TM NETWORK再起動、6年振りに刻まれた38年の物語の続きがここに

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TM NETWORK

TM NETWORK 撮影=Kayo Sekiguchi

『How Do You Crash It? one』2021.10.09

『How Do You Crash It? one』TM NETWORK

過去をなぞるのではなくて、今を奏でる音楽が展開されていた。配信という形態で発表されたTM NETWORKの約6年ぶりの「再起動」第一弾オリジナルライブ映像作品『How Do You Crash It? one』のことだ。この作品には音楽に対する情熱、創作への強い衝動、そしてメンバーやファンへの揺るぎない思いが詰まっていると感じた。これはTM NETWORKの新しいストーリーの始まりを告げる作品だろう。

パズルのピースのように、さまざまな仕掛けが散りばめられた映像に続いて、TM NETWORKのステージのセットや照明、そして3人が映し出されていく。小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登が同じ空間にいるだけで、不思議な磁場が発生するかのようだ。宇都宮のボーカルと小室のシンセサイザーと木根のギター、3人の織りなすアンサンブルによって、ステージ上に高揚感や近未来感や連帯感が漂っていることを、画面越しにも感じとることができる。

生のライブ空間ではないが、モニターの中でステージに立つ3人の姿も実に絵になっている。画面からも彼らのリアルな存在感が伝わってくるのだ。ステージに立っているのは3人のみ。下手の小室はコの字型に配置されたキーボードに囲まれている。「水を得た魚」になぞらえて、「シンセサイザーを得た小室」と表現したくなるくらい、なじんでいる。中央の宇都宮はマイクスタンドの前に立っている。木根は上手でギターを弾いている。それぞれがいるべき場所にいるという安心感がある。三角形のフォルムがあまりにも自然なのは約38年の歴史があるからだろう。サポートメンバーが参加しない編成だからこそ、TM NETWORKというトライアングルの持っている独自性や3人の関係性が際立っていく。

TM NETWORK 撮影=Makiko Takada

TM NETWORK 撮影=Makiko Takada

オープニングナンバーは「再起動」の始まりにふさわしい曲だった。「時を越えてHello Again」というフレーズはTM NETWORKからの6年ぶりの挨拶のように響いてきた。しかし3人による歌と演奏が始まった瞬間に感じたのは「懐かしさ」ではなくて、「新鮮さ」だった。それは今の彼らが歌い、演奏しているから、そしてどの曲も最新のアレンジが施されていたからだろう。もともとTM NETWORKの楽曲は時空を越えて鳴り響く普遍性を備えている。過去・現在・未来を自在に行き来するような世界観が軸になっている曲がたくさんある。アレンジや音色、ニュアンスが変わることによって、さまざまな時代にマッチしていく柔軟さと汎用性の高さを持っているのだ。「再起動」にあたって、「音楽を創るアイデアとエネルギーは確実に進化していると感じています」と小室がコメントを発表していたが、まさにその言葉どおりのステージだ。

ライブ映像と映像作品とが組み合わさった構成になっていたのだが、ライブならではの生々しさも伝わってきた。例えば「I am」での宇都宮のボーカルや小室と木根のコーラスには、今の彼らのエモーションやテンションが詰まっていると感じた。小室は手弾きの鍵盤の微妙なタッチが音に反映されるMONTAGA7、CP88、Memory Moogなどのシンセサイザーを駆使して、ニュアンス豊かな演奏を展開していた。

事前にアナウンスされていたとおり、新曲「How Crash?」も初披露された。今回の「再起動」のキーになる曲であり、テーマ曲的な位置にある曲と言えそうだ。パーソナルなテーマとグローバルなテーマとがシンクロしていく、スケールの大きなナンバーだ。エンターテインメント性とメッセージ性とが両立しているところはTM NETWORKならではだろう。宇都宮の憂いと力強さとが共存する歌声が印象的だった。

宇都宮がアコースティックギターを弾きながら歌い、木根がキーボードを弾く曲もあった。TM NETWORKの持っている音楽性の幅の広さや懐の深さが見えてくるような選曲だ。代表曲ももちろん入っているのだが、代表曲を並べるのではなくて、この時期に届けたい曲を並べたということなのではないだろうか。

印象的だったのはあの代表曲に2021年の今の息吹きを曲の中に吹き込んで、3人が一体となって歌と演奏を展開するシーンだ。宇都宮がマイクスタンドを回して歌っている。小室が目をつぶって、鍵盤を弾いている。木根が2人のエモーションに呼応して、ダブルネックギターを演奏している。白熱のアンサンブルからは3人の絆が見えてくるようだった。結成から38年。3人の関係性が揺るぎないからこそ、活動すべき時に活動することができるのだろう。

TM NETWORK 撮影=Kayo Sekiguchi

TM NETWORK 撮影=Kayo Sekiguchi

変わらないことと変わり続けてきたことが画面越しに伝わってくる。TM NETWORKは音楽的には進化し続けてきたバンドと言っていいだろう。「再起動」の演奏でもアレンジが大幅に変化することで、今の時代とより深くリンクしていると感じる曲がたくさんあった。新曲「How Crash?」が触媒となることで、馴染みのある曲が進化して、新たな表情を見せていたのだ。つまりそれだけ原曲の歌詞やメロディがパワーを持っているということでもあるだろう。

TM NETWORKのオリジナリティーが際立つライブ映像だった。配信という形、ネットワークを通じての音楽のコミュニケーションが似合っているのは、バンド名にも「ネットワーク」という言葉があるからかもしれない。デジタルサウンドを駆使しながらも、人間味が際立っていくステージだった。新しい創造を行うのだという意思や情熱や使命感が演奏やパフォーマンスから伝わってきた。歌、演奏、照明、セット、実写映像やCG映像が一体となることで、音楽性と物語性とが密接に結びついた濃密な世界観が出現していた。

『How Do You Crash It? one』によって、TM NETWORKの新しい物語は確かに始まったところだろう。隔月で『How Do You Crash It?』の続きのオリジナルライブ映像が配信されることになっている。彼らの新しい音楽の旅を目撃することは、きっと特別な体験となっていくに違いない。

取材・文=長谷川 誠

How Do You Crash It? one

 

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