Apple Musicで注目集まる「プリアド」機能。音楽ストリーミングをブーストするプリアド、プリセーブに、アーティストやレーベルはどう取り組むべきか

コラム All Digital Music

3月20日にリリースしたThe Weekndの最新アルバム『After Hours』(XO/リパブリックレコード)が、Apple Musicの「プリアド」(Pre-add)機能の利用回数で、アルバムリリースの過去最高記録を樹立したことが、明らかになった。

The Weekndの『After Hours』が全世界でプリアドされた回数は102万回以上。アルバムがプリアド・キャンペーンだけで100万(ミリオン)越えした最初のアルバムとなるという、Apple Musicにおけるマイルストーンを達成した。

『After Hours』は、全米アルバムチャート1位獲得が確実視されている。

リリース初日にはApple Musicでは米国、英国、ドイツ、(地元の)カナダ、オーストラリア、ロシア、ブラジルなど、世界各国のアルバムチャートで1位デビューを果たした。iTunesストアのダウンロードでも、米国、英国、ドイツ、オーストラリアで1位デビューだった。日本のApple Musicでは25位、iTunesでは7位だった。

Apple Musicのプリアド機能とは

Apple Musicのプリアドは、iTunesで発売日前のアルバムやシングルをプリオーダー予約注文することと同じ機能だ。

リリース日前にプリアドすることで、リリース当日にApple Music内の自分のお気に入りやプレイリスト、ライブラリなどに自動で作品が追加される。配信初日から聴き逃がすことなくストリーミングで楽しめるのがプリアドの使い方の一つだ。

音楽ストリーミングでは、Apple Musicはプリアドと呼ぶが、Spotifyではプリセーブ(Pre-save)と呼び、名称が異なるが、基本的な機能は同じである。

プリアドやプリセーブは、音楽ストリーミングに作品を配信するアーティストやレーベルであれば、誰でも使うことができる。

You can pre-save/pre-add the album now from r/Kanye

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インディーシーンから広がるプリアド、プリセーブの施策

かつてレコード会社がiTunesストアでデジタル・ダウンロードのプリオーダーを展開してリリース日までの盛り上がりを作ってきたように、ストリーミング時代のリリース戦略において、プリアドやプリセーブは同様の役割を果たしている。

プリセーブ・キャンペーンの活用が最初に広がったのはSpotifyで、2015〜2016年頃から徐々に話題が広がっていった。2016年はSpotifyが月間アクティブユーザーが初めて1億人を突破した年で、音楽ストリーミングの世界では他社を圧倒する成長を続けていた。

最初のプリセーブ・キャンペーンは、2016年にKobalt/AWALがLaura Marlingのアルバム『Semper Femina』で行ったのが初めてだ。当時からプリセーブの仕組みを注視してきたのは、インディーレーベル所属のアーティストや、レーベル契約しないディストリビューター経由で作品を配信するDIYアーティストたちが中心だった。

ここ4-5年でその流れは大きく変化した。昨今の音楽ストリーミングの世界的な人気拡大を経て、今では世界の音楽業界でアーティストやマーケティング担当、マネージャーたちにプリセーブとプリアドは浸透してきている。

Apple Musicがプリアド機能の提供を始めたのも必然的だった。2018年6月にApple MusicKit APIの機能として正式に追加された。

そして過去数年では、メジャーアーティストでの利用が広がっている。特典を提供したり、コンテストを併せて実施するなど、様々なジャンルや国のレーベルやアーティストがリリースマーケティングで活用する機会は増加した。

特にストリーミングでリスナーの母数が多いSpotifyとApple Musicでの活用が顕著だ。ヒップホップやR&B、ダンスミュージック、エレクトロニック、ポップス、カントリーなど、ジャンルに関係なく広がっている。

欧米では現在も、インディーレーベルやディストリビューターは、プリアドやプリセーブの活用を薦めている。

インディーアーティスト向けにプロモーション戦略やDIY手法を紹介する音楽マーケティング関連のブログでも、プラン作りの一貫として支持されている。

例えばインディーアーティストを長年支援してきたディストリビューター、CD Babyはブログで頻繁にプリセーブの重要性を唱えているディストリビューターの一つだ。最近のブログ記事「2020年にシングルをリリースするベストな手法トップ10」(Releasing a single song: The 10 best strategies for 2020)の中でもそれは見ることができる。

メジャーレコード会社であれば、プリセーブを実施する独自のツールを持っているかもしれない。

だが、メジャー契約していないアーティストやレーベル、そもそも契約するつもりの全くないインディペンデント・アーティストはどうするか。

その場合は、サードパーティのマーケティングツールを無償または安価で使い、カスタマイズすることをお薦めしたい。LinkfireやFeature.fm、SmartURL、ToneDen、Presave.ioなどのツールがすでに機能を提供している。

また、DIYツールを一定価格で提供するデジタルディストリビューターも、登録アーティストに対して独自のマーケティングツールを提供する場合もある。CD Babyが提供するShow.co、Distrokidが提供するHyperfollowといった、プリセーブの機能を使って作品をマーケティングするアーティストは、すでに多い。

またSymphonicやAWAL、Empire、UnitedMastersなどレーベルサービスも、The OrchardやCaroline Internationalなどメジャーレーベルのインディペンデント向けディストリビューターも、契約アーティストのリリースプロモーションで活用するケースが目立つ。

プリアド、プリセーブ機能が利用できるツールを改めて幾つか紹介する。この他にもツールは存在する。予め設定した目的の達成に向けて使い分けることが重要だ。

Linkfire
Feature.fm
Smart.URL
ToneDen
Presave.io

プリオーダーに代わるApple Musicのプリアド

iTunesストアのプリオーダー機能を始めたAppleが、Apple Musicでプリアドを始めたのは、作品に対するファンの期待値やエンゲージメントを高めることがストリーミングでも重要であるとするAppleの音楽に対する考え方が大きい。

アルバムリリースのマーケティングで、Apple Musicではプリアドが様々なアーティストに活用されているが、Apple Musicのプリアド機能の過去最高記録は、ビリー・アイリッシュで、『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』(Darkroom/インタースコープ)が80万回以上プリアドでお気に入りされた。

その他の代表的な記録では、テイラー・スウィフトは『Lover』(リパブリックレコード)のリリースでプリアド機能を使い、プリアド開始初日(2019年6月13日)だけで17万8600回お気に入りに追加された(アルバムリリースは8月23日)。

『Lover』は、Apple Musicで最も初日にプリアドされたポップアルバムという記録を樹立した。またテイラー・スウィフトは、アリアナ・グランデが記録したプリアド回数を越えて、女性シンガーで過去最高を記録している。

プリアド、プリセーブ用マーケティングツールの増加

SpotifyやApple Musicなど音楽ストリーミングは、CDやダウンロードの時代とは比べ物にならない自由をアーティストに様々な形で実現した。楽曲配信や、マネタイズの仕組みは、レコード会社と契約せずともさらに容易となった。新しい考え方を持ったインディペンデントなアーティストたちの方が音楽業界よりも先にストリーミングの仕組みを理解していった。

プリアド、プリセーブも同じように、マーケティング予算が少ない新人アーティストやインディペンデント・アーティスト、インディーレーベルでも使うことが可能なマーケティングツールとして広まったことが、利用促進に繋がっていった。

海外のDIYアーティストコミュニティで頻繁に議論され、アーティスト同士で情報が共有されるにつれて、プリセーブやプリアドを使おうとする関心は高まり、レーベルやディストリビューターの中で、次々と機能を提供する企業が現れ始めた。

初日や初週のストリーミングを活性化させ、さらに多くのオーディエンスにリーチするために、プレイリストの活用や、マーケティングキャンペーンを行うプランの中に、プリアドやプリセーブキャンペーンが数字的にもプロモーション的にも効果的だとして、連携する機能や獲得できるデータなど活動の目的に応じて、楽曲をプレイリストにお気に入りさせる以外の形式の幅も広がり、多様化していった。

それに加えて、ビリー・アイリッシュやテイラー・スウィフト、アリアナ・グランデといったメジャーアーティストに活用されてきたことも、レコード会社にとってはプラスに働いている。

プリアド、プリセーブの利用が増えれば、リスナーも抵抗感を感じず、当たり前に使える人が増えていく。Apple MusicやSpotifyのリスナー間での浸透すればするほど、レコード会社はよりストリーミング中心の施策を打ちやすくなっていく。このことからも、音楽業界にとってストリーミングで支持を集めたい作品のリリースには欠かせないツールの一つになっていった。

そして、“ミリオン・プリアド”を達成したThe Weendndの『After Hours』の成功は、プリアド、プリセーブ機能が、音楽ストリーミング時代のプリオーダーとして、確実にグローバルで拡大していることを意味している。

もちろんThe Weekndというブランドの影響力は桁違いに大きい。またストリーミングを中心に世界中でファンを獲得してきた彼の長年の取り組みと実績は無視できない。

The Weekndのカタログ楽曲は、全米の音楽ストリーミングだけで120億以上再生されている。また前作のEP『My Dear Melancholy』は全米だけで初週16万9000ユニットを記録して、ビルボードのアルバムチャート1位デビューを果たしている(68000枚はCD、ダウンロード)。

それ以前も、2016年のアルバム『Starboy』が全米アルバムチャート1位でデビュー。『Starboy』リリース時には、当時Spotifyの一日再生数の最高記録を樹立したこともある。

興味深いことに、『After Hours』含めて、The Weekndのリリースは、いずれもXO Recordsとリパブリックレコードとの共同リリースで、ストリーミングヒットを実現してきた。

そして前述のテイラー・スウィフトも、アリアナ・グランデも、リパブリックレコードからのリリースである。

リパブリック・レコードは、ストリーミングのマーケティングで様々な施策を成功させ、グローバルヒットを生み出しているメジャーレーベルとして業界内で知られている。

この数年でテイラー・スウィフトの『Lover』や、アリアナ・グランデの『Thank U, Next』、ポスト・マローンの『Hollywood’s Bleeding』、ジョナス・ブラザーズの『Happiness Begins』、ドレイクの『Scorpion』(Cash Moneyとの共同リリース)など、世界的なヒットアルバムを立て続けにリリースしている。

2019年、全米で最も聴かれた男性ソロアーティスト(ポスト・マローン)、女性ソロアーティスト(アリアナ・グランデ)、グループ(ジョナス・ブラザーズ)と人気アーティストを揃え、チャートを独占するリパブリックレコードの戦略は、メジャーレコード会社の中でも最もストリーミングに最適化した戦略と言えるだろう。

音楽マーケティングツールの今後

リパブリックレコードの成功をプリアドやプリセーブだけでは語れないが、ともあれ、インディーレーベル
インディペンデント・アーティストが導入してきた機能をメジャーレーベルも取り入れ、ストリーミングに対処していることに気付かされる。

ストリーミングで成功を目指したいアーティストやレーベルにとって、プロモーションチームを組織化したり、マーケティングプランを組み立てる際には、メジャーのやり方、インディーズのやり方といった既成概念は捨てて、リリース前のプランを作るところから勝負が始まっていることを感じられると思う。

その視点でプリアドやプリセーブ・キャンペーンを考えると、これはメジャーでも、インディーズでも得られるメリットが幾つもある。

Apple MusicやSpotifyにおけるプリアドやプリセーブは、ファンやオーディエンスからの愛着、応援、期待値、プレミア感といった、感情移入の度合いを集約しつつリリース日に盛り上がりを最大化できる。ストリーミングで継続して成功に繋げるための第一歩を作る起爆装置と言えるだろう。

続けて聴いてもらうには、熱心なリスナーが、確実にストリーミング上で音楽やアーティストに接触するという、リスナーのエンゲージメントが必要不可欠だ。

プリアドやプリセーブが手助けするのは、このリスナーと作品を繋ぐプロセスの一部だ。音楽へのアクセスアクセスを簡素化しつつ、音楽に接触するエンゲージメントを高めるための役割を果たしてくれる。この考え方では、プレイリスト掲載も、この一つのパーツである。

日本ではまだ誤解されることが多いが、ストリーミングは再生数を伸ばすだけでは、成功しない。特にSpotifyやApple Musicなどグローバルストリーミングは、単なる音楽再生を行うアプリというより、よりSNSに考え方も仕組みも近い。

ストリーミングがアルゴリズムを導入していることは、知られてはいる。リスナーの視聴行動を分析して、過去にインタラクションが生まれた曲をベースにアーティストのレコメンデーションを変えていく。作品を聴く、お気に入りする、プレイリストを作る、アーティストをフォローする、SNSでシェアする。こうしたリスナーの行動はすべてアルゴリズムに記録される。そして、プラスな行動が多いアーティストはアルゴリズムで優先される。逆に、曲がスキップされやすいアーティストはアルゴリズムで低く評価され、レコメンデーションやプレイリストに入りにくくなっていく。この関係性はストリーミングを深く理解する上での基礎的な視点となる。

これらのリスナー行動とアルゴリズムの関係は、Spotifyで特に顕著に現れるが、その他のストリーミングサービスでもアプローチは似てくる。アルゴリズムでレコメンドやプレイリストの掲載が決まる音楽ストリーミングのプロモーションでは知っておくべきポイントだろう。

アルゴリズムが何を優先するかをSpotifyやApple Music、YouTubeは明確化していない。だが、そこに目をつけている海外の音楽業界やアーティストの間では、何を狙うべきかが常に研究され、共通認識としてコミュニティ内で共有されている。

音楽ストリーミングのアルゴリズムの構造は何か、を解析するには専門的な技術が必要だが、音楽再生環境に与えるシステム的な影響の組み合わせを何パターンも理解する方が最適化しやすい。プリアドとプリセーブのキャンペーンは、アーティストやレーベルはファンの注目を作品へ引き付ける機能であると同時に、ストリーミングのシステム的な構造に対しても働きかけられるという機能としても最適なのである。

Apple MusiやSpotify、Amazon Musicなどは、マーケティングやプロモーションにレコード会社やマネジメント会社が活用できる独自の音楽企業的なプロモーション展開を積極的に提供している。

Apple Musicではビデオのグローバルプレミアや、映像作品の制作、Beats 1のラジオインタビューなどがそうだ。SpotifyやAmazon Musicも、人気プレイリストでの展開や音声コメント、レコメンデーションなど、アーティストに向けたプロモーション展開を強化するケースは増えている。

とはいえ、こうしたハンズオンな支持がプラットフォームから受けられるのは、一部のトップアーティストと、ローカルで選ばれたアーティストのみに限られるのが現状だ。

そこで今、注目されているのは、アーティストやレーベルに提供するDSP連携型のマーケティングツールだ。Spotifyは「マーキー」(Marquee)と呼ばれるマーケティングツールをテスト的に米国で開始している。

この機能は1クリックあたり0.55ドルのクリック課金型広告で、最低受注額は5000ドルと言われている。ターゲットリスナーに作品のポップアップを、プッシュ通知で何度でも送信することが可能になるという。マーキーは今後、世界のSpotifyプラットフォームでローカルのアーティストやレーベルに向けてリリース予定とされている。

Apple MusicやAmazon Music、YouTube Musicも同様に、アーティストやレーベルが使える有料マーケティングツールを提供するかは、今後注目したい。そしてSpotifyがどれほど有料ツールの開発とグローバル提供を進めてくるかも注目どころだが、それ以上に有償で機能を使った実績も同時に問われることとなるだけに、Spotifyは早めに成果を証明しなければいけないはずだ。

なぜSpotifyがプリセーブ機能を公式でSpotify for Artistsから提供しないのかは疑問だ。今後は内部の方針が変わり提供されるかもしれない。マーケティングに特化した音楽スタートアップを買収することも考えられる。

逆にApple Musicはプリアドのアルバムリリースにおける重要性を、数値を公開して示してきた。

Apple Musicの責任者Oliver Schusserは、Music Business Worldwideのインタビューにおいて、プリアドの重要性を次のように答えている。

多くのサービスはプレイリストに取り組みを集中させています。Apple Musicはアルバムに注力しています。アルバムには、アーティストが音楽のコンテクストを作るためのストーリーを伝えるツールとしての価値があることを私たちは理解しているからです。

プリアドは、アーティストに対するエンゲージメントと、ファンの期待をいち早く知るための優れた方法です。アルバムが積極的にプリアドされることは、私たちがiTunesストアで実現したプリオーダー機能と似ています。ファンは期待を高め、リリース日を一番最初に楽しもうとしているのです。このエンゲージメントはアーティストや私たちにとって大変貴重なのです(Oliver Schusser)

SpotifyもApple Musicも、ストリーミング時代における重要なプラットフォームであることに間違いないが、とりわけアーティストやレーベルに対する機能や連携、またはローカル市場での取り組みは、各社で差が出てくるのが今後の勝負所となっていくだろう。

日本人アーティストやレーベルもこうした音楽ストリーミング市場でグローバルな成功を目指してきた。だが、世界中で多くのアーティストやレーベルが、ストリーミングで成功を競い合っている中で、
日本人アーティストが持続的に世界と繋がり続ける考え方を実践するには、現状の日本モデルでは厳しいところがある。

音楽システム的な側面から世界にチャレンジする日本人アーティストがもっと必要だろう。そのためにも、日本の音楽業界やレコード会社、アーティストは、ストリーミングの環境で成功するアーティストや作品、レーベルの仕組みを、深く知っておいた方がいいだろう。

プリアドやプリセーブも常に進化していくだろう。日本でも今後普及する可能性があるが、それが日本的な業界構造にマッチした形式か、グローバルスタンダードで実践される形式かでは、アーティストのストリーミングでの成功にも大きく左右するはずだ。もしろんヒットや成功の定義は各社によって変わってくるが、音楽を聴くリスナーやオーディエンスがエキサイトする方法を増やすことに繋がることに期待したい。

音楽ストリーミングの魅力は、作品が継続して聴かれることにある。続けて聴くから、「ストリーム」ではなく「ストリーミング」なのである。

jaykogami 記事提供元All Digital Music
Jay Kogami(ジェイ・コウガミ)
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