サカナクション山口一郎「うつはなる前の対処が大事」YouTubeが音制連、ソニーミュージックとメンタルヘルスケアのイベント開催

ビジネス 音楽業界

▲10/10世界メンタルヘルスデー、渋谷Googleオフィス・イベントスペースにて

音楽活動を続けるのに心の健康は欠かせない。YouTubeは業界関係者向けに、音楽/クリエイターとスタッフのメンタルヘルスに対する意識向上を目指すカンファレンスを開催した。

スピーカーは音制連理事長の野村達矢氏、ソニー・ミュージックレーベルズ SML Management ゼネラルマネージャーの徳留愛理氏、精神科医の益田裕介氏の三人。

野村氏はサカナクションほか人気アーティストをマネジメントするヒップランド・ミュージックの代表取締役、徳留氏はソニー・ミュージックの音楽業界向けメンタルヘルスケア・サービス『B-Side』の発起人、益田氏はチャンネル登録者が62万人を超える人気YouTuberでもある。

招待客限定の非公開イベントだったが、非常に有益な議論だったので、許可を得てダイジェストをお届けする。

(取材:Musicman編集長 榎本幹朗/写真提供:Google)

 

野村:「アーティストとスタッフが第三者に心の不調について相談できる機関を音楽業界に設けたい」と徳留さんから相談を受けたのはコロナ禍が始まった頃。業界は存続の危機にありました。音制連はその対応に追われていたのもあり、「まずは経営体力のあるソニーで組織を立ち上げるのはどうか」と逆提案。ヒップランドは比較的早く社内でメンタルヘルスケアに取り組んでいたので専門家を紹介しました。

(2021年9月、コロナうつが社会問題化する中、アーティストとスタッフが心の不調について相談できる『B-Side』がソニー・ミュージックに設立された)

徳留:『B-Side』の特徴はアプリからチャットで相談できること。専門家のカウンセリングが受けられるサービスを提供しています。ショート版のお試しや体験カウンセリング、社内ワーククショップも。ソニーの専属マネジメント契約アーティストや彼らと直接仕事をするスタッフは無料で、今年の秋からは、音制連に参加する会社(正会員が約230社)のアーティストやスタッフも利用できるように取り組みを進めています。

野村:昨年から音制連にも委員会を設立して料金体系、契約関係、プライバシーについて取りまとめ中。センシティブなので慎重に進めています。

司会:『B-Side』にはPodcastYouTubeチャンネルも。本日公開の回はサカナクション山口一郎さんがゲストです。

サカナクション山口一郎(映像):うつは身体的症状もある。「倦怠感」と表現するのは止めたほうがいい。そんな次元じゃないから。

なってから分かったんですけど、なる前に食い止めるのが大事。ならないようする対処療法はけっこうあるけど、なってからは改善が大変。「うつ病になる前の自分を取り戻したい」と思って病気と向き合うと本当に苦しいんです。

だから「戻ろう」と思うんじゃなくて新しい自分になる。何か新しい習慣を1個見つける。そう思うと楽になるのでヒントにしてもらえたら。

徳留:他に乃木坂46の元メンバーで現在、心理カウンセラーの中元日芽香さんが出演の回も。アンミカさん、山田ルイ53世さんもご自身の体験をお話されています。

それとこのイベントの後、品川のソニーの方で西川貴教さん、小原ブラスさん、“フィロソフィーのダンス”の奥津マリリさん、精神科医の西多昌規教授、司会に内田恭子さんで、一般客を迎えてトークイベントを開くことになっており、YouTubeでも編集して公開予定です。

司会: NHKの番組「山口一郎 “うつ”と生きる〜サカナクション 復活への日々」の一部もご覧いただきます。

サカナクション山口一郎(映像):最初は更年期障害と思って、いろんな病院に行ったがわからず、メンタルクリニックに行ったら「しっかりうつ病です」と。

司会:インスタグラムでも、うつの揺り戻しについても投稿されています。

野村:もともと難聴など身体的な不調があったので当初は体調不良と思いました。外傷などと違って目に見えないためわからなかったが、うつ診断を受けて対処に向かえました。早めに診断するのが大事。

司会:うつ病を一般に公開したのは、大事なステップだった?

野村:2022年6月にライブ延期、9月にライブ中止。当初、本人と話して「体調不良」と発表しました。活動再開のプロセスでソロ・ツアーを始めていましたが、その最後にYouTubeでカミングアウト。彼は表現者なので、告白の過程でいろいろわかっていったと思います。

▲野村達矢氏(音楽制作社連盟理事長/㈱ヒップランドミュージックコーポレーション代表取締役社長)

司会:山口さんは「ファンが離れる恐怖があった」と?

野村:すごく言っていたし、メンバーの経済的不安を含めて心配していた。当初は「ライブできる?」と訊いていたが、こちらで決断して、マネジメントが活動中止を決めることで、彼自身の負担を減らしました。まわりが決断するのも大事。

司会:もうひとつご紹介したい映像が。去年9月にNHKの「おはよう日本」でRADWIMPSのドラマー山口智史さんが罹患したジストニアについてお話されました。

(ジストニア――筋肉が異常に収縮して思うように体が動かなくなる神経の病気。ドラマーが発症しやすく、演奏できなくなる)

RADWIMPS山口智史(映像):突然、音が止まってしまった。悲しいくらいやればやるほどできなくなった。

(現在、無期限療養中。大学でジストニアを研究している)

そのままでは終われない。病気のドラマーの人たちの、もちろん自分自身の助けになりたい。

司会:プロ・ドラマーの1%ほどが発症する職業病と言われていますが、その背景は?

野村:ラマーはクリック(演奏のテンポのガイドとなる、メトロノームのような機械的なリズム音)を聴いて自分のグルーブを出す。ドラマーがクリックを聴いて演奏することで全体の演奏が成立します。それを間違えるとコンサート自体が止まってしまいます。何千人、何万人もの前で演奏するなかで及ぼす影響は巨大なプレッシャーが生じ筋肉が思う通りに動かないなどの症状が出るのではないか。あくまでも想像ですが。

徳留:病気を公表する人が増え、ジストニアも徐々に知られてきましたが、どのお医者さんにかかればいいのか分からないという声も聞こえたので、『B-Side』でも相談窓口を設けました。

司会:(第一部の)最後にお一言ずつ。

徳留:よく例え話で出ますが、虫歯を拗らせてから歯医者に行くと大変。定期的に歯のメンテナンスをするのと同じで、メンタルヘルスもシリアスな状態になる前に、カウンセリングなど気軽に相談できる場所を、自分なりに見つけておいてもらえれば。

野村:メンタルヘルスは目に見えないのでわかりにくい。事前に関心を持って、知識を身に着けていくことが大事と思います。

 

▲益田裕介氏(精神科医/早稲田メンタルクリニック院長/YouTuber)

(第二部は、精神科医で人気YouTuberでもある早稲田メンタルクリニック益田裕介院長が、アーティスト/クリエイターがかかりやすい病気であるうつ、双極性障害、統合失調症、強迫性障害などについて簡潔に解説。YouTubeで解説動画を視聴するのをお勧めしたい。第三部は質疑応答)

 

Q. 集中力から来る緊張と、心の健康を保つ緩和のバランスについて

益田:アーティスト特有の心のマネジメントの難しさがあって、集中することで作品は生まれますが、どこまで緊張していいのか、どこから治療が必要か。そこが治療で難しい点です。論文もありません。

心の病気というのは脳の病気なんですね。脳もひとつの器官であり、脳が強い人でも脳に疲労が貯まると発症します。

人間は緊張と緩和のなかに生きています。私たち精神科医は緩和がメインですが、とはいえ治療には厳しさ=緊張も必要です。たとえば、引き籠もっていたら「せめて朝は起きようよ」と促します。

特別なことではなく、何でもいい。家事ができるようになる。掃除ができるようになる。水道料金が払えるようになる。こうした簡単なことの積み重ねで回復に向かうことがあります。

 

Q. うつの人に「がんばれ」と言ってはいけないなら、どうすればいいのでしょう?

益田:とにかく話を聞いてあげること。声掛けして、質問して、聞いて、頭の整理を助けること。

助言は偶たまにしましょう。主観・価値観の入った助言ではなく、「朝はちゃんと起きたほうがいいよ」とか、誰にでも通じる助言に留めます。

 

Q. うつに近い状態になってしまった人や、誹謗中傷で自暴自棄になってしまった人、だけど休養すら難しい人に私たちができることはありますか?

益田:一に傾聴、二に傾聴です。それともうひとつおすすめするのが5分間の瞑想。5分、目を閉じて深呼吸。呼吸がゆっくりとなりリラックスするので、それから話を聞くようにすると頭の整理がしやすいです。

本当に病気がひどい人はこの5分に耐えることができません。いろいろ言い訳を始めたり、「なんのためにこんなことを」と言い出したり、嫌なことを思い出して涙が出たりと、それで家族も「ほんとうに病気なんだな」と気づくことも多くあります。5分の瞑想が耐えられなければ通院をお勧めします。

 

Q. うつになってしまったクリエイターへの連絡頻度やテンション感はどのあたりが適当でしょうか?

益田:過度にする必要はなく、大人の付き合い、大人の距離感でよいです。連絡の頻度ですが、日時を決めておく。突然連絡するのは心の負担になります。「何日の何時に連絡するね」と事前に言ってあげることがよいです。

 

Q. 一人で活動し、セルフマネジメントしているアーティストへのアドバイスは?

野村:まずは相談相手を決めておく。家族でもよいです。それと先ほど言ったように、知識をつけておく。益田先生のYouTubeを見ておく(笑)

 

Q. 会社に来なくなる人も。どういった兆候が出たら、どこまで声掛けすればいい?

益田:在宅勤務が増えてうつになる人が、特に新入社員に増えています。どうすればいいかというと、これは決まった答えが無いんですよ。人類共通の課題で、現代社会には第三のコミュニティが無くてうつになる人がすごく増えていて、その構築が中長期的な答えになります。

ただ「今、実際にどうしたらいいの?」ということだと、「会社来なよ」と嫌がられても言う人がいるのが大事。声掛けが大事です。

 

Q. アーティストがSNSでユーザーの言葉に直接接する時代。SNSの向き合い方は?

徳留:気になるなら見なければいいのですが、それでもみんなエゴサしてしまうものです。スタッフがアンテナを貼って、先に先に、アーティストに声かけするなどしていますが、SNS対策は難しい問題ですね。

益田:まだ解決できていない問題です。グループを作って、孤立しないことが大事です。

1 コミュニティに入れてゆく。

2 そのなかで人格を高めあう付き合いをしてゆく

この二点が大事。それとトラブルの背景には疾患が隠れていることもあります。疾患でなくても、若いゆえパーソナリティ障害などグレーゾーンの人もいるので、メンタルヘルスの知識を持って付き合うことも大事です。

 

Q. アーティストを支えるスタッフのメンタルヘルスについて

野村:益田先生の言う緊張と緩和が大事。ふつう音楽を聴くと緩和になるけど、スタッフはオフのときに音楽が流れてきたら仕事を思い出してドキッとして緊張するケースも(笑)。じぶんにとって緩和となる時間をつくっていくのが大事だと思います。

徳留:声を掛ける。雑談、スモールトークでいいです。「ちゃんと見てるよ」と気をかける。「このスタッフと最近しゃべってないな」と思ったら仕事に関係ない話でもいいので声を掛けるのが大事だと思います。

▲徳留愛理氏(B-Side発起人/ソニー・ミュージックレーベルズ SML Management ゼネラルマネージャー/音楽制作社連盟理事)

 

Q.メンタルヘルスケアの社会的理解の低さを感じています。音楽業界はじぶんごととして、こうした活動を継続的にやってほしいのですが?

徳留:『B-Side』を立ち上げて3年経ちましたが、こうして仲間も増え、あまり話したことの無かった人からも『B-Side』について訊かれることが増えました。これからも、今日のようなしっかりした話し合いの機会もそうですし、YouTubeやPodcastでカジュアルな発信も含め、草の根的に広げていければと思っています。

野村:々、手をちゃんと差し伸べられたのかという後悔もある。音制連の理事長としては『B-Side』の取り組みを広めて、少しでも手を差し伸べられるようにしたいです。

誹謗中傷に対しては、第三者的なルール・法律が二者の間に入ることも大事。答えはひとつではないと思いますし、今日のように話し合う事自体も大事に思うので、継続してやっていきたいと思います。

益田:私自身もクリエイターのひとりだと思っています。僕らは地位や名誉にあまり興味のない集団です。だから僕らが音楽を聴くように、みなさんもカウンセラーに会いに来て、違う価値観・カルチャーに触れてみて下さい。

(了)

著者プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)

1974年東京生。Musicman編集長。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。著書に『音楽が未来を連れてくる』『スティーブ・ジョブズ と日本の環太平洋創作戦記』(DU BOOKS)、『新潮』にて「AIが音楽を変える日」を連載。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。