【全文掲載】そろそろ無料で手に入れるのやめませんか? 音楽ストリーミングの未来 ~変革するか、変革されるか~


MC Tama:「このままだとやばい」とのことですが、何がやばいのでしょうか。
榎本:音楽ストリーミングの未来の話です。皆さんSpotifyやApple Musicを使っていて、順調にいっている感じがするかもしれませんが、実は危険信号が出ています。SpotifyやApple Musicなど、音楽サブスクをみんなが使うようになりました。日本はこれからもう少し普及していくでしょう。サブスクをみんなが使って、ライブに行ってくれればいいという雰囲気が世界的にあります。しかし、数字などを見ていると(その意識では)やや危険な状態になっています。
MC Tama:具体的に何がやばいのでしょうか。
榎本:まず、以前もお話ししましたが、特に10代がTikTokやInstagramばかり見るようになっています。私も土日にInstagramを3時間見てしまっていました。
MC Tama:私も見てしまいます。音楽を聴かなくなってきました。
榎本:そうなんです。TikTokやInstagramで流れている音楽を聴いていれば、それでいいという感覚になっています。わざわざサブスクにお金を払うのも嫌だし、そもそもサブスクに行って音楽をディグったり、じっくり聴いたりするのが面倒だという傾向が出てきています。これは世界的な話です。日本の若者は音楽好きが多く、積極的にサブスクを使い始めていますが、もう少ししたら世界と同じ方向に行ってしまうかもしれません。それが一つ目の問題です。
もう一つは、アメリカでSpotifyが値上げを続けていることです。去年も2回値上げして、今年末から来年初めにもう1回値上げするかもしれません。
MC Tama:先日も話していましたね。
榎本:日本は最初980円で始まって、今は1,080円です。これは多分上がっていきます。音質が良くなったりすることもありますが、世界的にインフレしているので、インフレに合わせて音楽も値上げしないと音楽の価値が下がってしまいます。これは仕方がないことですが、これ以上値上げされると厳しいと感じる人が増えます。
MC Tama:それは解約しようかなと思ってしまいますね。YouTubeやTikTok、Instagramもありますし、それでいいかなと。
榎本:そういう人が実際にアンケートで出てきています。もう一つの問題は、TuneCore(チューンコア)などのディストリビューターの話です。以前お話ししたと思いますが、今は簡単に曲をアップできます。1億曲以上がサブスクに入っていますし、最近はAIで作った曲も大量に入ってきています。
MC Tama:多すぎますね。
榎本:そうすると、新人アーティストが頑張って曲を作っても埋もれてしまいます。
MC Tama:そうなると音楽が育っていきませんね。AIが1時間に15曲作るとおっしゃっていましたよね。
榎本:これが実はかなり深刻な問題になりそうです。
MC Tama:榎本先生、なぜそのようなことが起きているのでしょうか。
榎本:根本的には、音楽が便利になりすぎたことです。人間は、何でもいつでも自由に手に入るものに対して、つまらなく感じてしまいます。
MC Tama:恋愛と同じですね。
榎本:そのとおりです。当たり前になってしまうと、ありがたみがなくなってしまいます。
興味深い話があります。サブスクでは勝手に曲が繋がって再生されていきますよね。これは非常に便利で、15年以上前に最初に出た時は私も周りに宣伝していました。しかし今となっては当たり前になっています。この仕組みだと、曲と曲の繋がりが、ただ似ているから出てくるとか、同じような人気の曲が出てくるという感じになってしまいます。
Tamaさんは以前FMで喋っていたので分かると思いますが、ああいう曲を紹介する役割がなくなってしまいました。「この曲はこういうものなんだよ」という解説がないから、ただ曲が並んでいるだけになっています。
そうすると何が起こるかというと、リスナーがアーティストにたどり着かなくなります。曲を消費して終わってしまう。TikTokで面白いところだけ聴いて、そこからアーティストに興味を持つところまで行かないのです。アーティストのストーリーが伝わらなくなっています。もちろん、そこまで行ってくれる人もいますが、アルゴリズムの時代なので、すべて受け身で情報が来てしまいます。AIがお勧めして、自分から探しに行くという感覚がなくなってきています。その繋がりがなくなっているのです。
もう一つ、業界全体の話があります。日本はまだサブスクが普及しきっていないので少し違いますが、これはCD時代もそうでした。みんながうまくいっていると、出せばミリオンセラーになったり、場合によっては900万枚売れたりしていました。ミリオンセラーがどんどん出ていたので「このままでいいや」となりますよね。SpotifyやYouTubeで10億再生、1億再生がどんどん出るような時代になり、音楽業界的には「これが普通だ」「これでいいや」となっています。これが危険なのです。
MC Tama:榎本先生、ではどうすればいいのでしょうか。
榎本:その答えについて、イギリスの有名な音楽コンサルタントが語っています。これをMusicmanで紹介したところ、かなり反響がありました。「音楽ストリーミングの未来 変革するか変革されるか MIDiAがイノベーションフレームワーク提示」という記事です。
MC Tama:タイトルが長いですね。
榎本:なぜ反響があったのかと思ったのですが、分かりやすいサムネイルを付けていたからだと思います。「音楽サブスクの次に来るのが何か知りたい人限定」と書いたら、おそらくそれで広まったのでしょう。
このマリガンという人は、私が5年前に本を書いた頃から、私が言っていることと本当にそっくりなことを言っています。それを解説しようと思います。


MC Tama:お願いします。榎本先生、この「BEATS」とは何でしょうか。野菜ですか。

榎本:野菜ではないです。リズムのビートでもありません。


まず「B」は「Build Engagements」です。以前から説明しているように、スーパーファンや推し活など、アーティストのファンになってもらうようなサービスを新しく作っていきましょうということです。業界全体で取り組む必要があります。今のままだと、先ほど言ったように曲が並んでいるだけで、曲の一部を消費して終わってしまいます。それを何とかしましょうという話です。スーパーファン向けアプリとしてはWeverseがあります。SpotifyやApple Music、YouTubeもスーパーファンを意識した機能を付け始めています。そういったものをこれからみんなで頑張っていきましょうというのが「B」です。
次の「E」は「Elevate Music」、音楽の価値を上げていきましょうという話です。音楽の価値はCD時代から比べると落ちています。1回再生すると1円くらいがレコード会社に入って、それを印税としてアーティストに分配する。何銭という世界です。アーティストからすると、CD時代は3,000円のものが売れたら3%もらって90円入ってきました。しかし1回再生で何銭という世界なので、1億再生されても大してお金にならないという状態になっています。
この音楽の価値を上げていく必要があります。ただ、サブスクの月額を上げるだけでは限界があります。途中でみんながついてこれなくなるので、それだけに頼るのはやめようということです。先ほどのスーパーファン施策もそうですし、アーティストのファンになってくれればライブに行ってくれるという価値もあります。ただの値上げではなく、いろいろなメニューを作っていこうということです。
この代表例として、マリガンが言っているのが、私が以前解説したTencent Music(テンセント・ミュージック)のやり方です。通常の月額だけでなく、スーパーVIPプランがあります。そこでは先行配信で、みんなよりも先にアーティストの新曲が聴けます。あるいは独占配信があって、アーティストの独自コンテンツをスーパーVIP会員だけが聴けたり、先行チケット予約ができたり、ライブ配信の映像が少し見られたりします。そういう形で価値を上げていくことを真面目にやっていきましょうということです。単なる値上げではなく。
Tencent Musicがうまくやっていますが、中国だからと、ともすれば「中国は真似しているだけ」と思うかもしれません。しかし、私が以前説明したように、Spotifyの真似を中国でしたのですが、全然ウケなかったのです。ウケなかったからどうしようかと一生懸命考えて、オリジナルのいろいろなメニューを追加していったら、それがうまくいきました。
MC Tama:オンラインカラオケですね。
榎本:そうです、カラオケです。それが次の「A」「Add Friction」です。
MC Tama:摩擦の追加ですか。それは何でしょうか。
榎本:摩擦というのは、この場合、人間は先ほども言ったように、楽していつでも手に入るものには価値を感じません。頑張って手に入るものが楽しいのです。それがゲーミフィケーション、つまりゲームの要素です。ゲームはみんな頑張りますよね。頑張るから面白いのです。趣味もそうで、楽な趣味は面白くありません。すぐ飽きてしまいます。一生懸命打ち込めるのは、何か努力や頑張る要素があるからです。
カラオケを歌って友達に評価されて、それでSNSの中で自分のランクが少し上がるとか。推し活でスーパーファンプラットフォームを使ったら、そのアーティストのファンコミュニティの中で自分のランクが上がるとか、ちょっとしたデジタルトロフィーが付くとか。「この人はファンの中でもすごく推し活を頑張っています」という感じで表示されるとか。そういうゲーミフィケーションの要素を、中国のTencent Musicあたりはよくやっていて、うまくいっています。以前説明しましたが、一時期はサブスクよりもそちらの方がずっと儲かっていました。あまりにもうまくみんなが盛り上がりすぎて、中国共産党政府が「そういうのはけしからん」と言い出して規制されたくらいです。
こういう要素を入れていかないといけません。何でもただで手に入るという感じはもうやめましょうという話です。ただ値段を付けて、無料のものを有料にするというだけでなく、頑張ったら手に入るという感覚、それを楽しむという感じを出していきましょうというのが「A」の「Add Friction」の話です。
MC Tama:次の「T」は何でしょうか。
榎本:「T」は「Tell Stories」、ストーリーを語っていきましょうということです。ストーリーを語っていかないと、曲の消費で終わってしまいます。先ほどの繰り返しになりますが、ちゃんとアーティストのストーリーが伝わるようなサービスを作っていきましょうということです。
最近だとSpotifyはポッドキャストを頑張っています。そこでアーティストに語ってもらうとか、そういうものが伝わるようにしています。YouTubeでは「AI DJ」という機能を始めました。
MC Tama:AI DJですか。曲と曲の間に「次の曲はこういう曲ですよ」と紹介する機能ですね。こんなAI DJが出てきたらわたしの仕事がなくなってしまいますね。
榎本:以前Stationhead(ステーションヘッド)の説明をした時にも言いましたが、今のYouTubeやSpotifyの形だと、曲の解説を人間が付けられません。いろいろな権利の問題でややこしいのです。しかし、曲と曲の間にAIが付ける分には権利問題を処理できます。だからこれだということで、今アメリカで曲の解説を付けるAIを実験的に始めています。
これによって音楽のストーリーを伝えていけます。曲を並べると、そこにストーリーができます。例えば、日本のボーイズグループでニュージャックスイングが流行っていますが、ニュージャックスイングは私たちの世代にもありましたよね。それがどうしてできたのかとか、なぜ今もう一度響いているのかとか、どんどん話題が作れます。そういうのを文脈、コンテキストと言いますが、そういうものをちゃんと音楽で伝えていくようにしましょうと。ただ曲を並べるだけではなく。そういうのを頑張っていきましょうというのが「T」の「Tell Stories」です。
MC Tama:では「S」は何でしょうか。
榎本:「S」は「Set Rate Limits」、制限を設定しましょうという意味です。直訳すると何を言っているか分かりにくいのですが、マリガンはこれが一番大事だと言っています。
どういうことかというと、これも先ほど言いました。信じられないくらいたくさんの曲が今聴けるようになっていて、さらにAIも出てきています。AIがストリーミング詐欺でどんどん曲をアップしていって、新人が埋もれてしまう。この埋もれている状態は危険ではないかということです。

これはサービスをどうこうするのではなく、業界全体で何とかしていかないといけない問題です。その取り組みの一つが、日本だと「MUSIC AWARDS JAPAN」のような、日本の音楽を世界の人に伝えるためにショーケースを設けるという活動です。ショーケースに出るということは、世界でみんなに聴いてもらうに値する音楽だということです。つまりキュレーションしているのです。業界全体で絞って、それをプッシュしてあげている。世界でこういう業界全体での取り組みをもっと増やしていかないといけません。
つまり、小手先の話ではないのです。「ちょっとこういうサービスをこういう風にした方がいいですよ」というレベルではなく、「MUSIC AWARDS JAPAN」を立ち上げるのがどれだけ大変だったか。本当にみんなでこういうことをやっていかないといけません。もっともっとやっていきましょうというのが「S」の「Set Rate Limits」です。
MC Tama:ありがとうございます。マリガンさんの考えはよく分かりました。5年前から榎本先生が本で同じようなことをずっと語っていたことを私は聞いていたのですが、日本はこれからどうなるのでしょうか。
榎本:お答えします。長くなるので、次回にさせてください。
MC Tama:次回を楽しみにしています。ありがとうございます。
プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)
1974年東京生。Musicman編集長・作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。著書に「音楽が未来を連れてくる」「THE NEXT BIG THING スティーブ・ジョブズと日本の環太平洋創作戦記」(DU BOOKS)。『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載。
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「Musicman大学」は世界の音楽業界の最新トピックスを解説。講師は『音楽が未来を連れてくる』の著者、Musicman編集長・榎本幹朗。「Talk&Songs」は月間500組ものアーティストニュースを担当するKentaが選ぶ、今聴くべき楽曲と業界人必聴のバズった曲を解説。
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