誰でも等しく音楽やカラオケを楽しめるサービスを目指す 〜シンクパワーのiOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」ユニバーサルデザイン対応について訊く

インタビュー スペシャルインタビュー

誰でも等しく音楽やカラオケを楽しめるサービスを目指す 〜シンクパワーのiOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」ユニバーサルデザイン対応について訊く
左よりシンクパワー 代表取締役社長 冨田雅和氏、河内勇樹氏

同期歌詞データサービスを展開するシンクパワーが、11月1日、iOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」のユニバーサルデザイン対応を行ったことを発表した。

「OTO-Mii」は音楽を聴かせるだけでその曲名やアーティスト名を特定してくれる楽曲認識機能と、その特定した楽曲の歌詞や関連情報が見られるアプリ。このアプリがユニバーサルデザイン対応を行ったキッカケは、視覚障害を持つ方からの問い合わせだったという。

楽曲認識や歌詞などの音楽情報についてユニバーサルデザイン対応が、どのようなシーンで必要だったのか、どのような対応を行ったのか、視覚障害のある人が音楽を楽しむ上でどんな不便を感じているのか、シンクパワー 代表取締役社長 冨田雅和氏と、同社に問い合わせを行った視覚障害を持つ河内勇樹氏に話を伺った。

ーー河内さんは視覚障害があるとのことですが、全く見えないのでしょうか?

河内:私は弱視で、0.02ほど視力があります。ルーペを使ったり拡大したりすれば、ゆっくりですが文字を読むこともできます。

ーー音楽の歌詞に対して、普段からどのような不便さを感じていらっしゃいましたか?

河内:私は中学・高校と盲学校に通っていたのですが、みんなでカラオケに行く時、文化祭で歌の練習をする時など、様々な場面で不便を感じてきました。中でも、初めてカラオケに行った時は大変でした。画面の文字を見ながら唄うことが難しいので、歌詞は暗記しておかないと唄うことができないんです。当時私はレパートリーが少なかったので、途中からは画面の前に張り付いて、少ない視力で歌詞を読もうと頑張りました。それでも読む速度が曲に追いつかなくて、あまり唄えませんでした。目もかなり疲れてしまいました。

誰でも等しく音楽やカラオケを楽しめるサービスを目指す 〜シンクパワーのiOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」ユニバーサルデザイン対応について訊くーーその覚えなくてはいけない歌詞はどうされているんですか?

河内:ITの進化と皆の苦労でのりきっています。ネットで調べた歌詞を各自で点字に変換しておいたものを持参するという人は多いです。ですが、これらの方法では曲に合わせて歌詞が進むことはないので、途中で今どこを唄っているのか見失ってしまうことがよくあります。とくに新しい曲を練習する時は大変です。それに点字を修得するのはとても大変なので、これを十分な速度で読める人は視覚障害者の中でも決して多くはありません。

ーーでは、視覚障害のあるかたが皆等しく得られる情報源は「音」になるんですね。

河内:その通りです。ケータイ、特に最近はiPhoneの音声読み上げ機能で歌詞を読む方法を使っている人もいます。ですが、点字以上に操作の失敗が多くて、やはりどこを唄っているか分からなくなってしまうことが多かったんです。

ーーでは、シンクパワーに対してどのようなことを期待して問い合わせされたんですか?

河内:先ほども申し上げましたが、視覚障害者がカラオケを楽しむ時の大きな壁として、どうやっても読んでいる歌詞が曲とずれてしまうという問題がありました。シンクパワーさんは、単なる文字情報の歌詞データだけではなく、歌唱の時間情報を持つ同期歌詞データを作成しているということを知ったので、その同期歌詞データを活用して歌詞を歌唱に合わせて読み上げる仕組みを作れないかなと思ったんです。

ーーなるほど。冨田さんにお伺いしたいのですが、この同期歌詞データとはどんなものなのでしょうか?

冨田:同期歌詞データとは、歌詞のテキスト情報に、実際の歌唱の時間情報を埋め込んだデータになります。シンクパワーが提供するSDK(ソフトウェア開発キット)を導入したアプリで音楽を再生すると、曲名やアーティスト名、音楽の再生時間情報から同期歌詞データベースを検索にいき、一瞬でその曲の同期歌詞データを画面に表示することができます。そして、表示された歌詞は、カラオケのように音楽に同期して流れる仕組みです。

ーー同期歌詞データはどのように作成しているのでしょうか?

冨田:シンクパワー社内の熟練メンバーが音楽を1曲1曲聴きながら手動で同期時間情報を登録しています。加えて、ユーザーにも同期歌詞作成用のアプリ「プチリリメーカー」を公開していますので、ユーザーからも歌詞データが投稿されています。現在の全歌詞データ数は270万件超え、その中でも同期時間情報を持つ同期歌詞データは72万件にも及びます。

ーー1曲1曲手作りなんですか?

冨田:生成自動化の研究は長年行ってきていますが、精度の重要性を考えると、現時点では熟練メンバーによる手作りの方が、正確かつ効率的です。

ーー河内さんから問い合わせがあった時、どのように思われましたか?

冨田:正直に申しまして、河内さんからのお問い合わせがあるまで、そのような視覚障害者の方々からのニーズがあることは思いつきもしませんでした。ただ、河内さんとのお話を通して、我々は多くの同期歌詞データを持っていますので、このニーズに応えるのに最適なソリューションを提供できると確信しました。

ーーシンクパワーは同期歌詞が表示されるアプリをいくつかリリースしていますが、その中で「OTO-Mii」を選んだのはなぜですか?

iOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」

iOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」

冨田:実は、すでに自分のスマホの中に入れている音楽を使ってカラオケが出来る「プチカラ」というアプリがあり、このアプリを活用することも考えたんですが、「プチカラ」ですと、カラオケができる曲は自分のスマホに入っている音楽に限定されてしまうんですね。対して「OTO-Mii」は次の3つの点で視覚障害を持つ方々のカラオケニーズに応えられると考えました。

1つ目は音楽認識機能です。これは、シンクパワーが日本総代理店を担っている中国のACRCloud(エーシーアールクラウド)社の音楽認識技術を使っています。これですと、自分のスマホに入っていない曲、例えば、街頭やTV、ラジオから流れてくる曲を「OTO-Mii」に聴かせるだけで、その曲名やアーティスト名を特定してくれます。加えて、ACRCloud社の楽曲認識は鼻歌でも可能で、自分が唄いたい曲を「フンフン~♪」と鼻歌で唄うだけでも楽曲を特定してくれるので、唄いたい曲をテキスト入力して検索する必要がないんですね。

2つ目は、この音楽認識の結果にシンクパワーの歌詞データが連携しているので、楽曲認識後はすぐその曲の歌詞が表示されます。つまり、音楽を「OTO-Mii」に聴かせるだけで、曲名やアーティスト名だけでなく、その曲の歌詞までカラオケのように色変わりして表示してくれます。

そして、3つ目はすでに「OTO-Mii」が、エクシングのJOYSOUNDカラオケ予約「キョクナビ」アプリと連携していることです。「キョクナビ」はカラオケ店舗の「JOYSOUND」機器のリモコンアプリで、唄いたい曲を予約することができます。「OTO-Mii」で楽曲を特定した後、そのまま「キョクナビ」とのアプリ連携を使って、カラオケ店舗で唄いたい曲を予約することができます。

つまり「OTO-Mii」を使うことで、「歌いたい曲をテキスト入力して検索する必要がなく、楽曲認識で特定した曲をすぐにカラオケ予約する」という流れでの利用ができるんです。

ーーその「OTO-Mii」に、ユニバーサルデザイン対応として今回どのような機能を追加したんでしょうか?

冨田:河内さんと初めてお会いした時、河内さんが特定曲で「歌詞を実際の歌唱より若干早めに読み上げる」デモデータを作って持ってきてくださったんです。

実はこのような歌詞の先読み機能は、先に説明した「プチカラ」にすでにあるんですが、この河内さんのデモを見て「OTO-Mii」にこの「歌詞先読み機能」を追加するだけで、自分が持っていない曲でも、歌詞を見なくてもカラオケができるんじゃないかと。「OTO-Mii」に唄いたい曲を聴かせ、特定された楽曲を「キョクナビ」連携機能を使ってカラオケ予約し、歌詞は「OTO-Mii」が歌唱より若干早いタイミングで読み上げるのをガイドにして唄う、という一連の流れができあがるのではないかと。

しかも、この「OTO-Mii」の利点は、聴かせた音楽の再生箇所まで特定することなんです。曲の途中から聴かせても、その聴かせた箇所から歌詞が同期して読み上げすることができるんです。

ーー先ほど河内さんがデモデータを持参されたとお伺いしましたが、その他にこの機能追加に際して、河内さんはどのような関わり方をされたんでしょうか?

河内:まずシンクパワーさんが、既に歌詞先読み機能を開発済みだったことに驚きました。 そしてその機能の「OTO-Mii」への搭載案が来たので、視覚障害者視点で他にも追加してほしい細かい機能を提案したり、機能追加されたテストアプリを使って評価をしたり、いくつかの点字ディスプレイへの出力テストを実施したりしました。

冨田:河内さんからの意見は非常に助かりました。普段、自分たちが当たり前のように使っている機能が実は視覚障害を持つ方には使えないものだったり、見え辛かったりしていることは実際に困っている方から指摘されないと気がつかないもので、非常に勉強になりました。

ーー河内さんは他にも追加してほしい機能を提案したとのことですが、例えばどんな機能でしょうか?

河内:私を含め、弱視者には、白画面に黒い文字より、黒画面に白い文字、いわゆるダークモードの方が見えやすいという人が多いので、「OTO-Mii」にはこのダークモードにも対応してもらいました。また、iOS標準の機能で「ボイスオーバー」という機能があります。画面に触れるとその箇所に記載されている文字やボタンなどの情報を読み上げてくれる機能ですが、このボイスオーバー機能を使用した時、アプリ側に正しい読み情報が登録されていないと、ボタンの名称や機能を正しく読み上げてくれず、どんな機能のボタンなのかが分からないんです。ですから「OTO-Mii」ではこの読み上げ情報登録にも対応してもらいました。

冨田:また、表示される歌詞の文字サイズも見やすく大きくできるよう、自由にサイズ変更できる機能も追加しました。その他に、例えば、閉じるボタンの位置を左上に統一して、画面によって操作ボタンの位置が変わるようなことがないようにするなど、細かい対応も行いました。

ーーユニバーサルデザイン対応を行った「OTO-Mii」で実際にカラオケが楽しめるようになりましたか?

河内:はい。デモ版のアプリを入れたiPhoneを持って実際にカラオケに行った時、これまではどんな方法でも歌詞を追うのが追い付かなかったテンポの速い曲を唄いきることができて、とても嬉しかったです。それに、先ほど冨田社長から紹介していただいたように、細かな点にも気を配って作っていただいたアプリだったので、とても使いやすかったです。

最初はシンクパワーさんからデータを提供していただいて、自分で歌詞先読みのアプリを開発しようと思っていたのですが、開発まで引き受けていただけることになって、学生が個人でやるのとは比べ物にならないほど質の高いアプリを作っていただくことができました。

ーーユニバーサルデザイン対応ということですが、これは視覚障害者向けだけに限らないですよね。

冨田:今回追加した機能は、視覚障害者向けに限りません。例えば、文字サイズが大きくできるのは高齢者にとっても助かります。また、歌詞の先読みニーズは視覚障害者だけではありません。例えば、訪日外国人が日本の曲を日本語のままカラオケで歌う時、あるいは英語の曲で発音を覚えたい日本人、または漢字を習っていない子供が歌詞を見ながら歌う時など、歌詞の読み上げガイドがあるのは非常に役立つかと思います。

ーーちなみに冨田さんはどんなシーンで歌詞先読み機能を使っていますか?

冨田:私は車中でこの機能を活用しています。運転中はラジオを含め、CDやSD等、いろいろなメディアを使って音楽を聴いていることが多いんですが、これらの音楽を「OTO-Mii」に認識させると曲名を特定してくれて、音楽の再生箇所に合わせた歌詞の読み上げが始まります。運転中なのでスマホ画面で歌詞を見ることはできませんが、「OTO-Mii」の歌詞先読み機能を使って車中カラオケを楽しんでいます(笑)。

他にも、料理などの家事をしながらTVやラジオから流れてくる音楽に合わせて唄うなど、様々なケースで「何かをしながら唄う」ということができます。今後はAIスピーカーなどにもこの歌詞先読み機能を提案していき、更に利用シーンを広げていきたいと思っています。

ーー今後、新たなユニバーサルデザイン対応の予定はございますか?

冨田:引き続き、河内さんからのアドバイスを参考にしながら、更に使いやすさを追求していきたいと考えています。実は過去には視覚障害者だけでなく、聴覚障害者向けの対応を検討したこともあったんです。聴覚障害者は歌詞を見ることはできるので、再生音楽の音質を個人向けに調整したうえで同期歌詞を画面に出して歌詞の世界観を楽しんでもらうというものを考えていたんですが、その時は実現には至りませんでした。この課題も含めて、今後も「誰でも等しく音楽やカラオケを楽しめるように」という思いのもと、機能充実を図っていきたいと思います。

ーー最後に、河内さんから音楽サービスを展開する事業者に対し、視覚障害者として期待することはなんでしょうか?

誰でも等しく音楽やカラオケを楽しめるサービスを目指す 〜シンクパワーのiOSアプリ「OTO-Mii(オトミィ)」ユニバーサルデザイン対応について訊く河内:まずは、どんなサービスについても言えることですが、誰もが等しくサービスを利用できるようにするユニバーサルデザインの考え方がもっと広がればいいなと思います。今回「OTO-Mii」に追加していただいた機能や改良した細かなこと一つ一つも、元々は視覚障害のある私たちのために考えていただいたことだと思いますが、そうではない方々にとっても嬉しい改良がたくさんあったと思うんです。こういう事例は他にもたくさんあると思うので、様々な企業に障害者の意見を取り入れてもらい、より良い製品が世の中に増えていけばいいなと思っています。

目が不自由な私たちは、音楽の分野で活躍している人が多いです。趣味として楽しんでいる人は特に多いので、まずは音楽の分野から、カラオケ、楽曲配信、アプリ開発、イベント運営など、様々な企業の方と障害当事者が出会い、意見を交換する場が少しでも増えていけばいいなと思います。

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