今、音楽業界に求められているものとは ー 「日本プロ音楽録音賞」特別座談会

インタビュー スペシャルインタビュー

上段・左から:内沼映二氏、Mick沢口氏、武部聡志氏
下段・左から:三浦瑞生氏、高垣 健氏、高田英男氏

日本音楽スタジオ協会会長/日本プロ音楽録音賞運営委員長
内沼映二氏

沢口音楽工房代表/サラウンド寺子屋主催
Mick 沢口氏

音楽プロデューサー
武部聡志氏

ミキサーズラボ 代表取締役社長
三浦瑞生氏

ビクターエンタテインメント 社長付 A&R スーパーバイザー
高垣 健氏

ビクタースタジオ長/日本プロ音楽録音賞運営副委員長
高田英男氏

今回で18回目を迎える「日本プロ音楽録音賞」の特別座談会が今年も開催された。座談会に参加したのは、日本音楽スタジオ協会会長/日本プロ音楽録音賞運営委員長 内沼映二氏、沢口音楽工房代表/サラウンド寺子屋主催 Mick 沢口氏、音楽プロデューサー 武部聡志氏、ミキサーズラボ/代表取締役社長 三浦瑞生氏、ビクターエンタテインメント/社長付 A&R スーパーバイザー 高垣健氏、ビクタースタジオ長/日本プロ音楽録音賞運営副委員長 高田英男氏の6名。音楽産業の低迷が続く中、大きく変化している現在の音楽業界について、また、音楽制作やビジネスフローの変化、音楽配信、サラウンドの可能性まで様々な視点から語っていただきました。

[2011年8月4日 ビクタースタジオにて]

 

  1. デジタル時代におけるエンジニアの役割、音創りの重要性
  2. 音楽配信によるワークフローの変化
  3. 今エンジニアに求められていることとは

 

1. デジタル時代におけるエンジニアの役割、音創りの重要性

高田:現在、デジタル技術が非常に進化し、多少録音の知識があれば誰でも音楽が作れるような時代になっています。そういった現状を踏まえて、エンジニアの役割や音創りの重要性について伺っていきたいと思います。

高垣:僕は今でも現場に入って、横で見ていることが多いんですが、自分で音楽をクリエイトするアーティストの現場が圧倒的に多くて、そういった現場ではエンジニアが技術だけでなくアーティストと一体化して音楽の制作に携わっています。ただ、アーティストとエンジニアだけでクリエイティビティを創ることはできるんですけど、そのクリエイティビティをビジネスに誘導していくためにはA&Rや音楽プロデューサーが力を発揮して、チームで音を創っていくことが重要になってきているように思います。

高田:レコーディングのとき、アーティストによってエンジニアが指名されることが多いのでしょうか?

高垣:そうですね。それはエンジニアの善し悪しではなく、やはり相性だと思います。音楽の中身とか、アーティストのキャラクターにどれだけマッチしているかで決まってくると思います。

武部:僕らが仕事始めた頃は、レコーディングスタジオが活況な時代で、レコーディングセッション自体すごく一杯あったじゃないですか。だからスタジオや卓の特性を体感できたんですね。そういう経験値が今の若い人たちは減ってきていると思います。それにPro Toolsの中で簡単にシミュレーションができますけど、果たしてそれでいいのかな? と思ってしまいますね。もちろん、技術の進歩は認めざるを得ないんですが、それが自分で体感できないのはすごく寂しいことだと思うのと、音創りの重要性ということで言うならば、一般ユーザーは理屈はわからないけど、音が“いい感じ”というのは絶対わかるんですよね。論理的にどうこうではなくて「爽やかでいい感じだな」とか、「すごく躍動感があるな」とか。そういう作品を我々は創っているわけですから、そこに込めるものは、どうメディアが変わっても、流通が変わっても僕は変わらないと信じて創っていきたいと思います。

高田:では、ユーザーにいい音のイメージを伝えるためには、エンジニアの役割はかなり大きいと感じますか?

武部:非常に大きいと思います。作品にはメロディや歌詞、アレンジと色々な要素がありますが、どうサウンドを創るかによって曲のムードも変わりますし、ヒットに結びついたり人の心に届いたりするんじゃないでしょうか。

三浦:武部さんが今おっしゃられた通り、僕らもそれを目指してやっている部分がありまして、アーティストがメロディや歌詞を作って、プロデューサーやアレンジャーがそれを具体的な形にアレンジしていく中で、その音が2つのスピーカーもしくはサラウンドのスピーカーから出た時に、聴く人の頭の中により鮮明な絵を描いてもらえる様にしていくことが僕らの仕事だと思っています。ただ、それが技術の進歩と共にやりやすくなった部分と、逆にやりにくくなりつつある部分があって、例えば、一つのことにトライしようとしたときに、選択肢は増えたけれど、それを試行錯誤する時間も予算もないので、ある程度決め打ちで物事を進めていかないと上手くいかないという現状もあると思います。

内沼:プロ録は今年で18回目になるんですが、ここ5〜6年の応募作品は、聴いていて制作費が落ちていることが耳で分かってしまうのですね。作品も打ち込みやサンプリング系の作品が非常に多いですね。R&B系のジャンルは打ち込みでないとあのサウンドが出ないのは事実で、逆に生で表現するのは非常に難しいです。しかし、中には「これは絶対生のオーケストラでやるべきだ」という楽曲もサンプリング音源だったりするんですよ。サンプリング音源を使うと確かに制作費は安く上がりますし、サンプリング技術もどんどんよくなっているので、それなりのサウンド創りは構築出来ますが、やはり生の音と比べると、アコースティック音楽で大事な空気感、高調波があまりにもないので、音楽的な感銘を受けないのですね。それなりの雰囲気は醸し出せるけど、一般リスナーに感動を与える音楽をサンプリングで作ることはなかなか難しいと思います。やはり、音楽ジャンルによって正しい音源の選択が、次世代に残す音楽文化として大切な事と思います。

沢口:やはりエンジニアとしての土台がちゃんとあって、エンジニアとして勉強している人が、アーティストのいい音や演奏をキャプチャーできると思うんですね。例えば、写真家やイラストレーターでも、同じ対象物をその人がどう感じたかで全然違う作品になってきますよね。それぞれの人がその対象物をどうすれば一番アピールできるのか、感動するのかを感じて撮ったもので、素人にはできない色んな要素を組み合わせてキャプチャーすると思うんですけど、エンジニアという仕事をそのレベルにどんどん引き上げたいですね。

 エンジニアによってアーティストが持っている才能の引き出し方がかなり変わると思うので、単にクライアントに言われたことをキチンとこなすだけではなくて、もっと堂々と遠慮せずに自分からアピールしていけばいいんじゃないかと思います。日本人はちょっと遠慮しすぎかなと思うんですよね。ヨーロッパやアメリカ、アジアでも韓国のエンジニアなんかはすごくアピールしますよね。日本人も、自分が持っているエンジニアとしての音のキャプチャーの仕方にどういう特徴があるのかを1人1人がアピールすれば、もっと一般の方も気づいてくれるんじゃないかなと思いますね。だから、もし余裕があれば、1つのアーティストの同じ曲を5〜6人のエンジニアがそれぞれ作って、比べてみると随分と違う印象の曲ができるんじゃないかと思うんですけどね。

内沼:昔、FM TOKYOの番組で、4人のエンジニアが同じ楽曲をミキシングしたことがあるんですが、出来上がりがみんな違うので「こんなに違うんだな」と思ったことがありますね。

三浦:そんなに高いレベルじゃないんですけれども、社内で年末にミックスコンテストをやるんですね。音源を1つ用意して、アシスタントもエンジニアも事務方も含めて誰でも参加できる形にして。優秀な人には賞を出すんですけど、色々な手法でこんなに曲の印象が変わるものかなと思うことはあります。

高田:今ではスタジオだけじゃなく、自宅や事務所内プリプロスタジオなどで作品を創っていると思うのですが、音質や作品の完成度は昔から比べると下がっているような印象はあるのでしょうか?

武部:下がっているとしたら我々の責任ですよね(笑)。先ほど沢口さんのお話にもあったように、やはりプロがちゃんとやらないとダメですよね。予算との兼ね合いの中で感動出来る作品を創りたいと思ったら、ピアノ1本でもそういう作品は創れると思います。要するにそれを決める設計図みたいなもの、「この曲はこうしよう」というビジョンをプロデューサーがキッチリ打ち出していかないと、周りは迷うと思うんですよ。そこに参加するチームの人たちのためにも、良い作品を創るためにも、ちゃんとビジョンを打ち出していかないといい曲は創れないと思います。

高田:内沼さんが最初に発言されたように、今は制作費に余裕がないという現実ですが、レコード会社の制作の立場としてはやはり制作費を上げることは難しいんでしょうか?

高垣:そうですね。音楽は全部が売れるものじゃないからリスクが必ず伴います。僕がよく現場の連中に「会社は銀行だと思え」と言うんですね。今、武部さんがおっしゃったみたいにちゃんとプランを作って、計画を練って、それで会社を説得しろと。説得できれば会社はちゃんとお金出してくれる。ただ銀行だからやっぱり返さないといけない。そのあたりのリスクをちゃんとディレクターが明示するということは大事ですよね。事前の打ち合わせが曖昧であればあるほど作品も曖昧なものになるので、事前にどこまで詰められているかが、多分僕らスタッフの一番大事な仕事だと思いますね。

高田:今のエンジニアはオンとオフの区別がつかないというか、仕事を家に持って帰って手直しをしたりせざるを得ないような状況もあると思うのですが。

三浦:そういった話はよく聞きます。色んなエンジニアの方とお話して、ミックスの時間が限られている中でエンジニアとして表現したいこと、残したいと思うことを全部やるには時間が足りないので、その仕込みを自宅でやらざるを得ないというような方は何人かいました。アーティストやプロデューサー、クライアントの方に自信を持って音を聴いていただくためには必要な作業なのかなとも思うんですけど、できればそれがスタジオというひとつの環境の中で完結した方がより理想的だと思うんですけどね。

 

2. 音楽配信によるワークフローの変化

高田:次は音楽制作とオーディオ再生についてご意見を伺います。残念ながらCDで音楽を楽しむことが少なくなってきている現状の中で、配信ビジネスそのものも踊り場の状況になっており、そんな中、ストリーミング再生での定額聴き放題サービスなど、配信サービスにも新しい提案が出てきています。まず武部さんにお伺いしたいのですが、クライアントからの依頼があった段階で配信を意識して作品を創ることはあるのですか?

武部:あまりないですね。パッケージとか配信とかライブとか、メディアによって根本的な音楽の創り自体が左右されることはないです。音楽に込めるものは変わらない姿勢ではいます。ただ最終的な仕上げの段階で、例えば、配信ならもっと歌が聞こえることを意識することはありますけど、技術の進歩とメディアの進歩はもう止めようがないわけですからね。あと、曲を創る上で、例えば60秒の着メロの中においしい部分を押し込もうとは思わないですが、60秒しか聴かなくても人の心を掴めるようなものは創りたいという思いはありますね。それが10秒でも20秒でも、Aメロで一瞬でも「いいな」と思わせるクオリティのものは創りたいと思っています。

高田:レコード会社としては配信ビジネスを意識した制作をする場合もあるのでしょうか?

高垣:おそらくレーベルやアーティストによって違うとは思うんですが、少なくとも僕の周りではあまりないですね。配信からヒットが生まれるようなことがここ数年言われていますけど、僕とか僕の上司なんかは配信からじゃなく、本来の楽曲のヒットありきで配信に繋がるのではないか、ということを今でも言っているんですね。60秒、45秒の着うたの中に何を込めるかというのはすごく大事だと思うんですけど、それはラジオ用にエディットするとか、そういうことにすごく近いような気もしますし、さらに言えば、シングルをヒットさせることによって、アルバムやライブに繋げていこうという本来の僕らが思っている拡げ方、ファンの獲得の仕方と配信の利用の仕方は通じている気がします。だから、あえて配信のために何かするとか、配信用に音楽を創るという意識は世の中で言われているほどないと思っています。

高田:沢口さんは自ら配信サイトを運営されていらっしゃいますが、そのあたりはどう思われますか?

沢口:僕の場合は、みなさんのように大手レーベルではなく一人でやっているので、同じ土俵でお話できるのかどうか分かりませんが、2007年にアコースティックのジャズのアーティストのアルバムを作りたいと思って、CDで何枚か出したんですよ。今のCDの中で1番僕らのイメージに近いCDは何だろう? と色々調査したり聴いたりして、XRCDが1番よかったんですね。それで、しばらくはXRCDで出していたんですけど、マスタリングをやっている時に「どうして96kHz/24bitのマスターで録音しているのに、音質をわざわざ落として聴いてもらわなきゃいけないんだろう」と思ったんですね。それで高音質のままで聴ける手段はないのかなと思っていたら、クリプトンという会社がハイクオリティの音楽配信サイトを立ち上げたというニュースがありまして「これだったらマスターをそのまま配信できるんじゃないか」と思ったんです。

 今年の春から世の中で192kHz/24bitで聴く製品がネットオーディオの中で出始めたんですが、ソフトはほとんどないんですよ。だったら高音質の作品を出すのも僕ら制作側の責任かなと思って、今年の春からの作品は192kHz/24bitで録って、それをそのまま配信するという形にシフトしてきました。ただ、それではビジネス的に、特に日本では小さな市場なので、3年くらい見ないとペイしないんじゃないかなという状態でやっているんですけど、この仕組みは、アーティストの思いがあまり変形しないで家庭で聴いてもらえる新しい聴き方のひとつじゃないかなと思って大いに期待しています。

高田:音楽配信はDRMフリーの問題に必ずぶつかるじゃないですか。どんどんコピーされてしまうのでそれをどうガードするか。それともファンを信用してコピーガードなしで出すか。レコード会社として判断が必要になってくると思うのですが。

高垣:DRMの問題は逃げられないところに来ていますし、CCCDでよかれと思ってやったことがファンの反発を買ったという過去もあります。ファンを信用してDRMフリーで、ハイクオリティの作品を出せる状況が来ればベターじゃないかなと思います。

高田:内沼さんにもお聞きしたいのですが、エンジニアの立場ではハイクオリティ配信のために音創りを変えたりするのでしょうか?

内沼:僕は基本的に、あまりしないですね。いわゆるパッケージものでもそれ以外でも、あまり意識はしていないです。与えられた環境で自分が出来る最高のものを創るだけです。

高田:三浦さんはいかがですか?

三浦:やる作業はそんなに変わらないと思うんですけど、フォーマットのクオリティは一考して録りたいと思うところはあります。普段からそうですけど、ハイクオリティになればなる程「後で誤魔化すような作業はしたくない」と思っているので、なるべくベーシックのリズムを録ったら、その時の空気感というか、ある程度完成形が絵として見えるような形で録っておきたいなと思いますね。

高田:高音質配信がどんどん出てきた場合、音楽ビジネスそのものは変わっていくのでしょうか?

高垣:アナログからCDに変わり、DVDオーディオ、Blu-rayオーディオも出てきて、まだこれから色んな変化があると思うんですが、新しいものが生まれてそれがポピュラーになれば古いものが廃れていくことはしょうがない。ただ、配信が新しいメディアになり得るかといったら、今の形だったらならないと僕は思っているんですね。むしろ沢口さんがおっしゃったようなクオリティが上がるとか、製品が大衆化するようなことがない限り難しいんじゃないかという気がしているので、音楽を創り、宣伝して売るという機能に関してはそんなに変えようがないと思っています。

武部:僕らの立場からすると音楽配信でビジネスが大きく変わると思います。今までは世に送り出したい新人アーティストがいて、アルバムを作りたいという時にレコード会社に持ち込んだんですよ。でも、今後はそうじゃない図式で世の中に送り出せるようになりますよね。そこがものすごく変わると思うんです。今はレコード会社もどこの馬の骨か分からない人達に投資はしないですから。だったらもう自分たちで配信してしまうという方法をチョイスするようになるじゃないですか。要するにプロデューサーが直接送り出す、アーティストが自分で配信するということが増えていくと思いますね。

内沼:そこのワークフローが変わるのは僕もすごく大きな変化だと思うんですよ。今までの音楽産業のワークフローがあると思うんですけど、配信はそれがガラッと変わって新しい人たちが違うフローをどんどん作ろうとしている。そこがある意味面白い変革だと思っています。

高垣:もちろんそういう事実もありますし、配信サイトを立ち上げられている若い方もたくさんいるんですけど、IT関係の方が多くて、音楽の話をするとちょっと違うんですよね。配信関係の方と従来の音楽に携わっている人間との音楽の捉え方のギャップは感じます。それが新しい形なのかもしれないんですが。

沢口:アメリカの高音質配信サイトで「HDtracks」というサイトがあるんですが、それはデビッド・チェスキーというアーティストが立ち上げたんです。世の中的に見ると、配信サイトを立ち上げる場合、ITの技術を持っている人は楽なんですよね、サーバーの知識とかを元々持っていますから。そういう人たちももちろんいるでしょうし、ずっとレーベルを自分たちでやっていて配信にシフトしてきた人達もいるので、当分は色んな人がそこに入っていく状況だと思います。

 デビッド・チェスキーが面白いのは、彼は元々クラシックをCDで長くやっていて、CDじゃ限界だというのでSACDが出た時に全面的にSACD&サラウンドで、という音楽の作り方にシフトしたんです。3年前くらいまではずっとそれで来たんですけども、配信が始まったら「これだ!」とHDtracksを立ち上げてしまったんですね。HDtracksは、今はある意味ポータルサイトになっていて、レコード会社みたいな役割をしているんですよね。色んなレーベルと契約して色んな曲をそこから世界に紹介していくというような形で。今までレコード会社を中心にやっていたビジネスフローと全然違う形のものが出来上がりつつあるので、そういうのが僕はすごく面白いと思います。

 また、イギリスの「LINN」というオーディオメーカーは、長らくアナログプレーヤーやCDプレーヤーも作ってきた老舗ブランドなんですけども、そこが2年ほど前に、「CDプレーヤーは今後作りません」と全世界に宣言をして配信用のプレーヤーを出したんですね。それと同時に「LINN RECORDS」という自分たちのレーベルも立ち上げて販売しているんですよ。そういう形で新しい音楽の提供の仕方をしているメーカーも出てきました。ただ、まだ規模が小さいので、大きなレーベルのような発想でやろうとすると全然ペイしないと思います。

高田:今、サラウンドのお話も少し出ましたが、沢口さんはサラウンドの作品も送り出されているということで、そのあたりのこともお話いただければと思います。

沢口:僕らのような個人でやっているところはあまりコストがかけられないんですが、配信なら身軽ですし小さなレーベルでもサラウンドのソフトを世の中に紹介していけるんですね。それで今年の6月にUNAMAS-HUGという新しいサラウンドのレーベル立ち上げて、そこから作品をリリースしています。それで、僕はサラウンドを5.1チャンネルにしないで4チャンネルにしたんですよ。4チャンネルにすると伝送する容量も減りますし、色々調べたら、サラウンドを聴いている方は、フロントは自分が好きなステレオのセットをそのまま残したいと。それに付加してリアにもう1セット、パワーアンプとスピーカーを付けて楽しむっていう人が結構おられるんですよね。そういう人たちにアダプトするために4チャンネルのサラウンドを始めたわけです。

高田:武部さんは映画音楽も創られていますが、サラウンドについてはどのようなご意見をお持ちですか?

武部:僕は技術的な違いがよくわからないんですけど、今回スタジオジブリの映画をやって「5.1じゃなくて5.0にしたい」という意向があったんです。別に5.1を否定しているわけではなくて「そういうことじゃないだろう」という考え方のチームだったので、学ぶことが多かったですね。どんどんサラウンド技術が進化するといったことはあるかもしれないですが、自分が創りたいものに「これが1番合っているんだ」という選択肢が増えたという風に考えれば、どれが正しいとか、どれが優れているということではないなと実感しました。多分、僕も自分が創る音楽がいわゆる時代のハイクオリティさとか、そういうものにコミットしてないと思うので、創るものに応じて「これはこういう風に届ければいい」というようにしています。

高田:内沼さんは今後サラウンドに期待することはありますか?

内沼:去年の座談会でも言ったと思うのですけど、今年もますます3D映画が多いですが、3D映画の奥行き感がいわゆる2Dでは出せないという部分で、サラウンドの音場もそれと似ているような気がするんですよ。ですから2つのスピーカーでは出せない音場的な良さを出すにはやはりサラウンドが良いと思うのです。新たな音楽感動を与えられると思います。ただ一方、もう四半世紀もCDの時代が続いているわけじゃないですか。各メーカー一生懸命研究して高音質な技術を注入したCDが開発されていることも素晴らしいと思うんですが、メディアとしてはそれ以上いかないのが事実です、ですからBlu-rayミュージックみたいなものに転化していけば、先程の高音質化などの問題も解決するかなとは思います。

沢口:技術的な進歩でいうと、今はヘッドフォンで変換するとサラウンド音源のクオリティがちゃんと出る技術が出てきているんですよ。iTunesミュージックストアみたいなところは、今はCDクオリティの2チャンでしか受け付けないんですけど、それをサラウンドの2チャンネルでも受け付ける形にして、ヘッドフォン用のサラウンドもエンコードして出すような仕組みさえ出来れば、すごく手軽に聴いてもらえると思うんです。実験段階ではそこまでいっていて、僕も聴いたんですけど、驚くくらい技術的によく出来ているんですね。もちろんスピーカーで聴いてもらえるのが一番理想的ではあるんですけど、日本の家庭でそこまでというのはなかなか難しいものですから。

武部:去年ロバータ・フラックのライブをやったんですね。そのとき彼女が持ってきていたイヤモニがサラウンドだったんですよ。日本では2チャンじゃないですか。海外ではコンサートでパフォーマンスするときにもそういうイヤモニを使うぐらい進んできたんだなと結構びっくりしたんですよ。

高垣:ハイエンドオーディオが年配の方にブームで、いわゆる若い現場の人間と音楽の聴き方が違うと思うんですけど、MP3とかiPod用の1万円以上するBOSEや高級なヘッドフォンやイヤホンが若い人にすごく売れているんですよね。デジタルオーディオからスタートしているのはすごくかわいそうなんですけど、若い子もイヤホンを色々と試して、少しでもいい音で聴きたいと考えているということは、以前よりも音質に対しての意識が高まっているような気がするんですよね。

内沼:それはあるでしょうね。iPod用のシュアーのイヤホンが6万円くらいするのですけど、けっこう売れているんですよね。それを買っているのが若い子だということで、いい音を求めるというのは非常にいい傾向だと思います。それがスピーカーの方に行ってくれるとさらにいいんですけどね(笑)。

 

3. 今エンジニアに求められていることとは

高田:最後の質問になりますが、今後エンジニアに求められることは何だとお考えでしょうか?

武部:最初にお話したように、昔はみんなアシスタントエンジニアが先輩の背中を見て学びながら成長できたじゃないですか。僕らもやっぱりそうやって、現場を見ながら吸収したことがたくさんあるんですけど、そういう場があまりにも少ないですよね。イメージがちゃんと出来ないといい音は創れないと思います。そのためには色んな音楽を聴くことも大事だし、今まで経験しなかったようなセッションとか、楽器を録ることとか、そういう場を積極的に自分から体感しにいくこともすごく大事だと思います。

高垣:僕もかなり近いんですけど、僕の知っているエンジニアで、スタジオワークとPAとプライベートでライブによく遊びにいくエンジニアがいるんですが、そういう人の方がスタッフだけじゃなくてアーティストとの距離も縮められるしコミュニケーションもとりやすくなるので、エンジニアの方はスタジオを出て、色んなところで音楽に接してもらいたいなと思いますね。

三浦:お二人がおっしゃられた通りだと思います。私事なんですが、去年初めてPAをやったんですね。1から一緒に始めたバンドがありまして、スタジオで一緒に創った形をPAで再現してお客さんに聴いて欲しいというお話を受けてやらせていただいたんですが、とても楽しかったんです。やはりスタジオだけではなくて色々な場所で出来るというのは、より一層アーティストの音楽を広めていくという意味でもいいなと思いました。

 あと武部さんがおっしゃられたように、いい音のイメージを持つというのは大切だと思っています。もちろんテクニカルな部分も大事なんですが、録音の現場は二度と同じ現場はなくて、日が変われば同じセッティングをしても同じ音にはならないんですね。だからこそ「ミュージシャンがいい音を出し、先輩エンジニアがいい音で録ってくれたら、その音の感動を頭の中にしまっておいて、その音のイメージを入れた箱をいっぱい持っている方がいいよ」とうちのアシスタントにもよく言っているんです。やはりそういう現場をより多く作れるように自分たちも努力して、若い人達のサポートをしなければと思っています。

沢口:エンジニアは基礎を習得したらエンジニアとしてのこだわりを早く捨てて、プロデューサーの感覚を勉強するべきだと思います。よく海外では「将来はエンジニア・プロデューサーになりなさい」と言うんですけど、なぜかというとエンジニアのベースを持った上で、プロデューサー的な発想とか感覚を持って色んなアーティストと接することができるようになると、視野もすごく広がるし力量も上がるし物の見方もグッと変わるんですね。今後はそういう視点を持っているような、新しいエンジニアにならないと駄目で、縦割りで一部だけ一所懸命にやっていても、これからは厳しいんじゃないかなと思います。

高田:欧米には素晴らしいエンジニア・プロデューサーが多いじゃないですか。日本ではなぜ浸透しないんでしょうか?

内沼:やはり、沢口さんのおっしゃる通り、縦割りでやってきたことじゃないかと思うのですけどね。他の仕事には顔出すな、手を出すな、という暗黙の了解はありますよね。

高垣:エンジニアの方でプロデューサーも自分でやりたいと言う方が少ないですよね。もっとしゃしゃり出てきてほしいと思うことはあります。少ないながらエンジニア・プロデューサーとしてやられている何人かの方は、自発的に動いているような感じはしますよね。性格なんでしょうか(笑)。

武部:昔はディレクターがいて、レコード会社のプロデューサーがいて、ミュージシャンがプロデューサーになること自体が少なかったわけですけど、今はミュージシャンがプロデュースすることが多くなってきています。それと同じように変わっていってほしいですよね。

沢口:教育というところに逃げると語弊もあるんですけど、欧米の教育ってエンジニアもプロデューサーもディレクターもみんな一緒のコースで勉強をして、同じような基礎を学んで卒業するときに分かれていくので、一応なんでもできるんですよね。国内の場合は1つの分野に特化しているので。

内沼:若いエンジニアに、ブラスでも弦楽器でもサンプリング音源やシンセサイザーの音が生音に近いという感覚を持っている人が多いですね。ですから実際に生で録音しても、サンプリング音源やシンセサイザーの音源に近い音になってしまう。40年前、50年前のポップオーケストラをどんどん聴けば、弦楽器もブラスもオーケストラによってサウンドが違うので、自分の好きなサウンド方向が発見できると思うのです。引き出しとしてたくさん持っているといいかなと思うのですけどね。ただ、今はオーケストラを録音できる機会が少ないですからね。

高田:昨年、内沼さんもおっしゃっていましたが、録音は経験がすごく大事なので、そういう場をたくさん作ってあげないといけないですし、やはり場数を踏んだ人がそういう部分での感覚を持てると思うんです。やはり、「自分の役割はこれです」というのは、今は通用しないかもしれないですね。全てをコーディネートしていけるようにならないと。

高垣:ビクタースタジオにそういうシステムを作るという手はありますよね。

高田:そうですね。今、スタジオの空いている時間に申請を出せば、自分でバンドを呼んで研修ができるようになっているんですね。それは録音の研修なんですけど、ある程度自分でまとめてジャッジメントしないといけないので、必然的にプロデュース能力もついてくると思うんですけどね。

沢口:最後に1つ提案なんですが、プロ録音賞の新しい部門として音楽配信を新設することは難しいでしょうか。

内沼:実は何年も前から話は出ているんですが、ハイクオリティの配信音源は想定していなかったんですよ。ですから「圧縮音源をプロ録音賞で評価してもいいのか?」という意見が多く出て、現在まで新設されなかったんですね。

高田:ただ、間違いなくハイエンドクラスに関してはプロ録音賞でも今後、検討しなければならないテーマですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

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