ビクタースタジオ 高田 英男 氏/秋元 秀之 氏スペシャル・インタビュー

インタビュー スペシャルインタビュー

左から:秋元 秀之 氏、高田 英男 氏
左から:秋元 秀之 氏、高田 英男 氏

 今年でデビュー26周年を迎えるサザンオールスターズもデビュー当時よりレコーディングに利用している「ビクタースタジオ」。(※彼らの最新アルバムは、ビートルズの傑作アルバム「ABBEY ROAD」にちなんで愛着のあるビクタースタジオ前の通り「キラーストリート」と名付けられたそう。)そんな老舗スタジオでもある「ビクタースタジオ」は常に時代の要望を汲みとり、いつの時代も革新的なサービスを提供しています。この秋、DVDマスタリングルームを増設、FLAIR-DVDを立ち上げるとともに、日本ビクターとの共同プロジェクトである高音質音楽配信技術「netK2」を開発したということで、立ち上げの経緯やその技術について、同スタジオ長である高田英男氏と同スタジオエンジニアグループ長 兼 FLAIR長の秋元秀之氏に語って頂きました。

[2005年10月12日/ビクタースタジオにて]

プロフィール
高田英男(たかだ・ひでお)


1951年 福島県郡山市生まれ
1969年 日本ビクター(株)入社(音楽事業本部 ビクタースタジオ配属)
1987年 ビクター音楽産業(株) ソフト技術部 ビクタースタジオ録音課長
1997年 ビクターエンタテインメント(株) ソフト技術部 スタジオ次長
2000年 ビクターエンタテインメント(株) ソフト技術部長 ビクタースタジオ長

 

秋元秀之(あきもと・ひでゆき)


1960年 東京都世田谷区生まれ
1982年 ビクター音楽産業(株) ビクタースタジオ 録音部所属
1997年 ビクターエンタテインメント(株) ソフト技術部 技術課課長
1999年 ビクターエンタテインメント(株) ソフト技術部 スタジオ次長
2000年 ビクターエンタテインメント(株) ソフト技術部副部長 兼エンジニアグループ長、FLAIR長

  1. 「人」を大事にするスタジオ、老舗でありながら革新的なスタイル
  2. いい音をお客様に届けたい、音楽配信用の圧縮音源の高音質化技術「netK2」とは
  3. 一貫して根底にあるのは、“原音探究”という考え方

 

1. 「人」を大事にするスタジオ、老舗でありながら革新的なスタイル

ビクタースタジオ高田英男t_1

——まず、ビクタースタジオの成り立ちからお話いただけますか。

高田:築地から青山に移ってきたのは、1969年ですね。ちょうどアナログ16chマルチがメインになった時代で、はじめて301スタジオに導入されて、フランク永井さんのお披露目レコーディングをしたのがここのスタートでした。 その後、1982年に“社内に特化したスタジオとしてではなくもっとビジネスとして業界にスタジオを開放しようという”考えのもと、建物内部を大幅にリニューアルさせ、オープン営業のスタジオとして再スタートしました。 2000年にはマスタリングブランドとしてFLAIR(フレアー)を立ち上げ、2002年には、「Re Born」というスローガンを掲げて、レコーディングだけでなくマスタリング事業も含めて、レコーディングスタジオとしての機能を持ちつつ、もっと新しい事業展開を打ち出しました。

——ちょうどFLAIRを立ち上げた頃、マスタリングの重要性が機械や設備だけではなくニューヨークなどでは、個人としてマスタリングエンジニアが注目されるようになっていましたよね。

高田:そうですね。自分達が長い間レコーディングエンジニアをやっていて、いろいろスタジオの評価はありますが、結局はマスタリングだけでなくレコーディングも含めて「人」がすべてだなと感じていました。 ですから、マスタリングを立ち上げるにあたっても、やはり核になるのは「人」。そして、人だけを売るのではなくてそれぞれの個性を活かして、音楽に関する感性の特徴、好きなジャンルなどをもっと明確に打ち出して、お客さんからみて、『この音楽だったらこの人に頼みたい!』とわかりやすくしたら面白いとの考えからFLAIRを立ち上げました。

——FLAIRは、2000年に秋元さんを中心に立ち上げられたということですが。

秋元:エンジニアというのは、ビクター、ソニーなどといったメーカーの枠のなかで仕事をするのではなくて、クリエイターとして業界全体をフィールドに仕事をしているのに、それがなかなか開放的にならないという事情がビクターの中にもありました。 しかし、クリエイターというのは会社での評価ではなくて、業界の中でアーティストやミュージシャンの方に支持していただいて、仕事があるかないかという絶対的評価の中にいる立場で、どんなに肩書きがあって優秀だと言われていても、仕事ありきの職業ですからね。自分達も含めて、エンジニアの最大のやりがいというのはそういったフィールドの中で充実した仕事ができて、いかに評価されるかにあるんですね。 だから、業界全体にアプローチできるようなものとして、まずFLAIRを作ったんです。今まで、ビクターはDASシステム※1があるから、K2があるから音が良いとか言われてきましたがそうではなくて、それらはあくまでも道具ですから、道具を使う人間を全面に出してプレゼンテーションさせてもらいました。今でもビクターって貸しスタジオじゃなくて、他のメーカーの仕事はしてないんじゃないか、と思っている方がまだいるんですよ。 

※1:DASシステム
SONY1630と並ぶU-Maticを記録媒体とした日本ビクター製の業務用2チャンネルデジタルオーディオプロセッサー。音質に定評があり、1990年代の半ばまでにビクターより発売されたCDマスターの殆どはDASフォーマットで作成されていた。

——ビクターの看板は重いですよね(笑)。

秋元:そうですね。だから、FLAIRを立ち上げる時もマスタリングは、ビクターのクローズのもので社内の仕事しかしないと思われていた方もかなりいらして、そうではないということを、いいきっかけでプレゼンテーションできたのは大きかったですね。

● すべてのスタッフが醸し出している雰囲気がいいスタジオ

——さきほど、「人」というキーワードが出てきましたが、人を大切にするビクタースタジオがそのほかに大事にしていることはありますか。

高田:音楽ってゼロから作り出すものじゃないですか。その作っていく過程でここだとなんだか気持ちよく、面白くできるなという感覚、それは設備や環境もありますが、やはりここにいるすべてのスタッフが醸し出している雰囲気だと思うんです。その“雰囲気がいいスタジオを”という考え方がビクタースタジオの原点です。 実際、対「人」のサービスというのは、ソフトの一番難しい部分ではありますが、クライアントのニーズにあわせてケースバイケースに対応しています。深く入った方がいい場合もあるし、逆にほとんど入らないで欲しいクライアントもいますから。そういう対応の積み重ねが重要なんですよ。 つまり、“音楽を作り出す最高の場”を、設備・環境・スタッフの応対・雰囲気などすべての面で作り上げてけるよう心掛けています。

——ソフト面だけでなくハードである各スタジオにも、それぞれ個性がありますよね。

高田:そうですね。ゼロからイマジネーションを膨らませる空間として、ここでだったらこういうものが作れるという個性を出していきたいんですよ。だから、ビクタースタジオには同じようなスタジオ(部屋)はなくて。各スタジオごとにそれぞれ全く違った音が作れるという特徴を明確にしているんです。

● DVDマスタリングの必要性〜FLAIR-DVDを立ち上げ

——また、10月からはDVDマスタリング事業を拡大し、DVDマスタリング対応ルームを2部屋増設したと伺ったのですが、この経緯はどのようなものなのでしょうか。

ビクタースタジオ高田英男a_1

秋元:いままでスタジオは、CDというメディアをサポートしていればよかったのですが、最近では、DVDや音楽配信でしか発売しないという新しい流れがあって、急速にDVDへの対応も必要になってきました。

しかし、一般的にDVDというのはVHSを後継する映像メディアとしてテレビで観るものと認識されていて、音はあまり重要視されていないところがあるんです。例えば、プロモーションビデオなどは、時間がないからといってトラックダウンが終わった時点の未マスタリング音源を使って、実際のCDとは違う音源で制作されているケースが多い。 そのほかにも、DVDの作業フォーマット(手順)が確立されていないために各作業の途中で、いつの間にか元音源よりオーディオ的なスペックが低下していたり、メニュー画面と本編で全く音量レベルが違ったり、ビデオクリップ集などでも、音量レベルが統一されていなくて各曲ごとに変わっているということが実際に起こっているんです。

こういった状況は、自分達も含めてDVDというメディアに対してこれまで積極的に取り組んでいなかったために起こっているわけで、これからは「CDメディアはもちろん、音としてもDVDメディアをサポートできるように」していかなくてはと感じました。

ビクタースタジオ高田英男dvdst

——DVDマスタリングの必要性を感じたんですね。

高田:そこで私たちは、まず、同じ素材で、マスタリング済みDVDと未マスタリングDVDを2つ作って、社内映像制作部などで、プレゼンテーションをしました。その時の反応は「え、これが同じものなの?」「こんなに違うの?」と驚かれ、制作現場にも“DVDマスタリングの必要性”を実感していただきました。

——それらがきっかけとなってFLAIR-DVDを立ち上げたんですね。

秋元:そうですね。うちでは3年前に“213 YAMAZAKI ROOM”をリニューアルしてDVDマスタリングやオーサリング全てのニューメディアに対応できるようにしました。以降、さまざまなクライアントの方々に使っていただき、ご好評を得ていましたが、一部屋ではどうしても急なスケジュールに対応できなかったため、今回、10月からDVDマスタリングに対応した部屋を2部屋増設し、YAMAZAKI ROOMとあわせて3ルーム体制にしました。 その結果、積極的にDVDの音作りをするという部分プラス、急なスケジュールへの対応、「いいものを作る」という質でカバーしていたコストの高さもスタジオ増設により、おさえられるようになりました。これからは、今までの3年間でYAMAZAKI ROOMで得たノウハウをうまく活かして、3ルーム体制でまわしていければと考えています。

ですから、今回のFLAIR-DVDの立ち上げは、「DVDのマスタリングはじめます!」ということではなく、「通常のCDマスタリング作業と同じようにDVDマスタリングの仕事もお受けできます!」という宣言ですね。もちろん、音のマスタリングだけでなく、映像のエンコードも含めたDVDオーサリングも可能です。

 

2. いい音をお客様に届けたい、音楽配信用の圧縮音源の高音質化技術「netK2」とは

——そして、もう一つ日本ビクターとの共同技術である音楽配信用の圧縮音源の高音質化という取り組み、「netK2」についても興味をひかれたのですが。

高田:もともとK2というのは、1987年に“デジタルは何回コピーしても音が変わらない”という定説にエンジニアである私たちが疑問を感じていた時に、日本ビクターの技術者の中にその疑問に共感してくれた方がいて。そして、デジタル独特のノイズであるジッター/リップルを排除し音楽成分だけを伝送し、音を劣化させない技術「K2インターフェース」というのを確立しました。 その後、1993年に16ビットのCDに20ビット相当の音楽信号を記録する技術「20bit K2スーパーコーディング」によって、CDソフトの高音質化を実現、ビクターエンタテインメントからも20bitジャズシリーズなどをリリースしました。

——デジタルの音へのこだわりをK2で構築したんですね。

高田:そうですね。K2HDコーディング※2を含めてハイエンドのスペックをK2技術で構築してきました。

※2:K2HDコーディング
原音(オリジナルマスター)が持つ、最大100kHzに及ぶ広帯域と24bitの高分解能な情報をCDフォーマットに収める画期的な新技術。

——しかし、世の中は、圧縮音源を配信で提供するといった音楽配信ビジネスが活性化して、高音質とは正反対の流れになってきているという。

高田:そうなんです。アーティストがこだわって作り、エンジニアが細部まで作り込んだものがおおむね1/10〜1/30位に圧縮され、大量に世の中に出回っているという状況で、お客様の中には、特に若い世代の方々には、なんとなくそれでいいんだという風潮が生まれていました。

——確かに音楽配信は、音質という面での不安はありますね。

高田:その通りですね。デジタルの進歩で、利便性を追求し音楽を楽しめるようになったのは、我々にとってはありがたいことでもあるのですが。やはり音質という面では置いていかれているのではないかと思ったんですよ。そして、それを根本的に見直さなければならないという強い想いがありました。

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——それが「netK2」技術の開発につながるわけですね。

高田:そうですね。“圧縮してもマスターテープの音をできるかぎり忠実に届けることができないか”という「原音探究」というテーマをもって、開発されたのが、K2技術を基本とした圧縮音源の高音質化技術である「netK2」なんです。

——具体的には、どういった方法で高音質化するんですか。

高田:「netK2」には、3つの処理技術があって、一つ目は、配信圧縮する前の音源をCD以上に高音質化させ、その音質情報量を保った状態で WAVを作る【K2プリ処理技術】 です。あらかじめ音源を高音質化することにより、圧縮されても音の削げ感が感じられなくなるんです。次に、K2インターフェースの概念を活かした伝送系での音質変化要因の除去ですね。しかし、これは配信側との兼ね合いもありまして、現在はまだ実施されていません。そして、最後は、オーディオ機器・ポータブルオーディオ機器で再生する際にCD、DVDフォーマット並みに音を拡張する高音質化処理(ポスト処理技術)となります。

この3つのポイント【K2プリ処理】、【K2インターフェース】、【K2ポスト処理】からなるのが「netK2」技術です。

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——「netK2」は、どんな圧縮形式にも対応できるのですか。

高田:そうです。ACC、ATRACなどすべての音源圧縮形式に対応できます。

——それは、魅力的ですね。先日、実際にプリ処理・ポスト処理をした音源と未処理音源を比べて聞かせていただいきましたが、処理されたものは、ハッとするほど音が活き活きして、生音っぽい質感になっていましたよね。通常の圧縮音源との音質の差は歴然でした。この違いを知ってしまうと、早く配信音源すべてにこのプリ処理がなされればいいのに、なんて思ってしまうのですが。

高田:ありがとうございます。実際に、ビクターエンタテインメントの配信用音源については、10月リリース分よりすでにプリ処理を施したものを自社スタジオにてエンコードしている音源から提供しています。今後、旧譜についても順次対応していく予定となっています。

——今後、netK2技術の外部提供ということはお考えですか。

高田:もちろん、この技術の【K2プリ処理】の部分は、外部に開放する方針です。先日開催されたA&Vフェスタ2005 [2005.9.21-24] 、CEATEC JAPAN 2005 [2005.10.4-8] でも、日本ビクターのブースでプレゼンテーションさせていただいたのですが、非常に反響が大きかったですね。現在は、レコードメーカー各社、オーサリング会社等に技術や音質の違いを紹介し、徐々に話し合いをすすめている状況です。

——ということは、現在出回っている配信音源がより良い音になる日も近いですね。

高田:そうですね、問い合わせも沢山いただいていますし、netK2が業界の基準になってくるといいですね。

 

3. 一貫して根底にあるのは、“原音探究”という考え方

——ビクタースタジオの目指すもの、FLAIR-DVDの立ち上げ、netK2技術の確立といろいろと伺ってきましたが、一貫しているのは音へのこだわりですね。
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秋元:もちろんです。スタジオ業務でも、netK2でもそうなのですが私たちの根底にあるものは、“原音探究”という考え方なんです。これは、「原音(マスターテープ)に忠実に音楽を提供する」という理念で、常にそれを元にしていますね。

また、私たちが目指しているのは、「今、使われている機材や方法にちょっと気を使うと、実はもっといいものになる」ということなんです。音楽配信に限っていえば、現在のものでは、残念ながらあまり「音」に対しての配慮がなくて利便性・簡易性というところで推移しているんですね。だから、使い勝手だけではなくて、そこに今まで培ってきた音の部分を入れたら、もっとよくなるという事を、今回の「netK2」技術で皆様に体感していただきたいですね。配信による圧縮音源が原音に限りなく近づくわけですから。

高田:送り手側、エンジニアとして、今までは、CDのマスターテープを作れば仕事は終わりだったものが、ユーザーがどういった状況で聞くのかというところまで、配慮していかなければならない時代になったんじゃないのかなと思いますね。ですから、私たちは、どんな状況で音楽を聞く方にとっても、より良い音を届けられるよう努力し、素晴らしいサービス・技術を提供していく必要がありますね。

——本日はお忙しいところ、ありがとうございました。ビクタースタジオのあっと驚くような挑戦、飛躍にこれからも期待しております。

ビクタースタジオ高田英男vs-1 【ビクタースタジオ概要】

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-21-1
TEL:03-3403-0111 FAX:03-3404-7406

Studio Manager:高田英男
Chief Engineer:秋元秀之
Booking Contact:庄司絵理、島田直子、疋田静花
(スケジュールのお問い合わせはお電話でお願いします。)

Office Open:
10:30〜19:00 (月曜日〜金曜日)
13:00〜18:00 (土曜日)

Parking Space:
ビクタースタジオ26台、青山ビル26台(大型車不可)

▼オフィシャル・サイト
 → http://www.jvcmusic.co.jp/studio/

【ビクタースタジオ沿革】

1969年 ビクタースタジオ設立(築地よりスタジオ機能を移設)
自社スタジオとして運営(外部貸出なし)
1982年 スタジオ大改修
ビクター青山スタジオと改名し、営業スタジオとして外部貸出を開始
1989年 山梨県の山中湖にビクター山中湖スタジオを開設
名称を元のビクタースタジオに戻す。
1990年 401ST全面改修(現在のスタイルに)
日本1号機のGENELES1035導入
2000年 FLAIR設立
人をメインとしたマスタリング事業を本格展開
2001年 2階スペース改修(新規事業展開)
・配信オーサリング機能の移設
・DVDオーサリング機能の新設
・旧音源のアーカイブ化の開始
2002年 “ReBorn”と銘打つビクタースタジオ改革を開始
2003年 213 YAMAZAKI ROOM 次世代メディア対応改修
・サラウンドスピーカーシステム、プロジェクター等を常設し、
 DVDを中心とした次世代メディアへ完全対応
2004年 FLAIRのエンジニアとして袴田剛史が新規参画
2005年 FLAIR-DVDを開始
・FLAIRに新たに2室(221、222)追加し、DVDマスタリングの標準化を展開
・映像編集室(224)を新設
・ノンリニア編集機を導入しDVDづくりを広くサポート

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