ストリーミングを超えた?「ライブの真空パック」を実現したヤマハの技術革新

インタビュー スペシャルインタビュー

ライブ・パフォーマンスの臨場感を永遠に残すこと。それは映像や音声を録るだけでは成し得ぬことだった。しかし、ヤマハはその不可能に挑戦している。録音ではなく、アーティストの演奏そのものを保存して再現するReal Sound Viewing。録画ではなく照明、レーザー、VJ、PAの操作を記録し、時と場所を超えてライブの空気を再現するDistance Viewing。その組み合わせが実現する「ライブの真空パック」とは何なのか? 話を訊くと、それは高品質なライブ配信という範疇を超えた、全く新しい世界だった。

(インタビュアー:榎本幹朗、屋代卓也 取材日:2024年3月5日)

プロフィール

柘植 秀幸(つげ よしゆき)


ヤマハ株式会社 デザイン研究所、ミュージックコネクト推進部主事 同社に入社後、ウェブマーケティングに携わりながら、美術大学でデザインを学ぶ。その後デザイン部門に異動し、プロダクトデザイナーとして活動する傍ら、2017年に「Real Sound Viewing」の開発に着手し、現在に至る。

満足度98% 驚異の臨場感

――まず柘植さんの自己紹介からお願いします。

柘植:少し変わったキャリアを歩んできました。元々営業で入社したのですが途中、多摩美術大学に通って製品デザイナーになりました。例えば最近のヤマハデジタルミキシングコンソールのDM7は私がデザインしたモデルです。

――営業からデザイナーに転身して、新規事業に向かうのはめずらしいですね。

柘植:デザイン部門は様々な部署と仕事をするので、全社の製品を俯瞰できる立場にいます。「この部門の技術とあの部門の技術を組み合わせると面白いな」と分かるので新規事業開発に関わるようになりました。

――Appleのスティーブ・ジョブズがデザイン室に入り浸って、そこから全社の事業を俯瞰していたのに通じるものがありますね。なぜ「ライブの真空パック」を手掛けることになったのですか?

柘植:実はとても個人的な動機が原点です。高校生時代、大ファンだったBlanky Jet Cityの解散が決まったときです。横浜アリーナで最後の公演があったのですが当時、静岡にいたので非常に苦労して参加しました。チケットにプレミアがついていたのでアルバイトをがんばって、掲示板に毎日書き込んで譲ってくれる人を探してようやく行けたんです。

その時のファンの熱気、バンドの鬼気迫る演奏に圧倒されて、私の人生は変わったと思います。彼らに憧れて大学でバンドを始め、音楽を仕事にしたくてヤマハに入社しました。自分の身をもって体験したあの熱を、もっと多くの人に届けたいなと思って、このプロジェクトを進めてきました。

――人生を変えるほどのライブだったけど、あのとき行けなかったかもしれなかった。それが原点?

柘植:はい。世の中、行きたくても行けないライブ公演はたくさんあると思います。チケットが取れない、遠すぎて行けない。バンドが解散してしまったり、アーティストが亡くなってしまったら二度と参加できません。

そして今のDVDやライブ配信で得られる体験というのは、本当のライブの臨場感とは大きな開きがあると思います。映画館で観るライブ・ビューイングもそうです。

――申し訳ないですが、映画館のスクリーンでライブを観ても何か違いますよね。

柘植:しかしライブ・ビューイングの市場自体は伸びており、2016年で年間100万人の動員だったのが今年は200億円を超える市場に育ってきています。

背景にはライブ公演の市場規模がかつての3倍の3,000億円まで伸びて、コロナで一度落ちたのも戻りつつあります。そういったなかでチケットがプレミアム化してきており、チケットの取れないお客様が増えてきたので、映画館でもいいから自分のライブを届けようというアーティストが継続してライブ・ビューイングを使っています。

――チケット代の高騰化は世界的な課題ですが、いよいよ日本も考えなくてはならないところまで来ましたね。

柘植:はい。それで私も、様々な大物アーティストのライブ・ビューイングに行きましたが、大きなスクリーンで見ているもののアングルがどんどん切り替わるのでライブを見ているというよりはライブDVDを見ている印象が強く、映画館なのでライブハウスやコンサートホールとは違い、ライブ本来の音圧を感じることができないと感じました。

――それで「ライブの真空パック」を考えたのですね?

柘植:はい。アーティストのパフォーマンスをそのまま残して、もう一度ライブを再現できる仕組みを開発しよう、と考えました。

――それはハイレゾのような路線とは違うもの?

柘植:録音や録画とは異なるものです。ひとつはReal Sound Viewingと言って、楽器の生演奏自体を記録し、楽器で再生できる技術です。

――MIDIとは何が違うのですか?

柘植:アコースティック楽器の演奏を記録し、楽器を使って生音を再現できます。ピアノ、ドラムだけでなくヴァイオリン、ヴィオラやコントラバスなど弦楽器にも対応しています。

――まるで透明人間が楽器を演奏するあれですね? 浜松のミュージアム(ヤマハイノベーションロード)で観てびっくりしました。

柘植:エレキ・ギターやエレキ・ベースの演奏にも対応予定です。

――例えばクラプトンのギタープレイを後世、彼の楽器でそのまま再現できるわけですね?

柘植:そうです。もうひとつがDistance Viewingという技術です。ライブというのは音だけでなくて、演出も大事ですよね? 例えば照明、レーザー、背景のVJやPAの音響コントロール。こうしたライブ空間を彩っているものを録画ではなく、別の場所でそのまま再現できるようにしたのがDistance Viewingです。

――今、映像を見ていますが、かなりライブに近い雰囲気を出せていますね。

柘植:映画館ではなく、ライブハウスでライブを再現しています。ステージ上に置いた巨大スクリーンにアーティストの映像が映っていますが、他は全て生です。

――照明やレーザーが生で動くだけでかなり違いますね。音響もライブハウスのPAを自動操縦で再現しているわけですね。

柘植:これらが全て同期しているのが鍵です。

――この同期を一手にまとめているのがGPAPという新しい規格ですね?

柘植:そうです。

――お客さんの盛り上がりがすごいですね。これはWONKさんのリモート・ライブ?

柘植:はい。これまで3回、Distance Viewingの公演を行いましたが「満足した」と答えたお客様は98%でした。ビューイングのチケット代は1,000円から3,000円で安めに設定しました。

――満足度98%って業界が変わっちゃうぐらいすごくないですか?

柘植:ありがとうございます。ちなみに、あるライブ・ビューイングの会社が出しているアンケートでは平均で来場者の70%が満足しているそうです。

――平均70%の満足度が98%になったわけですね。ライブ・ビューイングの立ち位置が変わると思います。頭を切り替えないといけませんね。

柘植:生の会場と、リモートのイベント両方を体験した方が「ライブ感、半端ない」とX(旧Twitter)でコメントして下さったのがうれしかったです。

この技術でライブは無形文化資産になる

柘植秀幸氏。ヤマハ 株式会社ミュージックコネクト推進部で「ライブの真空パック」を目指す

柘植:「ライブの真空パッケージ」にはもうひとつの目標があります。「音楽を無形文化資産として残す」という目標です。

――それは録音や録画とは違うのですか?

柘植:例えば絵画や彫刻は美術館に展示して後世に残っています。しかし「体験としての音楽の空間」は美術館の対象ではなかった。ライブの空間を真空パッケージすれば、適切な再現環境があれば彫刻と同じように後世へ伝えることができるようになります。

――音楽ライブの空間をそのまま後世へ届けるということですね?

柘植:はい。ビートルズのアビイ・ロードの横断歩道はイギリスで無形文化遺産に指定されています。スタジオも観光地になっていますが、そこでジョン・レノンが演奏したり、ポールが歌ったりするのを体験できるわけではない。それを実現できるのがこの技術です。

――なるほど。VRやARとも相性がよさそうですね。VRの中で「DVD鑑賞会」をするのではなく、ちゃんとライブ空間を再現できそうです。

柘植:そうですね。VTuberさんからも反響をいただいています。

――例えば第1回フジロックのレッチリの伝説のライブをこの技術で収録してあったなら今、東京ビッグサイトでそのまま再現できるわけですよね?

柘植:理論的には可能です。

――すごいな…。

柘植:ポップスだけでなく民族音楽の真空パックも考えています。モンゴルの馬頭琴や沖縄の三線の演奏の保存です。

――繰り返しになりますが、録音・録画ではなく、馬頭琴の名人の演奏自体を記録して後世、亡くなった名人の演奏を馬頭琴で再現できるということですね。

柘植:はい。ICOMという博物館業界のダボス会議のような国際会議があるのですが、この取り組みが評価されて2年前、登壇させていただきました。

――自分のライブ公演を映像ではなく、空間として保存して後世に残せるというのは、すべてのアーティストにとって夢だったと思います。それが実現間近ということですね。

GPAP。とてもシンプルなアイデア

柘植:Distance Viewingですが、やっていることは実はシンプルです。ひとつはステージに簡単に 配置できるスクリーン。もうひとつはシンプルな同期です。

「ライブの真空パック」で大事なのは照明、VJ、レーザー、PA、音響がコンマ1秒のズレもなく再生できることです。やってみるとこれが実に手間のかかることでした。ハードウェアもデータ規格も全部バラバラのものを記録しなければならなかったからです。

さらにタイムコードというものが世の中に15種類ほどあって、それらの摺合せをライブの当日、ひとつでもミスをすると全てが台無しになる具合でした。

――現場では照明の人、VJ、PAさん、カメラさん、みんな別の職業だし機材も別系統ですものね。同期を取ると言ってもたいへんな負担です。

柘植:はい。ならば映像、照明、PAなど全ての機器の操作データを、WAV形式のオーディオ・ファイルに取り込んでしまえば話が簡単になるのではないか、と考えたのがGPAPという規格の誕生です。

――あらゆる機器の操作データをWAVに変換してしまうということですか?

柘植:はい。こちらのCubase(ヤマハのデジタル・オーディオ・ワークステーション・アプリ)の画面を見てください。このトラックの波形データ、これは照明の操作データです。プラグインも不要で、そのまま使えます。このデータを再生してあげるとインターフェースを仲介して繋がった照明が動きます。

――これなら専門知識がなくても操作できそうですね。

柘植:しかも音声データと同じように、カットやコピペができます。4回コピペしたら、複雑な照明のプログラミングも要らずに動きを4回再現できます。映像も同期できますし、ILDAというレーザー装置のデータも簡単に扱えますし、GPIOという舞台装置の規格のデータもCubaseで簡単に編集することができます。これまで複雑だった記録やエディットがとても簡単になりますし、頭の痛かった同期問題もこれで解決できました。

――現場の方々はとても嬉しいんじゃないですか?

柘植:おかげさまで好評をいただいています。これからは、どんな機材もGPAPのインターフェースにケーブルで繋ぐだけでデータを記録できるようになります。

――このGPAPのインターフェースが今回の大発明だったわけですね?

柘植:鍵はどんな機材の操作信号もWAVにエンコードして音声としてレコードするという技術です。また、オーディオなので、iPhoneで再生することすら可能です。

――すごいですね。舞台の機材を全部、iPhoneひとつで操作したら壮観でしょうね。

柘植:それと面白い例で、ブライトサインというデジタル・サイネージでは標準となっているサイネージ・プレーヤーがありまして、スーパーやコンビニに行くと広告用のディスプレイの裏にこれが置いてあることが多いです。200万台以上稼働していて、よく知られたものです。

これと、いま説明したヤマハのGPAPを組み合わせると、例えばテーマパークの照明やゲート開閉、音声案内などを全て簡単にコントロールして自動化することができるようになります。

――テーマパークのオートメーションにも使えるなら、チーム・ラボがやっているような大規模なインスタレーションのミュージアムでも活躍しそうですね。

柘植:WAVなので汎用性が高く、Cubaseでなくともエディットできます。検証はしていませんがAppleのLogicやGarageBandでも問題なく動くはずです。あとプラグイン不要といいましたが、VSTプラグインを入れて例えば照明の明るさや色などをさらに細かくコントロールする、ということも可能です。

――音声データでいいということはFinal Cutのような映像ソフトでも問題なく利用できるということですね?

柘植:まだ検証はしていませんが、できるはずです。ただ、圧縮コーデックが入ってしまうと使えなくなってしまうので、音声データのコンテナは非圧縮に設定しておく必要があります。

――GPAPのWAVを耳で聴くとどんな感じなのですか?

柘植:タイムコードみたいな音がします。ホワイトノイズっぽい音です。

――なるほど。WAVというのが象徴的ですね。これからは音だけじゃなく、ライブ空間自体も音声ファイルで記録・保存できる時代に入るわけですね。

柘植:世界中のライブで起きていることを全部データ化して資産化できるのではないか、と思っています。

――原盤権が進化してしまいますね。レコード会社のビジネスモデルが変わるかもしれない。

柘植:家庭で照明やレーザーを用意して、部屋でライブ空間を擬似的に再現することも考えています。フィリップス社が作っているスマート電球のHueと連携させるような使い方も考えられます。

――YouTubeでライブ映像を見ていると自分の部屋がすごいことになる感じですね。欲しいなあ。

想像もしなかった使い方が次々と

――「ライブの真空パック」はリアルタイムの中継にも使えるんですよね?

柘植:元々、「ライブの真空パック」を考えて開発を始めたのですが、途中でライブ配信にも使えると気づきました。KORGが提供するLive Extremeというライブ配信システムはロスレスで音声をライブ配信できるので「そのままGPAPの信号をストリーミングできるのではないか」と思い、検証したら出来たのです。

今年2月、ヤマハ銀座スタジオでWONKさんというエクスペリメンタル・ソウル・バンドに演奏してもらいました。その時、4K映像とハイレゾ音声そして照明のデータを別の会場に配信したのがこの動画です。

――なるほど。スクリーンだけの配信と違って照明も動いていて臨場感がありますね。これ、GPAPでWAVにした照明データは別に送ったのですか?

柘植:いえ、8ch送れるうちの1chをGPAPに当てて送りました。別会場では音響エンジニアも呼んで、ライブ感のある音響を作り込んでもらいました。

――モノラル1本だけで大丈夫なのですか?

柘植:はい。大丈夫です。

――WAVということは例えばギガファイル便とかで送ることもできるんですよね?

柘植:はい。できます。もうひとつ、やっていて気づいたのですが、ステージに毎回、巨大スクリーンを設置するのが大変だったんですよ。横幅7mのスクリーンなどなかなか売っていませんし、最初のイベントでは特注で制作したものの今度は会場の通路に入らなかったんですね。

――それで、持ち込みが簡単な巨大スクリーンもついでに作った?

柘植:はい、組み立て式で、スクリーンをマグネットで張っていくだけです。これだと持ち運びも簡単で、宅急便でも送れます。

――巨大スクリーンを運ぶのにトラックを用意する必要がないのですね。

柘植:お値段も一般的なスクリーンでこれくらいのサイズを作ろうとすると200万円ほどするのですが、こちらは半分以下で作れました。

――もしかしたら自宅に置けちゃいますか?

柘植:はい。ホームシアターの需要もあるか、と。

――学校、会議室、結婚式場にも使えるんじゃないかな。

柘植:発表直後にたくさんの反響をいただいたのですが、VR業界からも「この記録再生システムはVRの制作現場ですぐに使えるのではないか」との声がありました。

――VRのスタジオ収録に行きましたが、大量の機器が動いていました。あれをシンプルにコントロールできるのは助かるでしょうね。

柘植:実際に、池袋のharevutaiで行われたバーチャルキャラクターのライブを記録して、ヤマハ銀座スタジオ で完全に再現するというのをやりました。チケット代は5,000円ですが満席で終演後も「リバイバルのリバイバルをやってくれ」と大好評でした。このとき試したのが、別会場で撮った照明のデータをコンバートして使ってみるということです。「ライブの資産化」の一環です。

――基本的には音楽のためのシステムなんですよね?

柘植:そのつもりで作ったのですが、産業系からも問い合わせが来ています。工場の様々な機械を動かすデータをまとめて別の工場に送りたい、と。確かにKORGのLive Extremeを使えば。そういうことも簡単にできるんですよ。「そんな使い方もあったか」と私たちも驚いています。

原盤権の概念が変わるかもしれない

――話を音楽に戻すと、ライブを記録して編集できるのなら、後に別のクリエイターがアレンジして新しいライブとして再現する、ということも可能ですね。

柘植:はい。全く同じライブを再現してもいいし、アレンジしてライブを再創造することもできます。

他に、こんなこともできます。さきほどの組み立て式スクリーンですが正面だけじゃなく、コの字型に配置することもできるんですよ。前だけじゃなく、左右を見渡しても東京の広いホールの臨場感を地方の小さなホールで再現できるはずです。

――柘植さん、よくこんなことを思いつきましたね。天才ですか?(笑)

柘植:いやいや、本当の天才はこのアイデアを具現化してくれたメンバーたちだと思います。

ライブの現場が分業だったから、こうした発想がこれまで出てこなかったのかもしれませんね。最初のDistance Viewingを行ったときに勉強しなきゃいけないので、現場のいろんな人に話を聞いたんですよ。すると音響、照明、映像など、それぞれ分業制でお互いのことを詳細には把握していなかったんです。そうした縦割りの世界に素人の私が入っていったのがよかったのでしょうね。

それこそ照明さんがいちばんわかりやすいのですが、今まで会場でオペレーションしたものがその場限りで消えていったものが、これからは資産として残る。これからは、それをどうクリエィティブに活用してゆくか、楽しみにしています。

――あとはビジネスモデルですね。インターフェースをハードとして売るだけじゃもったいない気がします。

柘植:そこは悩んでいるところで、想像以上に反響が大きかったので、ライセンスがいいのか、サブスクリプションがいいのか、どういう形であればお客様がいちばん使いやすいのか、考えていきたいと思います。

――レーベルのディレクターさんや事務所のマネージャーさんからヒアリングは始めているのですか?

柘植:はい。ライブの現場に近い方々ほどメリットを感じて下さっています。面白いのは初音ミクのライブとか、バーチャル・プロダクション系から特に引き合いが強くて、バーチャルの世界って縦割りではないんですよ。

バーチャル・プロダクションの世界ではdisguiseというかなり高額なハイエンドのメディアサーバーがデファクト・スタンダードなのですが、そうしたところと相性が良い印象を持っています。ハイエンドだったものを、GPAPなら色々な人が使えるレベルに変えられますから。

――日本では「原盤権はレーベル、ライブは事務所」と棲み分けされていますが、ライブ・パフォーマンスをデータ化してしまうこの技術が普及すると、その垣根を壊す破壊的なイノヴェーションになるかもしれませんね。

柘植:レーベルがライブも手掛けたり、事務所が原盤権を一部持ったりと壁が薄くなっているので、音楽産業も過渡期にあるなかで、私たちの開発が進んだのかなと思っています。

邦楽の海外進出を助ける技術に

――これはライブ制作の効率化やリモート・ビューイングの満足度向上だけで終わる話ではないと思うんですよ。例えば海外ライブはいかがですか?

柘植:最近ではYOASOBIさんの「アイドル」など、アニメやTikTokがきっかけで日本の楽曲が海外で注目を浴びるケースが増えてきたと思います。だけど「海外へライブに行くか」と思っても、スタッフの移動とかアーティストの日程の確保とか色々たいへんです。

しかしDistance Viewingを使えば、海外へ連れてゆくスタッフの数を抑えることもできますし、アーティストがすぐに行けなくても満足度の高いリモート・ビューイングをまず現地で展開してみる、という手法が取れるようになります。

それこそアニメ放映やTikTokが話題になってから遠征を計画していたらタイムラグが出てしまいますが、Distance Viewingなら旬のタイミングで現地のライブの需要に即応して、その後、実際に乗り込むこともできます。

再演のときには制作スタッフを大勢連れて行かなくても、現地でポンとキーボードを押すだけでライブ環境を再現できます。

――アイデアはいくらでも出てきますね。アーティストからの反応は?

柘植:「これであの人と一緒にやりたいね」とよく言われます。リアルタイムで同期できるので、憧れだったあのミュージシャンと一緒にセッションしたり対バンしたりできるのではないか、と。

あとバーチャル系のアーティストから言われたのは、地方の小さなホールを回って最後に東京の大きなホールでやる、というリアルなアーティストならふつうの手法がバーチャルだとできないそうです。

だけど、このシステムがあれば、今まで届けられなかった地方にバーチャルキャラクターのライブを届けることができるのはありがたいとの声をいただき、準備をしています。

――私は『音楽が未来を連れてくる』という本を書いて、音楽がデジタルデータ化して無限にアクセスできるようになったことで、物理的な制限のあったレコードやCDの時代から価値が急落したのを、スマホとサブスクでいかに回復させていったかを書いたのですが…。

柘植:本、読みました。音楽産業の歴史にヒントがないか、探しました。

――ありがとうございます。「ライブの真空パック」はSpotifyのような音声データのストリーミングの先をゆくコンセプトを持った技術革新だと思います。エジソンの発明した「録音」から始まった音楽産業に新しい地平を拓く可能性すら感じます。

本日はお忙しいところ、詳しくお話いただきありがとうございました。

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