坂本龍一さんが遺した「時間」をめぐる夢幻的舞台、RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』ゲネプロレポート

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RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

2024年3月28日(木)より東京・新国立劇場にて、RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』の日本初上演が開幕し、4月14日(日)まで上演中だ(2024年4月27日(土)より京都・ロームシアター京都でも上演)。『TIME』は2021年、世界最大級の舞台芸術の祭典「ホランド・フェスティバル」(オランダ・アムステルダム)で世界初演され高評価を得た舞台作品で、音楽は2023年に逝去した坂本龍一さんが生前全曲を書き下ろした。「時間」をめぐって、パフォーマンスとサウンド、インスタレーション、ビジュアルアートが融合し、夢幻的世界を立ち上げる。東京公演に先立って行われた公開ゲネプロの模様をお伝えする。

■坂本龍一さんの一周忌に開幕する、不思議な因縁

坂本龍一さんが世を去って1年。ちょうど命日にあたる2024年3月28日(木)、坂本さんが生前に全曲を書き下ろした舞台作品の日本初上演が幕を開けた。坂本さんの生前から決まっていたそうだが、不思議な因縁を感じずにはいられない。と同時に、坂本さんと一緒にコンセプトを手がけ、ビジュアルデザインを担った高谷史郎(ダムタイプ)をはじめとする名だたるスタッフ&出演者による新たなコラボレーションに触れることができるという期待感も覚える。初日前夜、新国立劇場中劇場の客席で、静かに、しかし少し高揚した気分で開演を待った。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

暗闇のなか、雨音がしている。ステージは水で満たされている。冒頭、下手から宮田まゆみ(笙奏者)が笙を奏でながらあらわれる。悠久の時を感じさせるような、すべてを包みこむような響きがこだました。続いて、上手から黒いローブをまとった「男」(田中泯)が登場。一体何者か。そうこうするうちに、田中の「こんな夢を見た」に始まる夏目漱石「夢十夜(第一夜)」の語りとともに場面が展開する。下手に「女」(石原琳)が横たわっている姿が浮かぶ。背後のスクリーンには、「男」の動きと同期した映像や「夢十夜(第一夜)」の字幕が写し出される。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

■夢幻的で、遠い記憶を呼び起こすような「時間」の流れ

上手のベンチに「男」が横たわると、田中の語りによって能「邯鄲」が物語られた。中国の蜀の国の盧生という男が主人公で「一炊の夢」のエピソードで知られる。また、同じく中国の荘子による説話「胡蝶の夢」も引用された。ここでは、夢にまつわる言葉・イメージが、重層的に提示されていく。静謐で引き締まりつつ幽玄を感じさせる舞台は、夢幻能のようでもある。いにしえの時代から今にいたるまで変わらぬ、大いなる「時間」の流れに身を置くことができた。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

音楽には笙や能管がもちいられ、観る者の遠い遠い記憶を呼び起こすような根源性がただよう。音色をしっかりと感じさせつつ、開演前から印象的な雨の音ともおのずとなじみ、自然と一体となったかのようである。高谷とともにコンセプトから立ち上げただけに、繊細な音響や照明、映像と絶妙に調和して、劇場空間全体に豊かに響いて包みこむようであった。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真           撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

■「人類」を生きて踊る田中泯、込められたメッセージとは

「男」の田中泯の踊りと存在が忘れ難い。田中は出演を依頼された際に坂本から「初めて水を見る人類の一人を演じ作品の内にい続けてほしい」と言われたと振り返る(田中泯コメントより)。国際的なダンサーである田中は、1974年から独自のダンス、身体表現を追求する。また、2002年の映画「たそがれ清兵衛」(山田洋次監督)以降は、俳優としても名高いのは周知のとおりだ。『TIME』では、まさに生の根源に触れた「人類の一人」として、夢とうつつの間に自然と「い続け」るのである。瞬間瞬間を生きる田中の生命の踊りが「時間」と響きあう。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真           撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

70分に及ぶ上演時間の最後、ふたたび下手から宮田があらわれる。そして――。静けさのなかにも、大いなる「時間」の流れを体感し、何とも言えない余韻を味わえた。人類が歴史を重ねても変わるものと変わらないものがあろう。劇場に足を運び『TIME』に接すると、坂本さんが遺し託した、さまざまなメッセージを肌を通して受け止めることができるに違いない。

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』舞台写真          撮影:井上嘉和

高谷史郎(ビジュアルデザイン+コンセプト) コメント

1年前に坂本龍一さんの訃報を知らされたとき、衝撃を受けその現実が受け入れられませんでした。そして亡くなった日が奇しくも『TIME』東京公演の初日である3月28日だということに言葉を失いました。
パルコさんから『TIME』を東京で上演したい、というオファーをいただいたとき、坂本さんも僕もとても嬉しかったし、とても楽しみにしていました。
人生も舞台も一期一会です。坂本龍一さんが遺してくださった素晴らしい音楽、哲学、この素晴らしい舞台に、多くの方が会いにきてくださいますように。

田中泯(ダンサー) コメント

本公演が坂本龍一さんの命日と重なる奇遇、ご縁に身が引き締まる思いでおります。坂本さん高谷史郎さんとで練り上げられたこの舞台作品に登場する「人間」として私が選ばれたことは、この上ない喜びと思い、迷わず参加を引き受けたものでした。

坂本さんより「初めて水を見る人類の一人を演じ作品の内にい続けて欲しい」と言われました。

人間の諸元の姿、想い、営み、人類のたどってきた長くて短い歴史の明暗、その上で世界の現在。政治・経済に振り回される世界の現在。人間らしさや本当の人間を求めることはただのロマン・夢想なのでしょうか。本物を愛し欲求していた坂本さんの考える「水の循環」で成立する私たち自然・人間の営みと地球ならではの「時の機微」TIME。

こんな作品の内に漂い佇む人でいることは、私にとってはオドリそのものだと思えたのでした。

オランダ、台湾、と2つの国でも公演を経て、舞台は変化し続けている、と思います。日本の観客の眼前に、劇場の空間に身を晒し、坂本さんの魂に触れる夢中のひとときです。

ご来場の皆様には、是非是非、心も身体も開いて、『TIME』をお楽しみ頂きたい、と願っております。

宮田まゆみ(笙奏者) コメント

オランダ公演、台湾公演を経て、坂本龍一さん、高谷史郎さんの世界に私自身段々深く入りこんできたように感じます。坂本さんの音楽の流れと高谷さんの舞台の空間、田中泯さんの存在、その中に居られることが私にとって大きな喜びです。日本でご覧下さる皆様とそれを分かち合えたらこの上なく幸せです。
初日が3月28日になることは前から決まっていたのだと思いますが、坂本さんのご命日と重なったと知った時はほんとうに驚きました。坂本さんが見守る中、いっそう充実した舞台になるに違いありません。

石原淋(ダンサー) コメント

坂本龍一さん、一年がたちましたね。今日から日本で『TIME』が上演されます。叶うことなら観てもらいたい。いや観てくれているだろう。きっとどこかにいるだろう。資本主義に処理されるようなアイデンティティーよりも、植物も含めたもっと他の生き物のように、互いの命の境界線を感知し共存しうるような方に出会うことは稀だ。語弊があるかもしれないが世界の坂本龍一では自分にとってはなく、師匠の田中泯を通して坂本さんに出会え、そして旅だたれた後の喪失感は想像以上にのしかかった。日常的にやりとりをすることができたことも宝物です。『TIME』の中で必死に存在! 頑張ります。

取材・文=高橋森彦

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