ジャクソン・ブラウン、日本ツアー東京公演初日はファンが聴きたいと願う曲がほとんどの楽しいセットリストに

アーティスト

写真:土居政則

「70年代最高の詩人」と評され、ローリング・ストーン誌が選ぶ<史上最も偉大なソングライター>の一人として知られるジャクソン・ブラウン。1972年にアルバム「ジャクソン・ブラウン・ファースト」でメジャー・デビューを果たしてから2022年に50周年を迎えたジャクソンの6年振りの日本ツアーも、残すところ3月27日から始まった東京・Bunkamuraオーチャードホールでの3DAYS公演のみとなった。

ライブレポート

17年以来となる久々の日本ツアーを決行中のジャクソン・ブラウン。大阪、広島、名古屋と回り、後半の東京3日間の初日を迎えた。コロナ禍をはさみ、6年も間隔が空いたため、待ちわびたファンがこぞって押しかけ、売り切れ日続出という盛り上がりを見せている。21年の「ダウン・フロム・エヴリホエア」を携えての来日となるが、発売から2年近く経ってしまったことから、その最新アルバムからの曲はそれほど多くなく、人気曲がずらりと並ぶコンサートとなっている。

また、来日直前に、約30年間バンドに在籍し、キーボードとヴォーカルの両方で重要な存在だったジェフリー・ヤング、そしてバンドを離れて長かったが、それでも70〜80年代のジャクソンの音楽の不可欠な一部であり、その後もデュオでツアーをするなど、まさに切っても切れない関係だったマルチ弦楽器奏者デイヴィッド・リンドリーの2人を立て続けに失うという悲しみを抱えてのツアーでもある。毎晩ジャクソンはこの日本ツアーをジェフとデイヴィッドに捧げると観客に語っている。

同行するバンドは彼を長らく支えるお馴染みの面々だが、ジェフの後任としてキーボードにジェイソン・クロスビー、ヴァル・マッカラムに代わって、ギターにメイソン・ストゥープスが参加している。ジェイソンは闘病中だったジェフに代わって既に1年以上いるし、メイソンは21年にも数週間ヴァルの代役を務めたことがあるので、バンドに完全に溶け込んでいたが、それでも新顔の存在は随所に新鮮さをもたらす。同じキーボード奏者といっても、オルガンが主体だったジェフとは異なり、最近ジャクソンの曲を含むインスト・アルバムを出したジェイソンはピアノが本職の人だ。さらにヴァイオリン奏者でもあって、ヴィオラを2曲で弾く。そしてメイソンは他のメンバーよりもずっと若く、「ドクター・マイ・アイズ」のアウトロなどで強烈なソロを披露した。

オープニングはなんと「ビフォア・ザ・デリュージ」だ。名作「レイト・フォー・ザ・スカイ」を締め括る曲で、過去にはコンサートでも終盤に歌われることが多かったと思う。それがいきなり幕開けに歌われるのだから驚いたファンも多かったはず。終末のイメージの「洪水」の前に地球を救おうと努力する「夢想家」「愚か者」のことを歌う、環境保全運動賛歌の先駆けともなった重要な曲である。社会的メッセージを持つ作品でも知られるジャクソンだが、今回のツアーは特にそういった曲が多いわけでもないし、毎回訪れて平和のメッセージを発信する広島公演以外では、英語圏でない日本なので舞台上で社会問題について多くを語ることもない。それでもこの曲を幕開けに置いたのは明確なメッセージだろう。来年は「レイト・フォー・ザ・スカイ」発売から50年だ。これまでの僕たちの地球を守る努力は十分だったのか?「子供たちを濡れないようにしよう」、つまり彼らを環境破壊、戦火、貧困などから守ることはできているのか? ジャクソンは声高にならずに問いかける。静かな衝撃とも言える選曲だ。

おっと、誤解しないでほしい。そうは言っても、堅苦しい内容のコンサートではまったくないから。この日は早々にリクエストに応じた「ファーザー・オン」が挟まったが、次に軽快な「アイム・アライヴ」を用意して雰囲気を変え、そこからはファンの多くが聴きたいと願う曲がほとんどの楽しいセットリストとなっていた。「レイト・フォー・ザ・スカイ」「プリテンダー」から4曲ずつも歌われたのだから、皆さん大満足だったはず。

序盤にやった曲のなかで、しばらくやってなかった曲を日本公演用に引っ張り出してきたというのが、「ネイキッド・ライド・ホーム」からの「ネヴァー・ストップ」。そんなに有名な曲でもないが、これは90年代の来日中に大阪公演のサウンドチェックでバンドがジャムった演奏をもとに作った、いわば「日本生まれ」の曲だからだ。

第一部の後半に最新作の表題曲で、プラスティック廃棄物による深刻な海洋汚染問題を扱った「ダウン・フロム・エヴリホエア」が、グレッグ・リースとジェフ・ヤングとの共作なので、ジェフに捧げて演奏され、次いで、リンドリーへの追悼として、「コール・イット・ア・ローン」が歌われた。これはジャクソンとリンドリーの残した唯一の共作曲なのだが、リンドリーの存在が僕の音楽の表現を広げてくれたと、彼が多くの曲にたくさんの貢献をしてくれたことを話してから歌い始めた。

そして、第1部の最後には、ジャクソンが楽器を持たずに歌うという珍しい場面があった。それがどの曲なのかは残りの2夜にいらっしゃる方の見てのお楽しみにしておこう。

休憩を挟んでの第2部は、コーラスのシャヴォンヌ・ステュワートとアリシア・ミルズが舞前方に出てきて、ジャクソンと並んで歌う最新作からの2曲で始まる。彼女たちはジェフのこれまでのハーモニー・パートもカヴァーし、曲にょってアリシアがコンガ他のパーカッションも担当するなど貢献度をさらに高めている。20年ほど一緒にやっているが、ジャクソンが長年支援してきた非営利組織の放課後プログラムから生まれたゴスペル・クワイア出身で、高校生のときに知り合ったわけだから、その年月の経過を考えると感慨深い。

歌われたのは、社会正義、特に人種間の公正を求める内容の「アンティル・ジャスティス・イズ・リアル」と移民問題を歌った「ザ・ドリーマー」と社会的メッセージをこめた2曲だ。後者でジャクソンはリンダ・ロンシュタットに紹介されたという共作者のユージーン・ロドリゲスについて話した。彼は北カリフォルニアの街でメキシコの伝統音楽とダンスを若者に教えている非営利の文化センターと同名バンドを運営している人で、リンダはその支援者のひとりなのだ。

毎回リクエストの声がやまないジャクソンのコンサート。今回は聞きたい曲が続々登場するせいか、過去のツアーに比べると控え目な印象だが、この日は面白いリクエストがあった。ジャクソンにスライド・ギターを弾いてくれというのだ。これはそのお客さんが「ユア・ベイビー・ブライト・ブルーズ」をやると知っていて、前回のツアーのように自分でイントロを弾いてくれというものだった。「僕にスライドを弾いてくれなんていう人はめったにいないよ」と驚きながらも、スライドバーを持ってこさせて、ジャクソンはスライドを弾き始め、そこにグレッグがラップ・スティールで絡むという通常よりも長いイントロのあと、その曲を歌いだすという珍しいものを目撃することができた。

また、今回は第2部で「スカイ・ブルー・アンド・ブラック」と「レイト・フォー・ザ・スカイ」という超名曲2曲がどちらも歌われるというファン感涙の選曲となっている。ジャクソンは説明をしないが、インタヴューで聞いた話では数週間前のジェフのお葬式で、遺族の要望を受けて「スカイ・ブルー・アンド・ブラック」を歌ったのだという。恋愛関係の終わりを歌った曲が、異なった種類の別れの歌として歌われたわけだ。舞台上でも亡き友人たちへの追悼の気持ちもこめているのかも。

さらに、リンドリーのことを思う瞬間があった。「レイト・フォー・ザ・スカイ」のアウトロのメイソンのギター・ソロは、レコードのリンドリーのソロのメロディーを大事にしながら、感情のこもった素晴らしいもので、ジャクソンも彼に向かって「良かったよ」と言うような視線を送ったし、アンコールの「ステイ」で、グレッグにラップ・スティールのソロをたっぷりとらせるのは、元々はウェスタン・スウィングなどの限られたジャンルの楽器だったものを、ロックやフォークの世界でよく使われる楽器にした故人の功績に敬意を払っているに違いない。

そして、いつものように、コンサート本編は「孤独なランナー」で締めくくられたが、歌詞の後半の「困難を切り抜けようとするとき、いつも頼っていた友人たちを探すと、彼らもまだ走り続けているのがわかる」という部分がこれまでとは異なって聞こえた。ジャクソンも僕らもそんな大事な友人たちをひとり、またひとりと失う年齢になってしまったから。でも、ジャクソンは走り続けるのを止めてはいない。

そして本当に楽しいコンサートを見終えて、一息つくと、また「ビフォア・ザ・デリュージ」の静かな衝撃が蘇ってきた。僕と同じように、ジャクソンの77年の初来日公演を観た古株のファンの皆さんは覚えているだろうか。あのとき、ジャクソンはあの曲の「音楽で僕らの魂を高揚させよう」というリフレインにスライ&ザ・ファミリー・ストーンのヒット曲「エヴリデイ・ピープル」からの肯定的な一節「僕らは共に生きなくちゃいけない」を加えて歌っていたことを。

文:五十嵐正

セットリスト(3月27日 Bunkamuraオーチャードホール)

  • Before the Deluge|ビフォー・ザ・デリュージ from「Late For The Sky」(1974)
  • Farther On|もっと先に from「Late For The Sky」(1974)
  • I’m Alive|アイム・アライヴ from「I’m Alive」(1993)
  • Never Stop|ネヴァー・ストップ from「The Naked Ride Home」(2002)
  • The Barricades Of Heaven|バリケーズ・オブ・ヘヴン from「Looking East」(1996)
  • Fountain of Sorrow|悲しみの泉 from「Late For The Sky」(1974)
  • Rock Me On The Water|ロック・ミー・オン・ザ・ウォーター from「Jackson Browne」(1972)
  • Downhill From Everywhere|ダウンヒル・フロム・エヴリホェア from「Downhill From Everywhere」(2021)
  • Call It A Loan|コール・イット・ア・ローン from「Hold Out」(1980)
  • Linda Paloma|リンダ・パロマ from「The Pretender」(1976)
  • Here Come Those Tears Again|あふれでる涙 from「The Pretender」(1976)

Break

  • Until Justice Is Real|アンティル・ジャスティス・イズ・リアル from「Downhill From Everywhere」(2021)
  • The Dreamer|ザ・ドリーマー from「Downhill From Everywhere」(2021)
  • The Long Way Around|ザ・ロング・ウェイ・アラウンド from「Standing In The Breach」(2014)
  • Sky Blue and Black|スカイ・ブルー・アンド・ブラック from「I’m Alive」(1993)
  • Your Bright Baby Blues|ユア・ブライト・ベイビー・ブルース from「The Pretender」(1976)
  • In The Shape Of A Heart|シェイプ・オブ・ア・ハート from「Lives In The Balance」(1986)
  • Doctor My Eyes|ドクター・マイ・アイズ from「Jackson Browne」(1972)
  • Late For The Sky|レイト・フォー・ザ・スカイ from「Late For The Sky」(1974)
  • The Pretender|プリテンダー from「The Pretender」(1976)
  • Running On Empty|孤独なランナー from「Running On Empty」(1977)

Encore

  • The Load Out/Stay|ザ・ロード・アウト/ステイ from「Running On Empty」(1977)
  • Take It Easy/Our Lady Of The Well|テイク・イット・イージー/泉の聖母 from「For Everyman」(1973)

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