法制化に向け動き出したチケット高額転売問題 公式チケットトレードリセール「チケトレ」がスタート

インタビュー スペシャルインタビュー

コンサートプロモーターズ協会 高額転売対策担当委員
石川 篤(写真左)
ぴあ株式会社 執行役員
東出 隆幸(写真右)


 今や音楽業界だけではなく社会問題となっているチケット高額転売問題。本人確認やチケット電子化、顔認証などの対策が進むものの、チケット転売専門サイトでの取引が後を絶たない。そんな中、ユーザー救済を目的とした音楽業界初となる公式チケットトレードリセール「チケトレ」が、6月1日に正式オープンした。

「チケトレ」オープンに至った経緯や、法制化に向け大きな転換点を迎えつつあるチケット高額転売問題について、コンサートプロモーターズ協会 高額転売対策担当委員 石川篤氏、そしてぴあ株式会社 執行役員 東出隆幸氏にお話を伺った。

  1. 音楽業界側が公式に転売を認めた「チケトレ」
  2. 厳しい経済原理とアーティストの想いとの乖離
  3. ユーザーにとって気軽な商材としての「チケット」を取り戻す

 

音楽業界側が公式に転売を認めた「チケトレ」

——「チケトレ」立ち上げの経緯をお聞かせください。

石川:CDの売上が減少してきた中、ライブでの収益を伸ばしていかなければならないという背景もあり、音楽制作者連盟とコンサートプロモーターズ協会で、一昨年からライブビジネスをどう発展させていくべきか勉強会を定期的に行ってきました。そんな最中、チケットキャンプさんがテレビCMを大量に打ち出しました。それまでもヤフオク!さんなど、チケットを売買できるサイトはありましたが、出品する方も購入する方も、どこか後ろめたさがあったんですね。それが有名タレントをCMキャラクターに起用したこともあって、オフィシャル感満載で展開されはじめたので、非常に危機感を持ちました。

そこで、116組の国内アーティストと24の国内音楽イベントの賛同を得て、「チケット高額転売取引問題の防止」を求める共同声明を昨年8月に新聞の全面広告を使って打ち出しました。これは各所から多くの反響をいただきましたが、7〜8%の方からチケット転売サイトが「ライブに行けなくなった場合の救済の場にもなっていた」という意見も出ていて、それに対する答えを早急に出す必要がありましたので、あくまでも救済の場ということで、ぴあさんにご尽力いただいて「チケトレ」の立ち上げに至りました。

「チケトレ」

——ぴあさんは以前からチケットリセールサービスを行っていましたよね。

東出:そうですね。弊社の取り扱っているチケットを、弊社の会員さん同士が券面価格でやり取りするというサービスで、クレジットカードで決済されたチケットかつ、まだ発券していない状態、と色々と限定されているんですね。このサービスの発端も、1度チケットを購入するとキャンセルができなかったり、発券してしまうと払い戻しができないという商慣習でずっとやってきて、ある意味この商慣習を定着させたのはチケットぴあでもあるんですが、お客さんからよく「行けなくなったけどどうしたらいいか?」という問い合わせがあり、「オークションで売ってもいいですか」と言われても「それはやめてください」と言うしかできなかったんですね。

こういった八方塞がりな状況から、お客様の声に応える形で、行けなくなったチケットのやり取りの場として、2014年7月からチケットのリセールサービスをスタートしました。おかげさまで3年ほどやってきて、かなりの取り扱い数になっていますので、そのノウハウも得て、今回の「チケトレ」に生かしていければ、とご協力することになりました。

——では「チケトレ」と基本的なサービスは同じということでしょうか?

東出:取り扱うチケットの対象が違います。「チケトレ」はチケットぴあ以外で購入したチケットでもやり取りできますし、チケットぴあの会員である必要もありません。また紙で発券したチケットが手元にあることが前提のサービスなので、一旦は並列でサービスをスタートさせていますが、「チケトレ」が電子チケットにも対応していくようになれば、いずれは「チケトレ」に移行していく予定です。

——「チケトレ」を立ち上げるにあたって念頭に置いたことはなんでしょうか?

東出:一番はお客さんの保護ですね。不当に高額なチケットを買わされているような人たちに対して、もっと公正なやり取りの場を用意することで適正な価格でチケットを購入できるようにする。もう1つは、我々は音楽業界やライブエンターテイメントとともに大きくしていただいたような会社なので、この業界に対して恩返しをしたい、また発展に寄与したいという想いが強くありました。

この「チケトレ」はまだビジネスモデルとして成立するかどうか見えていません。ぴあのリセールサービスの運用実績を元に、手数料を算出してはいますが、収支の保証がないので、趣旨の部分と経済性の部分があるとするならば、今回は趣旨の部分でぴあがやるべきなんだという判断をして、経済性の部分は二の次で始めています。

——ただ一部で「手数料が高い」という意見もあります。

石川:その「手数料が高い」という議論も誤解があって、ぱっと見、手数料10%は高いとおっしゃるのはわかりますが、取引の上限金額なしで8.64%のチケットキャンプさんと、フェイスバリューの10%の「チケトレ」とでは全然違いますよね。ホテルにしても航空券にしても、キャンセルフィーは当然ありますし、券面価格の10%は何もおかしな話ではないと思います。

今回「チケトレ」がスタートした大きなポイントというのは、転売そのものを業界側が初めてオフィシャルで認めたということですよね。今までは供給者の論理を押しつけて一切認めていませんでしたから。これはものすごく大きな転換点なんです。

皆さんのご指摘は甘んじてお受けいたしますが、それだけではなくて、全体の取り組みの中の1つで、フェイスバリューでリスクを取ってぴあさんにやってもらったということをご理解いただくまで粘り強くやっていくしかないなと思います。

 

厳しい経済原理とアーティストの想いとの乖離

——色々と意見はあると思いますが、今回の「チケトレ」設立からは「まず動かないと」という音楽業界側の危機感を感じます。

石川:「チケトレ」は高額転売を防止していくための1つのピースでしかなくて、そのピース1つだけでは機能しないんですね。こういった啓蒙活動だったり、売り買いのときに個人認証をしっかりやり、そして入場するときに本人認証がしっかりできるような仕組みと、法規制もしっかりとできあがって、いくつかのピースが全部はまったときに、初めて高額転売をブロックできるのかなと思っています。

ただ、マーケットプライスというものは、資本主義の世界ですから厳然として存在していると強く認識はしていて、アーティストがファンのためと思って価格を設定しても、資本主義という厳しい大自然の中に放り出した瞬間にいろいろなものに食い散らかされてしまう。そうなると、チケットの価格は誰が決めるのか、ということに対して、最終的には向き合わないと駄目だろうと思っていますが、あまりエコノミーな話をすると音楽業界の人は嫌がるので、なかなか業界全体の同意は得られないですね。

——アーティストの皆さんはどのような意見をお持ちなんでしょうか?

石川:中高生でも気軽に買える値段で設定したい。だから自分たちが積み上げたコストを席数で割って、いくばくかの利益を上乗せしたところで価格は設定されるべきだろうと。いくら売れるからと言って、最前列を10万円で売って良いかと言うと、ダフ屋と同じような値段で自分が売るわけにはいかない、というのがアーティストの気持ちなんですよ。それも気持ちとしてはわからなくもないんです。ただ、その気持ちで資本主義という大自然に…という話に繋がっていくわけです。

——今はその乖離が激しすぎる?

石川:その通りです。いわゆるマーケティングの世界、厳しい経済原理の世界、それとアーティストの想いが大きくズレているんですね。このズレを利用して儲けに走る人がいるという現状を、どう捉えていくかというのが大きなテーマですね。

意見広告6月1日の新聞に掲載された第3弾の意見広告

——例えば、欧米のアーティストはリハーサルを見せたり、ステージサイドに高額な値段をつけたりとかしていますよね。

石川:アメリカの音楽業界の産業構造と、日本のそれは大きく違っていて、日本でジャッジをする人は多くの場合ミュージシャン本人なんですね。ミュージシャン本人が社長をやっていて、マネージャーがいて、経理がいて、全部で3人みたいな会社が山ほどあるんですよ。そのジャッジに従って僕らは動いているわけです。

アメリカはライブネイションのような大きな企業が取り仕切っていてビジネスのサイズも日本と比べものにならないくらい大きい。そういったところのいわゆるビジネスマンが設計するプライシングだとか流通機構と、アーティストが設計する流通機構には大きな差があります。そもそもアーティストは音楽制作だけでも忙しいわけで、実際ビジネスサイドに注力する余裕がないんです。そういった状況の中で、今後のプライシングをどうやっていくかは、日本独自の形をアメリカと比較すると、コントラストがすごく見えてきます。この音楽流通という空白地帯にゲームで資本力をつけたミクシーさんが一気に入ってきたわけで、今後もこういったことは起きるんですね。

——ネットやゲームの分野のスピードに音楽業界は追いついていないのかなと思います。後手に回ってしまっているというか。

石川:やはり音楽業界はクリエイティブ最優先なんですよね。音楽制作で良いものを作る。そこに人・物・金が投下されていて、そこをビジネス化して監修するためのネットワーク、プライシング、マーケティングなどの投資が遅れているんですね。それをちゃんと受け入れた中で、どういう産業構造にしていくかが大事ですよね。アーティストにもある程度経済原理をご理解いただかないと、思わぬ高額転売を招き、お客さんだけでなく、ひいては僕たちのビジネスのお金もどんどん減っていくような状況がリアルに発生しているわけですから。

 

ユーザーにとって気軽な商材としての「チケット」を取り戻す

——6月1日の「チケトレ」正式オープン後はどのような動きをされる予定なんでしょうか?

東出:先ほど石川さんもおっしゃっていましたが、「チケトレ」は高額転売抑止に対するあくまでも1つのピースで、直接抑止に繋がるというよりは、一次販売に対するサービスの補完だと思うんですね。公式のリセールとして立ち上げたということは、それ以外は全て非公式だということになるわけで、非公式部分での売買をどう抑止していくか、具体的な施策を用意していかなければなりません。それはチケットの電子化や、購入時、入場時の本人認証といったことを粛々とやっていくことになると思います。

——本人認証などは当然必要なんだと思いますが、同時にチケットの自由度が失われてしまうというか、そのあたりの兼ね合いは難しいですよね。

石川:仰る通りで、システムなどで何千件も予約して、一般ユーザーが買えない状況を作り、値段をつり上げて売っている人が1番悪いのに、想いを持って、高いお金を転売チケットに払って会場に行ったら入れなかったという人を罰するのは正しいのかどうか。ここは大きな議論の分かれ目で、非公式の場での売買は入場できないリスクがあることを学んでもらうことも必要かもしれませんが、本来はチケットを買い占める人に対して明確にペナルティを科さなくてはいけない。もっと言うと、値段をマーケットプライスに近づけていけば、旨味が減っていくわけですから、そういうところにトライしたり、色々と組み合わせてやっていかないと、転売屋が闇に潜ってまたそういった状況が発生しますし、転売屋がいる限りは悲劇の輪廻はなくならないですよね。

——法制化で罰則だったりガードを固めるのと同時に、ユーザーが使いたくなるような公式のサービスを作ることで、自然とユーザーがそういったサービスに流れていくようにするのが理想ではありますよね。

石川:そうしないといけないですよね。本来チケットって気軽な商材じゃないですか? 身近な人にプレゼントするのは全然問題ない商品なのに、そういった譲渡すら難しくなるのはおかしな話です。だからもっと商材に合ったような流通の設計をしないといけなくて、そのためにはどういうものにすべきなのか、そもそも高額転売を根本的に起こさないようにするにはどうしたらいいか、議論をしていく必要があると思っています。

——ユーザーとして一番納得できないのは、行きたいライブの抽選に全然当たらないのに、転売サイトにずらっと出品されるような、購入の機会を喪失させるようなことなんじゃないかなと思います。

東出:主催者が認めない転売サイトでの販売を禁止するような法律が施行されれば、厳しい個人認証までする必要がない、本来のチケットに戻っていく可能性はあるだろうと思います。また、アメリカでは、昨年の12月にオバマ米大統領がボットによるチケットの買い占めを禁止する法案に署名していますし、日本でも同じような法律で阻止できれば変わっていくと思います。

——法改正に向けた具体的な動きはあるのでしょうか?

石川:4月21日に衆議院議員会館にお伺いして、石破茂先生や鴨下一郎先生が中心となって作られている「ライブ・エンタテインメント議員連盟」の総会でプレゼンをさせていただきました。先ほど話に出ましたボット禁止法令や、不当な競争を禁止する部分においては、「不当競争防止法の延長上でできるんじゃないか?」など、具体的な議論がされていました。石破先生にも「完全に守るべき法益がある」とおっしゃっていただきましたし、近いうちに実現するのではないかと思っています。

東出:繰り返しにはなりますが、お客さんが便利で安全で気軽にコンサートに来られるにこしたことはないので、こういうところにコストをかけるのではなく、一刻も早く法制化をして、健全なチケットの流通が担保されるように働きかけて続けていきたいと思っています。

「チケトレ」コンサートプロモーターズ協会 高額転売対策担当委員 石川篤氏、ぴあ株式会社 執行役員 東出隆幸氏

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