日本は「次の大物」を創りうるのか〜スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(14)「未来は音楽が連れてくる」連載第62回

コラム 未来は音楽が連れてくる

連載第62回 ジョブズは変わった〜スティーブ・ジョブズが世界の音楽産業にもたらしたもの(14)
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 Spotifyも無事上陸した今、4年前に始めた本連載の真意も改めて言明しておいたほうがよいかもしれない。われわれは定額制配信を超えるものを創りうるのか、ポスト・スマートフォンのかたちを創りうるのか。

 衰退するかにみえるこの国に生きるわれわれは、次の大物(Next Big Thing)を手がけることが出来るのか、という問いだ。

 たいていの物事は脚光を浴びるはるか前から始まっている。消費者は別として、仕掛ける側の人間ならばニュースが流れてから事象をフォローし始めても遅きに失する。

 Spotifyの創業は10年前。定額制配信の誕生は15年前になる。スマートフォンの理想もまた、1972年に天才アラン・ケイの掲げた構想にまで遡る。

 時代を画す何かに衝撃を受けたなら、最善の道は水面下で粛々と、次の大物を狙うことではないだろうか。

 いつの時代も、そんな人間は奇特なのかもしれない。

 だが少なくとも、脚光を浴びた”最先端”を賛美する人々よりも遥かに筆者が親しみを覚えるのはそんな人たちだ。盛田昭夫やスティーブ・ジョブズのような人物像を連載で描いてきたのはそれが理由だ。

 音楽業界人を専らとするこのサイトで、音楽サーヴィスを超えたところまで語らざるをえなかったのにも理由がある。

 三年前、「iPhone、YouTube、PandoraやSpotifyさえも、我々は乗り越えねばならない日が来るだろう。」と書いたが(書籍Part1 最終章)、その時代は筆者の視界に映り始めている。

 イノヴェーション理論を打ち立てた経済学者シュンペーターは言っている。巨大なイノヴェーションを起こす人間の動機は、経済的理由などではなく、ものづくりの欲求あるいは自己表現から来ている、と。

 真のイノヴェーターはフォロワーではない。クリエーターなのだ。

 歴史を画す何かはいかに創りうるのか、ある男が成長し、ことを成し遂げるとはどういうことなのか。次の時代へ向けて、それが知りたいから書いてきた。

 本章をプロローグにして始まるひと連なりの物語が、「Next Big Thing」をこの国から狙う人たちへのささやかな応援歌になってほしいと、ひそかに願っている。

 そこに、日本があったからだ。

 

ジョブズはどこで変わったのか

 

 早すぎた晩年、ジョブズはこう漏らしたことがある(※1)。

 「生まれ変わったらピクサーの監督になりたい」

 率直にすぎる彼は、こうしたことで世辞をいう人間ではなかった。彼はよく言っていた。Appleの製品がどんなに素晴らしくとも寿命は3年か5年。最後は埋立地に行く運命にある、だがピクサーが傑作をものすれば、その映画は100年後も生き続ける、と。

 エンターテインメントが専門でない自分が、ピクサーの成功に関わることができて幸福だった…。

 死の迫った2011年の夏の終わり、最後の電話でそう語ったジョブズの声を、エド・キャットムルは忘れることが出来ない。

 没後5年の時を経て、彼の人生を俯瞰できるようになると、その幸福は映画やジョブズ自身のみのものならず、やがて音楽界の幸福にも連なっていったことがわかる。それがこれからピクサーのことについて書く理由だ。

 ジョブズはいつ、史上最高の経営者になったのだろうか?

 初代マックの大赤字にともなう会社追放。そしてネクスト社の倒産危機に至るまで、Apple復帰前のジョブズは経営者失格だった。彼は生まれ変わる機会を、あるとき得たのだ。

 その秘密を、エド・キャットムルは知っている。

 親友として、そしてピクサーの創業者としてキャットムルは26年をジョブズと共にしてきた。それほど長く、彼の近くにいた人間はキャットムルをおいて他にいない。家族ですら…。

 傲岸不遜。人を人とも思わない暴言を吐く、奇行に満ちた天才。

 それが世に知られるジョブズ像だ。若い頃を共にした同僚や恋人たちはそんなエピソードを次々と繰り出す。

 そんなのは全然ちがう、読者の好みに迎合したメディアの偏向だ、そう語るティム・クックやジョナサン・アイブのような少数派もいる。たとえ傲慢に見えてもそれは最高の作品づくりのためであって、ふだんの彼はナイーブで思いやり深かった、と。彼らはApple復帰後、ジョブズと親しくなった。

 ひととなりを知る者の間でも、ジョブズ像が分裂した理由。それをキャットムルは知っている。

 若い頃のジョブズといた人々は、二度といっしょに仕事をしなかった。恋人たちも別れていった。そして、成熟してからできた家族や側近たちは、以前の彼を知らない。

 26年、変容の時期を一緒にいたキャットムルは知っている。

 ジョブズはほんとうに変わったのだ。

※1 Ed Catmull (著), Amy Wallace (著), 石原 薫 (翻訳)訳『ピクサー流 創造するちから』(2014)ダイヤモンド社, 終章 line. 5400

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【本章の続き】
■「IT時代」が設計されたのはいつなのか
■才能がないとわかった後
■じぶんより優秀な人間を雇う
■ジョブズに出会うまで
■ジョブズの第一印象は最悪だった
■ジョブズは、学ぶチャンスを得た

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著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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