作曲家と音楽プロデューサーの正当評価がアメリカの音楽業界で進む理由と、2019年以降の課題

コラム All Digital Music

全米の音楽チャートを取りまとめるビルボード・チャートは、ヒット曲を作る作曲家や音楽プロデューサーに特化したランキングとして新たに「Hot 100 ソングライター & Hot 100 プロデューサー」チャートを開始した。

新チャートでは、毎週ビルボードが発表する全米シングルチャート「Hot 100」や、ジャンル別チャートにランクインしたヒット曲を作る作曲家とプロデューサーにフォーカスを当ててランキング形式で毎週発表する。

カウント方法は曲単位となっており、チャートにランクインしたヒット曲に参加した曲数がポイント制で換算され、1曲に複数の作曲家やプロデューサーが関わる場合のポイントは均等に分けられる。

「ソングライター&プロデューサー」チャートがカバーするジャンル別チャートは、R&B/ヒップホップ、ラップ、R&B、カントリーミュージック、ロック、ダンス/エレクトロニック、ラテン、クリスチャン/ゴスペルの8つで、それぞれのヒット曲のクリエイターも含まれる。

全米の公式音楽チャートで、作曲家やプロデューサーに特化したチャートは初めての試みとなるため、ヒット曲のクリエイターに注目が集まる機会が増える。
 

ビリー・アイリッシュ、ルイス・ベルがチャートイン

 

作曲家と音楽プロデューサーの正当評価がアメリカの音楽業界で進む理由と、2019年以降の課題

ビルボードのチャートは合算チャートであるため、サブスクリプション型音楽ストリーミングと広告付き音楽ストリーミング、全米でのラジオエアプレイ、CD売上、ダウンロード売上まで、米国の音楽消費をあらゆる角度で網羅する。

これまでビルボードは毎年、年度末に発表された年間チャートの一部で作曲家やプロデューサーをジャンル別にランク付けを行ってきた。

記念すべき第一回となるチャートは6月13日に公開された。ソングライター・チャートとプロデューサー・チャートで同時に1位を獲得したのは、ビリー・アイリッシュの実兄である21歳の作曲家ファネアス・オコネル(Finneas O’Connell)。ビルボード2位にランクインした「Bad Guy」や「When the Party’s Over,」(44位)、「Bury a Friend」(53位)、「Ocean Eyes」(86位)を作曲または共作、プロデュースした。またビリー・アイリッシュもソングライター・チャートで3位にランクインしている。

その他に作曲家とプロデューサー両方でランクインしたのはルイス・ベル(Louis Bell)。2018年にポスト・マローンとヒットを作り、現在はジョナス・ブラザーズの「Sucker」(5位)、ポスト・マローンの「Wow」(6位)、ポスト・マローンとスワエ・リーの「Sunflower」(7位)、ホールジーの「Without Me」(12位)、5 Seconds of Summerの「Easier」(63位)を手がけるベルは、まさに現代のヒットメイカーと言える存在だ。

Hot 100ソングライター・チャート(2019年6月13日)
1. ファネアス・オコネル
2. J. コール
3. ビリー・アイリッシュ
4. ルイス・ベル
5. アッティカス・ロス
5. ビリー・レイ・サイラス
5. ジョセリン・A・ドナルド
5. LIL NAS X
5. トレント・レズナー
10.カリード

Hot 100プロデューサー・チャート
1. ファネアス・オコネル
2. ルイス・ベル
3. DISCLOSURE
4. アッティカス・ロス
4. トレント・レズナー
4. YOUNGKIO
7. FRANK DUKES
8. スコット・ヘンドリックス
9. DANN HUFF
10. T-MINUS

 

音楽チャートの進化

ビルボードでチャート及びデータ開発の上級副社長を務めるシルビオ・ピエトロルオンゴは「ヒット曲を裏側から支える一流のクリエイター達の存在を毎週、発表できることを楽しみにしています。作曲家やプロデューサーの影響力と重要性は、私達の年間ランキングに留まらない評価に値します」と述べている。

日本でのオリコン・チャートに当たるビルボード・チャートは、米国の公式音楽チャートとして様々なジャンルのチャートを毎週細かく発表しているが、日本とはカウント方式が異なるので、最近の合算方法を見てみたい。
 

作曲家と音楽プロデューサーの正当評価がアメリカの音楽業界で進む理由と、2019年以降の課題

特にビルボードは、2018年にチャートの算出指標で音楽ストリーミングの換算比重を変えたことが大きな話題となった。

これまでも全米チャートでストリーミングをカウントする場合は、サブスクリプション型と広告型の2種類の音楽ストリーミングを分けて換算してきたが、2019年からは、有料のサブスクリプション型での再生を、無料で使える広告型より重要視する方法を強化している。

アルバムチャートの換算では、SpotifyやApple Music、Amazon Musicなどのサブスクリプション型の場合、1,250再生が1アルバム・ユニットにカウントされる。一方、Spotify無料版など広告型では3,750再生が1アルバム・ユニットとなる。

またPandoraのようなラジオ型自動再生の「プログラム型ストリーミング」や、YouTubeなど動画ストリーミングはアルバムチャートにはカウントされない。サブスクリプションの無料トライアルでの再生は、サブスクリプションでの再生としてカウントされる。

シングルチャートでストリーミングをカウントする場合、サブスクリプション型が1再生は1ユニット、広告型は1再生は2/3ユニット、プログラム型は1再生は1/2ユニットでそれぞれの再生数が集計される。

米国でビルボードの音楽チャートにデータを供給するのは、音楽の小売売上データやストリーミングデータを集計するデータリサーチ会社「ニールセン」が担当している。

 

作曲家が評価されにくいという課題

 

現代の消費者の音楽消費を反映させた音楽チャートの構築を目指して、新しいストリーミングサービスからのデータを追加したり、ジャンル別のチャートを細かく集計するなどしてチャートを常にアップデートしていくため、音楽シーンの最新ヒット曲が把握できるだけでなく、次に来るヒット曲の兆しも知ることができる。

特にビルボード・チャートでは、ストリーミングで人気のアーティストがチャートで上位に入る傾向が益々強くなっている。

そのためレーベルはSpotifyやApple Musicにただ新曲を配信するだけでは、有名アーティストの作品でもチャートで1位を取る事や、連続してチャートインし続ける事が難しい。

その半面、インディペンデントなアーティストがディストリビューターを活用してリリースした楽曲が人気アーティストを抜いて1位を取ることも、ストリーミングで起きている。2019年はLil Nas Xの「Old Town Road」がその最たる好例として、ストリーミング時代の新たなアーティスト像を示している。

とは言え、これらの音楽チャートの中心はアーティストだ。つまり、前述のように、変化し続ける米国の音楽チャートやストリーミングデータの世界でも、作曲家や音楽プロデューサーを評価するチャートというものは未だに存在せず、あくまでも裏方としての評価に留まっている。

ストリーミングで再生される曲に貢献する作曲家やプロデューサーの評価が上がらなければ、プロフェッショナルとしてのキャリアを広げるチャンスも広げにくい。さらには、作曲家が楽曲から受け取る公平な利益分配も未だに低く改善されていないという点も業界内では大きな問題となっている。

現代では、コ・ライティングに代表されるように、1曲に参加する作曲家の数が増え、アルバムからシングルトラックでの再生にシフトしているため、利益分配が減少するのは目に見えている。

極端な例だが、2018年の曲ではカニエ・ウェストの『ye』に収録された「All Mine」には作曲家が14人、トラヴィス・スコットの「Sicko Mode」は作曲家が30人クレジットされている。

 

作曲家にフォーカスしたオーディション番組も登場

 

作曲家と音楽プロデューサーの正当評価がアメリカの音楽業界で進む理由と、2019年以降の課題

このような状況を改善するべく、米国では音楽業界が連携して作曲家や音楽プロデューサーへの評価を高めようとする取り組みが幾つか進んでいる。その中でも作曲家という職業に注目し始めた全く新しい取り組みが、5月に全米で放送が始まった作曲家のオーディション番組「ソングランド」(Songland)だ。

この番組では毎週、無名の作曲家4名がゲストアーティストのためにオリジナル曲を作りそれぞれがピッチして競い合う。そして番組でジャッジを務める著名プロデューサーと共作で仕上げ、勝ち残ったファイナルバージョンをアーティストがレコーディングし、Apple MusicやSpotifyなど音楽ストリーミングやiTunes Storeで配信する。

楽曲は公式リリースとして扱われるため、若手作曲家にとっては大物アーティストの作品にクレジットされるという実績が生まれる。

放送初回にはジョン・レジェンドがゲストで参加し、マイアミ出身の作曲家でアーティストのテビー・バーロゥ(Tebby Burrows)の「We Need Love」が採用された。

「ソングランド」がオーディション番組として差別化できる要因は、オリジナル楽曲にフォーカスしている点だ。「ザ・ヴォイス」や「アメリカン・アイドル」「Xファクター」など名だたる音楽オーディション番組で歌われてきた楽曲は基本「カバー曲」だ。その理由は明白で、これらの番組の特性が次世代のポップスターを探す事にあるからで、パフォーマンスや個性といった要素も審査に影響してくる。

一方「ソングランド」の場合、審査をするのは番組のジャッジであるプロの作曲家とゲストアーティストのみとなり、観客や視聴者からの投票も行われない。その代り、未来のヒットの可能性や、作曲家のアイデアが、採用されるかの点でフォーカスされる。
 

動画のように、視聴者は作曲家がいかにしてオリジナル曲を作り、アーティストに提案するために仕上げるか、といった作曲のプロセスの一部を知ることができる。

「ソングランド」を放送するNBCでは、6月17日週の放送で18歳から49歳の主要テレビ視聴者層において、放送開始から最大となる485万人の視聴者を獲得できており、好調である。

 

著名作曲家と無名作曲家が共作するTV番組

「ソングランド」に出演し若手作曲家のメンターともなるジャッジの3人も、現代のアメリカ音楽シーンでは重要な作曲家として、数々のヒット曲を作ってきた実績がある。

一人目はアメリカのロックバンド、OneRepublicのヴォーカルでプロデューサーのライアン・テダー(Ryan Tedder)。OneRepublicとしても数々の音楽アワードで評価されているが、テダー本人は作曲家、プロデューサーとして、数えきれないほどのアーティストに楽曲を提供してきた。

ビヨンセ、ケリー・クラークソン、アデル、デミ・ロヴァート、アリアナ・グランデ、テイラー・スウィフト、ジョナス・ブラザーズ、Zeddと、ジャンルやスタイルを問わず広く活躍してきた。これまでアデルの『21』『25』、テイラー・スウィフトの『1989』でグラミー賞最優秀アルバム賞を3度受賞している。

二人目のエスター・ディーン(Ester Dean)は、リアーナやニッキー・ミナージュ、デヴィッド・ゲッタのコラボレーターとして知られている作曲家でシンガー。2000年代後半から欧米でトップクラスのプロデューサーチームのStargateとコラボレーションを始め、彼らが手がける作品の多くで作曲を担当している。

女優としても映画『ピッチ・パーフェクト』シリーズに出演している。

三人目はカントリー・ミュージックで人気の作曲家の一人シェーン・マカナリー(Shane McAnally)。サム・ハントやMidlandのプロデューサーでもあり、2014年から毎年グラミー賞の「最優秀カントリー楽曲賞」にノミネートされている(2016年を除く)。

最近では2019年にケイシー・マスグレイヴス(Kacey Musgraves)のアルバム『Golden Hour』に収録された「Space Cowboy」を共作し、グラミー賞を受賞している。マカナリーはマスグレイヴスのデビュー・アルバムからコラボレーターとして作曲とプロデュースを努めてきた。

作曲家の重要性を評価するという大きな業界の流れの中で、「ソングランド」がテレビというフォーマットを開拓した意味は大きい。

それでもまだ現状を改善するには道は長い。テダーはNPRに対して「私達作曲家は業界の食物連鎖の最下位にいるだけでなく、現在の楽曲利益分配の仕組みにおいては最も報酬が少ない職業です。ストリーミングでは収入が劇的に減っています」と警鐘を鳴らす。

テダーのように長年ヒット曲を生み出し、音楽的にも経済的にも成功している作曲家は一握りだ。これは音楽ストリーミングにも同じことが言える。SpotifyやApple Musicで成功し続けている作曲家や音楽プロデューサーは極少数で、音楽の歴史で考えるとストリーミングと作曲家の関係は未だに黎明期にある。日本を含めて、世界の音楽業界は、ストリーミングと向き合うことで、作曲家やプロデューサーの評価をいかに正当化し、対等な対価を分配するかという課題も改善していかなければならない新しい時代にすでに入っている。
 


 

jaykogami
記事提供All Digital Music

Jay Kogami(ジェイ・コウガミ)
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