訃報:コンサート・プロモーターのハヤシインターナショナルプロモーション(H.I.P.)代表 林博通さんが死去、75歳

コラム 高橋裕二の洋楽天国

コンサート・プロモーターのハヤシインターナショナルプロモーション(H.I.P.)代表の林博通さんが4月12日、すい臓がんのため亡くなった。75歳だった。

当コラムの筆者と林さんが始めて仕事をしたのがジャパン・ジャム。バークリー音楽院でジャズ・ドラムを学んだが、腰を痛め、プロ・ミュージシャンを断念。帰国後コンサート・プロモーターを始める。

今から42年前の1979年、林さんは江ノ島の野外フェス、ジャパン・ジャムを主催。ビーチ・ボーイズやハートを招聘。前座はサザンオールスターズだった。ビーチ・ボーイズのリーダー、ブライアン・ウィルソンは体調が悪く、セラピストを帯同していた。勿論演奏はしなかった。

ビーチ・ボーイズはキャピトル・レコードなので、日本では東芝だが、1979年に発売されたアルバム「L.A.(ライト・アルバム)」はCBS傘下のカリブ・レコードからで、日本ではCBSソニー(現ソニーミュージック)が発売した。林さんは当コラムの筆者に連絡してきた。招聘までに時間が無かったが無事決まった。

下の写真はジャパン・ジャムのヨットパーカーに当コラムの筆者がブライアン・ウィルソンからもらったサイン。向かって左下にBrian Beac H Boysとある。

高橋裕二の洋楽天国記事提供元:洋楽天国
高橋裕二(たかはし・ゆうじ)
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