最終回は生成AIの新トレンド予測まとめ! 榎本幹朗「AIが音楽を変える日」AIが音楽を救う日

コラム AIが音楽を変える日

「AIが音楽を変える日というテーマで一年、連載してみませんか?」

 昨年(2023年)の五月、そう言われたとき私は躊躇した。まだ早いのではないかと思ったからだが、これだけ生成AIがニュースを騒がすご時世だ。その話題が早いという訳が無い。

 AIは人を感動させる作品を作れるのか? AIとミュージシャンは共存できるのか? AIでアーティストが稼ぐ道はあるのだろうか?

 著作権侵害やミュージシャン不要論の次に来る、そうしたものを語ってもまだリアリティが無いのではないか。なぜならそれらを具現化したサービスはこの世にまだ無いのだから。私はそう恐れたのだった。

 だが、たとえそのせいでニッチになろうとも、やっておこうと思ったのは、音楽業界でも生成AIは一気に進展すると見込んだからだった。賭けは当たった。私はわずか一年の連載の間にいくつかのトレンド転換と未来のヴィジョンを垣間見ることになった。

1.民主化からプロ・ユースへ

 生成AIは「創作の民主化」をもたらしたと言われている。画像生成と同じく、音楽の作り方を学んだことのない人間でもボタンひとつで楽曲を生成できるようになった。それは素晴らしい音楽を聴く喜び、演奏する喜びとは別の「作る喜び」を万人に解放した。だが、その喜びは儚い。一人でも多く誰かを感動させなければ露と消えてゆく。

 その意味でグーグルがプロ・ユースの作詞生成AIと楽曲生成AIを作ったのは必然だったのかもしれない。TextFX(連載第9回)とSandbox(連載第10回)はボタン一発ですべてを生成するのではなく、プロの創作を磨き上げるためのものだった。それは次のトレンド転換にも繋がっていた。

2.効率化からインスピレーションへ

 ChatGPTは文章作成やイラスト、コピーライティング、プログラミングのうち簡単なものなら充分こなしてくれる。それは業務の効率化を超えて〝AI失業〟まで生み出したが、同じことは音楽制作でも起きている。例えばコンペに出す楽曲のミックスやマスタリング、仮歌や仮歌詞の仕事は生成AIで出来るようになった(連載第4回)

 勿論、楽曲制作の面倒な部分を効率化してクリエィティブなプロセスに集中できるメリットもあるが、先のグーグルのTextFXやSandboxはインスピレーションを得て磨き上げるために出来ている。

3.著作権の侵害からライセンスへ

 画像やテキストは著作権のあるものでもウェブ上に公開されているので、生成AIは容易く質の高い学習材料を入手できる。画像生成やテキスト生成のAIが驚異的な品質で世に出た理由がそれであり、同時に著作権侵害が社会問題となった。

 後発だった音楽の生成AIは、著作権のある楽曲データをウェブから簡単には入手できなかった。そんな中、SunoやUdioといったプロも注目する品質で音楽を生成するAIが登場したが、著作権のある楽曲を無断で大量に学習させているとしてメジャーレーベルから今年六月、訴えられた。

 と同時に、メジャーレーベルはユーチューブに数十組のアーティストの楽曲をライセンスして質の高い生成AIを音楽ファンに提供するプロジェクトを進めている(連載第8回)。それが次のトレンド転換も引き起こした。

4.AIカヴァーからアーティストAIへ

 レーベルのカタログすべてを学習させるのが危険なら、アーティスト単位でライセンスすればリスクも管理できる。その戦略が声質だけでなく作風も似せた楽曲を生成する公式の〝アーティストAI〟になろうとしている連載第6回。それはレーベルとアーティストにとって、AI時代の新たなビジネスモデルの始まりになるだろう。

 昨今、アーティストに無断で楽曲の声質を差し替える〝AIカヴァー〟が流行し、削除の対象になっていたが(連載第0回)、これからはアーティスト公認のものに替わる。無断のファイル共有は違法だったが、楽曲のライセンスを受けた音楽サブスクが合法なのと同じ流れだ。

5.楽器AI。表現力の強化へ

 ここからは未来のヴィジョンとなる。

 生成AIが音楽の表現力を強化する時代が来る。急速に進歩する生成AIだが、すでに鼻歌をヴァイオリンやサックスなどあらゆる楽器音に変える生成AIや、Synthesizer Vのように仮歌を生成できるAIはあるものの、ロックを生んだエレキギターやクラブサウンドを生んだシンセサイザー、ヒップホップを生んだサンプラーやEDMを生んだDAWのプラグインなど、メガトレンドを起こす新ジャンルを生むほどの楽器AIはこれからだ。

 おそらく声だけでなく、既存の楽器のような物理UIに加え、脳波を使って拡張現実のなかで演奏するBCIをも組み合わせた、全く新しい楽器となるだろう。

6.リスナーAIの誕生が全てを次に引き上げる

 連載でも触れたが、私は現在のAIで最もレーベルのあり様を破壊的に変えてしまうものはプロモーションAIだと思っている(連載第3回)。少数のグループにテスト聴取させるだけでその曲がヒットするかどうか分かり、誰に届ければよいかも分かる技術が既にある。

 だがそれは序章に過ぎない。少数のグループではなく、世界中の個々のリスナーの趣味嗜好、脳波の特徴、身体的反応を学習した幾千万もの〝リスナーAI〟をテスト・グループにして音楽を生成するなら何が起こる?

 AI同士で囲碁の対戦をさせて高速で強化するように、生成AIが誰かを感動させる能力は光速で高まる。それが音楽生成AIにまつわる全てを次に引き上げる。

7.アーティストAIの完成。原盤権の進化へ

 ジェネレーティヴアートという芸術がある。生成系アートともいうが、アルゴリズムによって自律的に表現を変えるアート作品を指す。

 アーティストAIの完成形は、新曲や新たなライブ・パフォーマンスから、声質や歌い方だけでなく、演奏の癖、ダンス、デジタルヒューマン・データを備えた自律的なものになるだろう。それはエジソンから始まり、スポティファイの今になっても変わらない原盤の概念を進化させる。

 なぜ音楽サブスクの1再生あたりの売上は1円を切るほど安いのか? その根本的な原因は、百五十年近く前に発明された録音が技術的に古寂びてしまったからだ。

 新しいメディアとしてのアーティストAI。その完成形が見えたとき、音楽産業はCD、サブスクを超える繁栄を見ることになるだろう。

(文:Musicman編集長 榎本幹朗)

 

連載過去記事

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音楽音楽と生成型AIの現在地」第2回:AIカヴァーでオアシスの新アルバム

音楽家がAIに転生するとき」第1回:グライムスによるアーティストAIの試み

AIが音楽を変える日」第0回:音楽生成AIブームを起こしたフェイクドレイク事件

※「AIが音楽を変える日」は『新潮』(9月5日に最新号発売)に掲載された榎本幹朗の連載。Musicmanでは一月遅れで同連載を掲載してきましたが、今回が最終回となります。

著者プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)

1974年東京生。Musicman編集長。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。著書に『音楽が未来を連れてくる』『スティーブ・ジョブズ と日本の環太平洋創作戦記』(DU BOOKS)、『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。