2023年12月6日(水)『クラシカロイド 原曲全集』が発売される。
『クラシカロイド』は、2016年10月および2017年10月から各半年間NHK Eテレにて放送されたオリジナルアニメーション作品。「ベートーヴェン、モーツァルト、バッハたち名作曲家が現代に存在したら」をテーマに様々な要素を組み合わせ制作され、数多くの有名クラシック楽曲が、布袋寅泰、tofubeats、浅倉大介、EHAMIC、つんく♂、千聖、蔦谷好位置といった豪華“ムジークプロデューサー“によりヴォーカル、ロック、ダンスミュージック、ボーカロイドなど様々な姿で現代風にアレンジされた“ムジーク“として再創造されて登場し、話題となった。番組放送時には『ムジークコレクション』としてVol.1〜6にわたりCD発売され好評を博し、また、これら“ムジーク“のもととなったクラシック音楽の原曲集も連動してリリースされた。
この原曲をこの度ドイツ・グラモフォン、デッカなどの音源で新たに全集化して発売。ボーナストラックとして今年大いに話題となった、ショパンのムジークプロデューサー・EHAMICによる「小犬のカーニバル〜小犬のワルツより〜」。EHAMIC自身と、仙台フィルハーモニー管弦楽団から“仙台フィルわんサンブル”として、新たに名乗りをあげたノリの良い奏者の面々で、さらにアコースティック・アレンジし、セッションで新録音した音源も収録される。リリースを直前に控え、ボーナストラックの制作に関わった演奏家、スタッフが集まり行われた座談会の模様をお伝えする。
※ボーカロイド:「VOCALOID(ボーカロイド)」「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です。
EHAMIC(『クラシカロイド』ショパン・ムジークプロデューサー)
宮嵜英美(仙台フィル・フルート&ピッコロ)
西沢澄博(仙台フィル・オーボエ)
鈴木雄大(仙台フィル・クラリネット)
美濃部 敦(仙台フィル・チーフインスペクター)
生地俊祐“生地P”(アニメ『クラシカロイド』プロデューサー)
鈴木則孝“鈴木P”(『クラシカロイド原曲全集』プロデューサー)
――EHAMICさんとアニメ『クラシカロイド』の出会いについて、あらためて教えてください。
EHAMIC :「ボーカロイドで作曲できて、クラシック曲にも明るい人を探している」とお話をいただいたのが最初です。後からベートーヴェンは布袋(寅泰)さん、バッハはつんく♂さんがムジークプロデューサーを担当すると……教えられて、すごいプレッシャーだったんですよ(笑)。皆さん技量はもちろん知名度も最上級で、ムジークの歌唱も一流のボーカリストが手がけるはず。対してこちらはボーカロイドです。今はかなり進化しましたが、約10年前のボーカロイドはまだ実験段階。だからといって、天才作曲家たちが立ち並ぶ中で、ショパンだけレベルを落とすことは許されませんからね。
EHAMIC
――そんな中、果敢に挑まれた音楽が2023年、『クラシカロイド』に大ニュースをもたらします。〈小犬のカーニバル〉が『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』のサウンドトラックに使用されるという快挙。今回、新たな原曲全集にも収録されるんですよね?
鈴木P:はい。放送当時に発売された「アニメ『クラシカロイド』で“ムジーク”となった『クラシック音楽』を原曲で聴いてみる」シリーズが、今度はユニバーサルミュージックの音源からセレクトした6枚組の全集として発売されます。その商品企画を練っていたとき、EHAMICさんのニュースが飛び込んできて〈小犬のカーニバル〉もフォーカスすることになりました。
生地P:ですので、EHAMICさんの楽曲はもちろん、原曲となったショパンの〈小犬のワルツ〉について様々なピアニストの音源が数収録されております!
――その一環として、仙台フィルハーモニー管弦楽団の皆さんによる“わんサンブル”が登場するわけですが、まずはEHAMICさん、作曲時の裏話を伺えますか?
EHAMIC:〈小犬のカーニバル〉は第2シリーズに入って最初の曲でした。脚本をじっくり読みこんで、イメージを膨らませる作業に手ごたえが感じられるようになった頃です。使用された回(第2シリーズ第4話「フィーバー!レッツぷーぎー!」)はいつもに輪をかけてハチャメチャなストーリーでしたが、だからといってハチャメチャに作ったわけではなく、ものすごく真剣に向き合って作ったんですよ(笑)。
生地P:アニメスタッフも大真面目ですからね(笑)。〈小犬のカーニバル〉では、登場する犬種や、途中から速くなる展開もこちらから依頼させていただき、まさにイメージ通りの楽曲に仕上げていただきました。
EHAMIC:アニメーションなので、「このシーンはおよそ何秒でこういう展開になる」という情報もいただきました。そこから作りこんだ楽曲が完成した映像にリンクすると、本当に嬉しいんです。
※ロング版が12月6日公開予定
――楽曲は当時も大好評でしたが、まさか5年後にハリウッド大作で使用されるとは。誰も予想しえなかった展開です。
EHAMIC:僕は元々マーベルの映画が大好きで、しかも「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」は一番好きなシリーズ。サントラを“カセットテープ”で買い集めていたほどです。まさか3本目のカセットに、自分の名前が載るとは思ってもみませんでした。ジェームス・ガン監督は、ストーリーのために音楽を使う方です。僕の楽曲も意味のある使い方をしてくださったので、いつも心がけていた「ストーリーとのリンク」を実証していただいたようで、言葉を失うほど感動しました。ああ、自分は間違っていなかったんだなって。
■セッションが生んだ「あの日だけの音楽」
――本当に素晴らしい出会いだったのですね。その後、〈小犬のカーニバル〉をさらにアコースティック版にして原曲全集のボーナストラックにしようとなり、EHAMICさんと仙台フィルのセッションが行われます。
生地P:ご縁がありまして、仙台フィルにたびたび足を運んでいたのですが、オーボエの西沢さんやチェロの三宅(進)さんにお会いしたとき、「アフロのカツラをかぶってサンバをやりました」「なんでもやりますよ!」と伺って、お話している最中、既に脳内でカーニバルが鳴りはじめていました。そして、チーフインスペクターである美濃部さんとまだなにも知らない西沢さんに「楽器で犬の声って出せますか?」とメールでご連絡を(笑)。
その後に、美濃部さんの声がけで集まってくださった有志の方々が“仙台フィルわんサンブル”のみなさまです。
西沢:僕と三宅さんがすべての原因ってことですね。しっかり責任を果たさねば(笑)。
――心強いです(笑)。仙台フィルの皆さん、『クラシカロイド』や〈小犬のカーニバル〉の第一印象はいかがでしたか?
西沢:じつは高2の娘が『クラシカロイド』の大ファンなんです。娘と一緒に観ていた妻に「かなりぶっとんだ内容だよ」と教えてもらいました(笑)。
鈴木:僕も配信で第1話を見て、「なるほどこれはぶっとんでるな」と(笑)。
宮嵜:ベートーヴェン、餃子作ってましたものね。
鈴木:はい。〈小犬のカーニバル〉はモフモフがかわいいですし。僕はボーカロイドもたくさん聴いてきたので、「ついに自分が関われる!」と楽しみでした。
西沢:原曲の3拍子のワルツが4拍子に変化しているのに、不思議とリズムにのれてしまって、すごく楽しい曲。クラシック曲を演奏していると、“生きている”(笑)作曲家にお会いする機会が少ないので、EHAMICさんはどんな方なんだろうと気になりましたね。
鈴木:僕が勝手に想像していたのは、黒い服を着ているイメージです。
EHAMIC:近かったですね(笑)。当日、じつはドッキリ番組かなって思ったんですよ。演奏前に打合せがあるかと思っていたら、ポンとステージに放り出され「さあ、はじめましょう!」って。皆さんのことを知る前にアンサンブルがはじまったので、演奏しながら「この人はこんな音を出されるのか」と知っていきました。
仙台フィルハーモニー管弦楽団
――音と音での挨拶。まさに漫画のようですね。
西沢:オケ側も緊張していたので、まず音を出してみようという流れだったんですよね。
鈴木:EHAMICさんに作っていただいた楽譜にはメロディとベースラインが書いてあったので、「なるほど、あとは好き勝手にしてもいいんだ」と嬉しくなりました(笑)。普段は完成した楽譜を再現するのが仕事で、自分たちでアレンジしてその場で演奏することはありませんから。
宮嵜:フルートにとっては低い音域だったので、前の晩どうしようかと悩んでいたのですが、当日ピッコロとの持ち替えを閃いてよかったです。
EHAMIC:あれは本当に英断だったと思います。〈小犬〉はもともと音域の広いピアノ曲なので、音域にそぐわない楽器も出てきてしまう。そこをさすがのチームワークでうまく振り分けてくださったり、宮嵜さんのように閃いてくださったりして音楽がどんどんよくなっていくのを肌で感じました。
西沢:最後はノリノリで歌っちゃう人も。「これを入れたらもっと面白いんじゃない?」という提案ばかりが出てきてそれがたぶん、仙台フィルのカラーなのかもしれません。
美濃部:2テイク目を録ったあと、プレイバックをぞろぞろと皆さんが確認にいき、さらに皆さんが聴きながら踊っているのを見て、大成功だと安心したのを覚えています。仙台フィルの魅力もきっと伝わると。
生地P:定期のリハーサル後の収録だったのですが、“降り番”だったこじろう(打楽器の佐々木祥)さんも、会場へ「犬の声の楽器を作ったぞ!」と言いながら入ってらっしゃいまして、嬉しくなりました(笑)。
※降り番:その演奏の際ステージに乗らない楽団員を指す。
EHAMIC:回数を重ねても、皆さん疲れた顔もせず楽しんでくださった。クラシック曲には楽譜があるし、PCで作る“ボーカロイド”曲にも基本的に再現性があります。でも、今回の〈小犬のカーニバル アコースティックVer.〉は二度と再現できない、あの日だけの音楽。その対比は、原曲全集のとどめの聴きどころになるのではないでしょうか。
鈴木P:ちなみにYouTubeで公開しました映像とCDに収録する音源は別のテイクを採用しています。違いも楽しんでいただけますと嬉しいです!
■今度はぜひライブで
――舞台裏のエピソードからも、楽しい雰囲気が伝わってきます。いい機会なので、仙台フィルの皆さんから『クラシカロイド』やEHAMICさんや生地さんへご質問をぜひ。
西沢:『クラシカロイド』のキャラクターはどういうコンセプトで生まれたのですか?
生地P:作曲家はそのままでキャラが立っている人が多いので、彼らが現代にいたらどんな人なるんだろうかを想定していきました。あまりに破天荒すぎるエピソードは丸くしたり、逆にシューベルトやドヴォルザークのように割と常識的な人物の場合は要素をつけ足して(笑)。スタッフも史料を読み込んでくださった結果です。放送後ウィーンへ旅立った方もいますよ。
鈴木:僕はEHAMICさんに伺いたいのですが、“ボーカロイドの調教”はやっぱり難しいのでしょうか? じつは仙台フィルにもボカロPがいて、よく話すんです。
※ボーカロイドの調教:音声合成ソフトの編集作業を指す。
EHAMIC:ボーカロイドはまだ歴史が浅く、正しい歌い方が定められていないので、本当に人それぞれだと思います。自分の理想の歌い方があれば、何回も何回もマウスを動かすしかないんですよね。
鈴木:クラシックの音作りと同じですね。今回の収録を経て、奥が深いボーカロイドの世界をもっと知りたくなりました。
宮嵜:今後、仙台という土地を舞台にしたアニメができることもあるのでしょうか?
生地P:『クラシカロイド』は静岡県・浜松がモデルでしたが、仙台にもすごく可能性があると思っています。僕も公演に通わせていただき、魅力をどんどん発見しております。
鈴木P:JAZZをテーマとしたアニメ映画作品が最近公開されましたが、あれはまさに仙台からはじまる物語でした。音楽の土地ですよね!仙台。まだまだご一緒できそうですね。
――今後がますます楽しみです。仙台フィルは、今年創立50周年を迎えられたんですよね。
西沢:はい。作曲家同様、プレイヤーも曲者ぞろい。キャラの立った人たちの集団が、今ここでしかできない演奏を作っています。オーケストラ音楽として、アニメや映画などの作品にも関わっていきたいと思っているので、今回の収録がその足がかりになれば嬉しいです。
鈴木:アニメはもはや、サブカルではありませんからね。関われることが嬉しいです。オーケストラのメンバーたちがワチャワチャしている瞬間を切り取った映像もぜひ、楽しんでほしいです。
宮嵜:私たちは生演奏を届けるのが仕事。次回はぜひ、音楽をライブで楽しんでいただけたらすてきですよね。
EHAMIC:そうですね。生の音楽を気がねなく楽しめる日常が戻った今、ずっと定期公演を続けてきた仙台フィルさんの音を、ぜひライブで味わっていただきたいと思います。そして『原曲全集』には、そうそうたる原曲の数々に加えて「あの日だけの音楽」を閉じ込めたボーナストラックも収録されます。名曲ぞろいのクラシックを通して、2023年の空気が感じられる稀有な体験になるはずですので、どうか手に取って楽しんでいただければ幸いです。
なお、本座談会収録後の2023年11月に、『クラシカロイド』は、“クラシック・ミヂカニスルンダー”として、仙台フィルとフレンドシップコラボレーションすることが発表された。
また、2024年3月20日(水・祝)日立システムズホール仙台にて、『クラシカロイド』コンサートが開催されることも決定している。本コンサートは、コラボレーションの記念、および、仙台フィルが2024年度に新規にスタートさせる演奏会「エンターテインメント定期」シリーズと「名曲トラベル」シリーズを合同する第0回公演となる。
『クラシカロイド原曲全集』、そしてこの座談会で語られた「小犬のカーニバル~小犬のワルツより~ 」<アコースティックVer.>を聴きながらコンサート開催を楽しみに待とう。
取材・文=高野麻衣