訃報:ロドリゲス(歌手)

コラム 高橋裕二の洋楽天国

8月8日、アメリカの歌手、ロドリゲスが亡くなった。81歳だった。以下は10年前に当コラムでロドリゲスを書いたもの。

今週ソニーミュージックの白木さんと工藤さんに誘われて映画の試写を観た。「シュガーマン 奇跡に愛された男」。70年にデビューした歌手が、本国アメリカでは全く見向きもされなかったが、遠い南アフリカでは誰もが知るスーパースターになる。歌手の名前はロドリゲス。

映画の冒頭シーンで南アフリカの町ケープタウンの観光名所テーブル・マウンテン沿いの道を車が下る。当ブログの筆者が昨年10月に訪れた町だ。人口は約350万人。南アフリカは長い間、アパルトヘイトと呼ばれる白人と黒人やカラードと呼ばれる人達を人種隔離する政策をとってきた。そんな中ロドリゲスのLP「コールド・ファクト」が発売される。

ロドリゲスはアパルトヘイト廃止を求める反体制派の人達に熱狂的に愛され、アルバム「コールド・ファクト」は驚異的な売り上げを上げる。このドキュメンタリー映画は南アフリカの音楽ファンの間で伝説になっているロドリゲスの話を聞いたスウェーデンの映画監督が、ロドリゲスのデビューから今までを追った記録だ。麻薬の売人を歌った、哀愁味をおびた「シュガーマン」が流れる。ロドリゲスの歌声がなによりもいい。そしてロドリゲス本人の人間性も。見終わって本当に暖かな気持ちになる。

音楽業界に身を置いた筆者にとってみると、スクリーンの裏にある音楽事情が垣間見えて面白い。映画の途中で黒人のクラーレンス・エイボンが質問を受ける。後のモータウン・レコードの社長だ。南アフリカで50万枚も売ったレコードの印税はどこに消えたのかと。クラーレンス・エイボンはロドリゲスなんてアメリカで全く売れなかった。何枚売れたかって、全部で6枚だ。俺のカミさんや娘やニール・ボガート(字幕には出ない)他だ。これ以上聞いたらタダじゃ済まないぞと恫喝する。

ロドリゲスの2枚のアルバムはクラーレンス・エイボンが創業したインディーズ、サセックス・レコードから発売された。販売を担当していたのがニール・ボガートのブッダ・レコードだ。後にヴィレッジ・ピープル、キッスやドナ・サマーの大ヒットを飛ばすカサブランカ・レコードの社長になる男。恐らくアメリカでロドリゲスは本当にほとんど売れなかったのだろう。印税払いではなく、頭で一括の支払いだったかもしれない。また全部返品されて本当に6枚しか売れなかったかもしれない。勿論そんな事はないだろうが。

南アフリカでは新興レーベル、A&Mが販売を担当した。1971年当時A&Mはカーペンターズの「スーパースター」や「雨の日と月曜日は」が大ヒットしていた。どういうきっかけかは分からないが、A&M南アフリカはロドリゲスのLP「コールド・ファクト」を発売した。サセックス・レコードとの原盤にかんするライセンス契約だ。映画の中で関係者は原盤印税をアメリカのA&Mレコードに送金したと話す。A&Mは原盤印税をサセックス・レコードに払ったのだろう。しかしサセックスは原盤印税の中からアーティスト印税をロドリゲスに支払わなかった。

ロドリゲスは自分で曲を書くシンガー・ソングライターだ。しかし音楽著作権を管理するインテリア・ミュージックもサセックス・レコードの音楽出版部門。全てクラーレンス・エイボンの管理下にある。フジパシフィック音楽出版の朝妻一郎会長に教えていただいた。またロドリゲスには当時音楽著作権の考えは無かったかもしれない。

筆者は昨年南アフリカの2大都市、ケープタウンとヨハネスブルグに行ったが、とてもLPが50万枚も売れるとは思えない。レコード・プレイヤーの普及台数も少なかったと思われる。A&M南アフリカが幾ら送金したかは定かではないが、ライセンス契約の料率や様々な控除や返品を考えるとサセックスに莫大な金が入ったとも思えないのである。大きなLPのプレス工場がケープタウンやヨハネスブルグにあったとは思えない。50万枚なら南アフリカの支配者だったオランダに頼むしかない。オランダには大きなLPプレス工場があった。

ともあれこの映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』はロドリゲスにまつわる数奇な運命を彼の歌声で楽しめる最高のドキュメンタリー映画だ。これほど胸を打つ音楽ドキュメンタリー映画は過去になかったのではないだろうか。ロドリゲスの歌声は南アフリカの人達の心の宝物なのだ。今日(2月15日)のヨハネスブルグから南アフリカ・ツアーがスタートする。伝説となった1998年以来だ。南アフリカの人達の熱狂ぶりが想像に難くない。

映画を見終わって、ケープタウンに行く前に知っていたらと悔やんだ。来週の日曜日(2月24日)に開催される第85回アカデミー賞の「長編ドキュメンタリー賞」を受賞するかもしれない。日本では3月16日、角川シネマ有楽町で公開される。サウンド・トラック盤は今週水曜日(2月20日)にソニーミュージックから発売となった。

高橋裕二の洋楽天国記事提供元:洋楽天国
高橋裕二(たかはし・ゆうじ)
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