2022年、世界の音楽産業に起きた5大トレンド「未来は音楽が連れてくる」連載第74回

コラム 未来は音楽が連れてくる

早いもので2022年も終わろうとしている。今年も筆者は契約しているレーベル等にニューズレポートを提供し、会議で解説してきた。そのヴィジョンにズレはなかったと自負しているが、あらためて音楽産業の未来予想図を公開すれば、また膨大な文量になってしまう。

代わりに今年、世間はあまり反応しなかったが個人的に注視していたトピックスを紹介していこうと思う。そうすれば2023年以降、世界の音楽産業に待ち構えている課題を不十分でも手短に示唆できるのではないか、と考えたからである。

2022年、世界の音楽産業に起きた5大トレンド

個別のニュースを追う前に、まず今年に見られた5つのトレンドを振り返っておこう。

1.コロナ禍は実質収束

都内のコロナ罹患数が連日1万人を超える中で不謹慎かもしれないが、世界中で音楽フェスに活況が戻り、音楽産業的には新型コロナ問題は収束に入りつつある。ライブネーションやぴあも、2023年には音楽ライブ売上は回復すると見込んでいる。これはシンプルにポジティブだ。

2.インフレで音楽の値上げ可能に

世界が変わるとき、音楽産業にも変化が訪れる。拙著『音楽が未来を連れてくる』の読者なら自明の理かもしれないが、今年もそうだった。

前稿で、ウクライナ戦争を機に始まった大型インフレが音楽産業を変え始めると解説したが予想通り、Apple MusicやYouTube Premiumなどが値上げに入った。一方で国内サービスやSpotifyは値上げを踏みとどまっている。これはポジティブでありネガティブでもある状態だ。

2001年の音楽サブスク誕生から20年以上に渡り、その月額は約10ドルだったが、その間、世界経済は日本を除き30%ほどのインフレを経験した。月額固定のまま放っておけばただでさえ厳しくなったミュージシャンの実入りは実質30%のディスカウントをしているに等しい状態だった。

世界的に、音楽ソフトもようやく人並みに値上げできるようになったという点でポジティブ。一方で国民の実質収入減で値上げしにくい国内サブスクや、会員数の成長が落ちて値上げしにくいSpotifyから収入を得るミュージシャンにはネガティブである。さらに音楽サブスクの成長が先進諸国で鈍化した。

3.音楽サブスクの成長鈍化

歴史的にインフレは利上げを呼び、利上げは株式市場の低迷を呼ぶ。その意味で株価暴落はSpotifyだけに限った話ではないのだが、それにしても60%以上の下落はインフレ以外も作用していた。

先進諸国で音楽サブスク・ブームが一巡し、急成長から安定成長にフェーズが移行したのが大きかったと思う。これは音楽産業にとってもネガティブかもしれない。

https://midiaresearch.com/blog/can-spotify-break-out-of-its-lane

上の図は、英国の音楽専門コンサルティング・ファーム、MIDiA社が無償公開したものだ。Spotifyの週間アクティブユーザーは2021年の段階で伸び悩んでいる(米加豪英。YouTube Musicの好調については別稿で扱う)。

この年、音楽サブスクが急成長したのは中国や中東、アフリカ諸国などになるが(IFPI GMR2022)、そうした地域でSpotifyは弱い。この事象は世界的な音楽レーベルにとってはポジティブでもある。

日本は先進国では例外的にサブスクの成長余地は十分ある。一方で他の西側諸国はサブスクに続く新たな稼ぎ手を探すモードに来年から入ってゆくだろう。日本はポストサブスクでも周回遅れに入る危機も、巻き返すチャンスもありうる状況だ。

なおSpotifyは新しいことに積極的に投資しており、ポッドキャストなど収益化に成功しつつあるものもある。別の稿でまとめてお伝えしたい。

4.ノンDSPの危機

先のMIDiA社は、2027年には先進諸国のみならず世界全体でも音楽サブスクの成長は鈍化すると予測している(※1)。同社はポストサブスクとして、TikTokなど非音楽配信業者(ノンDSP)とWeb3.0に注目すると7月に語った。

しかし同時期、ノンDSPの雄TikTok、Web3.0を牽引するNFT市場とメタ社、そのどれもに大ブレーキがかかる事態が起きた。

そして今年に入って6月末に、米連邦通信委員会がTikTokの削除要請をGoogleとAppleに通達。現時点ではAppStoreから削除されていないが今月、TikTokなどを米国全土から締め出せる「ANTI-SOCIAL CCP Act(反社会的な情報収集をする中国共産党の動きに対する法案)」が米上院に提出され、大統領が署名する見込みだ。

筆者はTikTok以上に、中国テンセントの音楽アプリに注目していたが、中国の習近平政権は昨年に続いて今年10月の共産党大会でエンタメ企業の締め付けをさらに強化。カラオケとサブスクの融合でSpotify以上の収益率を誇っていたテンセントミュージックの株価が10分の1に暴落した。

この状態だけを見ればネガティブだが、しかしTikTokが示したショートムービー共有と音楽の相性の良さが否定されたわけでもなく、テンセント等が証明したサブスク以上に稼げるビジネスモデルそのものが失敗したわけでもない。

ちなみに昨年のデータだが、TikTokユーザーの75%がTikTokで新しいアーティストを発見。68%のユーザーが新曲を発見、43%がTikTokを見て次のアクションを起こしている(※2)。

中国最大の音楽配信を司るテンセントミュージックのサブスク売上の月間ARPPUは2022年度Q3で8.8人民元(前年同期比+1.1%)、ソーシャルエンタメ売上の月間ARPPUは177.3人民元(前年同期比+8.2%)。

サブスクを改良した中国流のビジネスモデルはサブスクの20倍を稼ぐ力を依然として持っている(※3)。テンセントのソーシャルエンタメ売上については拙著『音楽が未来を連れてくる』の最終章を参照されたい。

以上から、中国の政治家がオウンゴールを決めている間に日本を含む先進諸国で、中国モデルに改良を加えた独自プラットフォームを展開するチャンスが来たという意味ではポジティブだろう。

5.Web3.0ブームの揺り戻し

長くなるのでこれについては次回、取り扱う。結論から言えばWeb3.0についても筆者は「ネガティブでありポジティブ」という判断を取引先に伝えている(続く)。

※1 https://musicindustryblog.wordpress.com/2022/07/14/midia-music-forecasts-the-new-era-of-growth/
※2 https://newsroom.tiktok.com/en-us/new-studies-quantify-tiktoks-growing-impact-on-culture-and-music
※3 https://ir.tencentmusic.com/2022-11-15-Tencent-Music-Entertainment-Group-Announces-Third-Quarter-2022-Unaudited-Financial-Results

 

著者プロフィール

榎本幹朗(えのもと・みきろう)

1974年東京生。作家・音楽産業を専門とするコンサルタント。上智大学に在学中から仕事を始め、草創期のライヴ・ストリーミング番組のディレクターとなる。ぴあに転職後、音楽配信の専門家として独立。2017年まで京都精華大学講師。寄稿先はWIRED、文藝春秋、週刊ダイヤモンド、プレジデントなど。朝日新聞、ブルームバーグに取材協力。NHK、テレビ朝日、日本テレビにゲスト出演。

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