これからの作詞家を育てる「リリックラボ」の4年間と未来像

インタビュー スペシャルインタビュー

2013年に始まったオンライン作詞講座「リリックラボ」、最近では安室奈美恵さんのベストアルバム「Finally」にラボメンバーが多くの詞を提供するなど活躍が目立ちます。5年目に突入したラボの内容と作詞家育成の秘訣を「リリックラボ」の主催者で音楽プロデューサーの伊藤涼氏に聞きました。

ーー まずは伊藤涼さんの経歴を教えてください。

伊藤:高校でバンドをはじめ、将来は音楽で飯を食っていきたいと音楽専門学校へ。卒業後はすぐに就職せずにアメリカの音大に行きました。アメリカの生活が楽しくて、ついつい長居をしてしまって、26歳になるまで日本に帰ってきませんでした。帰国後はじめて音楽業界への就活っぽいことをしたんですけど、かなり苦戦しました。音楽関係の会社に片っ端から履歴書を送りましたが、唯一返事が来たのがJohnny’s Entertainmentの製作ディレクター募集でした。アシスタントディレクターを経て、NEWSがデビューするタイミングでグループのプロデューサーになりました。海外出版社とのやり取りも任されていたこともあって、テゴマスの海外デビューや海外クリエイターの発掘なども手がけました。実は、修二と彰の「青春アミーゴ」も海外で見つけてきた音源を日本向けにローカライズしたものです。今はフリーの音楽プロデューサーとして、作詞作曲家・クリエイターとしても活動もしていますし、リリックラボはもちろん、山口ゼミの副塾長を務め、その卒業生たちからなるCo-Writing Farm(以下:CWF)ではコーライティングコーチとして次世代クリエイターの育成もしています。

 

作詞家が育つ環境がない
 

 

ーー そんな伊藤涼さんがなぜ作詞なのでしょうか?

伊藤:はじめて作詞家という職業に接したのはJohnny’s Entertainmentで製作ディレクターとして働きだしてから。曲を作る過程で作詞家が必要だったからです。入社した2001年には楽曲コンペというのが普通に行われていたので、作家事務所を調べて楽曲の発注をしていました。曲が決まったら今度はアレンジ、その次に作詞という感じで必然的に作詞家という職業にたどり着きました。楽曲同様に詞もコンペで募集して、担当していたNEWSの募集だったら100〜200くらいの詞が集まってきていました。それをプリントアウトしてラジカセで音源流しながら確認してましたね。でも結局、いつも同じ作詞家になるみたいな。そのあとのブラッシュアップ作業などを考えると顔の見えている作詞家が安心だったんです。「青春アミーゴ」の時なんて、第一項から1週間ぶっ続けで作詞家のところに通って膝を附合わせてました。当時は制作マンとして、それが当然だと思っていたし、Jポップのヒットソングにとって作詞は最も重要なクリエイティビティだと現場で感じていました。

ーー 職業作詞家の現状とはどんなものでしょうか?

伊藤:ただ会社をやめてクリエイターサイドに立ってみると景色は全然違ったんです。こちらからレコード会社にプレゼンした楽曲を採用していただくと、その仮詞がそのまま採用されることが8割。いまのディレクター・A&Rが求めるものは、限りなく完成に近い音源なんです。アーティストが歌だけレコーディングしてミックスすれば納品できるものです。作詞だけでわざわざコンペしないんだって、はじめて知りました。だから作詞コンペは作曲にくらべると少ないし、新人の作詞家にはチャンスが少ないんです。

ーー なぜリリックラボを始めようと思ったのですか?

伊藤:そのころ作家事務所のアドバイザー的な仕事を始めていたので、作家事務所の事情は良く分かっていました。作曲家になりたいという問い合わせはたくさんありましたが、同じくらい作詞家になりたいって問い合わせもありました。ただ作詞家なりたいって人は作家事務所にプロフィールと歌詞カードを封筒に入れて送ってくるんですよ。これでは作詞家としての良し悪し判断が難しい。それに作詞コンペがたくさんあるわけでもないので、作家事務所が作詞家を採用する理由ってあまりないんです。これでは才能がある作詞家がいたとしても育たないなって思っていました。そこで作家事務所のアドバイザーとして企画したのが作詞教室。現役で活躍している作詞家を講師に迎え、半年くらいですぐに実践で戦える作詞家育成プログラムを立てました。それで生徒を募集したら、安くない受講料にかかわらず大好評でした。その時の参加者には、大阪や名古屋など3時間くらいかけて電車で通ってくる人はざらでした。そこで思ったんです。もっと遠方に住んでいたり、まとまったお金が用意できないけど、作詞をやりたいって人はたくさんいるだろうなって。

 

作詞はどこでもできる時代
 

 

ーー そこでオンライン講座を思いついたのですね?

伊藤:前述した山口ゼミは月2回〜3回ほど高田馬場にある教室に通う対面式のリアル講座ですが、オンラインでのコミュニケーションも併用しています。そこでリアル講座の補助的なことをしていますが、実はオンラインの占める役割は大きい。好きな時間に音源をアップしたり質問をしたり、受講生どうしで会話をしたり、気楽にコミュニケーションが取れる。それに講師側も自分のタイミングで質問に答えたり添削したりできるんです。そこにヒントを得て、オンラインだけの作詞講座を始めることにしました。作詞はテキストのやり取りが殆どなので、オンラインでも効果的にできます。それに、私がディレクター目線で教えることで、講師料も必要ないし、場所代もかからない分、受講料は安くできる。何よりも遠方に住んでいる人にとっては移動にかかるお金と時間を節約できます。

ーー コスパがいいんですね。リリックラボには遠方からの参加者が多いのですか?

伊藤:実際、沖縄から北海道まで日本各地から参加者がいますし、シンガポールなどアジア在住、LAやラスベガスから参加している人もいます。彼らは東京から離れているということで、いままで作詞を勉強するチャンスがなかったそうです。そのせいか関東近郊に住んでいる人たちよりも熱量が高く、実際に採用を勝ち取っているメンバーは遠方在住が多いです。採用をいただいて、ディレクター・A&Rからのブラッシュアップ作業などあった場合でも、オンラインでのやりとりで十分スムーズにコミュニケーション取れています。

ーー 作詞家がレコード会社やスタジオに打ち合わせに出かける必要はないのですね?

伊藤:ディレクターだった時代に作詞家と膝を付け合わせて作業をしたことは、今の自分自身のディレクション力に役立っているので否定はしませんが、今はどこにいたってプロの作詞家になれます。それどころか紙だってペンだっていりません。音源が聴けて、ワードが使えて、ネットがあれば問題なく作詞は出来ます。中高生の作詞家が出てくればスマホだけで作詞するでしょう。「作詞力」という本を出版させていただいているんですが、それを読んだというきっかけで、引きこもりの女子高生がラボに参加してくれました。学校には行けなかったようですが、いまでもラボではイキイキと作詞をしていますよ(笑)。

 

 

 

リリックラボとは

 

 

伊藤涼

ーー リリックラボの内容はどういったものですか?

伊藤:12週間にわたってオンラインのみで行います。毎週、テキストがページにあがって、音楽業界の現状や慣習、作詞家の仕事・心構え・作法、コンペに勝つ方法・ディレクターとのコミュニケーションの取り方など教えます。一緒に課題もあがるのですが、その中でも公開添削というのが一番の軸になっています。本物のコンペに近い発注書に対して、締め切りに向かって作詞してもらいます。それに対して、普段はもらえないディレクターからのリアクションをするわけです。公開添削なので、他の参加者の添削まで見ることができ、自分の作詞にそれを生かすこともできます。そしてブラッシュアップ作業までして完成まで持って行くのです。職業作詞家は採用されないと100点ではありませんが、限りなくそれに近づくように作業をするわけです。

ーー 12週間参加したラボメンバーはどうなるのですか?

伊藤:12週目にプロテストをします。そこで合否をだすことで、プロとして活動のできるレベルに達しているか判断します。合格するとマゴノダイマデ・プロダクションで受けている作詞の仕事に参加できるようにしています。とはいえ、これからの作詞家にはインディペンデントであるべきと指導しているので、他の作家事務所に行ってもいいし、掛け持ちしてもいいし、自分で仕事をとってきてもいいし、縛りのない自由な環境を作っています。あとは合格したメンバーだけ参加できるラボコースがあり、それはCWFメンバーとのコーライティングを中心に活動しています。詞先でCWFに提案したり、ファーストデモ(メロディとコードだけ最小単位のデモ音源)にたいして仮詞コンペをしたり、最近では作曲家から自然とコーライティングに誘われるラボメンバーも増えてきました。そこで年間に80曲ほどのデモ音源を作っています。欧米ではあまりありませんが、作詞家のコーライティングインは詞に重きをおく日本ならではの文化になると思っています。

 

 

作詞家の未来はコーライティングにあり

 

 

ーー これからの作詞はどうなると考えていますか?

伊藤:ここ10数年の欧米のライティングに参加してきました。コーライティング中心で、トラックメイカー、ディレクター、トップライナーの3人で行われることが多い。もちろんお互いの役割をしながらも他の役割にも積極的に意見を言うことでケミストリーを起こすわけです。詞に対しても3人で意見を出し合ったりするのですが、トップライナーが歌い手、作詞までを受け持つことが殆どです。短いライティングの時間で、いかに引っかかりのあるコンセプトを作って、物語をイメージして歌詞に落とし込んでいくかが重要。同じようなことが日本の作詞家にも求められるようになると考えています。

ーー 作詞家がトップライナーになるということですか?

伊藤:日本の職業作詞家の現状は、コンペが少ないし、作曲家のプレゼンする音源は詞も含め完成されたものが求められるといいました。2015年に「最先端の作曲法 コーライティングの教科書」という本を書かせていただきました。おかげで日本でもコーライティングがかなり定着してきたと思います。海外では少ないですが、オンラインコーライティングは僕ら日本人の性質にあっているのか、日本では広まりそうな気配。そこにチャンスがあると考えています。作詞家も欧米でいうところのトップライナーの一部としてコーライティングに参加できる。逆に言うと、これからの作詞家はコーライティングもできないとチャンスはないと考えています。

ーー どうやって作詞家がコーライティングに参加していくのですか?

伊藤:そのためにコーライティングができる作詞家という人材をリリックラボで育て、彼らがコーライティングに参加する方法とチャンスを作っています。リリックラボでは年に2度ほどオフ会をしています。作詞家同士で意見交換したり、公開添削したりがメインですが、仮歌のためのDAW講座をしてコーライティングのためのスキルアップをしたり、作曲家との交流の場を作っています。

 

 

リリックラボに参加する

 

 

ーー リリックラボに応募資格などありますか?

伊藤:いえ、特にありません。1期3カ月で年間4期やっていますが、定員が10人までの少人数制なので、待ってもらうこともあるかもしれません。いままで、作詞家になりたくてもどうしていいかわからなかった人はもちろんですが、趣味で作詞したい人、作詞家として活動しているけどイマイチ成果の上がらない人、コーライティングに興味ある作詞家も大歓迎です。3カ月のラボに参加してもらったあとは、プロテストもありますし、それに受からなくてもリリックラボGというコミュニティに参加してもらえます。オンライン勉強会やオフ会、最近では色々とウェブライティングや、SNSの企画に参加するなどのイベントも起こっています。リリックラボは作詞教室という側面はありますが、作詞家のプラットフォームというほうがしっくりきています。

ーー 最後に、リリックラボの今後について教えてください。

伊藤:安室奈美恵さんの「HOPE」「In Two」、井上苑子さんの「ファーストデート」「テレパシー」もリリックラボメンバーが作曲家とオンラインコーライトインした作品です。これからも、こういった作品を多く世に出し、作詞家のコーライトインを作曲の常識にさせていきたいです。もちろん、作詞家としての基本的なスキルも必要です。作詞の教則本や他の作詞教室では体感できないような、実践的ですぐ役に立つ、時代に合ったトレンド感、これからの作詞家に求められるものを重要視していきたいです。リリックラボではプロの作詞家を目指している人も沢山いますが、実際のところ作詞だけで飯を食っていくのは簡単ではありません。だけど、今はパラレルキャリアを実践できる時代が来ています。自分の仕事をしながら、好きな作詞をし、採用されたら自分の作品が世に出てボーナス金まで入ってくるって最高じゃないですか!そんなことが明日にも実現できる場所にしたいです。もちろん、その中からスター作詞家が生まれてくると考えています。そんなプラットフォームをリリックラボメンバーと一緒に作っていけたら嬉しいです。皆さんの参加もお待ちしています!!

リリックラボ申し込みページ
http://www.mago-dai.com/?p=1484

 


プロフィール
伊藤 涼(イトウ リョウ)
音楽プロデューサー

千葉県生まれ。Berklee College of Music卒業。帰国後、Johnny’s Entertainmentに入社。近藤真彦・少年隊・KinKi Kids・堂本剛ソロの製作ディレクター・A&Rを経て2004年にはNEWSのプロデューサーに着任。修二と彰、山下智久のソロ、テゴマスのデビューなども手掛ける。2009年に株式会社マゴノダイマデ・プロダクションを設立後は、フリーのプロデューサー・作家としても活動。「ここにいたこと (AKB48)」「走れ!Bicycle (乃木坂46)」「HOPE(安室奈美恵)」の作曲者。

リリックラボ https://www.facebook.com/lyric.laboratory/
株式会社マゴノダイマデ・プロダクション http://www.mago-dai.com/
山口ゼミ http://tcpl.jp/openschool/yamaguchi.html
コライティングファーム(CWF) http://cowritingfarm.com/
著書『作詞力(リットーミュージック)』
https://www.amazon.co.jp/dp/4845625377/%E3%80%80
著書『コーライティングの教科書(リットーミュージック)』
https://www.amazon.co.jp/dp/4845625881/

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