hideとX JAPANのサウンドを支えてきた音楽プロデューサーが手がける「世界でいちばん受けたい」ワークショップ — INA (音楽プロデューサー/電脳音楽塾 代表) × 手塚貴博 (レコーディングエンジニア) 対談

インタビュー フォーカス

L to R:INA、手塚貴博
L to R:INA、手塚貴博

 テクノロジーの進化に伴い、音楽に関するクリエイティブの制作は格段に効率化した一方、長年蓄積された音楽シーンのノウハウを継承する大切さが語られることも多くなってきた。そういった流れを汲んだ様々なワークショップが実施されている中で、ユニークなコンセプトと「IID世田谷ものづくり学校」というロケーションを合わせ持った新しいワークショップ「電脳音楽塾」が話題を呼んでいる。hideとX JAPANのサウンドを支え、マニピュレーターというポジションを表舞台に押し上げたことでも知られる、電脳音楽塾 代表/音楽プロデューサーのINA氏と、ロックからアニソンまで数々の音楽作品の制作に携わり、電脳音楽塾で講座を持つレコーディングエンジニアの手塚氏に話を伺った。

(Jiro HONDA)
2015年7月23日掲載

PROFILE
INA (イナ)
hideの共同プロデューサー&プログラマー、X JAPANのサポートメンバーとして、日本のロック界を裏側から支えてきた音楽プロデューサー。2014年12月、世界的に話題となったhide奇跡の新曲「子 ギャル」の制作や、hide初のドキュメンタリー映画「JUNK STORY」へも出演。2015年、IID 世田谷ものづくり学校にスタジオを構えワークショップ「電脳音楽塾」を展開。
INA OFFICIAL SITE
電脳音楽塾


手塚貴博
1977年生まれ、専門学校卒業後1997年よりレコーディングエンジニアのキャリアをスタート。ロックバンドからアニソンまで数多くの作品を手がけ、精力的に音楽制作に携わる。専用MixRoom「elephant ears」運営、Joint1所属。
手塚貴博 PROFILE詳細
WORKS

 

  1. 環境にインスピレーションを受けたワークショップ
  2. とにかく「ワクワクする気持ちを持って楽しむ」
  3. 本当に伝えたいと思っている人が担当する講座しかない
  4. プロの「マインド」がダイレクトに伝わる
  5. 新しいアートの形を発信
  6. 講座のリクエスト&現役アーティストからの参加提案も歓迎

 

環境にインスピレーションを受けたワークショップ

——このIID世田谷ものづくり学校はワークショップにぴったりのロケーションですね。

INA:IID世田谷ものづくり学校にはカフェもあるんですけど、そこに時々通っていて、たまたま事業入居者を募集していることを知ったんです。それで、ここで何かできたらいいなと以前から考えていました。そんな時、昨年の2014年が個人的に本当に激動の年で、膨大な時間をかけて取り組んだプロジェクトが直前で全てダメになったりしたんですね。僕自身、音楽業界には約30年ぐらいいるので業界的にはたまにあることなんですけど、さすがにそれはショックで(苦笑)。それで、同じ音楽に関わることでも、ちょっと別の方向のことがやりたくなりまして、それをIID世田谷ものづくり学校でやってみようかと。

——レーベルの事務所を構える等でなく、「ワークショップ」にしたのはどうしてだったのでしょう?

INA:今まで自分が30年間の中で培ってきた技術や知識、経験などをここで教えたら面白いんじゃないかなというのが始まりですね。最近、過去にプロデュースしたアーティストや業界の後輩が音楽制作の際に「こういうときはどうすればいいですか?」と、質問してくることがすごく増えているんです。その都度、丁寧に教えてあげているんですけど、やっぱりみんな色んな事を知りたい、学びたいんだなということを実感していたので、そういう場所を提供できれば喜んでもらえるのかなと思いました。

なので、ワークショップをやりたくて場所を探したというより、すごくインスピレーションを受ける場所が見つかったので、そこでやったら面白いことを思いついたという流れですね。

IID世田谷ものづくり学校
img via IID 世田谷ものづくり学校 facebook

 

とにかく「ワクワクする気持ちを持って楽しむ」

——ワークショップ「電脳音楽塾」のコンセプトを教えてください。

INA:一番大切にしているのは、教える方も含め、参加する全ての人がとにかく「ワクワクする気持ちを持って楽しむ」ということです。それがこのワークショップの軸になっています。僕の知り合いにも、音楽の講師や先生をやられている方はたくさんいますけど、いわゆる「学校」や「スクール」だと、どうしてもモチベーションの差などがあって、教える方も学ぶ方も、お互いが望む形ではないときもあるようなんですね。なので、ここでは双方がハッピーになれる環境を実現しています。

——ちなみにINAさんは過去に音楽関係の先生などをやっていらっしゃったご経験はあるんですか?

INA:専門学校などから何回かお話をいただいたこともあったんですけど、スケジュールなどの面でお断りすることが多かったですね。なので、その経験もふまえ、ここでは教える方はスケジュールに縛られず、かつ教えたいことを教えることができて、学ぶ方は自分が知りたいことを自分で選んで積極的に学ぶことができるという、理想的な形を実現したかったんです。いわゆる「授業」的なガチガチな感じではなく、良い意味で”ユルく”かつ実践的で身につく形を目指しました。

 

本当に伝えたいと思っている人が担当する講座しかない

INA (音楽プロデューサー / 電脳音楽塾代表) ——具体的にはどのような講座があるのでしょう?

INA:レコーディングからDTM、作詞、作曲、ミックス、アートディレクションにいたるまで様々な講座があります。「何か伝えたいことがあったら、ここを利用してください」ということを大事にしつつ、自分とつながりのあるミュージシャンやアーティストから手塚さんのような、いわゆる裏方と言われるエンジニアやディレクターなど、音楽業界で働くプロフェッショナル達にお声かけして、とにかく音楽を中心として、ノウハウを発信できて学べるコミュニケーション・スペースとして運営しています。お声かけするにあたっても、無理にお願いしている要素は全く無いので、積極的に伝えたいと思っている方が担当する講座しかないのが特徴ですね。教える側の「やらされている感」や「頼まれた感」は全くゼロなんです。

電脳音楽塾
電脳音楽塾の講座の一部。幅広いプログラムが提供されている

——それで、今日はレコーディングエンジニアとして、ミックスについて講座を持たれている手塚さんにも同席していただいていますが、手塚さんはINAさんに声をかけられたときはどうでしたか?

手塚貴博 レコーデイングエンジニア

手塚:最初は自分が教える側の立場をあまりイメージできなくて、正直「自分にできるかな?」という不安はありました。でも、INAさんが教える側のサポートをすごくよくしてくれて、「好きなスケジュールで、好きな内容で、自由にやっていいよ」ということだったので、じゃあ是非やらせてくださいという感じですね。

僕自身、スタジオでレコーディングしていても、ミュージシャンやアレンジャーからよく質問されるんです。「どうやったらこういう音になるんですか?」とか。みなさんやっぱり知りたいんだなというニーズは、実際感じていて、僕も可能なら教えたいんですけど、現場だとやはり時間が限られているので、軽く説明はできても、じっくり解説しながら伝えることはやっぱり難しいんです。そういうこともあって、これはいい機会だなと思いました。

——手塚さん自身も、若い頃に技術を身に付けるのには苦労した?

手塚:僕が若い頃にこういうワークショップがあったら、受けたかったです(笑)。

——教える立場として、改めて自分の仕事について気付くこともありそうですね。

手塚:人に教えるにあたって、改めて今までのやり方を振り返ったり、講座のシミュレーションをしている内に、自分の中でも盛り上がってきて、新たな発見も含め、自分自身の勉強にもすごくなりますね。

 

プロの「マインド」がダイレクトに伝わる

——受講されるのはどういう層の人になりますか?

INA:講座に応じて幅広い方々が楽しんで学べるようにプロデュースしていますし、いずれはプロがプロにノウハウを伝えるような講座もイメージしています。そこでは、例えばミュージシャンでプロにはなったけど、やっぱりレコーディングの技術に関して「独学では限界がある」と感じているような方に役立つことを伝えたいですね。今まで培ってきたノウハウをそのまま埋もれさせるのではなく、次の世代に残すことは非常に大切で、それは音楽シーンにおける貴重な財産ですからね。

このワークショップは、個人的には音楽制作の現場で行われていることと同じだと思っています。レコーディングの時に、プロデューサーとして若手のミュージシャンにアドバイスしている部分を抜き出して、そのまま実践しているんですよね。

——INAさんご自身および、他の方も含めこれまで講座を実施してみて反応はいかがでしたか?

INA:受講いただいた方のアンケートを見ると、みなさん満足されていますし、プロとして実績を残されている方の「マインド」の部分に直接触れることができるところはやはり好評ですね。

——テクニカルなことはネット等で分かる部分もあると思うのですが、現場で実際にやりとりされている「生の声」に起因するノウハウは、こういう場所に来ないと分からないですよね。

INA:それに加えて、受講する人も自分が聞きたい講座にお金を払って貪欲に参加しているので、お互い真剣なんです。だから、ワークショップの枠組みとして自由度は高いんですけど、いざ講座になるとすごく刺激的なやりとりが行われています。アットホームかつ「会場に向上心が溢れている」といった雰囲気ですね。

 

新しいアートの形を発信

——ここから新たなクリエイティブやビジネスが生まれる可能性もありますね。

INA:そもそも、このIID世田谷ものづくり学校のコンセプトが「世田谷からものづくりをして、それをいずれ世田谷の産業にしていこう」ということなんですね。なので、この建物の中だけでも色々なコラボレーションがされていますし、そのコンセプトに非常に適したワークショップになっていると思います。音楽ビジネス自体が変わりつつある今、ここから新しい枠組みのレーベルや新しいアートの形が発信されていくことも十分にありえると感じています。

——確かにプロが教え合う講座からは、すぐにも面白いプロジェクトが生まれそうですね。

INA:それももちろんですし、参加する受講者同士だったり、教える先生同士の横の繋がりでも新しい動きがあると思います。

手塚:普段の仕事では知り合う機会の無い人とも交流があるので、教える側としても刺激を受けますね。教える方は登録制になっているので、好きな時に講座スケジュールを組めますし、一回やって終わりじゃないので、各回でインプットを受けてまた次の講座で伝えたいことや教えたいことがきっと生まれるだろうなと感じています。

——講座を実施する前には、本番と同じ形でエキシビジョンも実施されているということで、自由度も持たせつつ、すごく丁寧に取り組まれているんだなと思いました。

手塚:INAさんも色々アドバイスしてくれますし、教える方も安心して本気で取り組める環境が整っていますよね。ここには機材もあるので、実際に音を扱う講座でも、本やネットでは伝わらない要素を伝えられますし、非常に実践的だと思います。

INA:レコーディングのミックスにおける裏技もすぐに教えられるよね(笑)。

手塚:確かに(笑)。そういう部分も含めて、INAさんの言っていた「ワクワク」の要素が満載なんですよね。「これを教えたら、きっとみんなワクワクするだろうな」って思って自分もワクワクするみたいな(笑)。

IID 世田谷ものづくり学校 INA 手塚 電脳音楽塾

INA:やっぱり面と向かってやらないと伝わらないですよね。その場で質問できてやりとりできるのは大きいと思います。

 

講座のリクエスト&現役アーティストからの参加提案も歓迎

——このワークショップ自体に、INAさんが長年磨かれてきたプロデュース力が活きているんでしょうね。ユーザーから、「こういう講座をやって欲しい!」というリクエストを受けるのもありですか?

INA:そういうご要望も頂ければ積極的に検討しますし、逆に音楽業界で何かしらプロで仕事をしていて、ここで講座をやりたいという方も大歓迎です。ご連絡いただければ、ご一緒させていただきたいですし、色々な繋がりができるプラットフォームになればいいなと思っています。

——このロケーションは、本当にいるだけでインスピレーションが湧いてきそうです。

INA:ピカピカのスタジオや、綺麗なオフィスでは出てこない発想が出てくる、最適な場所なんですよね。今は、月4〜5回ぐらいのペースですけど、プログラム数をもっと増やして、色んなバックグラウンドを持ったプロのみなさんがどんどん講座を実施して、盛り上がって、本当に今までにない新しい事をここから発信していきたいです。

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