アデルのマネージャー、ジョナサン・ディキンズについて

コラム 高橋裕二の洋楽天国

スーパースターの裏方には優秀なマネージャーがいる。古くはエルヴィス・プレスリーのトム・パーカー大佐。ビートルズのブライアン・エプスタイン。イーグルスのアーヴィン・エイゾフ。新しいところでは、レディー・ガガのトロイ・カーター、ワン・ダイレクションのリチャード・グリフィス、ジャスティン・ビーバーのスクーター・ブラウン。無名のアーティストをスーパースターへ育て上げる。音楽業界の全てに精通していなければならない。日本で、音楽業界でマネージャーと呼べば、殆どが「付き人」だ。欧米のマネージャーはアーティストの才能を見抜き、成功への青写真を描く。

アデルのマネージャーはジョナサン・ディキンズ。イギリスの音楽関連業界の中で育った。おじいさんのパーシー・ディキンズはイギリスを代表する音楽誌NME(ニュー・ミュージカル・エキスプレス)を1952年に親友と共同で創刊した。父のバリー・ディキンズはイギリスの代表的な音楽ブッキング・エージェンシーITBの共同経営者だ。アーティストをコンサート会場にブッキングする。ボブ・ディランやニール・ヤングやダイアナ・ロスといった大物をブッキングしている。ジョナサンの叔父、ロブ・ディキンズは長い間、イギリスのワーナーミュージックの会長だった。エンヤやコアーズを育てた人物だ。

ジョナサン・ディキンズは最初ワーナーミュージックの制作マン(A&R)としてスタートしたが実績は残せなかった。アーティスト・マネージメントの方が得意かもしれないと、2006年、自宅の寝室が本社の「セプテンバー・マネージメント」を設立した。ここでアデルと出逢う。アデルはこの年の5月、ブリット(BRIT)スクールという専門学校を卒業したばかりだった。アデルのデモ・テープに興味を持ったインディーズのXLレコーディングスの制作マン(A&R)であるニック・フゲットが親友のジョナサン・ディキンズにマネージャーをやらないかと持ちかける。アデルの卒業1ヶ月後の6月、セプテンバー・マネージメントは第1号のアーティストとしてアデルと契約した。

2007年10月、アデルの1stシングル「ホームタウン・グローリー」が発売され、センセイショナルなデビューを飾る。2008年の1月、1stアルバム「19」が発売され、ヨーロッパ中で大ヒットした。しかしインディーズのXLレコーディングスの親会社ベガーズ・バンケットは世界最大のマーケットであるアメリカには販売網が無かった。無かったと言うよりも、インディーズとしてイギリスとヨーロッパだけで稼げればいいや、という事だ。ソニーミュージック傘下の米コロンビア・レコードの社長になるロブ・ストリンガーはベガーズ・バンケットのトップもジョナサン・ディキンズも良く知っていた。XLレコーディングスからのライセンスを受ける形で、アルバム「19」はアメリカでコロンビア・レコードから発売される。

今日(10月15日)、全世界でアデルのニュー・シングル「Easy on Me」が発売になる。

高橋裕二の洋楽天国記事提供元:洋楽天国
高橋裕二(たかはし・ゆうじ)
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