Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン「未来は音楽が連れてくる」連載第24回

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲PandoraをPCで再生しているところ。きゃりーぱみゅぱみゅの次にKe$haがかかった。L’Arc-En- CielやASIAN KUNG-FU GENERATION、Utada、菅野よう子、初音ミクなどアメリカでも流通してい る日本のアーティストは、Pandoraでかかることがある

 

世界ではラジオ産業の方がレコード産業よりずっと大きい

SpotifyとPandora。

ふたつは、新しい時代の音楽の形を象徴するようになった。Spotifyのフリーミアム配信が、CDのその先にある姿。一方、Pandoraのパーソナライズド放送は、音楽放送の未来形だ。

日本でも、Spotifyのフリーミアム音楽配信に人々の目が向かいつつある。が、Pandoraを巡る熱狂には、いまいちピンと来ない状態にある。

これは、ラジオ産業とレコード産業の売上規模の比率が、世界と日本では逆転していることが最大の理由だ。

連載第24回 Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン

レコード産業売上は、世界全体が166億ドルで、アメリカが44億ドル、日本が41億ドル(IFPI2012 卸値)。

一方、ラジオ産業売上は、世界全体が304億ドルで、アメリカが170億ドル、日本が16億ドルだ

日本ではレコード産業がラジオ産業の2.6倍だが、世界では逆にラジオ産業の方がレコード産業の2倍近くある。

アメリカでは、ラジオが今でも圧倒的なメディアだ。米ラジオ産業はレコード産業の4倍近い規模を誇っている。

アメリカ人のメディア消費は、1位のテレビが3時間26分/日、2位のラジオ2時間40分/日。インターネットは3位で1時間53分/日。いまだにラジオに及ばない。しかも、インターネットの登場でテレビの視聴時間はわずかに減ったが、ラジオのリーチは全く減っていない(USA Touch Pointのデータに依拠した。インターネットの接触時間はスマートフォンとタブレットを含むが、娯楽利用に限定した時間となる)。おそらくその理由は、既存ラジオが衰退するはずだった分を、Pandoraが補ってしまったからだ。日本ではこの6年で、15%前後、ラジオは縮小している(次節の図を参照)。

レコード産業よりも遙かに大きいアメリカ・ラジオ産業。その総売上170億ドル/年(約1兆3,600億円)の内、3割(約4,100億円)がIP放送になるだろうと予想されている。実に、アメリカのレコード産業より大きい市場規模だ。Pandoraはこの世界で寡占率70%の一人勝ちをしている。

この意味するところは、アメリカでは規模的に、Pandoraひとつで米三大メジャーレーベルを超えるだろうということだ。

Pandoraの今期の売上予想は4億3,200万ドル(約340億円 78.61円/ドル)だが、このままいけば、Pandoraの全米売上は将来、IP放送の6割(現在は7割超)、すなわち30億ドル(約2,400億円)になるだろうと、ウォールストリートジャーナルは解説した

PandoraがMTVのように世界進出できた場合、どれくらいの規模になるだろうか。アメリカのラジオ産業の売上シェアは世界の56%なので、これを使って概算すると、最大で53.4億ドル(約4,300億円)ぐらいかもしれない。なお、MTVインターナショナルの売上は13億ドルだ(約1,100億円 82.52円/ドル)。

 

なぜPandoraが、ラジオ後進国の日本でもブルーオーシャンを切り開くのか

「アメリカがたいへんなラジオ大国であることはわかった。そこでPandoraが席巻していることもわかった。だけどそれって日本に持って来てもしょうがないということじゃないの?」

ここまで読んできて、そう思われた方は少なくないだろう。

その疑問は、「ラジオ」という言葉からイメージされた勘違いから来ている。

Pandoraはラジオ機を対象としてない。Pandoraが聴けるのは、PCとスマートフォンだ。Pandoraのリスナーのうち75%がスマートフォンで聴いている。Pandoraが対象としている市場はインターネット・メディア、特にスマートフォン・メディアなのだ。

下記の図を見ていただきたい。日本人のメディア消費が2007年から2012年へかけて、どう変化したのかまとめた図だ。

連載第24回 Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン

この図からもわかるとおり、スマートフォンの登場により、日本のメディア消費は大きく様変わりしようとしている。このまま行けば10年以内に、10~30代にとっての国内最大のメディアは、テレビではなくスマートフォンになる。そしてメディア大国アメリカにおいて、スマートフォン・メディアのキラーコンテンツとなったのがPandoraなのだ。

前回も述べたが、アプリの使用頻度ランキングではTwitterやYouTubeを押さえ、Facebookに次ぐ2位を付け(※Apple製・Google製アプリを除く)、トラフィックベースではPandoraが1位となっている。

日本がラジオ後進国になった最大の理由は、電車だろう。

そして今、電車に乗れば人々が一番触っているのはスマートフォンだ。

P・ドラッカーの言うギャップができている状態といえないだろうか。「枯れた切った」とされる繊維産業にユニクロが大きな市場機会を見出したように、国内ラジオ産業の見せるギャップには、大きなイノヴェーションの機会が隠されているよように見える。

世界のようにレコード産業の2倍までいかなくてもよい。スマートフォンがもたらす新たな放送マーケットが、日本のレコード産業売上と同じ規模になるとすればどうだろうか。日本のレコード産業売上からラジオ産業売上を差し引くと約2,000億円の市場になる。

この2,000億円の3分の1がアーティストやレーベルに流れていくとしたら、どうだろうか? 現在、Pandoraは売上の半分を楽曲使用料の支払いに当てている。
 

音楽ファンを復活させるPandoraのミュージック・ディスカヴァリー

お金の話だけでない。もっと大事な音楽の話がある。

新たな感動との出会い、セレンディピティの話だ。

人は感動するから音楽ファンになる。感動は、自分だけのお気に入り曲との素敵な出会い、すなわちセレンディピティから起きる。そして感動はシェアーされて、周りに伝播していく。これがソーシャルミュージックの世界だ。

100人以上のプロミュージシャンたちが集まって創り上げたPandoraの楽曲レコメンデーション・エンジン、「ミュージックゲノム」は、一人一人のこころの琴線に触れる形で、絶妙なDJをする音楽放送を実現した。

連載第24回 Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン

放送で音楽と出会い、録音物を繰り返し聴いて、ライブに行く。

この流れの真ん中や、最後だけが課題だろうか? 流れの開始地点が滞れば、音楽ファン自体が減少してしまうのではないだろうか。

事実、日本の10代が1日の中で録音物(CDやmp3)を楽しむ行為率は、1995年には32.5%だったが、2010年には16.5%に半減した。「若者の音楽離れ」は現実だ。1999年の黄金時代から10年で、世界のデビューアルバム売上はマイナス77%も減ってしまった(ユニットセールス単位 IFPI)。

5年前、Pandoraに出会ったとき、そこにはパワープレイ方式だけではたどり着けない、自分だけのお気に入り曲を次々と発見できる世界があった。音楽放送がいつの日か失ってしまったワクワクがあった。

Pandoraのミュージック・ディスカヴァリーは、放送に接した10代をもれなく音楽ファンに変える魔力がある。音楽に倦んだ30代をもう一度、音楽ファンに戻す力がある(20代から30代に変わったとき、1日にCDやmp3を聴く行為率は3分の1に減る。この傾向は15年前と変わっていない)。

連載第24回 Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン

地上波受信機からスマートフォンへの、メディアの移行の問題だけではない。放送が担当してきた、音楽ファン層の開発の問題だ。

Pandoraのパーソナライズド放送が実現したミュージック・ディスカヴァリーの世界は、日本の音楽業界にとって今、もっとも必要とされている機能といえる。

Pandoraと出会ったときに得たこの確信が、筆者をずっと駆り立て、動かし続けてきた。あれから6年経ったが、形は違えど「もう待てない」という気持ちだけは、音楽ファンのみなさんだけでなく、レコード産業のみなさんとも共有していると、筆者は信じている。

 

Spotifyに続いて、AppleもPandoraクローンを構想中?

アメリカでは現在、Pandoraが発見した「ミュージック・ディスカヴァリー・サービス」という名のブルーオーシャンに、様々な会社が参入しようと試みており、次々とPandoraクローンが誕生しつつある。

だが、Pandoraクローンはどこも、Pandoraのシェアを削れない状態にある。

連載第24回 Pandoraが切り拓く 音楽産業のブルーオーシャン
▲将来的には4100億円市場(米国内)とされ、重要ビジネスに急変した米IPラジオのランキング。1位のPandoraは70%のシェアを持ち、三大ネットワークCBS(4位)の20倍以上のシェアを誇る
出典:Triton Digital

2007年。Last.fmが、アメリカ最大の放送ネットワークCBSに340億円で買収されて、アメリカ攻略に望んだ。しかしアメリカでは成長が止まっており、差は開くばかりだ。

去年は、SpotifyがPandoraクローンを開始。「Pandora最大の強敵になる」と予想されて株価を下げたが、Pandoraの急成長はとどまることを知らず、一年後の今、直近の3ヶ月間における、Pandoraの総リスナーの聴取時間は前年比+80%の330億時間/年に到達した(2012年10月24日修正)。

他にもSkypeの創業者が始めた定額制配信Rdio(アールディオ)や、SONYの定額配信Music Unlimitedもパーソナライズドラジオを試みてきたが、社会現象ともいえるPandoraに対し、総聴取時間ベースでは全く太刀打ちできないようだ。

なおRdioは、Microsoftが買収するようだ

現在(2012年10月3日)、Microsoftが、Windows 8の発売に合わせてSpotifyクローンをやるという噂がある。定額制配信とパーソナライズド放送を組み合わせたRdioを買収し、Microsoftの経営体力をもってフリーミアム配信に変えてしまうという計画のようだ。Skypeつながりで進んだ買収話かもしれない。

Microsoftだけでない。今秋には、ついにAppleも動き出した。

iTunesでPandoraクローンを立ち上げるかもしれない」という噂をウォーリストリートジャーナルがすっぱ抜いたのだ。このApple参入の報道は、Pandoraが予想以上の業績アップ(前年比リスナー数+48%、売上上方修正、損益分岐点に到達)を公表したのと同時期に起こり、Pandoraの株価は ±25%の激しい「行って来い」状態を経験することとなった


著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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