ソニー・ミュージックエンタテインメント 代表取締役 CEO 水野道訓氏インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

水野道訓氏

今年4月1日付でソニー・ミュージックエンタテインメント(以下、SME)の代表取締役 CEOに水野道訓氏が就任した。ライブ産業の急成長や相次ぐサブスクリプション型音楽配信サービス(以下、サブスクリプション)のスタートなど、音楽産業が大きな転換期を迎えている今、なぜ音楽ビジネス出身ではない水野氏が就任するに至ったのか。就任までの経緯やこれからのソニーミュージックグループについて水野氏にお話を伺った。

2015年8月6日掲載
  1. 総合エンタテインメントカンパニーのトップとしてフラットな立ち位置で
  2. 「サブスクリプション」や「ハイレゾ」も、ユーザーのライフスタイルに合わせ楽曲を提供
  3. 「デジタル」「リアル」「ライブ」3つのキーワードとグローバル展開で新たなマーケットを創出

 

総合エンタテインメントカンパニーのトップとしてフラットな立ち位置で

——今回の就任の経緯と率直なご感想をお聞かせください。

水野:北川(北川直樹氏 現・顧問/エグゼクティブ・コーポレート・アドバイザー)から打診されましたが、私自身、SMEのトップになる事は全く想定していませんでした。

私は元々CBS・ソニー(現・SME)に新卒入社し、最初に配属されたのがソニー・クリエイティブプロダクツという、キャラクタービジネスを手掛ける会社でした。そこで23年間、ライセンスビジネスに携わり、最終的に代表取締役になり、その後、ソニー・ミュージックコミュニケーションズ(以下、 SMC)の副社長を経て代表取締役 執行役員社長に就任しました。SMCへの異動は、正直言って転職したようなものでしたね。会社が展開しているビジネスの内容もお付き合いする方々もまったく違いましたし、社内においても、同期の繋がりはあっても、実際に仕事上で繋がりのある人があまりいませんでした。SMCは、音楽を始めとするパッケージの制作やさまざまなアーティストグッズの企画・販売、スタジオ関連ビジネス、イベント、販促制作など、音楽関連はもちろんのこと、さまざまなエンタテインメント業界のインフラ事業を下支えするソリューションビジネスを展開している会社です。音楽業界については、パッケージの制作やコンサートグッズやライブ制作等で社内外のいろいろなレコード会社さんや各事務所さんとお仕事をする機会を得ることができました。SMCでの10年の在籍期間を経て、今回のSME代表取締役 CEO就任となりましたが、こちらも「三度目の転職」と言ったところでしょうか。

——水野さんがCEOに選任された理由をご自身ではどのようにお考えでしょうか?

水野:ソニーミュージックグループは、幅広いビジネスを展開する総合エンタテインメントカンパニーです。もちろん社名に「ミュージック」を掲げており、音楽会社というイメージを持たれる方も多いのではないかと思いますが、私自身は音楽制作に直接関わったことがなく、営業的な視点で音楽周辺ビジネスに携わってまいりましたので、ある意味、フラットな立ち位置にいるということで、この立場になったのではないでしょうか。

——客観的な立場で音楽産業を見て来られたと。では、今後は総合的な企業体としてのメリットを活かしていくということでしょうか?

水野:そうですね。エンタテインメントという軸を基盤に、新たな角度から事業を興さなくてはと思っています。ソニーミュージックグループには、レコード会社機能を持つソニー・ミュージックレーベルズ以外にも、アニプレックスという日本最大級のアニメ製作会社がありますし、40年の歴史を持つマネジメント会社、ソニー・ミュージックアーティスツには、ミュージシャンだけでなく、土屋太鳳や倉科カナなどの俳優・女優なども所属しています。またソニー・ミュージックマーケティングは、自社コンテンツの企画・販売はもちろんのこと、他社の受託商品の販売も行っています。物流会社であるジャレードは、2002年にSMEの100%子会社となり、ソニーグループ内はもちろん、さまざまな企業の流通を担っていますし、今年4月1日にはソフトウェア等のプレス工場であるソニーDADCジャパンもジョインし、より一層の効率化を図れるようになりました。こうしたコンテンツの企画・制作、販売、ソリューション、製造インフラ、物流を含めてトータルで運営できるエンタテインメント会社は、おそらく世界にも例がないと思います。この多角化経営というDNAは創業当時より我々の中にありましたが、いい意味で「原点回帰」ということで、次世代のエンタテインメント事業を多角的に創造していくことを考えていかなければならないと思っています。

 

「サブスクリプション」や「ハイレゾ」も、ユーザーのライフスタイルに合わせ楽曲を提供

——新しい時代に向かうにあたって、5月27日に『AWA』が、6月11日にLINE、SME、エイベックス(現在はユニバーサル ミュージックが加わり4社による共同出資)による『LINE MUSIC』もスタートしました。ソニーミュージックとしてはどのような戦略をお持ちでしょうか。

水野:ここ最近、『LINE MUSIC』を含めて各社のサブスクリプションが次々とスタートし、プラットフォームがよりいっそう多様化してきています。『LINE MUSIC』のオンデマンド型のストリーミングサービスを実際に体験してみて、SNSと音楽との親和性の高さに改めて驚いています。これは新たな発見ですね。SNSによって、音楽があっという間に拡散していくのを目の当たりにし、ソーシャルプロモーションの手段としても非常に価値が高いと思いました。ストリーミングで聴いてもらい、シェアしたい相手に曲を届け、聴かせ、そこからファンになってもらい、さらに「ダウンロードする」「パッケージを買う」「ライブに行く」という次のアクションにつなげていくことが非常に重要だと思っています。そして、きちんとアーティストに還元されるビジネスモデルであるべきですね。今後どう成長していくか分かりませんが、ソニーミュージックとしては、お客様のライフスタイルに合わせて音楽を届けるために、新しいフォーマットには全方位に門戸を開いていく予定です。

「LINE MUSIC」メイン
▲LINE MUSIC

ただ、アメリカのようにすべてがデジタルネットワークに向かうかと言えばそうではありません。欧米では数年前から『Spotify』などのサブスクリプションが大変人気で、『iTunes』などでのダウンロード売上は減少していますが、日本においては、ハイレゾのダウンロードが伸びており、現在、レーベルゲートが運営する音楽ダウンロードサービス『mora 〜WALKMAN®公式ミュージックストア〜」では、売上の約30%がハイレゾです。そして、もうひとつ忘れてはいけないのが、日本ではパッケージが厳然として売れ続けているということです。音楽を取り巻く環境、市場の違いを認識してマーケティングを行なうべきだと思います。

——ハイレゾは日本の市場において、現在大変伸びていますね。開始当初はみなさん半信半疑だったように思います。

水野:確かにそうですね。オーディオではなく、モバイルやYouTubeに慣れているお客様に訴求できるのか、クラシックやジャズを聴く一部のお客様にしか浸透しないのではないか、と。しかし、蓋を開けたら邦楽やアニメ系の楽曲が上位にランクインしました。改めていい音で聴きたいという流れが出てきたことは、音楽業界全体にとっても非常に良いことだと思います。アメリカやイギリスではアナログ盤の人気が復活しているとのことですが、ハイレゾとアナログは「高音質を突き詰めたい」という意識、そしてアナログは「収集したい」という欲求も刺激します。そうしたいろいろな欲求があることを考えますと、音楽の楽しみ方もどれかひとつに偏ることはないのではないでしょうか。ハイレゾやサブスクリプションなどは、従来のCDや通常のダウンロード型音楽配信に加えて、新たに音楽を楽しむ選択肢が増えたということなのだと思います。

——昔はレンタルで聴いて気に入ったら買うという流れでしたが、今後はサブスクリプションのサービスで見つけてストリーミングで聴いて、気に入ったらハイレゾあるいはそれ以上のものを買うという流れが出来たら、音楽業界は復活出来るのでは、と考える方もいます。

水野:何をもって「復活」と言うのかは非常に難しいですよね。ミリオンヒットのCDが年間10本出たら復活なのかと言うと、もはやそうではない気もします。昔のレコード会社では、お客様へ音楽を届ける方法として、レコードやCDなどフィジカルと言われるパッケージが圧倒的な存在でした。これからは、パッケージはもちろんのこと、ダウンロード、サブスクリプション、ライブ、イベントに至るまで、トータルでマーケティングしていき、どのようにビジネスをマキシマイズさせていくか、音楽産業全体で取り組んでいくことが不可欠だと思っています。

 

「デジタル」「リアル」「ライブ」3つのキーワードとグローバル展開で新たなマーケットを創出

ソニー・ミュージックエンタテインメント 代表取締役 CEO 水野道訓氏

——先ほど「新しいフォーマットへの門戸は広げて行く方向だ」とおっしゃっていましたが。

水野:そうですね。でも「全開」という表現は敢えてしません。すべてがサブスクリプションに向いているかといえばそういうことではないと思いますし、ジャンル、アーティスト、さらには楽曲ごとによっても違うと思います。それらをきめ細かくマーケティングし、どういった提供の仕方がベストなのかを見極めていかなければいけない時代なんだと思います。

——大きな転換期に来ている事は間違いないですよね。水野さんとしてはどのような未来を予想されていますか?

水野:サブスクリプションは始まったばかりですし、もっと便利なフォーマットが出てくる可能性もありますのでまだ予測は出来ないですが、我々が努力を怠らなければ今の日本では、パッケージもダウンロードもサブスクリプションも、しばらくは共存していくのではないかと思います。サブスクリプションという大きな流れが音楽産業にとってさらなる発展に向けた良いきっかけになればいいですね。

——最後に、今後ソニーミュージックが目指すところは?

水野:ソニーミュージックグループを成長させていく上で、「デジタル」「リアル」そして「ライブ」という3つのキーワードを軸に考えています。「デジタル」は、映像や音楽の配信、アプリの開発、eコマースを指し、「リアル」はパッケージ販売、出版、放送、マーチャンダイジングなどを指します。そして「リアル」の最たるものである「ライブ」は、エンタテインメントの原点であり、コアなお客様が集まって感動が生み出されていく場所と考えます。そのど真ん中に「コンテンツ」があります。我々はこの3つの大きな括りの中で「コンテンツ」の魅力をお客様にお届けし、どのように利益に繋げていくか、きめ細かいマーケティング施策の中でビジネス展開していきます。

もうひとつは、グローバルに向けた取り組みです。10年先を考えた時に少子高齢化がますます加速して、国内の10代から40代の人口は25%減ると見込まれていますので、新たなマーケットの開拓をしていく必要があります。まずはアジアにマーケットを拡げていければと考えていますが、既にグループ各社で展開し始めている取り組みがありますので、情報とノウハウの共有のために、本社機能の中に「海外マーケティンググループ」という部門を設置し、全社一丸となって展開できるようにフォーメーションの組み直しをしました。私は「世界に類のない総合エンタテインメントカンパニー」であるこのソニーミュージックグループのビジネスモデルをアジアに移植していきたいと考えているんです。特にライブというキーワードを元に、グッズ、ホール運営、それからオーディションなどの新人発掘まで、積極的にアジアで展開する事によって、新たなマーケットを創出することができると思いますし、それがソニーミュージックグループ全体の成長に繋がるのではないかと思っています。現状に驕ることなく、常にチャレンジする精神を持っていたいですね。

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