Spotifyに学ぶフリーミアムモデルの公式「未来は音楽が連れてくる」連載第14回 

コラム 未来は音楽が連れてくる

▲Spotify Radio。Spotifyはスマホでは有料限定だったが、Spotify Radioを無料公開した。ライバルのPandora Radioは、アメリカのiPhoneアプリの利用頻度ランキングで、Facebookに次ぐ2位をつけており(Apple製・Google製を除く)、TwitterやYoutubeより使われている
画像の出典:guardian.co.uk

 

Spotifyラジオのメリット3 フリーミアムモデルの改善

イギリス上陸時、エックは、

「Spotifyの平均利用時間は、72分/日です(※1)」

と述べたことがある。YouTubeが平均10分/日であることと比較すると上出来であるが、アクティブユーザー数で見ると、音楽プレイヤー型のSpotifyは、ラジオ型メディアのPandora Radioに大きな差をつけられている。

そして、アクティブユーザー数と聴取時間の積は、ソーシャルミュージック・メディアの広告売上と直結している。

Pandora Radioはアメリカ限定のサービス(2012年7月1日時点)なので、アメリカに限定して比較しておこう。Spotifyのアメリカの月間アクティブユーザーは300万人だが、Pandora Radioは5000万人を超える。Spotifyはアメリカ上陸して日が浅いことを考慮する必要がある。が、Spotifyの全世界のアクティブユーザー数をもってしても、Pandora Radioの3分の1にも満たない。

インターネット・メディアの普及以前も、人類は、音楽放送で音楽を聴く時間の方が、レコードやCDで音楽を聴く時間よりずっと多かった。これが音楽放送の進化形であるPandora Radioと、CDプレイヤーの進化形であるSpotifyとの間にも成立してしまったのだ。

Spotifyは、Pandora Radioと比べるとなぜ利用者数・利用頻度で遠く及ばないのか、真剣に対策する必要があった。答えはシンプルだった。SpotifyラジオをPandora Radio並に「使えるラジオ」に改良すればよかったのだ。

Spotifyラジオが期待通り機能してくれれば、Spotifyのビジネスモデルとなっているフリーミアムモデルを、大幅に改善することができる。ここでフリーミアムモデルの公式をおさらいしておこう。

<フリーミアムモデルの公式1>

有料メンバーの最大化=無料メンバーの最大化 × コンヴァージョンレートの最大化

Spotifyは毎月10時間までどんな音楽も聴き放題にすることで、無料メンバーを最大化し、次にスマートフォンとユーザビリティをフックにコンヴァージョンレートを最大化している。ここまでは、すでに説明したとおりである。今回の『Spotifyラジオ』戦略を理解するには、もうひとつの公式が有用だ。

<フリーミアムモデルの公式2>

売上の最大化=無料メンバーの最大化 × 広告単価の最大化 +有料メンバーの最大化
      =無料メンバーの最大化 × (広告単価の最大化 + コンヴァージョンレートの最大化)

2行目に注目して欲しい。右辺の3項目のうち、ふたつがフリーメディアにかかわるもの、音楽放送的なものだ。

Spotifyはこれまで、『天国のジュークボックス(Celestial Jukebox)』と評されてきた。『Pandora Radioの章』でラジオとレコード産業の歴史を振り返ったが、レコードの登場のあと、ジュークボックスがパイロットメディアとなってレコードショップが成立。その後、ラジオの登場でいったんレコードショップは壊滅状態に置かれるが、フリーメディアのラジオで新しい音楽を知ってもらい、レコードを買ってもらう、という黄金パターンが社会的に出来上がり、レコード産業は黄金時代を迎えることになった。これは社会全体で、音楽のフリーミアムモデルが完成した、ということもできる。

ここで現代のジュークボックス、Spotifyがラジオの役割も果たしたらどうなるか。

Spotifyのフリーミアムモデルは、一企業のビジネス戦略を超えて、社会的な規模のフリーミアムモデルも果たすことになる。その結果、Spotifyは、『毎月10時間まで聴き放題』というフックに加え、音楽放送という、さらに大きな窓口、顧客流入チャネルを手にすることになる。

つまり、上記の公式でいう『無料メンバーの最大化』が、さらにレベルアップして起こる。

無料メンバーが最大化すれば、音楽メディアとしての価値が上がり、もうひとつの項目、『広告単価の最大化』も起こる、というわけだ。『Spotifyラジオ』アプリ一本で、そこまでのことが起こるのだ。

実際、ビジネスの世界にインパクトがあった。Facebookとの協業、プラットフォーム化、そしてSpotifyラジオのリニューアルは、株式市場に影響した。Spotifyは上場していないので、上場しているPandora Radioの株価にマイナスの影響が出るという、Pandora Radioにとってやや理不尽な事態となった。

Pandora RadioのCEOジョー・ケネディは、この市場評価にこう反論した。

「Spotify上陸以降も順調にレーティングは伸びています。現在、パンドラのレーティングは4.3%。去年の2.1%の倍に成長しました」

Pandora Radioの聴取率はこのインタビュー後も急成長を続け、Spotify音楽アプリとSpotiryラジオの登場した半年後の2012年6月現在、レーティングは全米で6%に到達した(Pandora Radioの章を参照)。1万以上のラジオ局があるアメリカで、全国でレーティング6%という数字は圧倒的だ。接触時間に直すと、完全に音楽放送の帝王だったMTVを超えている。

インタビューに戻ろう。

「Spotifyラジオが人気を得たらどうするのですか?」ビジネスインサイダー誌の核心を突く質問に対し、ケネディCEOは、「12年かけて開発したミュージック・ゲノム・プロジェクト(Music Genom Project)があります」

と答えた。これは正しい。確かに、エコーネストの努力によってSpotify・ラジオの選曲力は飛躍的に上昇した。だが、公平に見れば、というか、公平に聴けば、Pandora Radioの発見能力と比較するといまでも見劣り(聴き劣り?)するからだ。この差は先に紹介した、この一年でPandora Radioの再生曲数1661億回に対し、Spotifyの再生曲数は130億回だった、という数字も傍証となっているだろう。

結局、筆者のようにPandora Radioで新しいお気に入り曲を発見して、Spotifyでそのアーティストを深掘りしてみる、という利用者は少なくないのではないだろうか。この流れをSpotifyは、じぶんの中で創り上げようと努力しているのはであるが。

現状、音楽メディアとしては、SpotifyはPandora Radioにとうてい及ばない。メディアパワーとしては10分の1ぐらいだ。ただし、数年後の話となるとわからない。エコーネストのレコメンデーション・エンジンの改善がこのまま進めば、Pandora Radioに追いつくかもしれないからだ。その意味ではPandora Media社の株価下落は全くの見当外れとまではいかないだろう。

 

Spotifyラジオのメリット4 スマフォユーザーの囲い込み、そしてポスト・アメリカ進出

Spotifyラジオがもたらすフリーミアムモデルの改善には、もうひとつの側面がある。スマートフォン・ユーザーの囲い込みだ。

これまで無料ユーザーは、Spotifyのスマホ・アプリから締め出されてきた。Spotifyは「PCなら毎月10時間までタダ。でもスマホで音楽を持ち歩きたいならお金を払ってね」というのが無料と有料を結ぶ基本線だった。

だが、スマートフォンがここまで普及してくると、PCだけを新規顧客の接触面にするのは、マーケティング上、おいしくなくなってきた。たとえば、PCはないがスマフォは持っている若年層を、これまでの戦略では取りこぼしてしまう。

2012年6月。Spotifyラジオをスマフォで、無料ユーザーにも提供することを発表。これでSpotifyは、無料のパーソナライズドラジオと有料のサブスクリプションの組み合わせで、スマートフォン単体でもフリーミアムモデルが成立するようになった。

これは同時に、「今のSpotify ラジオのクォリティなら、Pandoraに挑戦できる」というエックの意思表示でもあった。Pandora Radioの主戦場はスマフォとカーステだ。『Pandora Radioの章』の図を再掲しよう。iPhoneアプリの世界では、全米用頻度ランキングで、PandoraはFacebookに次ぐ2位をつけており(Apple製・Google製除く※)、TwitterやYoutubeより使われている。Spotifyにとってタフなリングとなるだろう。

各種OS/端末別人気アプリ

ラジオが軌道に乗った暁には、たとえば「スマフォでも毎月2時間まで無料」という形で、スマフォ単体でのフリーミアムモデルをさらに加速させてくるのではないか。そこまで至ると、日本や新興諸国のようにPCの普及に偏りのある国でもSpotifyのモデルは、ぴったり嵌るようになる。

Spotifyラジオがあれば、アメリカ以降の海外進出も見えてくるのだ。

著者プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)

 榎本幹朗

1974年、東京都生まれ。音楽配信の専門家。作家。京都精華大学講師。上智大学英文科中退。在学中からウェブ、映像の制作活動を続ける。2000年に音楽TV局スペースシャワーネットワークの子会社に入社し制作ディレクターに。ライブやフェスの同時送信を毎週手がけ、草創期から音楽ストリーミングの専門家となった。2003年ライブ時代を予見しチケット会社ぴあに移籍後、2005年YouTubeの登場とPandoraの人工知能に衝撃を受け独立。

2012年より『未来は音楽を連れてくる』を連載・刊行している。Spotify、Pandoraをドキュメンタリーとインフォグラフィックの技法を使って詳細に描き、 日本の音楽業界に新しいビジネスモデル、アクセスモデルを提示することになった。 音楽の産業史に詳しく、ラジオの登場でアメリカのレコード産業売上が25分の1になった歴史とインターネット登場時の類似点 や、ソニーやアップルが世界の音楽産業に与えた歴史的影響 を紹介し、経済界にも反響を得た。

寄稿先はYahoo!ニュース、Wired、文藝春秋、プレジデント、NewsPicksなど。取材協力は朝日新聞、Bloomberg、週刊ダイヤモンドなど。ゲスト出演はNHK、テレビ朝日、日本テレビなど。音楽配信、音楽レーベル、オーディオメーカー、広告代理店を顧客に持つコンサルタントとしても活動している 。

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