく実は最寄りのローソン」みたいなことです(笑)。内部でのコンフリクトが出てくるんですよね。だから、そういうフランチャイズスタイルでやるには個人的に限界も感じていましたし、今から20年ぐらい前ってもっとフランチャイズしていこう、増やしていこう、という事業プランを立てていたのですが、1社単独でツアー組むならともかく、どうもうまくいかない、機能しないという・・・「やっぱり興行で大きく勝負できるのは東京・大阪だけでしょう?」というのは我々に限らずコンサート事業者みんな感じていたと思うんですよね。

ブルーノート名古屋はうまくいっていたんですが、そのビジネス構造的な限界みたいなものも同時に感じ始めていて、5年後・10年後のプランを漠然と考えていたときに転職を決意しました。

──転職に際して、お声がけは結構あったんですか?

長崎:そうですね。10年もやっていると全国のつながりができましたし、「うちに来ない?」っていろいろ誘ってもらっていたんですが、「興味はあるけどそのうち」みたいなことを言いつつ、ずっとのらりくらりしていたんですが、すごく熱心に口説いてくださる方が当時何人かいて、そのなかのひとつがBillboard Liveだったんです。

──長崎さんのような仕事ができる人って多くなさそうですし、来て欲しいところは多かったんでしょうね。

長崎:そんな大袈裟なことはないですが、10数年前はCDがサブスク化してみんなライブに比重を置くようになった転換期じゃないですか。当時はライブをブッキングできる、ライブを制作できる人って結構ニーズがあって、各社そういう人材を探していたとは感じます。フェスの数もうなぎ登りで増えていって需要に供給が追い付かない状況だったんだと思います。

──ということはタイミング的に東京に移ってよかったなということですよね。

長崎:正直、僕自身全国どこでもよかったんですが、「阪神が東京でやるなら」という気持ちはあったかもしれないですね。「阪神が東京のど真ん中であるミッドタウンでなにかやるなら面白いかも」というのが決め手でした。

──長崎さんは大阪、名古屋、東京という3つの街で音楽の仕事をされてきたわけですが、やはり違いますか?

長崎:東京は何かアクションをしたときのレスポンスが地方のそれとはまったく違います。例えば、自分の渾身の企画を発表したとしても、大阪や名古屋で発表したときって、一部の人がザワザワってなるだけなんです。でも、東京で発表するとワッって反応があるんですよね。SNS時代の今はさらにそれが可視化されます。

──それって単純に住んでいる人数が多いからですか?

長崎:それもそうですし、やはり感度が高い人の絶対数が多いんじゃないですかね。いろいろな情報に触れる機会やその頻度の差は根本にあると思います。美術館や映画館も多いですし、イベントの数は世界でも有数の水準です。可処分所得も高いですしね。それは今ミッドタウンという東京都港区のど真ん中でビジネスをやっていて、ものすごく感じる部分ですね。

 

入社一発目の大仕事だったバート・バカラック来日公演

──Billboard Liveへ移られて、当然ブルーノートのときとはブッキングするアーティストも変わってくるわけですよね?

長崎:そうですね。ブルーノートは“ジャズ”というキーワードがあったので、呼ぶアーティストもハービー・ハンコック、チック・コリアといったジャズの巨匠が多かったですが、Billboard Liveになると、どちらかというともう少しポップ寄りというか、ジャンルが広がりますよね。

自分が企画した中で特に思い入れのある公演は、沖野修也さんとやったMONDO GROSSOのThe European Expedition再現ライブ(2016年)と、LDHの関佳裕さん&清水イチローさん&VERBALさんとやったm-floのLISAさん復帰ライブ(2018年)ですね。

あとは何といっても、バート・バカラックです。2013年10月に阪神コンテンツリンクに入社して、大きな仕事の一発目が2014年のバート・バカラックだったんです。バカラックはずっと大好きで、それこそ子どものころから聴いている音楽家ですし、どうしても呼びたいと思っていました。それで2014年4月に呼ぶことになるんです。

──あのバカラック来日は長崎さんの企画だったんですね。

長崎:2014年はそうです。Billboard Liveだけではコストが重くて、当時プロマックスの海野元良さんと組んで、プロマックスさんはコンサートホールでオーケストラと一緒にやり、うちはBillboard Liveでバンドだけで2日間やるから、そのコストをシェアしましょうという提案をして実現させました。それは未だに忘れられない記憶ですね。海野さんとはずっと矢野顕子さんのお仕事で付き合いも長く、すごく信頼していたからこそ上手くいったと思います。

── 一発目がバカラックというのはすごいですね(笑)。

長崎:バカラックは素晴らしいパフォーマンスをしてくれて、その後2020年にBillboard Live YOKOHAMAを開業するんですが、そのこけら落とし公演で再びバート・バカラックを呼ぶことが決まっていたんです。発表もしていました。ただ、ちょうどコロナの入り口だったんですよね。2020年1月は「なんか武漢でどうこう言っているな」ぐらいにしか思っていなかったんですが、2020年4月のBillboard Live YOKOHAMAこけら落とし公演に影響出るかもしれないとザワザワし始めたのが2020年2月末頃でした。

──ドンピシャですね。

長崎:ドンピシャなんですよ。それで、いよいよジャッジしないといけないというときにバカラックサイドに連絡して「延期にしましょう」と。バカラックはその時すでに90、91歳ぐらいでしたから、健康のことを考えるとリスクをとるわけにもいかないですしね。

──当時バカラックはコロナの知識は持っていました?

長崎:まだほとんどのアーティストがピンときてなかったですね。どのぐらいリスクがあるかというのは、お互いに見通せなかったという感じでした。その後、度々トライしたのですがその願いも叶わないまま、つい先日、亡くなってしまいました。

──2014年の来日公演はいかがでしたか?バカラックがピアノを弾いて歌ったんですか?

長崎:そうです。ホーン隊や弦もいて、ものすごく豪華なバンドで来てくれました。本人ももちろん歌いますし、すばらしいコーラス隊も3人いるし、もうショーとしてパーフェクトですよね。近しい映像がYouTubeで見れますよ。2008年のBBC Promsの映像です。「A House Is Not a Home」は一番のハイライトで、これはもう涙なしには見れません。今後、彼のような作曲家ってもう生まれないだろうと思いますし、彼と一緒に過ごした時間の尊さを感じています。

──バカラックとは何日間ぐらい一緒だったんですか?

長崎:1週間ぐらいですかね。バカラック本人も「こんな切手みたいな小さなステージでやったことない」ってウチのスタッフに言ってたそうです(笑)。嫌味なのか冗談なのかよくわからないですけど。

──そう考えると、よく来てくれましたよね。

長崎:バカラックはお金を出せば来る大物じゃなくて、僕らの気持ちが大切というか、お金じゃない部分で来てくれたと信じています。それでもチケット代は2万8千円くらいになってしまったんですが、会場キャパと希少性を考えると妥当かなと思います。

 

最終的なジャッジはライブがいいかどうかだけ

──東京に移ってきて、10年経つとやりたいことはほぼやりきったという感じになっているんですか?

長崎:いや、そんなことは全然ないですね。この10年で音楽業界もガラッと変わりましたし、やはり時代のほうが少し先を歩いていて、そこに追いつかないとダメだという意識のほうが強いかもしれないです。同じことの繰り返しをしているとどんどん衰退してしまうという危機感も常にあります。

我々は組織でやっているので、どうしても仕組み化したり、ルール化したりして業務を一定の枠組みにハメようとします。業務効率は上がる一方で、手段が目的化したり、本来の目的を見失うことがあります。そういう時にはシンプルに目的を可視化して軌道修正するよう意識しています。みんなは「ガミガミうるさい」と思ってると思いますけど(笑)。音楽の聴き方も変わっていますし、昔のようにアルバムを出してリリースツアーをしてみたいな、そういう組み立てだけではもう成り立たない時代ですからね。柔軟な発想を尊重しますし、クリエイティビティを1番大切にしています。

──この10年間でBillboard Liveでのライブ自体もだいぶ変化しているんですか?

長崎:変えなければいけないコトと、変えてはいけないコト、これはものすごく慎重にバランスをとっています。1日2回公演の入れ替え制という基本線は変わらないんですが、会場の設備で言うとインターネットでのチケット購入からスマホでの「スマート入場システム」、会場での精算は「QR決済」に対応しています。例えば、ショーのアンコールの合間にササっと精算を済ませてスムーズに帰路につく、こんなことが出来るんです。

あとは、Live Streamingですね。有料配信をやると、沖縄や北海道の方々も観てくれるわけです。ですから、今までは300席のキャパを売り切ったらもうそれ以上の販売機会はなかったんですが、配信をやるとそれこそ青天井に観てくれるので、そういう意味ではテクノロジーの進化を感じますし、恩恵を受けています。今後そういうことがどんどん加速していくのかなと思います。配信についてはこれまで放送局の専売特許だったものが自由化された、そう理解しています。

──Billboard Liveにとっては配信というのは追い風だと。

長崎:追い風ですね。特にコロナの間は、そこが生命線でした。興行をやるなとか客をたくさん入れるなみたいになっていたので、配信でいかに稼ぐかみたいなところをコロナの3年間は徹底的にやりました。

──Billboard Liveで一番感心するのは、ブッキングするアーティストの幅広さと言いますか「こんなに渋い人も呼ぶんだ」って思うときもあるんです。そういう幅広い音楽的な知識というのは長崎さんが担っているんですか?

長崎:僕を含めた8名体制のブッキングチームでやっています。あとは僕の上司でBillboard事業の執行役員をやっている坂本大というのがいまして、坂本がとんでもなく知識を持っているんです。僕はジャンルによってはマニアックなんですけど、坂本は全ジャンル深いんです(笑)。

──全てに深いってすごいですね(笑)。

長崎:とにかく生き字引みたいな人で、アタック25でもし音楽のクイズ合戦だったら25枚全部めくって優勝すると思います(笑) 。僕自身は人一倍音楽に詳しいかというとそうでもないと思っていて、どちらかというとビジネスの方が得意です。会社のリソースをフル活用して利益を最大化するのが自分の役割であり、優位性がある部分かなと思います。その部分では誰にも負けない自信があります。そういう意味ではチームのみんなと棲み分けできているんですかね。

──ただ、どんなに素晴らしいアーティストを呼んできても、チケットを売ることは大変ですし、ビジネスにすることってとても重要だと思います。

長崎:僕はプロモーションも見ているので、このアーティストをどこにどうやって届けるか考えるわけですが、例えばダン・ペンが好きな人はこの辺にいると読んでプロモーションしないと届かないんですよね。仮説と検証です。

──確かにダン・ペンのような渋いアーティストのプロモーションって難しそうですよね。そういったアーティストを持ってくるのもすごいですが。

長崎:(笑)。あとダニー・クーチとかね。僕らは「ミュージシャン’sミュージシャン」を積極的に呼んでいるので、アーティストウケがいいんですよね。マニアックな公演を発表したらスグにアーティストや事務所関係者から電話が掛かってきます。「チケットよろしく」みたいな。ドラムの沼澤尚さんとか、スガシカオさんとかレスポンス早いですよ(笑)発表したら即きます。エイベックスの若泉久央さんもブラックミュージック即反応です。そういう反応はとても嬉しいですね。

──ライブの告知はまず会員に告知されるわけですか?

長崎:そうですね。このご時世、発表するとまたたく間に拡散するので、会員だけに優位性を持たせるのはなかなか難しいのですが、事業の根幹は会員ビジネスなのは間違いありません。会員をいかに増やして、その会員に対していかにいいコンテンツを届けていくかというところが、事業のベースですよね。おかげさまで今5万人ぐらい会員がいらっしゃいます。

──正直ネタは尽きないですよね。

長崎:ネタは尽きないですね。あと毎年定期的にやるものと、それこそ何年かに1回「ポール・スタンレーやります」とか「ダニエル・ラノワやります」みたいな隠し玉とのバランスをいかにとるかがブランディングにとっては重要になってきます。

──正直、いつ亡くなってもおかしくないレジェンドたちってたくさんいますから「早く呼んでくれ」って思ってしまうんですよね。

長崎:僕らもその危機感はあります。レジェンドと言われている人たちと若い人って売れ方が違うんですよね。若い人って今年武道館でライブができても、ヒット、トレンドが継続しないケースもあって、次の年になるとまた新たなトレンドが生まれて、と消費サイクルが昔に比べて早いですよね。だからタイミングが重要なんです。早すぎても遅すぎてもうまくいかないので、オファーするタイミングには独自のポリシーがあります。

一方で、レジェンドの人って別に今年呼んでも来年呼んでもほぼ変わらないんですよね。アーティスト側がその気になってくれるかどうか、何年もかけてその気になってもらうようなアプローチを心掛けています。ですから「不変の呼びたいリスト100選」みたいなのは常にありつつ、若い人は勢いあるタイミングで呼びたいのでリストは目まぐるしく変わります。その兼ね合いがすごく難しいですね。

──流行の先端を追うような攻めたブッキングと、Billboard Liveのブランディングに則ったブッキングのバランスはどのようにとっているんですか?

長崎:これは原理原則なんですが、ライブがいいことに尽きるんですよね。熱心に売り込まれたり、エージェントとの交渉でどうしてもやらなきゃいけないとか、いろいろあるんですが、最終的なジャッジはやっぱりライブがいいかどうかだけです。

──そこの軸はブレずにしっかりしていると。

長崎:ええ。本当にそういう本質の部分なんですよね。それを僕らもはっきり言いますし、そこは譲れません。ですから、それをわかってもらう、理解してもらうまでしっかり議論をするようにしています。大げさに言うと、買う側の自由と割り切っています。どの商品を買うか、どの商品に何の価値を評価するかは買う側の意思であり、売る側が決めるわけじゃないというところは、ジャッジの原理原則として常に心の中に強く持っています。

──なるほど。

長崎:そこに対して僕は権限を持たせてもらっているのと、会社がその基準に対して理解があるので、この15年Billboard Liveというブランディングをしっかり立ててこられたのかなと思っています。

 

阪神というバックボーンがあるからこそ冒険できる

──例えば、無名で「大丈夫かな?」と思っている人なのに蓋を開けたら入っちゃう、逆に結構有名で「これは入るだろう」と思っていたのに「あれ?」というときもありますよね。

長崎:ありますね。当然、人気のある人はみんな狙いますし、観たい人が多ければ多いほど値段は吊り上がるじゃないですか。我々は小箱だからそんなにお金も積めないですし、マネーゲームになると大体負けるんですよ。ですからマネーゲームをする気はなくて、目を付けるのはみんなが欲しがるものではなくて、少しニッチなものとか、わかる人だけにわかる人とか、そういうブッキングになってくるんですよね。

──要するに1,000人ぐらいのファンがいればしっかり成り立つと。

長崎:極端な話、東京に200人ファンがいて、クオリティが高いものだったら呼ぶと思います。それぐらいの覚悟もありますし、それを許してくれる懐の深さは阪神というバックボーンがあるからこそだと思います。

──安心して事業ができますよね。

長崎:安定した事業基盤のもとに興行ができるので、冒険もできるんですよね。あと短期的な収益だけじゃなくて、中長期のブランディングができるのは、やっぱりファイナンスの部分が大きいと思います。かといって、赤字は絶対に許されません。とてもシビアに収益は求められますが、最終的に年度予算の帳尻を合わせればいいみたいな大らかさはありますね。

──現在は洋邦問わずやっているわけですよね。

長崎:今は本当にフィフティフィフティです。

──邦楽ならではの大変なことってありますか?

長崎:ビッグアーティストをどれだけブッキングできるか、みたいなことが世間的な評価にはなるんですが、ブッカー個人としての達成感はまた違ったところにある気がします。名前の大きさよりは、企画性の方が大切だったり、そこに行き着くまでのストーリーがあったり、世代を超えたコラボレーションを実現させたり、休止していたバンドの復活をやったり。Billboard Liveはちょうど15周年なんですが、10周年記念には桑田佳祐さんにご出演頂き、15周年記念にはREBECCAをブッキングしました。

横浜のこけら落とし公演はMISIAさんが引き受けてくださいまして、コロナ禍まっただ中でしたが、マスクを着けて歌うという、彼女なりのアンチテーゼには心を打たれましたね。横浜の1周年には吉井和哉さん、2周年には秦基博さんがステージを飾ってくださいました。

──ちなみに今の日本って若い人が洋楽を聴かないじゃないですか?そのことについてはどうお考えですか?

長崎:本当は若い人にも洋楽を聴いてもらえるように啓蒙して、プロモーションして、やらないといけないんでしょうけどね。うちもお歳を召してライブに来なくなった70代の方とか、都会での音楽鑑賞から引退していく数だけ若い人が下から入ってきているかというとそうではないので、そこはちょっとシュリンクしている部分ですね。人口減少と少子高齢化は避けて通れない切実な問題です。ただ、悪いことばかりではなく、インターネットやSNSの発達でオンライン上の国境がなくなりつつありますよね。音源にとってはグローバルに打って出る最高の環境と言えると思います。

──そこを邦楽のアーティストで賄うと。

長崎:構造的にはそうですね。ただ、洋楽・邦楽とあまり意識はしていないです。ちょうど僕の世代が境目かもしれないですけど、僕より上の世代って人生と音楽がすごく密接だったと思うんです。国民的○○とかミリオンセラーとかが物語ってますよね。でも、若い子はそれがまるでないんですよね。なんかもっと刹那的というか、好きなものがコロコロ変わるイメージですね。「このアーティストとともに人生を生きています」みたいな感覚がないですね。価値観が多様化しているので当たり前といえば当たり前なのですが。

 

「音楽はトレンドの最先端」という自負を復活させたい

──長崎さんは六本木も横浜もブッキングの総責任者ということですよね。それって大変じゃないですか?

長崎:そうですね。例えば、横浜って人口こそ300万人(注:2022年1月1日時点で377万人)と多いんですが、すごく都会なのは都心の一部だけだったりして興行的にはなかなか難しい街なんですよね。興行の市場規模は周辺の人口に比例します。

ひと昔前は「東京を10としたとき大阪6、名古屋4」とよく言われていました。僕は名古屋を経験しているので横浜と名古屋は市場が似ていると思うんです。生活をするのには困らないんですけど、基本的に自分たちのことを都会と思っていないっていう(笑)。やっぱり東京都港区とは決定的に違うんですよね。

──なるほど。

長崎:会員ビジネスのもう一つの柱として、接待利用とかBtoBで法人営業したりもしているんですが、大阪は本社のおひざ元ということもあり営業力が強いんです。例えば、お客さんが年間10万人来るとしたらその4分の1ぐらいは営業チームが抱えているお客さんなんです。大阪には北新地もありますし、同伴のお客さんもいて、それなりに組織票があります。東京は港区のド真ん中にあって、人口も多いし個人のお客さんがしっかり来るわけです。

でも、横浜って統計上は大阪と市場規模がほぼ同じなので、大阪的なスキームを確立しないと立ち行かないんです。コロナで少し足踏みしましたが、今まさにそこの営業活動にもっとも力を入れています。

──そのコロナも今年になってようやく落ち着いてきたかと思うんですが、過去の約3年間はそういった活動ができなかったと。

長崎:ええ。コロナの直前が会社的には過去最高益で、満を持しての横浜開業だったもので「ここからさらに伸びるぞ!」とみんなイケイケだったんですが、そこから本当に谷底に落ちたような感じでしたね。結構カオスでした。来年どうなるかわからない、再来年どうなるかわからない、もう音楽業界もろとも吹っ飛ぶんじゃないか?みたいなところまでみんな覚悟していたと思うんです。それは僕らだけじゃなくて音楽業界みなさんそうでしょうけど。

──本当にそうですよ。

長崎:だからもう助成金という助成金を調べて尽くしてほぼ全部出しました。幸い興行がないのでスタッフも時間がありましたし、総動員して申請書をたくさん書いてもらいましたね。

──やれることは全てやったと。

長崎:その恩恵はそれなりにあって、なんとかこの3年は耐え忍びました。今まで助成金とか気にもしていませんでしたが、そういう制度があってそれがセーフティネットになっているんだと分かったり、助成金をうまく使えばすごくいいアーティストを呼べたりとかするので、そういう学びになったと思います。

──この2023年度はフルブッキング状態に戻るんですか?

長崎:そうですね。キャパ制限の縛りもないですし、フルになると思いますが、ここにきてドルがすごく高いじゃないですか。ですから外国人アーティストはコスト的に結構厳しいかなとは思っています。加えてアメリカって今インフレですからね。

うちも社員を何人かアメリカに置いているので、100万円が向こうに持っていったらいくらになるかという物価指数を定期的に出しているんですが、例えば、東京とロサンゼルスだったら8パーセントぐらい向こうのほうが高いです。日本で100円で買えるものが108円するような感じですから、アーティストも同じようになっているんですよね。

向こうは仕事がありますから、需要と供給で高騰していて、昔だと1万ドルで呼べていたアーティストが今2万ドルぐらいするみたいな状況になっています。さらにそこに上乗せでドルが高いですからね。

──航空券、ホテルとかそういうのも全て髙い?

長崎:もう全部です。特に航空券に関しては、コロナで飛行機の便を減らしたでしょう?あれは当分 元に戻らないそうで、うちも来年度の予算立てがありますから各エアラインの責任者を会社に呼んで話を聞いたら「正直、便数を減らしたほうが儲かる」って言うんです。社員を解雇して、飛行機の便数を減らして、今までリースしていた飛行機も返して、すごくコストが安くなったから利益率が上がったと。

──そのほうがよくなっちゃったわけですね。

長崎:少ない便に高いお金でみんな集中して乗るから、効率よく席が埋まって、常に満席で飛ぶと。いまさら雇用も元に戻せないし、「やっぱり雇うから戻ってきて」って言っても戻ってこられないらしくて「当分、航空業界はこのままだと思います」と伝えられました。

──うーん・・・そうなると海外旅行も高いままですね。

長崎:確実に高いままでしょうね。ですから、みんなコスト高に苦しんでいますよね。サマソニとかフジロックとか1年に1回ドンとやる分にはある程度お金を積むんでしょうけど、コスト高は利益を喰いますからね。増収策に知恵を絞らないとなりません。そこは腕の見せどころだと思います。

──長崎さんの今後の個人的な目標はなんですか?

長崎:さきほども申し上げた通り、音楽を取り巻く環境が結構ガラッと変わっていて、次の10年ってさらに劇的に変わっていくと思うんです。昔は音楽って時代の最先端という自負があったと思うんですが、今、特に日本ではそうではなくなっているような気がするんです。ですから、次の10年で「音楽はトレンドの最先端」という自負を復活させたいなとは思いますね。

──なるほど。ところで、Billboardチャート等は日々チェックされているんですか?

長崎:ええ。音楽は人一倍聴くようにしています。一説によると人間は30歳以降、新しい音楽を聴かないようになるという統計があるみたいですが、職業柄そこは新しいものを聴くようにしています。

──最後になりますが、音楽業界で働きたいと思っている若き日の長崎さんみたいな人たちになにかアドバイスはありますか?

長崎:とにかく飛び込んでみよう、ですかね。飛び込んだら飛び込んだで大変だと思うんですけど、エネルギー全開でがむしゃらにできるかどうかによって数年後、差がつくのかなと思いますね。

──とにかく飛び込んで働いてみろと。

長崎:エンタメですから、常に楽しいことを考えていて、他人を喜ばせるのが好きなGiverタイプの人は適性がありますね。他人を喜ばせる、満足させるのはすごくエネルギーの要ることです。「なにを・どうやって」という綿密な作戦も必要ですし、付け焼き刃では満足させることは出来ません。

例えるなら、初めて薔薇のブーケを贈る演出が上手くいけばエンタメですが、それを型にハメた時点で予定調和になってしまいますよね。その「なにを・どうやって」のバリエーション、つまりアイディアのアウトプットはインプットの質と量がモノを言います。生き様が出るんです。むしろ生き様しか出ないというか。平凡なヒトよりは、奇想天外なヒトが向いているでしょうね。「普通からの距離」がエンタメとしての価値を生むからです。アーティストでも裏方でもエネルギーに満ちあふれた方に飛び込んできてほしいなと思います。

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