次世代アーティストの為の新しいプラットフォームを 〜ユーマ(株)[ex.Third-Ear JPN Ltd.]、(株)Pinc代表 弘石雅和氏インタビュー

インタビュー フォーカス

ユーマ[ex.Third-Ear JPN Ltd.]/Pinc 代表取締役 弘石雅和氏
ユーマ[ex.Third-Ear JPN Ltd.]/Pinc 代表取締役 弘石雅和氏

次世代のアーテイスト、クリエイターを多角的にサポートする新会社、(株)Pinc(表記:P._nc 読み:ピンク)が先日設立された。
エッジィなクラブミュージック専門レーベルとして、ダンスミュージック好きな人で知らない人はいないサードイアジャパンを、10年以上に渡り運営してきた弘石氏。日本のダンスミュージック界に古くから携わりながら、更に広いフィールドを目指し、サードイアをユーマ(U/M/A/A)として成長展開、クラブミュージックだけにとどまらず、常に時代の先端を見つめフレキシブルにアップデートし続ける同氏に、今回設立されたPinc社の詳細や、ボーカロイドカルチャーの現状についてお話を伺った。
(取材・文、Jiro Honda)

[2012年4月23日 / ユーマ(株)にて]

PROFILE
弘石雅和(ひろいし まさかず)


1990年、アルファレコードに入社。その後、ソニーミュージックにて、テクノ部門を立ち上げ、KEN ISHII、BOOM BOOM SATELITES、UNDERWORLD等の作品に携わる。2001年、イギリス・ロンドン、東京・渋谷にて、Third-Earを立ち上げ、クラブミュージック専門レーベルとして運営。2002年から2006年まで、バルセロナのフェスティバル”SONAR”のサテライトイベントを主催。また、2005年より、音楽学校 Hits Village New Yorkにおいて、音楽ビジネス論の講師を務める。2010年、Third-Ear JPNから、ユーマ(株)へ商号変更。2012年、関連会社として新たに(株)Pincを設立。専門とするクラブ/エレクトロニック・ミュージックから、ネット発のミュージックシーンに至るまで、常に最先端のフィールドで活躍し続けている。

 

——新会社P._ncの設立、おめでとうございます。

弘石:ありがとうございます。

——Pinc社についてお聞きする前に、まず弘石さんご自身についてお伺いしてもいいですか。

弘石:僕は、学生時代にはイカ天に出演したり、808ステイトのフロントアクトをやったりバンドを4つ掛け持ちしながら、インターカレッジのサークルでDJイベントをオーガナイズし、クラブの動員記録をつくったり、活動的なオタクだったんだと思います(笑)。またクラブミュージックやディスコが好きな人に、その週に出た12インチをWAVEやCISCOで買ってきてレンタルするお店「SHOP 33」に携わっていました。エイベックスの松浦さんは「友&愛」でキャリアをスタートされたようですが、私もこの「SHOP 33」での経験がいまでも大きく役立っています。

その後、著作権法の改正で貸しレコード屋が次々と潰れていく状況になるんですけど、80年代後半、当時HIPHOPやテクノが産まれてきていて、それらに関連したアーティストグッズやウェアで、日本に入ってきていないものが沢山あったんですね。それで、そういう商品のバイヤーとして世界一周して買ってきて、それらを扱うセレクトショップとして「SHOP 33」を、改めて吉祥寺や原宿に出店したりしました。そういえば、そのショップのロゴもP._ncのCIを依頼したデザイナーズ・リパブリックでした。

——本格的に音楽業界に入ったのはいつですか?

弘石:アルファレコードにつながりがあって、90年に入社しました。洋楽部の配属で、クラブミュージックの制作やMute、JIVE、PWLなどのプロモーションを担当しました。
そのときアルファにもうYMOはいなかったんですが、邦楽部にYMOのリミックス企画を提案したり、自由な社風でした。アルファのレーベルとしてのあり方や斬新な発想は、U/M/A/AやP._ncのベースにあると思います。

その4年後に、ソニーミュージックがダンスミュージックレーベルを新しく作るというタイミングでソニーに移って、7年間ぐらいお世話になりました。

——「ソニテク」ですね。

弘石:ええ。ソニーテクノでは、KEN ISHIIやBOOM BOOM SATELITES、UNDERWORLDといったアーティストやMIX-UPというDJMIXコンピ、WARP Recordsのリリースに関わったりしました。

あと、今だと珍しいと思うんですが、ソニー時代の最後の時期は、Aphex TwinとかKEN ISHIIを売り出したベルギーのR&S Recordsとソニーミュージックがジョイントベンチャーをやるということで、ベルギーのゲントという街に出向で行きました。

——それは、お一人で行かれたんですか?

弘石:そうです。スタッフが7、8人しかいないベルギーのインディーズのレコード会社に籍を置いて、現地でインディーズの勉強をしましたね。

その後、BOOM BOOM SATELLITESがロンドンに居を構えて、1年間かけてアルバムを制作するということで、今度はロンドンにまた一人で行って、ソニーミュージックジャパン・ロンドン独りオフィスみたいな感じで(笑)、制作から発送まで全部やりました。
SMEのなかでその経験が活かせればと、意気揚々と帰国しましたが、現実的には厳しい状況がありました。

そういう状況の中で、デトロイトテクノが大好きなイギリス人ジャズシンガーGuy McCreeryに出会って、彼と一緒にサードイアの前身を作ったんです。

——サードイアはイギリスからはじまったんですね。

弘石:イギリスでスタートしました。それが、2001年ですね。今もロンドンにクラブミュージックの会社としてありますよ。

当初サードイアとしては、今でいうbeatportのような、クラブミュージックやエレクトリックミュージックの専門サイトを作って、ファイルデータで楽曲を販売するビジネスモデルを、Guyさんと話して企画もしていたんです。ですが、ネットのインフラ環境も整っていなかったので、環境が整うまではということで、つながりのあったクラブミュージックのジャンルで、レーベル、イベント制作の会社としてスタートしました。

その後、フェスのオーガナイズの方にも派生して、スペイン・バルセロナのSONARのチームと一緒にSonarSound Tokyoを10年間一緒にやったりしてきました。

 

弘石雅和

——その後、サードイアからユーマ社への商号変更、そして今回のPinc社の設立にいたるわけですが、その経緯を教えてください。

弘石:12年前にサードイアをロンドンでスタートしてからの2000年代というのは、音楽業界で大きな流れがありましたよね。1999年リリースの宇多田ヒカルの『First Love』が800万枚以上売れて、その頃をピークに業界の売上がずっと右肩下がりになってしまって。

その間には、ネット環境が整い、着うた、iTunes、YouTube が出現し、マーケットやプロモーションの方法が変化していきましたよね。
そして、ニコニコ動画や初音ミクが誕生するんですけど、2008年ぐらいに初音ミクオーケストラ(HMO)という、YMOの曲を初音ミクでカバーしたプロジェクトがニコ動で流行っていると耳にしたんです。僕はアルファレコードにいた時期もあったぐらいですから興味を持ちまして、聴いてみたら、非常にクオリティが高かったんですよ。まだボーカロイドカルチャーはコアなネット住民のもので、一般的に浸透していない時期でしたね。

——初音ミクは2007年に誕生ですよね。

弘石:はい。その頃、クラブミュージック専門レーベルとして渋谷でエッジィな音楽をやってきた我々が、アキバと渋谷、双方のカルチャーの架け橋になれるようなことが何かできないかなと思っていて、2009年の8月末から9月中旬にかけて、渋谷パルコと組んで「初音ミクとテクノ・デザイン展」というのを開催したんです。

そうしたら、予想以上に人が集まって、期間中の初音ミクの誕生日前日(8月30日)に記念撮影会を実施したら、渋谷の公園通りにミクのコスプレをした人が溢れたんです(笑)。これは我々が認識している以上に、潜在的なファンがいて、そこには大きくマーケットが広がっているんだな、と実感しました。

——ムーブメントが目に見えるかたちで現れたと。

弘石:そうです。そのイベントがきっかけで、同人即売会に参加するようになったりして、ヨコのつながりもでき、後にP._ncに所属するアーティストや絵師さんに出会ったりしました。

背景にそのような流れがある中で、サードイアでもいわゆるネットカルチャーのアーティストのCDリリースや、グッズとかフィギュアを制作したり、初音ミクの痛車(※下記画像参照)をプロモーションに用いたり今までにない刺激的なことをやるようになりました。またその中でマネージメント的な活動にも注力しようという新しい動きが出てきました。

初音ミクの痛車
初音ミクの痛車

そして、ロックフェス、テクノフェスからコミケまで様々なフェスに参加する中で、CD( = 音楽)は売れなくなったんではなく、CDが購入される場所、聴かれ方、マーケティングの方法が大きく変わってきているんだと実感したタイミングでもありました。

——そして、設立10年目を契機にユーマへ転換されますね。

弘石:サードイアというクラブミュージックレーベルとして定着したイメージを越える企画や展開が、社内で出てきたんです。それで、映像やマンガ、アニメ、ガジェットなど色々なものを音楽と組み合わせていこうと、2010年にUnited Music And Arts( = UMAA)というコンセプトで、社名変更しました。

その後、さらにその流れが進み、事業の幅が広がってきたので、レコード会社/レーベル的な機能はユーマで中心的に行いつつ、ネット発の次世代のミュージシャンや動画のクリエイターをもっと新しいカタチでマネージメントしようと、今年P._ncを立ち上げました。

——ユーマ社とPinc社の代表として、それぞれの会社をどのように捉えていますか。

弘石:U/M/A/Aは元々サードイアが発展した会社なので、やはりレコード会社、レーベルですよね。それらは、成熟期を迎えているビジネスモデルだと思っていて、メジャー出身のスタッフもいますし、方法論もすごく分かっている部分があります。

P._ncは出来たばかりの会社で、ネットと配信と権利に強い若いスタッフが集まっています。まだカタチが定まっていないので、これから時代に即して柔軟に進化していければと思っています。

——Pinc社はマネージメントに特化しているのですか。

弘石:次世代アーティストの為の、新しい形態のマネージメントです。そして、その中に、世界的な著作権管理や音楽配信の機能を持たせています。

——社名に「P」が入っていますが、御社が扱うのは、ボーカロイドプロデューサーに限っているのでしょうか。

弘石:「サードイア=クラブミュージック専門レーベル」と認識されている方からは、「何故ミクやボカロをやっているの? 意外な感じがする」と最近よく質問されるんです。あと、昔からの業界の知り合いには「クラブレーベルを十数年やってきたのに、何故築き上げたブランドを捨てるの?」とか言われたり。でも、その辺りに、こだわりは全く無いんです。次のビジョンが明確にあるので、新しいコンセプトの中でやっていくことしか見えてなかったんですね。

個人的には、ボーカロイドというのは楽器だと認識しています。楽器が進化すると、新たなジャンルや音楽、ムーブメントが産まれて、そこから新しいプロデューサーが出てきますよね。シンセ、ボコーダーが産まれてYMOやクラフトワークが使用し、テクノが発展しましたよね。最近だとダフトパンクやマドンナ、Perfumeがオートチューンをユニークな使い方をしクラブミュージックに新機軸が産まれたり。ボーカロイドに関しては楽器としてだけでなくキャラクター性も伴うので、イラスト、動画、ダンスなどクリエイティブな多様性を派生させて大きなムーブメントになっているんだと思います。

その流れで言うと、ボーカロイドも楽器の進化の過程の一つですから、新しい時代の流れを肌で感じているボーカロイドを使うプロデューサーやミュージシャンが非常に面白いと感じているので一緒にやっています。従って、僕の中での興味と事業の流れは一貫しているんですよ。

今後は、ボーカロイドの次の新しい音楽やムーブメント、楽器が産まれて、進化していくでしょう。そういう将来の流れも見据えているので、特にボーカロイドプロデューサーには縛られず、P._ncの考え方に合うアーティスト/クリエイターと仕事をしていきたいなと思っています。

——大きな意味で、次世代のミュージシャン、クリエイターをカバーしていくというイメージでしょうか。

弘石:そうですね。

弘石雅和

——現時点で、敢えていわゆる「P」を弘石さん的に定義するとしたらどうでしょう。

弘石:「P」というのは元々ネットから出てきた言葉なので色々な解釈があると思いますけど、やはり基本的には文字通り「プロデューサー」ですね。

小室(哲哉)さんや中田(ヤスタカ)さんのような著名なプロデューサーとボカロPが何か違うのかな、と改めて考えてみたんですけど、実は基本的に一緒だと思うんです。プロジェクトの規模の違いはあるにせよ、プロの場合も、例えば作詞、作曲、アレンジメント、予算組みから映像ディレクション、キャスティングまで含めて、総合的にマーケティングプランをまとめるのがプロデューサーの仕事だとしたら、ボカロPも、自分達の環境の中で同じ事をやっているんですよね。

——プロのプロデューサーだったら著名な監督に映像を発注するというところが、ボカロPだと知り合いの動画師や絵師に頼むといったようなことですね。

弘石:そうです。彼らも作品を発表する際には、音に最もマッチする動画を作ったり、動画をアップするのはいつが一番効果的かとか、どういうタグを付けるべきか等、緻密に、戦略的にやっています。あとプライシングも現状のマーケットを見据えてますよ。それらは、本質的にはプロデュース作業なんですね。ですから、我々の中で「P」は、「ネットからでてきた新世代のプロデューサー」だと定義づけしています。

——そうなりますとプロとセミプロの境目はもう曖昧ですよね。

弘石:Pは同人から出てきているアーティストが多く、同人での活動規模が大きくなる中で、プロの仕事の発注がくるということがあります。

P._ncでは、彼らが同人活動の継続を望めば、引き続き自由にやってもらいますし、音楽以外の本業を持ってるアーティストも多いので、その人のペースの中で創作活動をバックアップ、サポートしていきます。もちろん、プロとして音楽や映像、イラストだけでやっていきたいということであれば、そのような環境作りもしますね。リベラルなアーティストも多いシーンですが、既存のシステムのよい部分は、オプションとして話し合い、共有していきます。実際にP._nc所属のアーティスト達は、彼ら自身の同人活動の経験から得たセルフプロデュース能力と我々が培ってきたノウハウを組み合わせる事でより大きなフェイズでの活動を実現できていると思います。

——このようなPが本格的に認知されだしたのはいつぐらいからでしょうか。

弘石:SNSや動画共有サイトの出現以降だと思います。例えばコミケは70年代からあるじゃないですか。同人カルチャーというのは長い歴史があって、そこには潜在的に商業でも活躍できるアーティストがもともと沢山いたと思うんですよ。その人の才能が評価される環境が少なかっただけで。

それが、最近SNSや動画共有サイトが普及したことによって、自分の作品をよりオープンに発表できるようになりましたよね。自分が作ったものに対して、ユーザーがコメントしたり、ダイレクトな評価・反応をして、それが励みになって、また次の創作活動が活発になったりしています。あと、現在だと、メンバーやスタジオの時間にとらわれずに、DTMで初音ミクというピッチの完璧なシンガーと一緒に創作活動ができますしね(笑)。

——潜在的ミュージシャン/クリエイターが日の目を見る時代が到来したということですね。ちなみに、そういった方々ってどれ位いらっしゃると思われますか。

弘石:その把握は難しいですね(笑)。日々産まれているといっても過言ではないでしょうし、しかも、今は様々なスタンスのPがいて、音だけではなくて、映像やイラストなど、色々なカタチでこのカルチャーに参加しています。著名なPに関しては、ネットにまとめサイトが沢山あるので、そういうところを参照した方が手っ取り早いと思いますよ(笑)。

——確かにそうですよね(笑)。現在、色々な動画共有・投稿サイトがありますが、やはりニコ動でのPの動きはチェックされていますか?

弘石:ニコ動での再生回数というのは目に見えるので、やはりある程度、分かり易い基準ではあると思います。しかし、再生回数が多くても、音楽の本質的な部分とはかけ離れている場合もあるので、どういうものが流行っているかという、その要素はチェックしますけど、再生回数やランキング自体が、P._ncで扱うかどうかの基準にはなりませんね。

——もっと音楽的なところですか。

弘石:将来を考えたときの、音楽的作家性というものを重視しています。あとは、やはり直接話したときに感じるインスピレーションですよね。

——現在Pinc社に所属されているPにはどのような方々がいらっしゃるんですか?

弘石:DECO*27(デコニーナ)やsasakure.UK(ササクレユーケイ)、まだ発表前段階の新人アーティストがいたり、音楽以外でいうと、イラストレーターだったり漫画家などのクリエイターがいます。

——DECO*27とsasakure.UKは、それぞれどんなアーティストなんですか?

弘石:DECO*27は福岡でバンド活動をしていた作家、ギタリストです。彼は3年ぐらい前に東京に出てきたんですけど、上京してすぐはメンバーが見つからないので、初音ミクを使って作品を発表していて、それからですね。今まで2枚のアルバムをリリースしていまして、彼の活動はだんだんと大きく広がってきています。昨年は柴咲コウのプロジェクト、galaxias!に参加して全国18ヶ所のツアーをまわり、武道館のステージにも立ちました。7月25日には全編生ボーカルの3rdアルバムをリリースします。非常に感性の鋭いアーティストです。

sasakure.UKは、2ndアルバムを4月11日にリリースしたばかりで、おかげさまで同作はオリコンデイリーチャート4位になりました。彼は、ゲームとリンクする作品を発表したり、ずっと同人で活動していて、8bitサウンドからプログレまで、音楽的な幅を持っています。

彼の独自の歌詞の世界観には、特に注目していて、最新作も全ての曲に小説や寓話、現象等のテーマをもたせています。彼の初期の代表曲「*ハロー、プラネット。」は、曲調としてはアイドルが歌ってもおかしくないポップなんですけど、歌詞は「核戦争が起きて人類が滅亡して最後に残ったのが初音ミクというアンドロイドだった」という設定で、そういう奥深いところが幅広い年齢の方に受け入れられています。

——その2ndアルバムは、ジャケットやイラスト、装丁含め、CDのパッケージ全てでsasakure.UKの世界観を表している感じですね。

弘石:動画と歌詞、音の世界観をひとつにパッケージするにはどういうものがいいかと、スタッフと話し合いながら制作しました。やはりパッケージで購入していただくことが、我々レコード会社の主眼だと思っていますので、絵本型ブックレットにこだわったり、ニコ動やYouTubeにアップされているものを、できる限り高画質で映像で収録しました。

弘石雅和

——DECO*27やsasakure.UK等は初音ミクをきっかけに世の中に出てきたと思うんですが、初音ミクに対して、未だに「ある一部の人達のもの」というバイアスはあるとお感じですか? 最近は、お茶の間レベルでも認知されてきた感じもしますが。

弘石:去年ぐらいまでは、やはり初音ミクやボカロの話をしていても、実在する女性シンガーだと勘違いされている業界の方もいました(笑)。そういうときは、「いやいや、音声合成システムのVOCALOIDを積んだ、初音ミクというキャラクターであり、ソフトなんですよ」といちいち説明したりして。

——その状況わかります(笑)。

弘石:そんな感じだったんですが、年末年始にGoogleのTVスポットで使用されたり、NHKの「週刊 ニュース深読み」で非常に分かり易く紹介されたりして、状況は変わりましたよね。例えば、田舎に住む高齢の僕の両親でも、その番組を見て「やっとあなたの言ってたミクちゃんが理解できた」と言っていました。

特に去年末から、今年の春にかけて急速に認知が広がってきている気がします。以前から日常的にネットで新しいものを探している人は、ものすごく深く知っているけど、そのようなアクションをしない人は全く知らないという断絶があったと思うんですが、その差が、最近フラットになってきていますね。

——初音ミクが、ここまでユーザーを惹きつける魅力はなんだと思いますか?

弘石:やはり、自分たちがアーティストを育て上げるような、いわゆるn次創作が認められているところが魅力なんでしょうね。クリエイターであれば理想のシンガーとか、ファン視点であれば自分なりのアイドルを育て上げることができるところが、ここまで広がった理由だと思います。

——シュミレーションゲーム的な感じでしょうか。

弘石:そういう部分がありますよね。クリエイターサイドもレーベルサイドも、初音ミクを様々に解釈して作品にしているので、その中からユーザーは自分の好きなタイプのミクをサポートすることができます。

あと、これは僕の持論なんですが、初音ミクまわりの動きというのは、音だけではなくて、ダンスや動画、イラスト等、様々な要素を巻き込んだ一つの新しいカルチャーだと思っていて、それはヒップホップのカルチャーに非常に近いと思うんです。

——コミュニティーで形成されていくカルチャー/シーンですよね。

弘石:ヒップホップは、楽器の演奏や作詞作曲の能力を越えたジャンルですよね。アメリカのストリートで、ターンテーブル2台でのおしゃべりから産まれて、そこからグラフィティアーティストが出てきたりするようなところが、初音ミク周辺カルチャーと非常に近いと感じています。だからボーカロイドや初音ミクのムーブメントはもっと大きくなるというか、一過性ではなく、定着していくものだと思います。

——初音ミクまわりのユーザー、リスナーの年齢層というのは、やはり若い方々ですか。

弘石:若いでしょうね。HMO(=初音ミクオーケストラ)のファンはR40のかたも多いですが。

——中心は十代後半ぐらいですか?

弘石:小学生から大学生ぐらいまでがコアユーザーだと思います。分かりやすいエピソードがあって、以前、DECO*27のレコ発をタワーレコードの新宿店でやったんです。会場には主に10代の方々が沢山集まったんですけど、その中に一人40代ぐらいの女性の方がいらっしゃったんですね。

それで、僕はその女性を見て「ここまでユーザー層が広がってきたのか」と思っていたら、その女性が僕のところにきて、「すみません、DECO*27さんに手紙を渡したいんです」って言うんですよ。それで、よくみたら小学生ぐらいの女の子が横にいて、実はその子がDECO*27に手紙を渡したくて、家が遠いからお母さんと一緒に来た、というようなことがありました。

——リアルにそこまで広がっているんですね。「お母さん、会いたいからちょっと連れて行ってよ」と(笑)。

弘石:下はそれくらいの年齢層まで広がっています。

——ボカロPという存在は、日本独自の動きなんでしょうか。

弘石:去年の夏にロサンゼルスで開催された「アニメエキスポ2011」に、視察も兼ねて行ったんですが、会場には数万人の海外のアニメファンやボカロファンが集まっていました。

アメリカ人のボカロPが現地にいるかどうか、そのときには分からなかったんですが、少なくとも、ボーカロイドカルチャーを知っている人はたくさんいました。そのエキスポの中で、初音ミクの産みの親であるクリプトン社の佐々木渉さんが登壇した“Miku Conference”というセッションがあって、数千人の海外の人々が参加していました。

その人たちに佐々木さんが「日本のボカロPで、誰を知っていますか」って質問をしたら、「スーパーセル!」「デコトゥエンティーセブン!(=DECO*27)」といった声があがったりしていましたね。

こういう状況ですので、日本での流れもそうだったように、海外でも最初はリスナーからはじまって、カバーをする人が出てきて、次にはオリジナルを作るボカロPがこれから産まれてくると思います。

——現行の初音ミクはVOCALOID2を積んでいますが、昨年リリースされたVOCALOID3は、従来の英語と日本語に加えて、中国語、韓国語、スペイン語にも対応していますね。

弘石:今、初音ミクは日本語のバージョンしかないんですけど、今後は海外バージョンが作られると聞いています。そうなると、海外のボカロPは増えるでしょうね。

——ニコニコ動画や初音ミクまわり、ボーカロイドカルチャーというのは、作り手もユーザーも同じレベルで、みんなで楽しもうみたいな文化がありますよね。今後そのような中でビジネスをするにあたって、気を付けている部分はありますか。

弘石:我々も「事業者」「ビジネス」という感じより、ユーザーと一緒になって、ネットというフィールドでいかに楽しんで遊べるか、を大事にしてきたいです。

従来の音楽業界は、メジャーとインディーの活動は別、みたいな考え方があったじゃないですか。我々は、既にそういう時代ではないと考えていて、アーティストのビジョンに即した環境を整えるプラットフォームを目指しています。アーティストに本業が別にあればそれを尊重しますし、同人活動を継続したいのであれば応援します。上手に活動を共有していきたいです。

アーティストがメジャーになることによって、昔からのファンは遠くへ行ってしまったように感じる、みたいなことにも気をつけなければと思いますしね。

——マネージメントを主としつつ、著作権管理、配信も事業内容とされていますが、著作権管理でソニー・ミュージックパブリッシング(SMP)と一緒にやることになったきっかけは何だったんでしょうか?

弘石:DECO*27のオフィシャルサイトをアクセス解析してみると、まだ海外へは本格的にプロモーションをしていないにも関わらず、欧米、アジア、ロシア 他世界各国からけっこうアクセスがあるんですね。なので、世界規模で出版管理した方がいいと思いまして、世界各国にディビジョンがあるSMPと一緒にやっています。あと、SMPにこのカルチャーに理解が深い方がいらっしゃったのも協業の契機です。

——初音ミクを使った楽曲というのは、著作権管理が複雑なのですか?

弘石:いえ、実はそんなに複雑ではないんです。例えば、初音ミクが実在の世界トップシンガーだとしますよね。そうすると、我々はそのトップシンガーを借りて原盤を制作しているということになるので、そのシンガーをお借りするうえでクリプトン社に申請し、許諾をとります。

ネット発のアーティストの場合、ネットがマーケティングの主戦場になります。YouTube・ニコニコ動画などのネットメディア展開において、アーティスト自身の希望に応じて、支分権・利用形態別に著作権管理事業者に管理を委託するようにしています。その部分が違うだけで、後は一般的だと思いますよ。もちろん、別の考え方の方もいらっしゃると思いますが。

——配信の事業においてはThe Orchardをパートナーとされていますね。

弘石:The OrchardはアメリカのNYに本社を構える世界最大規模の音楽配信アグリゲーターで、全世界に張り巡らされた配信網を持っています。そのThe Orchardの配信網に、我々が得意とする海外マーケティングを組み合わせることで日本初の新しいコンテンツをどんどん世界へ送り出していきたいと思っています。

——Pinc社のようなコンセプトの会社は他にあるんでしょうか。

弘石:Pのアーティストマネージメントを行うところは他にもありますけど、P._ncのようにひとつのプラットフォームを整えているっていうのは、新しい形態かもしれませんね。

——Pinc社設立のニュースをMusicman-NETで掲載したときに、プレオープンサイトで、某カリスマ経営者を思い起こさせるユニークなプレゼン動画を拝見したんですが(笑)。

弘石:(笑)。あれに出演しているのは、The Orchadの日本支社長のJay Zimmermannさんなんですよ。P._ncという会社のやっている事やイメージをどういう風に表現しようと思った時に、堅苦しいPR動画より遊び心のあるものにしたかったんです、スネークマンショーみたいな(笑)。みんなでワイワイ話し合いながら作っていったらああいう動画になりました(笑)。

Jay Zimmermann:このオフィスにグリーンスクリーンを設置して、撮影しましたよ。

——作成には結構時間がかかったんですか。

弘石:撮影自体は数時間でできました。

——そうなんですか! でも、かなり本格的でしたよね。そして、Pinc社のロゴは、あのThe Designers Republicが手掛けていますよね。

Pincロゴ
(designed by The Designers Republic

弘石:WARP Recordsの一連のロゴなどを制作していたThe Designers Republicには、僕がソニーテクノにいるときアーティストのジャケットを作成してもらいました。サードイアをはじめたときに彼らのエージェントみたいなこともやっていた時期もあり繋がりがあったので、「新しい会社作るんだけどロゴを作ってくれないか」ってお願いしたら、「君の会社だったら作るよ!」という流れで、今回のロゴができました。

——ロゴが、会社の特性を物語っている気がします。

弘石:そういう仕上がりになってますよね。The Designers Republicのみんなは、元々日本のカルチャーが好きなんです。カタカナや漢字を英語っぽいアレンジのフォントにしたりとかね。あと、彼らの遊び心が、今の時代のPの感覚にも通ずるところがあると思い依頼しました。

弘石雅和

——最近はDOMMUNEやBlock.FMが人気だったり、クラブ/ダンスミュージックシーンを取り巻く状況はダイナミックに変遷しています。弘石さん自身は、シーン初期から関わってきた一人として、今の状況をどのように見ていますか。

弘石:昔は毎週のようにクラブに遊びに行っていたけど、仕事や家庭等、色々な事情があって足が遠ざかってしまった人たちって結構いますよね。そういう方々が、クラブ/ダンスミュージックを疑似体験できる環境ができたというのは、非常に良いことだと思います。

ですが、現場の空気感や本来の意味でのソーシャルな出会いは、すごく大事だと感じているので、やはりハコに足を運んでもらいたいですね。いくら良いヘッドフォンで聴いても、現場の音圧とは違いますし、Face to Face で色んな話をしたり出会ったりすることは特に感性の豊かな年齢においては貴重な体験ですよ。

個人的には、アルファレコードに入社しての最初の仕事は、ほかのスタッフの仕事が終わった夜中に、アナログレコードを100枚ぐらい持って、歌舞伎町、渋谷から六本木のスクエアビルのB2から10FまでのディスコのDJにそのレコードを配って、プロモーションすることだったんです。10代でディスコに通い始め、20代前半には、イギリスの牧場なんかのRAVEに行った体験は、いまも創造の指針のひとつとしてあります。そういう現場を通して、色々なことを学び、楽しみ方を覚えましたから。

そういう意味でいうと、ここ最近の関西や東京のクラブシーンの状況に関しては、思うところが沢山ありますね。

——摘発が続いて、規制は厳しくなってますね。

弘石:ユースカルチャーとして、現場あってこそのクラブミュージックだと思っているので、なんとかしていきたいなとは思っています。しかし、いくつかの問題が混在しているということもあるので、もどかしいですね。

ただ、U/M/A/Aができることとして、これからもテクノやクラブミュージックをリリースしていくつもりです。クラブイベント、フェスのオーガナイズもやっていきます。
昨年、ドラムンベースの大御所London Elektrocityの曲に日本語詩をつけた「ロンドンは夜8時」という曲をリリースし、クラブで仕掛けたんですが、多くのクリエイター/DJに支持されたこともあり最終的に日本語で歌えるクラブミュージックとしてこの曲がかかるとクラブで大合唱がおきるくらいのアンセムになったんです。カラオケで歌いたい!というリクエストがたくさんきてカラオケでも歌えるようにしたくらい。 

やはり、我々としてはこれまでとは違う発想でクラブミュージックにアプローチすることで、音楽の側面からクラブカルチャーをサポートしていければと思っています。

——最後にPinc社の今後の展望についてお話下さい。

弘石:以前から会社の展開を考えるうえで、異業種からインスパイアされることが多いです。十数年前にヨーロッパに住んでいるときに、もうLCC(=格安航空会社)はあたりまえのように、生活に根ざしてました。クラバーは、バルセロナやイビザに行くのにBAを使うことをスマートだとは思ってなかったですね。サンドイッチやお弁当持ち込んで格安航空にのってツアーできるんだったら、閉塞感のある場所にじっとしているより幸せですよね。あと、東京R不動産とか。時代をいち早く予見し、発想の転換をしていくインディペンデントなあり方は、共感しますね。P._ncも時代に対応して柔軟に変容していければと思います。

そのためにも、アーティストの数をどんどん増やしていくというよりは我々の方向性にあうアーティストと一緒にロングタームでやっていきたいです。海外で生活していたときに実感しましたが、アーティストというのは環境によって想像力や出来てくる作品が変わると思うので、よりクリエイティブになれるような環境を提供していきたいですね。ざっくばらんにクリエティブな議論ができるようなカフェとスタジオとリラクゼーション施設が共存しているようなスペースを創れたらと思います。学校の昼休みに夢を語り合うというような遊び心を大事にしていきたいですね(笑)。

リリース情報

sasakure.UK

「幻実アイソーポス / The Fantastic Reality of Aesop」
sasakure.UK

発売中
初回生産限定盤 UMA-9001〜9002(CD+DVD)/ 3,000円(税込)
※CD+DVDの2枚組デジパック
※32ページ絵本型ブックレット
※特殊ニス加工の三方背BOX付き
通常盤 UMA-1001(CD)/ 2,700円(税込)

収録内容
Disc1 / CD
01. プロローグ・幻実アイソーポス
02. ロストエンファウンド feat. 初音ミク
  Guitar:佐々木秀尚 (from 有形ランペイジ)
03. オオカミ少年独白 feat. Cana(Sotte Bosse)
  Bass:二家本亮介 (from 有形ランペイジ) / Drums:今井義頼 (from 有形ランペイジ)
04. タイガーランペイジ feat. 鏡音リン
05. 突然、君が浮いた feat. そらこ
  Keyboards:白井アキト (from 有形ランペイジ)
06. ナキムシピッポ feat. 初音ミク
07. コイサイテハナ* feat. mirto
08. バタフライ・エフェクト feat. ちょうちょ
  Guitar:[TEST]
09. SeventH-HeaveN feat. 初音ミク
10. 深海のリトルクライ feat. 土岐麻子
  Guitar:真 / Bass:千ヶ崎学
11. インタールード・ヒトとキジン
12. 否世界ハーモナイゼ feat. 鏡音リン
13. ガラクタ姫とアポストロフ feat. 初音ミク
14. エーテルの機憶 feat. 巡音ルカ
15. 再鋼築フィクション feat. ピリオ
16. エピローグ・幻実アイソーポス
17. タイガーランペイジ feat. 有形ランペイジ (BonusTrack)

Disc2 / DVD
01. ロストエンファウンド feat. 初音ミク [Music Video]
02. タイガーランペイジ feat. 鏡音リン [Music Video]
03. ナキムシピッポ feat. 初音ミク [Music Video]
04. コイサイテハナ* feat. mirto [Music Video]
05. バタフライ・エフェクト feat. ちょうちょ [Music Video]
06. 深海のリトルクライ feat. 土岐麻子 [Music Video]
07. ガラクタ姫とアポストロフ feat. 初音ミク [Music Video]

ゲスト (※順不同)
土岐麻子・Cana(Sotte Bosse)・ちょうちょ・marina・mirto・そらこ・有形ランペイジ

イラスト:茶ころ / デザイン:pam(opticalflats)

関連タグ

オススメ