xRは音楽表現をどう変えるか

コラム MusicTechがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

xRは音楽表現をどう変えるか

音楽の歴史を振り返ると、クリエイティブとビジネスのどちらも、メディアやテクノロジーの影響を受けて変化していることがわかります。トランジスタという発明があって、ギターアンプとエレキギターが生まれなければ、ロックは登場していたでしょうか? ラジオ局が出来たときに、音楽を放送ことを当時のレコード会社は大反対したそうですが、実際はラジオの普及とともに、アメリカのレコード産業は大きくなっていきました。

 

レコード会社のビジネスモデルは、録音物を普及させるメディアとしてのアナログレコードやCDによってできました。デジタル配信、ストリーミングサービスが音楽体験の中心になることで、これらのパッケージビジネスは音楽ビジネスの主役ではなくなっていますが、テクノロジーの進化とともにユーザーの音楽体験や楽曲の流通システムが変わっていくのは歴史的に見て必然です。音楽にとっては、VRやARもメディアの変遷という文脈で捉えるのが適切でしょう。

 

今回のテーマは、xRと音楽です。

 

新しい分野なので、まず、言葉の整理確認から始めましょう。最近では、VR/AR/MRをまとめてxRという言い方がされるケースが増えてきました。

VR(バーチャルリアリティ)の日本語訳は「仮想現実」。特別な機器(デバイス)を通して映像を観聴きして、仮想世界に没入できることを指します。デバイスは専用端末を使ったリッチな体験と手軽なスマホを活用した簡易型の2種類に分けることができます。

 

前者のハードは、ゲーム業界が牽引しています。具体的にはSONYの「プレイステーションVR」、台湾のスタートアップによる「HTC VIVE」、FaceBookが買収した「Oculus」などがあります。後者で言えば、スマートフォンを活用して専用メガネにする「ハコスコ」など、簡易型の手法も多く見かけるようになってきました。

 

「拡張現実」と訳されているAR(オーギュメンテッドリアリティ)は、注目されながらなかなか広まらなかったのですが、「ポケモンGO」の大流行で一気に一般化しました。「ARって何?」という質問にはポケモンGOを見せて、現実にデジタルキャラクターなどを組合せることだよといえば、誰でもピンときてくれますね。

 

数年前からMR(ミックスド・リアリティ)という言葉も使われるようになりました。日本語では「複合現実」。厳密な定義は難しいように感じていますが、現実世界を踏まえながら、ARの範疇を超え、VRの持つリアルさを組合せた世界ということのようです。microsoft社のHoloLensが牽引しています。

 

これらは、いずれも技術革新が産み出した新たな表現です。技術が進歩して、人間の視覚能力を上回って欺けるようになった言うのが正確かもしれません。例えば、自分の頭の動きから0.02秒以内に追いついた映像は、普段感じている見方と同じと脳は認識するそうです。もう錯覚とは呼ばないということですね。

 

最近は、VR、AR,MRの3つの総称としてxRという言い方もされるようになってきました。VRについては、エロ(アダルトビデオなど)とゲームが牽引して、ハードの普及が進んでいるように思います。FaceBookによるoculusの高額買収からもう5年が経ちました。ITプラットフォーマーからの注目度も非常に高いです。

 

少しイメージが持てたところで、音楽とxRについて考えてみましょう。

 

リアルとバーチャルはつながっている

 

音楽分野でわかりやすいのは、コンサート体験のアップデートでしょう。

5Gとの相乗効果で(通信規格の次世代5Gについては次回の本コラムで触れます)コンサートの楽しみ方自体がアップデートされる可能性があります。

 

ドームやアリーナで後ろの席にいて、ずっとスクリーンを観ていたという経験は皆さんお持ちかと思います。スマホやタブレットでステージ上の様子が観られるならそうしませんか? では、数万人収容のホールにいる意味はなんでしょうか?

 

一番は、客席にいる観客の熱気が感じられることでしょう。

では、別会場で数千人がいて、みんなで大画面で高音質で同時にステージを観ていたら、それはリアルなライブでしょうか?バーチャルでしょうか?

 

まだお試し感がありますが、実際にこういうサービスは始まっています。よく考えてみると、既にリアルとバーチャルは既に対立概念ではなくなっていて、どこまでがバーチャルでどこからがリアルか線引が難しく、グラデーションにつながってきています。東京ドームでスクリーンの映像と、高臨場感高解像度の映像を他の場所で観ることの違いは何かということですね。

xRの体験について考える際に、リアルとバーチャールを連続したものとして捉えておくことが重要です。

 

ずべてのコンテンツがデジタル化したことによって、この数十年様々な変化が起きていますが、xRは音楽体験を決定的にアップデート、拡張する可能性を秘めているのです。

 

日本のスタートアップclusterは、引きこもりのためのVR空間イベントサービスというふれこみで始まりました。サイトのaboutにも『「無駄な移動を無くす」というコンセプトの下、家でもどこでも気軽に好きなイベントやライブに参加できるようにすることで、「集まる」という熱狂体験をインターネット上で共有できるサービスです』と説明されています。

 

テクノロジーはクリエイティブを刺激する

 

もう一つ、わかりやすく起き始めているのが、Music Videoのアップデートです。新しい表現にいち早く挑戦するアーティストBjorkは、2016年にVRのMusic Videoをリリースしています。

 

 

彼女の言葉を借りれば「私は、テクノロジーって21世紀の新しい楽器だと思っているのね。そのツールを開発できる立場にいるのなら、それをしない理由はないわ。」とのこと。

全くその通りだと共感したのを覚えています。

ユーザーを巻き込んでインタラクティブ(双方向)感のある映像表現がxRを使うと可能になります。

 

音楽はコミュニケーションだ

 

ITサービスにおいては、音楽はコミュニケーションを促進する手段として捉えられています。ユーザー同士のコミュニケーションを誘発することは、プラットフォーム事業者にとっては非常に有益です。音楽ビジネスにとっては、アーティストとファンのエンゲージメントが強まることが収益増加にも、マネタイズ期間を長くするにも望ましいことです。

 

xRがユーザーとの双方向性を強め、アーティストとのコミュニケーションや、楽曲への関心を高めることに繋がれば非常に価値があります。

 

テクノロジーは映像以外にも活用される

 

人間の五感は、視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚とあります。xRは映像にばかり目が行きますが、他の感覚も取り入れることで、より臨場感、リアリティを増すことになりますね。

聴覚についても、テクノロジーを活用したxR的な拡張が始まっています。僕が5年以上関わっているTECH✕音楽のイベント「TECHS」では様々な実験を行ってきました。

 

「立体音響」という言葉はご存知でしょうか?音楽を聴くのは普段はステレオです。映画だとSEなど含めて、5+1チャンネルを使ったサラウンドが一般的になっていますが、聴覚だけの音楽表現で、立体的に再生しようという試みです。

MI7のプロデュースで数多くのスピーカーを並べて再生する「イマーシブオーディオ」 や、kisssonixというステレオ再生で立体感を出す技術など、それを前提に音楽制作をするのは大変興味深い体験でした。

 

嗅覚についてもTECHSで取り組みました。出演アーティストに合わせて部屋の匂いを演出するという隠し技的な手法です。

 

xRの技術開発においてはでは触覚分野のサービスが盛り上がってきているようので、嗅覚、味覚含めた総合的な音楽体験をユーザーに提供するアーテイストもそろそろ出てきても良い頃だと思います。

 

ただし、こういった体験には音楽プロデュース側がわかっておくべきことがあります。何よりも一番大切なのは、ユーザーが求めているのは、テクノロジーを活用することでも、新しさではなく、素敵な楽しい体験であるという認識です。

こういったxRをどうやって実際の現場に落とすか、ビジネスにしていくかという点では、自分が代表を勤めているVERSUSでもお役に立てることがあると思います。興味がある人はぜひ気軽に問い合わせをしてください。

 

xRのフィールドでどんな音楽が流行っていくのか、音楽ビジネスにフィードバックできるのか、ワクワクしながら注視していきたいと思います。

山口哲一

山口哲一(やまぐち のりかず)

音楽プロデューサー、エンターテックエバンジェリスト、「デジタルコンテンツ白書」(経済産業省編集)編集委員。

アーティストマネージメントからITビジネスに専門領域を広げ、2011年から著作活動も始める。

エンタメ系スタートアップを対象としたアワード「START ME UP AWARDS」をオーガナイズ。プロ作曲家育成の「山口ゼミ」やデジタル時代のコンテンツプロデューサー育成する「ニューミドルマン養成講座」を主宰するなど次世代育成にも精力的に取り組んでいる。

クリエイティブディレクターとして『SHOSA/所作〜a rebirth of humon body〜』でAsia Digital Art Awards FUKUOKA2017〜インタラクティブ部門で優秀賞を受賞

日本音楽制作者連盟など業界団体の理事や省庁の委員などを歴任する一方でスタートアップの新規サービスをサポートする、“新旧“双方のコンテンツビジネスに通じた異業種横断型のプロデューサー。

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